ツレヅレグサ

雑記と愚痴と、時々小説

CyberChronicle(6)

2007-07-02 17:10:09 | 小説
 「なるほど・・・。突然襲撃を受け、自己防衛目的で応戦した結果、襲撃犯の一人を倒した。・・・そう捉えて差し支えないでしょうか?」
「ええ、大体はそれで。後はそちらにお任せします」
「承知しました。では、数時間ほど建物内で待機するように。なるべく外に出る事は控えて下さい」
治安維持軍の兵士とのやり取りを終え、クレアはふぅ、とため息をついた。橙一色の袋に詰め込まれた遺体が、担架に載せられた状態で大型の車両に運び込まれるのを眺めながら、彼女は考え事をしていた。今回は殆ど被害が出なかったから良かったものの、彼がいる限り、また襲撃を受ける恐れがある。今回倒せたのは、たまたま私達の運が良かっただけ。多分・・・今度奴らが来たら、今の武器では太刀打ちできないだろう。やはり彼を・・・。そうする以外にこれ以上の被害を防ぐ方法もないし・・・。
「・・・すいません。何か気になる事でもありましたか?」
突然ポン、と肩を叩かれ、彼女は驚いて振り向いた。先ほど簡単な事情聴取を受けた時にいた兵士が、不思議そうな表情をして見つめているのに気がつくと、彼女は慌てて首を横に振った。
「それなら、部屋に戻って待機していて下さい。事件の処理が終わったら、こちらから連絡を入れますので」
「はい、すいません・・・」
兵士と別れ、ビルに向かってトボトボと歩きながら、彼女は再び考え始めた。こうなった以上、もう以前のような態度で接する事はできない。今は、ここにいる全員の安全を確保する事を優先しなければ・・・。

  CyberChronicle

 第六話 -悲しみの結末-

 早朝の首都は厚い雲に覆われ、どんよりとした天気になっていた。雨の予兆である特有の臭いに気づき、兵士の一人が部下に指示を出して現場を防水シートで覆った。作業を終えてすぐに大粒の雨が降り始め、兵士達は小走りになって現場の脇に停車している車両へと退避した。指示を出していた兵士は遺体の運び込まれた車両の傍に立ち、胸ポケットから煙草を取り出して口に咥えた。そして、オイルライターを取り出して火を点けた。二、三度煙を吐き出したところで車両の後部が開き、白衣を着た兵士が降りてきた。兵士は彼の前で敬礼すると、遺体の状況を説明し始めた。
「大まかな検死の結果ですが、死因は至近距離で散弾を受けた事による心肺の破壊、と断定しました。どうやら対物用の撤甲弾を撃ち込まれたらしく、胸部を中心に原形を留めていない状況ですが、軍の技術なら葬儀にも差し支えない程度まで修復できます」
「そうか。身元はまだ判明しないのか?」
彼が質問すると、兵士ははい、と返事をしてから答え始めた。
「一応判明しました。しかし、ひとつ奇妙な事がありまして、現在調査中です」
「奇妙な事だと?具体的に何かを説明しろ」
彼は短くなった煙草を灰皿の上でもみ消すと、兵士に厳しい口調で尋ねた。
「はい。遺体は、数年前まで中央政府軍に在籍していた兵士だと判明はしたのですが、・・・任務中に敵の奇襲を受け、戦死したとされています。もちろん、その遺体を回収したとの記録も残っています」
「もしそれが事実とするなら、一度死んだ兵士が生き返ったという事になるな。・・・技術的に不可能ではない、と聞いているが信じられん話だ」
「まさにその通りです。・・・現在遺体の構成データを解析して、それに関する証拠を調査中です。作業に戻っても宜しいでしょうか?」
兵士が尋ねると、彼は黙って小さくうなずいた。兵士が再び敬礼し、車両内へと戻っていくのを横目で見届けた後、彼は再び煙草を取り出した。とにかく、だ。ライターを点火しつつ彼は考える。これが単なる犯罪とは考えがたいのは事実だ。場合によっては身内が関わっている可能性も・・・ないとは言えない。これは、できる限り調査を進めた上で、「連中」に引き継いだ方がいいかもしれんな。煙草を咥えたまま、彼は灰色一色の空を見上げた。雨は、当分止みそうにない・・・。

