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不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Hito Te Ma di Ryota Shioya

2012-03-17 01:03:39 | アート・文化
11月に震災チャリティイベントを
Firenze Happy Bimbiとして開催したとき
参加してくれた芸術家の一人、塩谷良太さん。

被災地での活動もしていたことから、
即決で参加をお願いしたのですが、
2日間に渡るイベント期間中、
彼は実にたくさんの来場者と「握手」をしていました。

彼が行っている「ひとてま」という活動は
彼のサイトでも詳しく紹介されています。
こちら

福島第一原子力発電所からわずか20キロの圏内にある
葛尾村の住民は、村長の英断で震災から3ヶ月に渡り
福島県河沼郡柳津町温泉街で避難生活をしていました。
その後7月に仮設住宅へ移住することになったときに
迎え入れた柳津町のかたがたとの繋がりを
何かの形に残せたらということで
塩谷さんに依頼が入って
「ひとてま」が実施されたのだそうです。

「ひとてま」とは握手の跡。
握手をする時に親指と人差し指の間に粘土を挟み
手を握り合った時の圧力で粘土を形成します。
すると、とっても不思議な形の「部品」が出来上がります。

葛尾村と柳津町のみなさんのケースでは
その粘土は色を付けて焼かれ、箸置きとして
握手をした方々に贈られています。

11月のイベントをはじめ、
フィレンツェを中心に精力的に活動を続ける彼と
握手した人々によって産み出される「ひとてま」のかけらは
箸置きではなく芸術作品の「部品」となっています。
Dscn1214
1年間の期間限定でイタリア研修中の彼は
これまでにすでに800個ほどのかけらを産み出し
これからもまだまだ作り続けていく予定だそうです。
こうしたかけらを集めて
色んな機会に展示を行っています。
Img_1605
どこかで彼に出会ったら、握手してください。

人と人の繋がりを具現化するアート。
素敵だなと思います。


Salviamo la Cappella degli Scrovegni

2012-03-14 13:21:00 | アート・文化

フィレンツェのドゥオーモ、ジョットの鐘楼、
洗礼堂のモニタリングが今週行われています。
一連の建造物がまとめて
Opera di Santa Maria del Fiore
(サンタ・マリア・デル・フィオーレ建造物管理部)の
管理下におかれてから現在まで
毎年冬の終わりに行われる恒例行事です。

高さ56メートルと42メートルのクレーン車が出動して
建物の大理石の歪み具合をチェックします。
クレーン車のなかった時代には
天頂からロープを下ろして
地道にチェックが行われており
その努力のおかげで、
現在も我々はこうした芸術建築を
鑑賞することができるのだと思うと
本当に頭の下がる思いです。
4月にはイタリアでもっとも長い腕を持つ
104メートルのクレーンが出動して
ジョットの鐘楼(84メートル)の最高部も含めた
入念なチェックが行われます。
特に今シーズンは冬の寒さが厳しかったため
大理石に与える影響も甚大であったと予想されており、
このモニタリングの結果を元に、
今後の修復・保護活動の計画が練られることになります。

このように、芸術建築物は
毎年密かに入念なチェックが続けられ
修復が重ねられてこそ、守られているのです。
もちろん建造物そのものだけでなく、
近隣の道路交通量の増減や工事などの
外的要因が建造物に及ぼす影響にも注意が必要です。

パドヴァにある
Giotto(ジョット)のフレスコ画で飾られている
Cappella degli Scrovegni(スクロヴェーニ礼拝堂)が
いわゆる外的要因による影響で崩落の可能性があると
関連団体が警鐘を鳴らしています。

礼拝堂から200メートル地点に
公会堂の建設計画が進められており
これによって
地下水・地質のバランスが
崩れる恐れがあるといわれています。
2011年に行われた調査では
公会堂建設予定地の地下の深い地層部分が
礼拝堂の地層と繋がっていることが判明しています。
したがって公会堂の建設及び完成後の利用などにより
かすかな振動が絶えず礼拝堂に与えられる可能性が高く、
それによって礼拝堂の建物そのものの
耐久性が落ちることも十分考えられます。
となると
建物の壁に描かれるフレスコ画にも
もちろん影響が出るわけです。
この公会堂の建設とは別に
近隣に104メートルの高層ビルの建築も予定されており
既にその駐車場の工事が行われています。
地表がセメントで固められてしまったことにより
周辺の水捌け、雨水の吸収力が落ちることで
地盤の緩みも心配されていますし、
また周辺の湿度が上がることによる
フレスコ画への影響なども懸念されています。

