ツレヅレグサ

雑記と愚痴と、時々小説

なんとなく戦闘とか書きたい。

2007-10-15 12:45:01 | 小説
 もうね、今時の路線で猫耳つけてとかネコ耳つけてとかネコミm(蹴

 冗談です。でも冗談ではないかもしれません。一昨日思いついて昨日固まってしまったアイデアがあり、しかし月末までにある物を書き終えなければならないという。おまけに部活やらレポートやらでまともに製作時間が取れなさそうで。これで書きたいと思っている内に別のネタを思いつくんだろうな……。
 ともかく、忘れるといけないからここでネタ晴らし。おそらく誰かにパk……じゃなくてインスパイアされる危険性もあるけど。まあ、簡単に言えば少女が銃乱射したり超高速バトルを繰り広げたりとか、そういう話を書きたいわけで(勿論猫耳着y(殴))。いっつもダークな感じが漂ってくるので、パーッと明るい話も書いてみようかなとか。結局話の流れ的に暗k(ry

 エヴァの人物みたいに第二次大戦中の艦船などから名前を持ってくるのがいいかもしれない(あるいは航空機のニックネームとか)。個人的には、英国の名機スピットファイアの派生機であるスパイトフルとか好きなんだけどね……。それの艦載機バージョンのシーファングも。どちらも非常に少数生産(というより試験機で終わった)だったんだけどね……。でも欧州系の機体はいいとして、日本の機体の愛称を使うのはきついという。普通に考えて飛燕や紫電、ましてや烈風なんて名前の人間はいないし。

 あ、そういえば雷電はいるな。MGSに。

 ではまた。

CyberChronicle(6)

2007-07-02 17:10:09 | 小説
 「なるほど・・・。突然襲撃を受け、自己防衛目的で応戦した結果、襲撃犯の一人を倒した。・・・そう捉えて差し支えないでしょうか?」
「ええ、大体はそれで。後はそちらにお任せします」
「承知しました。では、数時間ほど建物内で待機するように。なるべく外に出る事は控えて下さい」
治安維持軍の兵士とのやり取りを終え、クレアはふぅ、とため息をついた。橙一色の袋に詰め込まれた遺体が、担架に載せられた状態で大型の車両に運び込まれるのを眺めながら、彼女は考え事をしていた。今回は殆ど被害が出なかったから良かったものの、彼がいる限り、また襲撃を受ける恐れがある。今回倒せたのは、たまたま私達の運が良かっただけ。多分・・・今度奴らが来たら、今の武器では太刀打ちできないだろう。やはり彼を・・・。そうする以外にこれ以上の被害を防ぐ方法もないし・・・。
「・・・すいません。何か気になる事でもありましたか?」
突然ポン、と肩を叩かれ、彼女は驚いて振り向いた。先ほど簡単な事情聴取を受けた時にいた兵士が、不思議そうな表情をして見つめているのに気がつくと、彼女は慌てて首を横に振った。
「それなら、部屋に戻って待機していて下さい。事件の処理が終わったら、こちらから連絡を入れますので」
「はい、すいません・・・」
兵士と別れ、ビルに向かってトボトボと歩きながら、彼女は再び考え始めた。こうなった以上、もう以前のような態度で接する事はできない。今は、ここにいる全員の安全を確保する事を優先しなければ・・・。

  CyberChronicle

 第六話 -悲しみの結末-

 早朝の首都は厚い雲に覆われ、どんよりとした天気になっていた。雨の予兆である特有の臭いに気づき、兵士の一人が部下に指示を出して現場を防水シートで覆った。作業を終えてすぐに大粒の雨が降り始め、兵士達は小走りになって現場の脇に停車している車両へと退避した。指示を出していた兵士は遺体の運び込まれた車両の傍に立ち、胸ポケットから煙草を取り出して口に咥えた。そして、オイルライターを取り出して火を点けた。二、三度煙を吐き出したところで車両の後部が開き、白衣を着た兵士が降りてきた。兵士は彼の前で敬礼すると、遺体の状況を説明し始めた。
「大まかな検死の結果ですが、死因は至近距離で散弾を受けた事による心肺の破壊、と断定しました。どうやら対物用の撤甲弾を撃ち込まれたらしく、胸部を中心に原形を留めていない状況ですが、軍の技術なら葬儀にも差し支えない程度まで修復できます」
「そうか。身元はまだ判明しないのか?」
彼が質問すると、兵士ははい、と返事をしてから答え始めた。
「一応判明しました。しかし、ひとつ奇妙な事がありまして、現在調査中です」
「奇妙な事だと?具体的に何かを説明しろ」
彼は短くなった煙草を灰皿の上でもみ消すと、兵士に厳しい口調で尋ねた。
「はい。遺体は、数年前まで中央政府軍に在籍していた兵士だと判明はしたのですが、・・・任務中に敵の奇襲を受け、戦死したとされています。もちろん、その遺体を回収したとの記録も残っています」
「もしそれが事実とするなら、一度死んだ兵士が生き返ったという事になるな。・・・技術的に不可能ではない、と聞いているが信じられん話だ」
「まさにその通りです。・・・現在遺体の構成データを解析して、それに関する証拠を調査中です。作業に戻っても宜しいでしょうか?」
兵士が尋ねると、彼は黙って小さくうなずいた。兵士が再び敬礼し、車両内へと戻っていくのを横目で見届けた後、彼は再び煙草を取り出した。とにかく、だ。ライターを点火しつつ彼は考える。これが単なる犯罪とは考えがたいのは事実だ。場合によっては身内が関わっている可能性も・・・ないとは言えない。これは、できる限り調査を進めた上で、「連中」に引き継いだ方がいいかもしれんな。煙草を咥えたまま、彼は灰色一色の空を見上げた。雨は、当分止みそうにない・・・。

