つれづれ日記

心に浮かんだことを書いています。

終了です

2010年08月11日 | 日記


gooのブログに慣れるために始めた「つれづれ日記」はこの日をもって終了いたします。

私のブログを続けて見たいと思ってくださる方は
ケセラセラ」を引き続き書いていきますのでそちらのほうで楽しんでください。


長い間 ありがとうございました 




新しいのはいいけれど。。。

2010年08月10日 | ひとりごと
メインで使っているデスクトップパソコンをとうとう買い換えた。

電源を入れるとシステムエラーチェックがかかり、いつまでも終わらないので
キャンセルして立ち上げる。

WindowsのバージョンがMEのためウィルスセキュリティーの新しいバージョンが入らない。

そして最近 キーボードまで壊れて入力できないキーが・・・(>_<)

こうなったら修理するより買い換えよう!ということで新しいPCを購入して10日目。

バージョンはWindows7でもちろんワードもバージョン2010と新しい。

使い勝手はどんなものかと、ワードの図形を使って絵を描くことにした。

・・・・・が、今まで使っていたツールがどこにあるかわからない!?
慣れるまでに時間がかかり、1時間半ほどかけてやっとハッピが完成。

まだまだツール探しは続きそうだ。
慣れるまでたいへんだぁ。。。

命の授業

2010年07月09日 | ひとりごと

昨日のテレビで腰塚勇人という人が取り上げられていた。

熱血教師として恐れられ、そして慕われていた中学の教師だった。
その先生がスキーにいった時、転倒し頚椎(首の骨)骨折という大事故に遭い、
手術をしたが首から下が全く動かなくなった。

それでも自分は3年の担任をやりたい!
生徒や他の先生の励ましなどによって奇跡的に歩けるようになった。

その後職場復帰し、養護学校を経て今は「命の授業」の講演活動を通して、
命の大切さや生きるよろこびを全国の学校や一般の方々に向け伝え続けている。

 

職場復帰をし、受け持った3年生が卒業する時に下の言葉を送ったという。


口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう・・・
耳は人との言葉を最後まで聞いてあげるために使おう・・・
目は人の良い所を見るために使おう・・・
手足は人を助けるために使おう・・・
心は人の痛みがわかるために使おう・・・

自分の体験からえた言葉には重みがある。

心温まる話

2010年04月05日 | 日記

日帰りバス旅行に行った時のこと。
帰りのバスの中で見せてもらったビデオが今も心に残っている。
それは九州にある南蔵院というお寺のご住職林覚乗氏の講演のビデオ。

林住職の話から

「口と鼻の喧嘩」
口が鼻に文句を言った
「おれは、1日3回のごはんを食べて、体を養ってるのに、
顔の一番下にいるのはおかしい!」

すると、鼻だけに「ふふーん」と笑い
「1日3回くらいで、お前は偉そうなことを言ってはいかん!」
「おれは24時間息をしてるんだぞ!だから俺のほうがお前より上だ!」
そう口と鼻が言い争いをしていて、ふと上に目があることに気がついた。
「おいそういえば、目は何もしないで、俺達を見下してるだけじゃないか」
それなら二人で目に文句を言いに行くことになり、目に文句を言うと
目は「口が偉そうなことを言うな、
食べて良いものと悪いものと見分けてあげてるのは俺だぞ!」
「鼻が偉そうなことを言うな、俺が高いところで見張ってやってるから、
お前たちが車にもはねられないで、生きていくことができるんじゃないか」
「口がそんなに上に行きたかったら、頭のてっぺんに行け、
そうなると、味噌汁はどうやって飲むんだ?」
と三人で話し合っていると、上に眉毛がいることに気がついた。
「眉毛は何もしないで、朝から晩まで寝たままだ、
あんなしょーもない奴はおらん」と三人で文句を言うと、
眉毛は「私は皆様方の働きに心から感謝します。」と言ったそうです。