非常にデリケートな芸術作品を守るためには
入念な調査と保護活動が必要ですが
近代文明はかなり酷な試練を与えているのです。

スクロヴェーニ礼拝堂を守るための
署名運動も始められています。
10000人の署名を集める目標ですが、
まだまだ数が足りていない状況。
スクロヴェーニ礼拝堂保護に賛同される方は
下記から署名できます。
スクロヴェーニ礼拝堂を守ろう 署名運動


Tempietto del Santo Sepolcro

2012-03-07 14:53:05 | アート・文化

フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ教会
(Chiesa di Santa Maria Novella)と
ヴィーニャ・ヌオーヴァ通り
(Via della Vigna Nuova)の
ルッチェライ宮殿(Palazzo Ruccelai)の中間辺りにある
旧サン・パンクラツィオ教会(ex Chiesa di San Pancrazio)。
古文書などでは931年建設とも
シャルル・マーニュ大帝
(Carlo Magno:カルロ・マーニョ)による建設ともいわれる
古い教会ですが、
早い時期に神聖性を取り除かれ、
さまざまな用途を経て
現在はマリノ・マリーニ美術館
(Museo Marino Marini)となっています。

この教会の一部のみ未だ神聖性が取り除かれることなく
聖なる場として保管されているのですが、
それがルッチェライ礼拝堂(Cappella Ruccelai)です。
ここにジョヴァンニ・パオロ・ルッチェライ
(Giovanni Paolo Ruccellai)が永眠する墓碑があり、
それがサン・セポルクロの小神殿
(Tempietto di San Sepolcro)。

ジョヴァンニの友人であり、
インテリ仲間でもあったレオン・バッティスタ・アルベルティ
(Leon Battista Alberti)が依頼を受けて
サンタ・マリア・ノヴェッラ地区で手がけた
最後の作品になります。
ルッチェライ家の宮殿に最も近い教会
(サン・パンクラツィオ教会)に設置するするために、
1457年に着工し1467年に完成、
ジョヴァンニが亡くなったのは1481年です。

エルサレムにあるイエスキリストの聖墳墓の
縮小サイズで作られ
よくバランスの取れた美しい古典様式の建築物です。

コリント様式の柱で支えられた長方形の建物の外壁は
白と緑の大理石を駆使して生み出された
30枚のパネルで飾られていますが、
この幾何学模様すべてが異なる模様となっています。

幾何学模様に混じって、四面各面にひとつづつ
幾何学模様ではないエンブレムも組み込まれています。
当事の主要人物に関わるエンブレムです。
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の
正面ファサードにもあしらわれている
「風をはらむ帆」はジョヴァンニ・ルッチェライのエンブレム。
他には花冠から3本の羽毛が出ている
コジモ・イル・ヴェッキオ(Cosimo il Vecchio)のエンブレム、
ダイヤの指輪に2本の羽毛の
ピエロ・デ・メディチ(Piero de' Medici)のエンブレム、
そして3つのダイヤモンドリングを組み合わせた
ロレンツォ・イル・マニフィコ(Lorenzo il Magnifico)のエンブレム。

小さな入り口から内部に入ることもでき、
石棺の上には
「横たわるイエスキリスト」の彫刻が置かれています。
小神殿の内部はピエロ・デッラ・フランチェスカ
(Piero della Francesca)の弟子であった
Giovanni da Piamonte(ジョヴァンニ・ダ・ピアモンテ)による
2枚のフレスコ画
(「死せるキリスト」と「キリスト復活」)で飾られています。

数年前までは
日時限定でも一応一般公開されていましたが、
現在は経費削減による人員不足で
一般には公開されておらず、
興味がある人は
近くのサンタ・トリニタ修道院
(Convento di Santa Trinita)の修道士にお願いして、
彼らの時間があれば案内してもらえることになっています。

ただし、最近になって文化省の介入もあり
フィレンツェ司教区会とマリノ・マリーニ美術館が同意し
同美術館内から隣接する礼拝堂へアクセスできるように
入り口を整えるという案が浮上しています。
これが実現すれば、
近代芸術とルネッサンス建築を同時に鑑賞できる
不思議な空間が成立することになります。
まだ時間はかかりそうですが
頓挫することなく実現することを願って。


Taste 2012

2012-02-29 13:03:22 | アート・文化

今年で7回目になる
フィレンツェで行われる食&ライフスタイルの祭典。
おいしく食べ、
健康に暮らすための提案をすることを目的に
企画されるイベントで、
イタリアはもちろん、ヨーロッパ各地から
質の高い食材を取り扱う業者が出展します。
業者間同士の取引も熱心に行われますが、
職に興味のある一般客の訪問も年々増えています。 

