ギリシャ神話の登場人物・オルフェウス(Orfeo)は
アポロ(Apollo)とカリオペ(Calliope)の子で
半分人間半分神の吟遊詩人。
父親譲りの竪琴の腕前はすばらしく、
その調べは自然をも魅了したといわれます。
彼が生まれたとされる地はトラキア。
ヘロドトスの時代まで、遠く謎めいた土地と伝えられた土地。
かの地ではその昔、
音楽を使ってトランス状態に持ち込み、
自然界に力を及ぼす不思議な力を備えた
シャーマンが存在したともいわれ
オルフェウスも多かれ少なかれ
そうした力を備えていたと伝える説もあります。
有名なのはオルフェウスを巻き込んだ悲劇。
彼の最愛の女性エウリュディケ(Euridice)は
アポロの息子の一人であるアリステウス(Aristeo)の
執拗な求愛に辟易し
ある日、アリステウスから逃れようとして、
誤って毒蛇を踏みつけてしまい
その毒蛇に噛まれ、その毒により命を落とします。
オルフェウスは最愛の妻を失った悲しみに明け暮れ、
ついに冥界まで彼女を迎えに行きます。
自慢の竪琴をたずさえ詩を唄いながら歩を進め
冥界への渡し舟の守りカロン(Caronte)を魅了してスティジェ川を渡り
冥界の王ハーデス(Ade)の番犬である
ケルベロス(Cerbero)をも魅了して黙らせ
ついに冥界の懐に入り込みます。
そこで再び竪琴を弾き、
ハーデスの妻ペルセフォネ(Persefone)の心も動かし、
ハーデスと契約を結ぶことに成功します。
冥界の王が提示した契約の内容は、
オルフェウスがエウリュディケを先導し
地上に上がるまで一度も後ろを振り向かないと約束するのなら
彼女を地上に戻そうというもの。
オルフェウスは喜んでこの申し出を受け入れ
最愛の女性を先導して地上に向けて歩き始めます。
しかし、あと少しで出口というところで不安に駆られ
つい後ろを振り返り彼女の姿を確認してしまいます。
約束を守ることができなかったため
そこで見た彼女の姿を最後に
彼女は再び冥界の果てに連れ去られ
二人は永遠に離れ離れになってしまいました。
この悲劇のあと、オルフェウスは女性を愛することを絶ち
同性愛の傾向を強めたともいわれています。
まさにこれを理由に、後にトラキアの女性たちの反感を買い
酒神バッカスの祭りの際に、
取り巻きの女性たちに八つ裂きにされたと伝えられています。
このテーマから、バッチョ・バンディネッリによって作製されたのが
かつてはヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)におかれており、
現在はメディチ・リッカルディ宮殿(Palazo Medici Riccardi)の
中庭にあるオルフェウスとケルベロス(Orfeo e Cerbero)。
非常に繊細なオルフェウスの肉体に
秘められた弱さと愛を感じる作品。
後期ルネッサンスからマニエリスム期の彫刻家として
ミケランジェロの影響を強く受けたバンディネッリの
代表作である「エルコレとカークス」に比べると
非常に線の細い優雅さを感じる作品。
冥界の王の番犬を魅了させて従え
愛する人を求めて先へ進もうとする姿が
痛々しく感じられる作品ですが
後ろから見ると特に
その瞬間の先急ぐ愛する気持ちが感じられるような気がします。
愛する人を追いかけて黄泉の国まで行ったイザナギが
イザナミの変わり果てた姿を見て逃げて帰るのとは大違い。
なんかこのあたりに日本とヨーロッパの
もしくは東洋と西洋の女性に対する感情の違いを感じます。