 「やっぱり、俺のせい・・・なんですよね」
応接室の椅子に腰を下ろすと、レオンは暗い面持ちで小さくつぶやいた。
「そんな事ないと思う。・・・た、多分」
サラはそれを否定しようと言い返すが、次第に自信のない声へと変わっていく。そして、ジェストは何も言わずに窓際に立ち、外を眺めていた。彼は、再び口を開いた。
「考えてみれば、俺は迷惑ばかりかけてる。それまで何処にいたのか、誰なのかもわからない俺を助けてくれて。仕事までやらせてもらって・・・。でも・・・恩返しどころか・・・こんな事件に巻き込んでしまった」
「レオン・・・」
「もう、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません・・・。原因が俺なら、今すぐここから出て行けばいいだけ・・・ですから」
彼は、何も言い返せない彼女を一度だけ見ると、さっと立ち上がった。そして、二人の前で深々と頭を下げる。その間、ジェストは振り向く事もなく、ずっと窓の外に視線を向けていた。
「今までお世話になりました・・・。さようなら」
そう言って頭を上げると、彼はまっすぐに部屋を出ていった。ドアが閉まった後、彼女は彼の座っていた椅子を見つめたまま、ボソッとつぶやいた。
「これで・・・良かったんだよね?」
「あいつが選んだ道だ。良いも悪いもねぇよ」
ジェストは視線を向けずにそう返した。心の中では別の思いを持ちながら。そして、部屋は二人の沈黙に満たされた。
 クレアはエレベーターを出ると、目の前に立っていた彼には一言も声をかけず、事務所へと歩き続けた。ドアの前で振り返ったときにはもう、彼の姿はなかった。彼女はふぅ、とため息をついてドアを開くと、そのまま自分の部屋へと向かった。どうやら彼も同じ結論に達したようだ、と考えながらドアノブに手をかける。そして、大きくため息をついた。何故喜ばないの?私達を危険に晒す要因がひとつ消えたのよ?頭の中で冷酷な自分がしつこく聞き返すのを無理矢理追い払い、大切だった仲間が一人消えた、という事実を彼女は改めて実感していた。
「何よ・・・。追い払った方が良いなんて考えてたのは私でしょ・・・?」
彼女は部屋に入ると、目の前のソファーに酷く酔った時のように倒れこんだ。雨粒が窓ガラスを叩く音だけが部屋の中に僅かに響いている。彼は、何処へ行く気なのだろうか・・・?以前の記憶がない彼に頼る当てなどあるはずもない。おそらく、巡回中の兵士に保護され、すぐ連れ戻されてくるだろう。あるいは路上強盗に遭い、どこかで野垂れ死にするか・・・。彼女はまたため息をついた。もう関係のない奴の事なんて考えなくてもいいはずなのに・・・。連れ戻されてきたって、こちらが知らないと言い張ればそれで終わりなんだ。きっと、彼も迷惑をかけまいと否定する気だろうから。でも・・・それで本当にいいの?彼女はソファーから起き上がると、薄暗い部屋の片隅を見つめた。仲間の安全を守らなきゃって考えたはずだ、私は。じゃあ、彼は仲間ではなかったという事?
「違う・・・。彼だって私の・・・私達の・・・」
仲間なんだ。だったら私が採るべき行動はひとつしかない。彼を、レオンを連れ戻す!
 彼女は部屋を飛び出すと、応接室へと走った。そして扉を勢いよく開くと同時に、フロアに響き渡るほどの大声で怒鳴った。
「サラ、ジェスト!あのバカを連れ戻すわよ!」
「クレア・・・ちゃん!?」
彼女を見つめたまま驚いているサラとは反対に、ジェストはニヤッと意味ありげな笑いを返した。
「結局その結論に達したか。実は俺も、丁度そこに辿り着いたところでな」
「そう。それじゃ、早速探しに行くわよ。念の為、武器を携帯しましょう」
彼の言葉に思わず笑みを浮かべつつ、彼女はそう言った。