さて、これは、どういうことかと言うと、
口だけでは生きていけない、鼻だけでも目だけでも生きていけない、
それぞれが大切な役割を持っているという教えだそうです。

言い換えると、お年寄りだけでも生きてはいけない、
若い人だけでも生きてはいけない。
男だけでも女だけでもだめ、それぞれが大切な役割を持っているんだということなんです。


「ワールドカップのデンマーク代表トマソン選手の話」
ワールドカップが日本で開催された年に、デンマークのサッカーチームが
和歌山県に合宿をしたそうです。他国のチームのほとんどは
チームの練習は非公開で行われていたのですが、
デンマークのチームは、オルセンという監督みずからが
キャンプ地を提供してくれた和歌山の町の人々が喜ぶことになることは
何でもしてあげることが私たちの仕事だと言い、
それは試合に勝つことよりなによりも大切だとの考え方により、
すべての練習を公開し、さらにその後には、少年達をグランドに呼び、
ミニサッカーゲームをしたり、サイン会や握手会を続けていたそうです。

その時の選手で、トマソンという選手がおりました。
(当時は小野選手と同じチームでオランダリーグで活躍していた)
ある日、トマソン選手が、いつもと同じく練習後のサイン会をしていたそうです。
その時は、トマソン選手のサインが欲しく、たくさんの子どもたちが、
列をなして並んでいたそうです。
順番が来て、一人の少年がトマソンの前で、何も言わず、
もぞもぞトマソンの前に立ち尽くしていたそうです。
トマソンはその少年が気になり、「どうしたの?」と聞くと、
その少年は1枚の紙切れを出しトマソンに渡したそうです。
その手紙は、学校の先生に書いてもらった英語の手紙で、
「ぼくは小さいころに、病気にかかって口と耳が不自由です。
耳は聞こえません、話すこともできません。
だけどサッカーだけは大好きです。僕はトマソン選手が大好きなのです。」
とその手紙に書いていたそうです。

その手紙を見たトマソンは、にっこり笑い
「君は手話ができますか?」と手話で語りかけたそうです。
しかし、手話は世界共通ではないので、
デンマークの人の手話は、日本人には通じなかったそうです。
すると、トマソンは横に立っていた通訳の人に、
「僕は今から、彼と筆談で話をしたいので、手伝っていただけますか?」と許可をもらい
さらに、後ろの列で並んでいる子供たちにも
「彼と話をする時間を僕に下さい」と言い断りをいれ、  少年との筆談が始まったそうです。

その筆談の中で、トマソンは「君はサッカーが好きですか?
デンマークを応援して下さいね。」と書くと少年はうなずき、
そして「トマソンさんはどうして手話ができるのですか?」と尋ねると、
トマソンは「僕にも君と同じ試練をもつ姉がいます。
彼女のために、僕は手話を覚えたのです。
試練は君にとってつらいことだと思いますが、
同じように君の家族もその試練を共有しています。
君は一人ぼっちじゃないということを解っていますか?」と
少年に優しく語りかけたそうです。
すると少年は黙ってうなずくと、
トマソンは「解っているならOK!だれにも辛いことがあります。
君にも僕にも、そして君のお母さんにも…それを乗り越える勇気を持って下さい」

その光景を横でみていたお母さんは、泣き崩れていたそうです。

さらにトマソンはこう言ったそうです。
「ぼくは今大会で1点を君のために必ずとります。
その姿を見た君が、これからの人生をがんばれるように
僕は祈っています」と筆談で語りかけたそうです。
すると少年が「はい。応援しますから頑張ってください」と答え
会場を後にしたそうです。