イベント期間中は
各スタンドで商品の試食&試飲が楽しめ
気に入った商品があれば、
併設のショップで購入することも可能です。

今年はニッチなリクエストにも応える、
かなりマニアックな商品まで、
約300軒の出店が予定されており、
イタリアの食文化の深さを知るのにもお勧めのイベントです。

企画&主催は年2回フィレンツェで開かれるモード見本市である
Pitti Immagineなので
食材だけでなく、食周辺のキッチン商品や、ファッションまで
洗練された商品が集められています。

会場内で行われる講演会などをはじめとする
イベントはすべて無料。

また、会場外でも
フィレンツェの街中のレストランやバールなどでは
テーマに沿った食事や飲み物を用意して
各種イベントを実施しますので
イタリアのおいしいものを探しに
立ち寄ってみるのもよいかもしれません。

TASTE
会場:Stazione Leoporda
会期:2012年3月10日から3月12日
オープン時間:土日 12:00-19:30
        月曜日 9:30-16:30
入場料:15ユーロ
詳細はこちら


Dedalo Forgia le armi di Achille

2012-02-22 01:22:28 | アート・文化
ギリシア神話に登場するDedalo(デダロ/ダイダロス)。
偉大なる建築家であり、彫刻家であり、
発明家であったとされています。
Metione(メティオネ/メーティオン)の息子で、
出身とされるアテネでは
優秀な彫刻家として知られていました。
自身のアシスタントであった、
甥に当たるTalo(タロ/タロス)の才能を妬んだ挙げ句に殺害し
それを理由にアテネを追われ、
Minosse(ミノッセ/ミノース王)を頼って
クレタ島に移住します。

ミノース王の保護下で才能を発揮したダイダロスは、
Poseidone(ポセイドン)が送り込んだ
美しい聖なる牡牛に恋をした
Pasifae(パシファエ/パシパエ王妃)のために
木製の雌牛のかぶり物を制作し
それを使ったパシパエが身籠って産み落としたのが
牛の頭をもつMinotauro(ミノタウロ/ミノタウロス)。

元々は自分がポセイドンを裏切ったことに端を発する
一連の出来事でミノタウロスを殺すわけにもいかず、
しかし、自身の妻であるパシパエ王妃の醜聞を隠すために
ミノース王が依頼してダイダロスに作らせたのが
有名なミノタウロスの迷宮。

ミノース王はミノタウロスの食料のために
9年毎に7人の少年と7人の少女を
アテネから送らせていたのですが、
3回目に送り込まれたTeseo(テセオ/テセウス)に
ダイダロスが迷宮の脱出方法を教えたことで、
ミノース王の怒りを買い、
息子であるIcaro(イカロ/イカロス)とともに
自分が制作した迷宮に閉じ込められます。
ダイダロスはそこから脱出するために、
鳥の羽を使って二組の翼をつくり
蝋で自分と息子の身体につけ、
その翼で飛んで見事脱出したのですが、
そのときにイカロスは調子に乗って太陽に近づきすぎて
蝋が溶けて海に墜落してしまうのです。

クレタ島から逃げ出したダイダロスはシチリアに逃げ、
その後サルデーニアに移住して
平穏に暮らしたと伝えられています。

このダイダロスがEfesto(エフェスト/ヘーパイストス)の元で
Achile(アキーレ/アキレウス)の武具を作った
と伝えられています。

Patroclo(パトロクロ/パトロクロス)はアキレウスに隠れて
彼の武具を身につけトロイ戦に臨むことになり
そこで敵軍のEttore(エットレ/ヘクトール)と一騎打ちになり
パトロクロスは命を落とし、
アキレウスの武具は戦利品として
トロイ軍に持ち去られてしまいました。
友人の死を悲しみ、
トロイ軍に再び挑む決意をしたアキレウスは
母であるTeti(テティ/テティス)に武具の調達を懇願し、
テティスが即座にヘーパイストスに依頼して
武具を準備したのですが、
そのヘーパイストスの工房に
ダイダロスもいたと伝えられているわけです。

ヴェッキオ宮殿のSala degli Elementi(四元素の間)には
壁三面に「火」、「水」、「土」、
天井に「空気」のアレゴリーが描かれています。
このうち「火」の面の右脇に
鉄を鍛えてアキレウスの武具を制作する
ダイダロスが描かれています。
Dscn0961


しかし、相変わらずギリシア神話は複雑です。