 「・・・また出撃させるんですか?先程のようにまた撃墜されたら、新型兵器としての面が立ちませんよ」
路肩に停車した大型のワゴン車で機器を操作しつつ、作業着を着たAAが無線で弱音を吐いた。夜間の戦闘で試験機を二機も出撃させたというのに、目標の撃破どころか一機撃墜されるという状況では、尻込みしたくなるのも当然だった。しかも、この作戦が公の場に晒されようものなら、命の保障はないのだ。だが、相手はそれを気にもせずに言った。
『あの損失は彼女のミスだよ。遠距離から砲撃を加えれば落とせたものを、相手を甘く見て接近戦に持ち込んだ。だから落とされたというだけだよ。だから、今回はあの民間人用に罠を仕掛けた』
「それはわかってます。しかし・・・」
なおも彼が反論しようとすると、相手がそれを遮るようにして再び喋り始めた。
『問題はない。いざとなれば僕達全員の記憶を「封印」すればいい。少なくとも死刑台くらいは免れるよ』
「・・・了解しました。やればいいんでしょうが、やれば」
『そういう事。それと、『アレ』のデータも収集しといて』
わかりました、と乱暴な口調で応答すると、彼は一方的に通信を切った。冗談じゃない、あの男はまだ面倒な仕事をやらせる気か。とはいえ、今になって裏切るわけにもいかない。ここは仕方なく従うとするか・・・。彼は手前のパネルを操作し、正面に並んだディスプレイの表示を切り替えた。そして、『罠』を待機状態から警戒モードに変更すると、全武装の安全装置を解除した。後はあちらが勝手に引っかかってくれればいい・・・。そう思いながら、彼はコーヒーの入った金属製のカップを口元へと運んだ。

 冷たい雨を頭から被りつつ、レオンはあてもなくひたすら歩いていた。他人を危険に晒してしまう以上、ここから出て行くしかない。少なくとも、今の彼にはあそこへ戻る気はなかった。さて、何処へ行くべきだろうか。彼はふとそう思うと、歩調を緩めた。このまま首都に残れば嫌でも多くの住民を巻き込む可能性があるから、それはできない。だが、仮に首都から出たとして、一体何処へ行けばいいのだろう。記憶がある限りでは、首都よりも外のエリアに出た事は一度もない。地図だって、周囲のエリア程度までしかわからない状態。こんな状態で出ていったとしても、結局誰かに迷惑をかける事になるだろう。
「やっぱり、ここから出ない方がいいのか。でも、みんなを危険に晒すわけには・・・」
考えるにつれて、足取りが徐々に重くなっていく。そして、人気のない交差点に差し掛かったところで、彼は大きくため息をついた。なんだかんだで飛び出したはいいが、結局何も解決していない気がする。むしろ、状況を混乱させただけかもしれないのに。
 彼がそう思ったとき、突然奇妙な感覚が襲ってきた。何かが、高速で近づいてくる。それが何かははっきりしないものの、少なくとも味方でない気がした。と同時に全ての武装が自動的に展開され、彼が気づいた時には既に空中で静止していた。
「戦えっていうのか・・・俺が被害を避けたくても」
そうつぶやくと、彼はライフルを構えたまま周囲を見回した。そして、灰色の雨雲を掠めるようにして、ひとつの黒い点が接近しているのに気づき、すぐさま発砲した。しかし、まだ距離があるせいかあっさりと回避されてしまい、黒い点は雲の中に消えた。そして一瞬の間をおいて、彼の頭上から二基の黒い鋏が襲い掛かってきた。
「くそっ・・・!」
片方を左手の刃で受け止め、もう片方を間一髪で回避すると、彼はワイヤーのに向けてライフルを連射した。黒い塊は放たれた光弾を巧みに回避して彼に衝突し、同時に彼を強く蹴った。そして銃身の短いライフルを展開、即座に照準を定めた。
「目標を捕捉。・・・墜ちろ」
その一言とともに引き金が引かれ、連続して赤色の光弾が彼へと撃ち込まれる。彼は弾が到達する寸前に体勢を立て直し、弾幕を潜り抜けるようにして回避した。そして両側から飛行してきた鋏を両手の刃で受け止めた。
「まだ抵抗するか。大人しく逝けば他人に危害が及ぶ事はないというのに」
ライフルを連射しながら、Ⅶは彼にそう言った。彼は右方からの弾幕を回避しつつ弾を撃ち返す。
「断る。俺は、お前達の言いなりになる気はない」
「ならば仕方ない。作戦命令に従い、第五被検体及び脱走後の被検体の全関係者を抹消する」
「そんな事、絶対にさせるもんかっ!!」
彼の振り下ろした刃が敵の剣と交差する。鍔迫り合いになった二人は、ほぼ同時に相手を弾き、銃撃した。激しく飛び交う二人の背後で、幾つもの稲妻が同時に走る。