 「やっぱり、俺のせい・・・なんですよね」
応接室の椅子に腰を下ろすと、レオンは暗い面持ちで小さくつぶやいた。
「そんな事ないと思う。・・・た、多分」
サラはそれを否定しようと言い返すが、次第に自信のない声へと変わっていく。そして、ジェストは何も言わずに窓際に立ち、外を眺めていた。彼は、再び口を開いた。
「考えてみれば、俺は迷惑ばかりかけてる。それまで何処にいたのか、誰なのかもわからない俺を助けてくれて。仕事までやらせてもらって・・・。でも・・・恩返しどころか・・・こんな事件に巻き込んでしまった」
「レオン・・・」
「もう、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません・・・。原因が俺なら、今すぐここから出て行けばいいだけ・・・ですから」
彼は、何も言い返せない彼女を一度だけ見ると、さっと立ち上がった。そして、二人の前で深々と頭を下げる。その間、ジェストは振り向く事もなく、ずっと窓の外に視線を向けていた。
「今までお世話になりました・・・。さようなら」
そう言って頭を上げると、彼はまっすぐに部屋を出ていった。ドアが閉まった後、彼女は彼の座っていた椅子を見つめたまま、ボソッとつぶやいた。
「これで・・・良かったんだよね?」
「あいつが選んだ道だ。良いも悪いもねぇよ」
ジェストは視線を向けずにそう返した。心の中では別の思いを持ちながら。そして、部屋は二人の沈黙に満たされた。
 クレアはエレベーターを出ると、目の前に立っていた彼には一言も声をかけず、事務所へと歩き続けた。ドアの前で振り返ったときにはもう、彼の姿はなかった。彼女はふぅ、とため息をついてドアを開くと、そのまま自分の部屋へと向かった。どうやら彼も同じ結論に達したようだ、と考えながらドアノブに手をかける。そして、大きくため息をついた。何故喜ばないの?私達を危険に晒す要因がひとつ消えたのよ?頭の中で冷酷な自分がしつこく聞き返すのを無理矢理追い払い、大切だった仲間が一人消えた、という事実を彼女は改めて実感していた。
「何よ・・・。追い払った方が良いなんて考えてたのは私でしょ・・・?」
彼女は部屋に入ると、目の前のソファーに酷く酔った時のように倒れこんだ。雨粒が窓ガラスを叩く音だけが部屋の中に僅かに響いている。彼は、何処へ行く気なのだろうか・・・?以前の記憶がない彼に頼る当てなどあるはずもない。おそらく、巡回中の兵士に保護され、すぐ連れ戻されてくるだろう。あるいは路上強盗に遭い、どこかで野垂れ死にするか・・・。彼女はまたため息をついた。もう関係のない奴の事なんて考えなくてもいいはずなのに・・・。連れ戻されてきたって、こちらが知らないと言い張ればそれで終わりなんだ。きっと、彼も迷惑をかけまいと否定する気だろうから。でも・・・それで本当にいいの?彼女はソファーから起き上がると、薄暗い部屋の片隅を見つめた。仲間の安全を守らなきゃって考えたはずだ、私は。じゃあ、彼は仲間ではなかったという事?
「違う・・・。彼だって私の・・・私達の・・・」
仲間なんだ。だったら私が採るべき行動はひとつしかない。彼を、レオンを連れ戻す!
 彼女は部屋を飛び出すと、応接室へと走った。そして扉を勢いよく開くと同時に、フロアに響き渡るほどの大声で怒鳴った。
「サラ、ジェスト!あのバカを連れ戻すわよ!」
「クレア・・・ちゃん!?」
彼女を見つめたまま驚いているサラとは反対に、ジェストはニヤッと意味ありげな笑いを返した。
「結局その結論に達したか。実は俺も、丁度そこに辿り着いたところでな」
「そう。それじゃ、早速探しに行くわよ。念の為、武器を携帯しましょう」
彼の言葉に思わず笑みを浮かべつつ、彼女はそう言った。

