信じてる

　俺がそのさびれたバーを買い取ったのは、いまから五年前の事だった。NHKであの光景が世界に向けて発信された時、「終わった」と思った。望みが絶たれたと。しかし、絶望するような奴は弱者だ。俺はあきらめなかった。地下に降りていくバーは俺の計画にぴったりだった。若いころにバーテンをしばらくやっていたことが幸いした。店には女の子はおかず、俺一人で何でもこなした。　　
週5日、夕方の5時から夜の12時まで店を開けた。酒は良いものをおいた。つまみは俺が作った。カクテルは、百種類ほど。ジン・ライムと、キリマンジャロの氷を使ったロックが評判になった。

残りの時間はすべて、トンネルを掘ることに費やした。目的地点までは100m。しかし、想像以上に地下の埋設物には苦労した。ガス管、水道管、電話線・・。都市の地下はこうなっているのかと改めて驚いた。
ひと月前に、ついに、真下の位置まで来た。これから先の作業は慎重を要した。すっぽり取り込むという事と、上のあいつが自分の重みで穴を突き破って落ちてこないようにするというまるで二律背反の作業が必要となる。詳しくは書けない。模倣犯が出て来たら困るからだ。一日2cmという日が続いた。思い返せば、あのときが一番つらかった。シェーカーを振っていて、「マスター大丈夫、ちょっと疲れてるようだけど」と常連さんから言われたのもあの時だ。思い切って休みの日に箱根まで足をのばして湯につかり、のんびりした。結果的に考えれば休みを取ったことが良かった。集中力と忍耐力を取り戻せた。

像を乗せている基壇がすべて見えた。最後のボルトを外した。そして、クッションの上に自重で垂直に落下してきた基壇と像とを切りはなす。像を抱いてバーまで走り、トンネルの各所に仕掛けて置いた爆薬をリモコンで爆発させる。ガス管だけは避けたが、水道管と電話線は一部破損したかもしれない。トンネルは土砂で埋もれたから、簡単にここにはたどり着けないだろう。
大型のトランクの中に像を入れ、コインパーキングに停めて置いた車に乗り込む。そして、2kmほど走って林の中に車を乗り捨て、公民館の駐車場に停めて置いた車に乗り換えて、いま、この部屋にいるというわけだ。

トランクを開ける。逢いたかったぜ、波平さんよ。俺にとっちゃ、あんただけが頼りなんだ。あんたの一本しかない毛を触らせてもらうだけで、俺の毛根は再生してくれるはずなんだ。これは、科学なんかじゃない。わかってる。そんなことはありえないって。でもな、波平さん、俺は信じてるんだ。信じてるんだよ、あんたを。