 「戦闘音ね。落雷で多少判りにくいけど、多分レオンと昨夜の敵が戦ってる」
珍しく人気の全くない大通りを駆けていたクレアは、聞き覚えのある音に気がつき、空を見上げた。モノトーンで塗り固められた空が、時折赤色に光る。
「サラ、今はどの辺りにいるの?」
彼女が無線機で呼びかけると、すぐに応答が帰ってきた。
『東側のルートを辿ってたんだけど、空にあの光が見えて。・・・今は首都環状線東南地区ステーションの前で確認中』
「了解、すぐに向かうわ。・・・ねえサラ、そっちに民間人はいる?」
彼女はなんとなく気になっていた事を訊いてみた。なんとなく嫌な感じがして。
『えーっと・・・ニ、三人くらいかなあ。それがどうかしたの?』
返ってきた言葉に、彼女は更に確信を強めた。今日は外出するな、なんて命令がない限りこういった事はない。だとしたら、何らかの罠が用意されている可能性も・・・。
『・・・どうかした?』
「ううん、何でもない。とにかくそこで待ってなさい」
そう指示を出して無線機を切ると、彼女は手の甲に装着したあの武器をチラリと見た。もしもの場合は市街戦も覚悟するしかない、か。そう思いながら、安全装置を解除した。
 その時、前方から放たれた光が彼女の足元に着弾し、アスファルトが抉り取られて弾けた。とっさに手の甲の武器を通りの向かい側に建ったビルに向けて射出し、外壁に食い込むと同時にワイヤーを巻き取った。彼女の身体が引き上げられ、一瞬遅れて光が通過していく。
「危ないわね・・・」
そう言いながら外壁を蹴る。そして、同時に抜いた武器を前方に向けて射出した。もう片方の武器を別のビルに向けて射出し、落下の衝撃を緩和すると、前方に撃ち出した武器を引き寄せた。楔状の武器の一部が食い込んだ無人砲台がつられて勢いよく空中に飛ばされる。砲台は彼女の上を通り越すと、遥か後ろに落下し、大破した。
「対物用の砲台・・・?冗談じゃないわ」
楔を回収し終えると、彼女はそうつぶやいた。ここにくる事は予想の範疇だったということか。そこで、彼女ははっと気がついたように無線機を取り出した。
「まさかサラとジェストも・・・!」
彼女が無線機に向かって呼びかけると、何かあったのかといった様子で二人からの応答が返ってきた。
『クレアちゃん、どうしたの?』
『おい、そんなに慌ててどうしたんだ?』
無事か、とほっとしながらも、彼女は二人に向かって応答した。
「大丈夫。・・・でも、二人とも気をつけて。私達も狙われてるみたいだから」
『了解。・・・じゃあ引き続き警戒しつつ駅へ向かう』
『わかった。クレアちゃんも気をつけてね』
はいはい、と応えたところで、彼女は後方に気配を感じた。彼女は振り向かずに楔を射出すると、気配のした場所に向けて誘導し、敵を破壊した。
「確かに気をつけるべきね」
彼女は振り返って砲台の残骸を確認すると、ワイヤーを巻き取った。

 「ハアッ・・・ハアッ・・・」
激しい戦闘が続いているせいか、レオンの呼吸は随分と荒くなっていた。それは相手にとっても同じらしく、時折雷鳴に混じって喘ぎが聞こえてくるほどになっている。二人は間合いを取った状態のまま、ほんの僅かな休息をとっていた。二、三度雷光が走ったところで、敵が再び剣を構えた。
「くっ・・・、意外としぶといものだ・・・。が、貴様の出力維持も既に限界のはず」
剣の刃を覆うように、赤黒い光の刃が放出された。彼は、両手持ちでの構えをとると、レオンをキッと睨みつけた。
「ならば、この一撃で止めを刺す!」
「・・・ここで倒すんだ!ここで・・・俺が、食い止めないと!」
レオンが叫ぶと同時に、左右それぞれの手に握られた赤色の刃が輝きを増した。そして、それが目の前で十字状に構えられた瞬間、敵が突進した。
「はあっ!」
「やあぁっ!」
コンマ数秒で射程に到達し、剣が勢いよく振り下ろされる。それと連動するかのように赤い刃が剣の前に差し出され、その切っ先と衝突し、そしてもうひとつの刃が敵の胴を見事に両断した。雷鳴と同時に、灰色の空に赤い血が迸る。まるで信じられないといった表情のまま、Ⅶは投げ出されるようにして落下していった。
「やっ・・・た」
彼はそうつぶやくと同時に、バランスを失って落下し始めた。しかし、何とか回復すると、ゆっくりと地上に降り立った。そのまま、ズルズルッと壁にもたれる様にして座り込むと、彼はほっとしたような表情を浮かべた。
「・・・オン。レオン!・・・」
聞き覚えのある声と、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえたのを最後に、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。