 「・・・また出撃させるんですか?先程のようにまた撃墜されたら、新型兵器としての面が立ちませんよ」
路肩に停車した大型のワゴン車で機器を操作しつつ、作業着を着たAAが無線で弱音を吐いた。夜間の戦闘で試験機を二機も出撃させたというのに、目標の撃破どころか一機撃墜されるという状況では、尻込みしたくなるのも当然だった。しかも、この作戦が公の場に晒されようものなら、命の保障はないのだ。だが、相手はそれを気にもせずに言った。
『あの損失は彼女のミスだよ。遠距離から砲撃を加えれば落とせたものを、相手を甘く見て接近戦に持ち込んだ。だから落とされたというだけだよ。だから、今回はあの民間人用に罠を仕掛けた』
「それはわかってます。しかし・・・」
なおも彼が反論しようとすると、相手がそれを遮るようにして再び喋り始めた。
『問題はない。いざとなれば僕達全員の記憶を「封印」すればいい。少なくとも死刑台くらいは免れるよ』
「・・・了解しました。やればいいんでしょうが、やれば」
『そういう事。それと、『アレ』のデータも収集しといて』
わかりました、と乱暴な口調で応答すると、彼は一方的に通信を切った。冗談じゃない、あの男はまだ面倒な仕事をやらせる気か。とはいえ、今になって裏切るわけにもいかない。ここは仕方なく従うとするか・・・。彼は手前のパネルを操作し、正面に並んだディスプレイの表示を切り替えた。そして、『罠』を待機状態から警戒モードに変更すると、全武装の安全装置を解除した。後はあちらが勝手に引っかかってくれればいい・・・。そう思いながら、彼はコーヒーの入った金属製のカップを口元へと運んだ。

 冷たい雨を頭から被りつつ、レオンはあてもなくひたすら歩いていた。他人を危険に晒してしまう以上、ここから出て行くしかない。少なくとも、今の彼にはあそこへ戻る気はなかった。さて、何処へ行くべきだろうか。彼はふとそう思うと、歩調を緩めた。このまま首都に残れば嫌でも多くの住民を巻き込む可能性があるから、それはできない。だが、仮に首都から出たとして、一体何処へ行けばいいのだろう。記憶がある限りでは、首都よりも外のエリアに出た事は一度もない。地図だって、周囲のエリア程度までしかわからない状態。こんな状態で出ていったとしても、結局誰かに迷惑をかける事になるだろう。
「やっぱり、ここから出ない方がいいのか。でも、みんなを危険に晒すわけには・・・」
考えるにつれて、足取りが徐々に重くなっていく。そして、人気のない交差点に差し掛かったところで、彼は大きくため息をついた。なんだかんだで飛び出したはいいが、結局何も解決していない気がする。むしろ、状況を混乱させただけかもしれないのに。
 彼がそう思ったとき、突然奇妙な感覚が襲ってきた。何かが、高速で近づいてくる。それが何かははっきりしないものの、少なくとも味方でない気がした。と同時に全ての武装が自動的に展開され、彼が気づいた時には既に空中で静止していた。
「戦えっていうのか・・・俺が被害を避けたくても」
そうつぶやくと、彼はライフルを構えたまま周囲を見回した。そして、灰色の雨雲を掠めるようにして、ひとつの黒い点が接近しているのに気づき、すぐさま発砲した。しかし、まだ距離があるせいかあっさりと回避されてしまい、黒い点は雲の中に消えた。そして一瞬の間をおいて、彼の頭上から二基の黒い鋏が襲い掛かってきた。
「くそっ・・・!」
片方を左手の刃で受け止め、もう片方を間一髪で回避すると、彼はワイヤーのに向けてライフルを連射した。黒い塊は放たれた光弾を巧みに回避して彼に衝突し、同時に彼を強く蹴った。そして銃身の短いライフルを展開、即座に照準を定めた。
「目標を捕捉。・・・墜ちろ」
その一言とともに引き金が引かれ、連続して赤色の光弾が彼へと撃ち込まれる。彼は弾が到達する寸前に体勢を立て直し、弾幕を潜り抜けるようにして回避した。そして両側から飛行してきた鋏を両手の刃で受け止めた。
「まだ抵抗するか。大人しく逝けば他人に危害が及ぶ事はないというのに」
ライフルを連射しながら、Ⅶは彼にそう言った。彼は右方からの弾幕を回避しつつ弾を撃ち返す。
「断る。俺は、お前達の言いなりになる気はない」
「ならば仕方ない。作戦命令に従い、第五被検体及び脱走後の被検体の全関係者を抹消する」
「そんな事、絶対にさせるもんかっ!!」
彼の振り下ろした刃が敵の剣と交差する。鍔迫り合いになった二人は、ほぼ同時に相手を弾き、銃撃した。激しく飛び交う二人の背後で、幾つもの稲妻が同時に走る。