その後、この大会で、トマソンは4点取ったそうです。
しかし、デンマークはイングランドに負けたため、自国に帰ることになり、
和歌山の人々は、デンマークのサッカーチームが大好きだったので、
さよならパーティを開催することになったそうです。
そのさよならパーティーの会場で、トマソンはその少年を即座に見つけ、
自分の所に呼び、少年に
「せっかく応援してくれたのに、負けてごめんなさい」と謝ったそうです。
少年は、「負けたけど、とてもかっこよかったです。
約束通りに点を取ってくれて僕はとても嬉しかったです。」と筆談で渡すと、
トマソンは「僕から君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いて下さい。
君には前にも言った通り、試練が与えられている。
それは神様が決めたことだから今からは変えられない。
神様は君に試練を与えたけれど、君にもゴールを決めるチャンスを
神様は同様に与えてくれるはずです。
そのチャンスを逃さず、ちゃんとゴールを決めて下さいね。」
と言い、最高の笑顔で2人は写真に納まったそうです。

そしてこんなこともおっしゃっていた。

『みなさん、家を空けて旅行することがありますよね?
こうして安心して旅行を楽しめる、参加できるのも、留守を預かってくれる人がいるからこそだと思いませんか?
留守番をしてくれてありがとう。
まずは感謝の心を持ちましょう。』
 
 
もっともっと見せてもらいたかったビデオだけど
バスを降りる時間になったので途中で終わってしまった。
 
それでも笑いを取り入れ、引き込まれるような内容と話し方に感銘した。
 
機会があればDVDや本を見てみたいと思う。
そして南蔵院にも足を運んでみたい。
 
 
 
 
■ 林 覚乗(はやしかくじょう)南蔵院第二十三世住職プロフィール 

 

「出会う人に明るさを与えられる人間でありたい」を信条に、人生を生きるということについて、様々な実話などを交えて、生きることの大切さを問いかける講演を「現代の布教」と位置づけ、エネルギッシュに活動している。毎年、全国各地で約250回以上の講演を行っている。

■職歴・経歴
1953年 福岡県糟屋郡篠栗町生まれ。
1976年 高野山大学密教科卒業。
高野山真言宗ハワイホノルル別院駐在開教師(76年〜78年)を経て、1980年 南蔵院住職に就任。
1995年5月 南蔵院境内にブロンズ製としては世界最大の釈迦涅槃像(全長41m、高さ11m)が完成。
同年6月に、福岡ユニバーシアード協賛ジャンボ宝くじで1等、前後賞合わせて1億3000万円に当選。
また、その10日後にはナンバーくじで560万円を射止め、釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう)のご利益とマスコミで話題になる。
現在、福岡いのちの電話 顧問、福岡刑務所篤志(とくし) 面接委員、アジア刑政財団 評議員等。
また、1995年4月、戦後50年記念の東映映画「きけ、わだつみの声」に出演。

■著書
『しあわせを感じる喜び』『心ゆたかに生きる』『自分が好きですか』
■ビデオ・DVD
『心ゆたかに生きる』『であい』『おかげさま』『同行二人』

一泊二日の大掃除

2010年02月28日 | 日記
4年前、長男の住処を求めて下関まで車を走らせ
そして家電などを揃えるために新幹線に乗った。

気がつけば大学生活ももう終わり。
親にとってはあっという間の4年だった。

この度、部屋を引き払うために下関に向かった。

前もって大きなものや電化製品は後輩たちに引き取ってもらったはずなのに
物の多さにビックリ!?

いくつものダンボールにどんどん詰め込んで
いらないものは思い切って捨てて・・・

次の日には手配していた宅配便にダンボールを持って行ってもらい
頼んでいた便利屋さんにゴミステーションに捨てられないものを
持って帰ってもらった。

そしてお世話になった部屋の掃除。

ネットを解約し、ガスが止まり、大家さんにカギを返して一件落着。

せっかく下関まで行ったのに下関や小倉でウロウロする気力もなく
タクシーで新下関駅まで行って自宅まで戻ってきた。

この4年間で結構下関市を満喫した。
まだまだ見たいところは尽きないけど
今度は旅人として訪れたい。