 ジェストは首都の周囲を取り囲んでいる環状線の高架に沿って、駅へと移動していた。道中、彼女の忠告どおり自動砲台数基が待ち伏せしていたが、相手が気づく前にカメラとセンサーを破壊して無効化した。この程度なら彼にとっても、他の二人にとっても大した事はない。だが、彼は何となく不吉な感じがして仕方がなかった。
「ともかく・・・駅へ行ってみるしかなさそうだな」
拳銃の残弾を確認しつつ、彼は高架脇の歩道を走っていった。
 その頃、サラは駅の南口に面した広場の中央に立ち、周囲を見回していた。先ほどまでいたはずの民間人の姿も消え、今は微かな物音さえ一切聞こえない。彼女は不安な面持ちで広場中央に設置された時計台を見上げた。その時、無線からクレアの声が聞こえてきた。
『レオンを見つけた。・・・命に別状ザッな・・・ザッザーー・・・』
「え、何?クレアちゃん?」
急激にノイズが酷くなり、彼女の声が聞き取れなくなる。サラが彼女に向かって呼びかけた時には、もうノイズ音以外何も聞こえなかった。
「クレアちゃ・・・あれ?故障しちゃったのかな・・・?」
そう言って彼女が首を傾げた瞬間、目の前で何かが爆発した。
「きゃあっ!?」
爆風を受け、彼女は悲鳴とともに広場の端まで吹き飛ばされた。更にもう一度、先程まで彼女のいた場所が爆発し、時計台が根こそぎ吹き飛ばされる。
「うう・・・っ。一体何が・・・?」
傷ついた左腕を押さえながら、彼女は起き上がって辺りを見回した。左腕を、生暖かい血がゆっくりと滴り落ちていく。徐々に爆煙で覆われた視界が晴れていき、爆発を起こした張本人がその姿を次第に現していく。
「自動砲台があんなに・・・!」
彼女の前に、榴弾射出筒を装備した自動砲台が三基並び、メインカメラを彼女の方に向けていた。彼女の額を冷たい汗が流れる。こんな状況で太刀打ちする事なんて・・・できない。彼女が一歩後ず去ったとき、自動砲台が彼女に狙いを定めた。
「!」
彼女がそれに気づいた瞬間、三基からほぼ同時に榴弾が発射された。彼女はとっさに左手首にはめた腕輪に人差し指を触れると、右手で支えるようにして目の前にかざした。同時に、彼女の前面に光の防壁が展開され、一瞬遅れて到達した弾頭を連続して受け止める。
『プロトイージス展開。着弾により出力5%減少』
反作用を受け圧縮された弾頭が破裂し、防壁に掻き分けられるようにして衝撃波を発生させる。その直撃を受けて、左右の花壇が吹き飛ばされ、瓦礫と化した。
「く・・・っ。怪我してる分衝撃は大きい・・・」
彼女は防壁を展開したまま、ゆっくりと後退していく。それを追いかけるように自動砲台がゆっくりと移動を開始した。同時に、第三射の為に弾頭が装填される。そして、メインカメラからの映像をフィードバックし、砲身の向きを調整していく。
「クレアちゃん・・・ジェストさん・・・・・・レオン。誰か・・・誰か助けに来てよ」
彼女がそう言って下がった瞬間、第三射が放たれた。弾頭が着弾し爆発を起こす。そして、衝撃に耐え切れなくなった左腕が悲鳴を上げ、受け止め切れなかった衝撃で彼女は尻餅をついた。
「嫌だ・・・こんなところで死にたくなんて・・・ない」
なおも後ろへ逃げようとする彼女の耳に、新たな弾頭が装填される音が響いた。左腕はボロボロで、次の爆発を受け止められそうにない。もう、駄目なのかな・・・。背中に街灯が当たったのに気づくと、彼女は後退するのをあきらめ、四肢の力を抜いた。
「みんな・・・ごめんね」
そう言って彼女が目を閉じた瞬間、連続して三発の銃声が聞こえた。そして、聞き慣れた声が彼女の耳に届く。
 「何だらしない格好してんだ。さっさと起きろ」
「その声・・・ジェストさん!?」
彼女が驚いて目を開けた先に、ジェストの笑顔があった。彼は片手に残弾を撃ち尽くした拳銃を握ったまま、背後の自動砲台に視線を向ける。
「それにしても、ただの民間人狙うだけにしちゃ、ちょいと大袈裟だな。他の連中は全員屋内へ避難させてる事からしても、なんか背後にいそうだな」
彼の言葉に、彼女は軽く頷いて言い返した。
「そうですね。・・・ところで、レオンは見つかったんですか?」
「ああ。クレアが発見して事務所に連れて帰った。後は俺達二人が無事帰還すれば任務終了ってとこか」
彼はそう言ってもう片方の手を差し伸べた。彼女はその手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。サラの傷ついた左腕に気づき、彼は少し心配そうな表情を彼女に向けた。
「大丈夫か、その腕」
彼がそう尋ねると、彼女は大きくうなずいた。
「少し強くぶつけただけです。このくらい、大した事ないですから」
「ならいいんだが・・・。あまり無茶はするなよ」
彼はそう言い返し、空のマガジンを捨てた。
 その直後、一筋の光がジェストの身体を貫いた。一瞬顔をしかめると彼はバランスを崩し、その場に膝をついた。サラは彼の前にしゃがみ込むと、倒れそうな彼の身体を支える。
「ジェストさん、しっかりして下さい!ジェス・・・」
傷口から並大抵ではない量の血液が噴き出し、その飛沫が彼女の服までも赤に染めていく。彼女が再び叫ぶと、彼は苦しそうに言った。
「サラ・・・さっさと逃げろ。このままじゃ・・・お前まで狙われる」
「駄目です!ジェストさんを見殺しになんてできません!」
彼女は首を左右に振った。彼は二、三度咳き込むと、再び言った。
「選択肢は・・・一つしか・・・ねえ。お前が・・・生き延びる。それ以外には・・・」
彼の出血が治まる気配はなく、彼はより一層苦しそうな表情になる。彼女は半泣きになりながら、彼に向かって再び怒鳴った。
「ジェストさん!」
「行け・・・お前だけ・・・でも。クレアを・・・一人に・・・する、な」
そこまで言い切ると、彼はゆっくりと彼女に倒れ掛かった。その瞳から徐々に光が失われていく。彼の体温が急速に失われていく事に気づき、彼女ははっとして彼の首筋に右手を当てた。
「脈が・・・鼓動が止まってる。嘘・・・そんなの嘘でしょ?いつもの、冗談だよね?」
彼女が揺り動かすと、彼は抵抗なくバランスを崩し、横倒しになった。
「嘘じゃ・・・ない」
彼女が、ポツリとつぶやく。灰色の空から、雨がまた激しく降り注ぎ始め、地面の血をゆっくりと流し始めた。彼女はその場に座り込んだまま、左腕を跡が残るほど強く押さえつけた。
「嫌だ・・・ジェストさん。そんなの嫌だよ・・・クレアちゃんにも顔見せずに・・・酷過ぎだよ・・・」
雨音と嗚咽に混じり、彼女の声が微かに響く。