 「戦闘音ね。落雷で多少判りにくいけど、多分レオンと昨夜の敵が戦ってる」
珍しく人気の全くない大通りを駆けていたクレアは、聞き覚えのある音に気がつき、空を見上げた。モノトーンで塗り固められた空が、時折赤色に光る。
「サラ、今はどの辺りにいるの?」
彼女が無線機で呼びかけると、すぐに応答が帰ってきた。
『東側のルートを辿ってたんだけど、空にあの光が見えて。・・・今は首都環状線東南地区ステーションの前で確認中』
「了解、すぐに向かうわ。・・・ねえサラ、そっちに民間人はいる?」
彼女はなんとなく気になっていた事を訊いてみた。なんとなく嫌な感じがして。
『えーっと・・・ニ、三人くらいかなあ。それがどうかしたの?』
返ってきた言葉に、彼女は更に確信を強めた。今日は外出するな、なんて命令がない限りこういった事はない。だとしたら、何らかの罠が用意されている可能性も・・・。
『・・・どうかした?』
「ううん、何でもない。とにかくそこで待ってなさい」
そう指示を出して無線機を切ると、彼女は手の甲に装着したあの武器をチラリと見た。もしもの場合は市街戦も覚悟するしかない、か。そう思いながら、安全装置を解除した。
 その時、前方から放たれた光が彼女の足元に着弾し、アスファルトが抉り取られて弾けた。とっさに手の甲の武器を通りの向かい側に建ったビルに向けて射出し、外壁に食い込むと同時にワイヤーを巻き取った。彼女の身体が引き上げられ、一瞬遅れて光が通過していく。
「危ないわね・・・」
そう言いながら外壁を蹴る。そして、同時に抜いた武器を前方に向けて射出した。もう片方の武器を別のビルに向けて射出し、落下の衝撃を緩和すると、前方に撃ち出した武器を引き寄せた。楔状の武器の一部が食い込んだ無人砲台がつられて勢いよく空中に飛ばされる。砲台は彼女の上を通り越すと、遥か後ろに落下し、大破した。
「対物用の砲台・・・?冗談じゃないわ」
楔を回収し終えると、彼女はそうつぶやいた。ここにくる事は予想の範疇だったということか。そこで、彼女ははっと気がついたように無線機を取り出した。
「まさかサラとジェストも・・・!」
彼女が無線機に向かって呼びかけると、何かあったのかといった様子で二人からの応答が返ってきた。
『クレアちゃん、どうしたの?』
『おい、そんなに慌ててどうしたんだ?』
無事か、とほっとしながらも、彼女は二人に向かって応答した。
「大丈夫。・・・でも、二人とも気をつけて。私達も狙われてるみたいだから」
『了解。・・・じゃあ引き続き警戒しつつ駅へ向かう』
『わかった。クレアちゃんも気をつけてね』
はいはい、と応えたところで、彼女は後方に気配を感じた。彼女は振り向かずに楔を射出すると、気配のした場所に向けて誘導し、敵を破壊した。
「確かに気をつけるべきね」
彼女は振り返って砲台の残骸を確認すると、ワイヤーを巻き取った。

 「ハアッ・・・ハアッ・・・」
激しい戦闘が続いているせいか、レオンの呼吸は随分と荒くなっていた。それは相手にとっても同じらしく、時折雷鳴に混じって喘ぎが聞こえてくるほどになっている。二人は間合いを取った状態のまま、ほんの僅かな休息をとっていた。二、三度雷光が走ったところで、敵が再び剣を構えた。
「くっ・・・、意外としぶといものだ・・・。が、貴様の出力維持も既に限界のはず」
剣の刃を覆うように、赤黒い光の刃が放出された。彼は、両手持ちでの構えをとると、レオンをキッと睨みつけた。
「ならば、この一撃で止めを刺す!」
「・・・ここで倒すんだ!ここで・・・俺が、食い止めないと!」
レオンが叫ぶと同時に、左右それぞれの手に握られた赤色の刃が輝きを増した。そして、それが目の前で十字状に構えられた瞬間、敵が突進した。
「はあっ!」
「やあぁっ!」
コンマ数秒で射程に到達し、剣が勢いよく振り下ろされる。それと連動するかのように赤い刃が剣の前に差し出され、その切っ先と衝突し、そしてもうひとつの刃が敵の胴を見事に両断した。雷鳴と同時に、灰色の空に赤い血が迸る。まるで信じられないといった表情のまま、Ⅶは投げ出されるようにして落下していった。
「やっ・・・た」
彼はそうつぶやくと同時に、バランスを失って落下し始めた。しかし、何とか回復すると、ゆっくりと地上に降り立った。そのまま、ズルズルッと壁にもたれる様にして座り込むと、彼はほっとしたような表情を浮かべた。
「・・・オン。レオン!・・・」
聞き覚えのある声と、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえたのを最後に、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。