 この日の大雨。それは、彼女の涙のようでもあった。

 次回予告
愛する者を失い、悲しみに沈む彼ら。
そんな中、新たな刺客が行動を開始する。
そして、もう一人の『数字を持つ者』もまた動き始める。
次回『憎しみに染まる墓標』
新たな戦いが、始まりを告げる。

雨ですね。

2007-06-18 16:58:33 | 小説
こういう時は蛙の鳴き声が聞こえてくるものです。

小説が進まないので気晴らしにドット絵。たまにはモノクロでやってみるのもいいもんですね。ちなみにMSペイントの鉛筆ツールで製作してます。顎辺りに失敗した感が・・・。継ぎ目がない方が自然だったかもしれません。まあ、気が向いたら修正してみるつもりです。

蛙といえば、ツボカビ症で話題になってますね。この前、ついに日本の野生種でも症状が確認されたようです。種によっては絶滅する恐れもあるそうなので、今後生態系にどんな影響を与えるのか心配なところです。ちなみに、人に害はないという事らしいですね。果たしていつまで安心かわかりませんが。もしツボカビ症でアマガエルとかモリアオガエル辺りがいなくなると、なじみのある蛙だけに結構寂しいですね・・・。

ではまた。


GunCuts and inHuman

2007-06-12 23:32:56 | 小説
 ※この作品には暴力的・流血などの表現が含まれています。生理的に受け付けない方は素直に戻られる事をお勧めします。




 白一色の窓のない部屋の中央に、少女が一人座り込んでいる。その少女の両腕は肘から先が灰色の長い毛に覆われ、手の部分は虎や豹のような猛獣のそれと化していた。背中からは六枚の巨大な翼が突き出し、床にだらりと垂れ下がっている。その隙間から、爬虫類のごとく鱗で覆われた長い尾が一本伸び、足先には硬く鋭い爪が四つ、脚全体を覆う灰色の毛皮から突き出ていた。胸と下半身はボロボロの布で覆い隠され、左右に投げ出した両足には鎖で繋がれた鉄球が革ベルトで固定されていた。
 何の前触れもなくドアが開き、白衣を着た数人の人間が部屋に入ってくると、彼女はうなだれていた顔を上げた。彼らは彼女の藍色の瞳を無機質な表情で見つめると、一人の運んできた台車を彼女の傍に停め、その上に載せられた機械を手に取る。左右から一人ずつが彼女の両肩を押さえ、もう一人がケーブルの片方を彼女の首筋に幾つか挿し込んだ。先端の針が肉に食い込む度に彼女が悲鳴を上げたが、彼は淡々と作業を続けた。それが終わると、ケーブルを機械の端子に接続し、機械を持っている一人に電源を入れるよう指示した。彼がスイッチを操作し始めると、機械のモニタに幾つかの波形が表示された。
「記録しろ」
ケーブルを挿した人間が命じると、台車の傍にいた一人が持っていた紙に何かを書き込み、それが終わると彼に合図した。彼はそれを確認し、機械の電源を切らせた。そして、針を丁寧とも雑とも言えないやり方で抜き、ケーブルを片付けていく。ケーブルを一纏めにして台車に載せると、ぐったりとしている彼女を見つめながら独り呟いた。
「これでも人間とは信じられんな・・・」
「そのうちまたモノ扱いになりますよ。それに、研究が終われば存在理由もなくなって廃棄処分でしょう」
先ほどの言葉を聴いていたらしい、台車の傍にいた人間が言い返すと、彼は何も言わず部屋を出ていった。それに続くようにほかの人間も出ていき、ドアが閉じられた。・・・ただ一人、少女だけがうつ伏せになって床に転がっていた。

 『・・・人と獣、それらを合成する事で生物兵器として十分通用する存在を造り、その能力を研究してきた。現段階で判明した事としては、身体の一部に変化が生じている事、そして知能は多少低下するものの、戦闘能力は兵器レベルである事だ。現在、実戦投入への検討が進められており、早くて来月の下旬には最初の実戦投入が行われる予定だ。また、量産に関してだが・・・』
少年はそこで映像の再生を止めると、その横に置かれていた缶からクッキーを何枚か取り出した。そしてそれらを一気に口に入れると、向かい側に座っている女性に話しかけた。
「へえ、もひはひへほろ・・・んぐっ。もしかしてこの兵器って奴を『回収』するのかよ?」
「その通り。勿論、潜入・脱出の際には私も協力する。報酬はそれ相応の金額を支払うそうだ」
クッキーを無理やり飲み込んだ少年に向かってそう言うと、彼女はフレームレスタイプの眼鏡を掛け直した。その奥で、褐色の瞳が冷たい輝きを放っている。彼はクッキーをまた一つつまみながら言い返した。
「この前みたいに厄介な物なら嫌だね。俺だって『一応』人間なんだ、危険な仕事は一切御免だからな」
「その心配はない。警備レベルはほぼ標準、兵士もごく普通の雑魚だけだ。・・・この兵器を投入する可能性もあるが、お前の能力値なら問題ない」
「そういう問題か?・・・まあいい、どうせ拒否権はないんだろ」
少年はそう言って席を立つと、壁掛けに吊り下げられている皮製のホルスターを掴み取り、装着した。白銀に輝く二挺の拳銃を取り出して動作を確認する彼をじっと見つめたまま、女性が一方的に話を続ける。
「零時丁度に警備の交代がある。その間、五分程度警備に隙ができる。その隙を狙って施設内に潜入し、被検体が監禁されている部屋まで向かう。その間、敵に見つかった場合は全て殺せ」
彼は壁の収納から9ミリ通常弾の入ったマガジンを取り出し、それぞれの銃に装填する。更に数本をホルスターのポケットに放り込んだ。
「扉は電子錠だが、私が予め開錠しておく。被検体が抵抗しなければそのまま、歯向うようなら眠らせて運び出せ。兵士は私が引き寄せておく」
別の収納を開き、噴霧式の麻酔薬を別のポケットにしまう。そして指先が露出するタイプの手袋を装着し、壁に掛かっていた黒色の大きな帽子を被った。
「質問はあるか?」
「今から出発したとして、何時頃到着するんだ?」
少年が背を向けたまま尋ねると、彼女は無機的な口調で答えを返した。
「車で普通に行けば二時間以上、警備の目を潜り抜けるとなれば三時間以上だが、遅くとも作戦開始二時間前には到着する」
「わかった。・・・出るぞ」
その言葉と同時に二挺の拳銃がホルスターに収まった。