 ジェストは首都の周囲を取り囲んでいる環状線の高架に沿って、駅へと移動していた。道中、彼女の忠告どおり自動砲台数基が待ち伏せしていたが、相手が気づく前にカメラとセンサーを破壊して無効化した。この程度なら彼にとっても、他の二人にとっても大した事はない。だが、彼は何となく不吉な感じがして仕方がなかった。
「ともかく・・・駅へ行ってみるしかなさそうだな」
拳銃の残弾を確認しつつ、彼は高架脇の歩道を走っていった。
 その頃、サラは駅の南口に面した広場の中央に立ち、周囲を見回していた。先ほどまでいたはずの民間人の姿も消え、今は微かな物音さえ一切聞こえない。彼女は不安な面持ちで広場中央に設置された時計台を見上げた。その時、無線からクレアの声が聞こえてきた。
『レオンを見つけた。・・・命に別状ザッな・・・ザッザーー・・・』
「え、何?クレアちゃん?」
急激にノイズが酷くなり、彼女の声が聞き取れなくなる。サラが彼女に向かって呼びかけた時には、もうノイズ音以外何も聞こえなかった。
「クレアちゃ・・・あれ?故障しちゃったのかな・・・?」
そう言って彼女が首を傾げた瞬間、目の前で何かが爆発した。
「きゃあっ!?」
爆風を受け、彼女は悲鳴とともに広場の端まで吹き飛ばされた。更にもう一度、先程まで彼女のいた場所が爆発し、時計台が根こそぎ吹き飛ばされる。
「うう・・・っ。一体何が・・・?」
傷ついた左腕を押さえながら、彼女は起き上がって辺りを見回した。左腕を、生暖かい血がゆっくりと滴り落ちていく。徐々に爆煙で覆われた視界が晴れていき、爆発を起こした張本人がその姿を次第に現していく。
「自動砲台があんなに・・・!」
彼女の前に、榴弾射出筒を装備した自動砲台が三基並び、メインカメラを彼女の方に向けていた。彼女の額を冷たい汗が流れる。こんな状況で太刀打ちする事なんて・・・できない。彼女が一歩後ず去ったとき、自動砲台が彼女に狙いを定めた。
「!」
彼女がそれに気づいた瞬間、三基からほぼ同時に榴弾が発射された。彼女はとっさに左手首にはめた腕輪に人差し指を触れると、右手で支えるようにして目の前にかざした。同時に、彼女の前面に光の防壁が展開され、一瞬遅れて到達した弾頭を連続して受け止める。
『プロトイージス展開。着弾により出力5%減少』
反作用を受け圧縮された弾頭が破裂し、防壁に掻き分けられるようにして衝撃波を発生させる。その直撃を受けて、左右の花壇が吹き飛ばされ、瓦礫と化した。
「く・・・っ。怪我してる分衝撃は大きい・・・」
彼女は防壁を展開したまま、ゆっくりと後退していく。それを追いかけるように自動砲台がゆっくりと移動を開始した。同時に、第三射の為に弾頭が装填される。そして、メインカメラからの映像をフィードバックし、砲身の向きを調整していく。
「クレアちゃん・・・ジェストさん・・・・・・レオン。誰か・・・誰か助けに来てよ」
彼女がそう言って下がった瞬間、第三射が放たれた。弾頭が着弾し爆発を起こす。そして、衝撃に耐え切れなくなった左腕が悲鳴を上げ、受け止め切れなかった衝撃で彼女は尻餅をついた。
「嫌だ・・・こんなところで死にたくなんて・・・ない」
なおも後ろへ逃げようとする彼女の耳に、新たな弾頭が装填される音が響いた。左腕はボロボロで、次の爆発を受け止められそうにない。もう、駄目なのかな・・・。背中に街灯が当たったのに気づくと、彼女は後退するのをあきらめ、四肢の力を抜いた。
「みんな・・・ごめんね」
そう言って彼女が目を閉じた瞬間、連続して三発の銃声が聞こえた。そして、聞き慣れた声が彼女の耳に届く。
 「何だらしない格好してんだ。さっさと起きろ」
「その声・・・ジェストさん!?」
彼女が驚いて目を開けた先に、ジェストの笑顔があった。彼は片手に残弾を撃ち尽くした拳銃を握ったまま、背後の自動砲台に視線を向ける。
「それにしても、ただの民間人狙うだけにしちゃ、ちょいと大袈裟だな。他の連中は全員屋内へ避難させてる事からしても、なんか背後にいそうだな」
彼の言葉に、彼女は軽く頷いて言い返した。
「そうですね。・・・ところで、レオンは見つかったんですか?」
「ああ。クレアが発見して事務所に連れて帰った。後は俺達二人が無事帰還すれば任務終了ってとこか」
彼はそう言ってもう片方の手を差し伸べた。彼女はその手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。サラの傷ついた左腕に気づき、彼は少し心配そうな表情を彼女に向けた。
「大丈夫か、その腕」
彼がそう尋ねると、彼女は大きくうなずいた。
「少し強くぶつけただけです。このくらい、大した事ないですから」
「ならいいんだが・・・。あまり無茶はするなよ」
彼はそう言い返し、空のマガジンを捨てた。
 その直後、一筋の光がジェストの身体を貫いた。一瞬顔をしかめると彼はバランスを崩し、その場に膝をついた。サラは彼の前にしゃがみ込むと、倒れそうな彼の身体を支える。
「ジェストさん、しっかりして下さい!ジェス・・・」
傷口から並大抵ではない量の血液が噴き出し、その飛沫が彼女の服までも赤に染めていく。彼女が再び叫ぶと、彼は苦しそうに言った。
「サラ・・・さっさと逃げろ。このままじゃ・・・お前まで狙われる」
「駄目です!ジェストさんを見殺しになんてできません!」
彼女は首を左右に振った。彼は二、三度咳き込むと、再び言った。
「選択肢は・・・一つしか・・・ねえ。お前が・・・生き延びる。それ以外には・・・」
彼の出血が治まる気配はなく、彼はより一層苦しそうな表情になる。彼女は半泣きになりながら、彼に向かって再び怒鳴った。
「ジェストさん!」
「行け・・・お前だけ・・・でも。クレアを・・・一人に・・・する、な」
そこまで言い切ると、彼はゆっくりと彼女に倒れ掛かった。その瞳から徐々に光が失われていく。彼の体温が急速に失われていく事に気づき、彼女ははっとして彼の首筋に右手を当てた。
「脈が・・・鼓動が止まってる。嘘・・・そんなの嘘でしょ?いつもの、冗談だよね?」
彼女が揺り動かすと、彼は抵抗なくバランスを崩し、横倒しになった。
「嘘じゃ・・・ない」
彼女が、ポツリとつぶやく。灰色の空から、雨がまた激しく降り注ぎ始め、地面の血をゆっくりと流し始めた。彼女はその場に座り込んだまま、左腕を跡が残るほど強く押さえつけた。
「嫌だ・・・ジェストさん。そんなの嫌だよ・・・クレアちゃんにも顔見せずに・・・酷過ぎだよ・・・」
雨音と嗚咽に混じり、彼女の声が微かに響く。

 この日の大雨。それは、彼女の涙のようでもあった。

 次回予告
愛する者を失い、悲しみに沈む彼ら。
そんな中、新たな刺客が行動を開始する。
そして、もう一人の『数字を持つ者』もまた動き始める。
次回『憎しみに染まる墓標』
新たな戦いが、始まりを告げる。


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