 午前零時。都市から離れた山間に建てられた施設を巡回していた兵士は腕時計を確認した。
「・・・そろそろ交代の時間か」
彼は右肩に提げていた自動小銃を降ろすと、大きく伸びをした。二日に一度、六時間門の周囲を警戒して回る仕事は辛いものだ。三年前に隣国との戦争が終結して以降、任務の殆どが重要施設の警備になった。国の為に戦い、死ぬ事を望んで入った筈なのに、今の彼は奇妙な研究を行う施設を守っている。仕方がないとはいえ、このまま自分が朽ちていくのに納得できる筈もなかった。彼は銜えていた煙草を捨てると、苛立ち紛れに踏みつけた。
「クソッ!」
彼は憂鬱な表情で再び銃を担いだ。その時、彼の脇を一瞬何かがすり抜け、やや遅れて銃声が一発響き渡った。慌てて振り返ると、その視線の先には彼と交代する予定だった兵士が壁にもたれ掛かるように座り込んでいた。ただし、首の上が消失した状態だったが。
「嘘・・・だろ!?」
グリップを握る手が小刻みに震え、その度に銃が金具と接触してカタカタという音を立てる。突然の緊急事態に動揺しながらも、彼は通信機を掴み、やや上ずった声で怒鳴った。
「し、侵入者だ!警備が一人やられた!」
『なんだっ・・・ザザー・・・』
無線のノイズに混じって銃声と何かが倒れる音が聞こえてきた。どうやら既に手遅れだったらしい。それでも彼は必死に呼びかけ続けていた。
「オイッ!?一体何が起きた?・・・返事をしろぉっ!!」
「・・・他人を心配する前に自分を心配するべきだった」
背後から女性の落ち着いた声が聞こえ、彼はさっと振り向いて小銃を構えた。しかし、完全に向き直る前に拳銃のグリップが彼の鳩尾に半分ほど埋まっていた。その場にうずくまった彼に冷たい視線を向けつつ、女性は再び口を開いた。
「心配するな。あの馬鹿どもと違って殺しは好まん」
そして彼から小銃を取り上げ、彼を門の外側に引きずり出した。
「さて」
小銃を片手に、もう片方の手で眼鏡を取って投げ捨てる。灰色の瞳が月光を浴びて、更なる冷たい輝きを帯びた。
「こちらも動くとするか」

 『敵は被検体収容区画へと向かっている!先回りして奴を迎え撃て!』
慌てて武装を済ませた待機中の警備兵数人が施設内部を走り回る。だが、少年はその背後から頭部に向け正確に銃弾を撃ち放った。続けざまに血飛沫が弾ける中を駆け抜けると、彼は丁字路を右に曲がった。そして、最も突き当たりにある扉を開いた。
 彼が部屋に入ると、一面白色の何もない空間が広がっていた。ただ、その中央に半人半獣の少女が半ば衰弱した状態でうつ伏せになっている事を除いてはだったが。
「なあ、ここで合ってるよな?」
無線機を取り出し、彼はそう尋ねた。すぐに、女性の冷静な声が返ってくる。
『間違いない。そこにいるのが連中の造った兵器だ』
「弱ってる。鉄球付きの足枷まで嵌められてるぜ」
『悪趣味だな、ここの連中も。・・・早く脱出しろ。いくらお前でも四方を囲まれてはまずい』
彼女の言葉を聞きながら、彼は空になったマガジンを捨て、予備のマガジンを装填した。そして二発彼女の足元に撃ち、足枷の鎖を破壊した。もう一つの銃にも新たなマガジンを入れ終わったところで、少女が目を覚ました。
「だれ・・・あなた?」
彼女が継ぎ接ぎだらけの言葉遣いで尋ねると、彼は彼女に右の手を差し伸べて答えた。
「お前と同じ『人間』だ。お前を、助けに来た」
「たすけに・・・?」
「説明してる暇はない。歩けるか?」
彼が尋ねると、彼女は軽く頷き、獣の手を差し出した。
 その時、扉が開くと同時に嘘牛田兵士達がなだれ込み、二人の周囲を取り囲んだ。無数の銃口が彼と彼女に向けられ、そのトリガーのどれにも指が掛けられている。
「侵入者に告ぐ。大人しく武器を捨てて投降しろ。従えば命だけは助けてやる。だが逆らえば・・・」
兵士の一人がそこまで言いかけたとき、彼はニヤッと笑みを浮かべて言い返した。
「どっちにしろ殺すんだろ?・・・だったら、手段は一つだけだ」
「仕方がない。殺せ!」
兵士が怒鳴った瞬間、彼とその周囲の兵士の頭部を銃弾が抉り、血の飛沫が上がった。一瞬気をとられた兵士達を、彼はまったく躊躇する事無く撃ち抜き、物言わぬ肉塊へと変えていく。たったの十秒で環状に血の池が出来上がると、彼は空になったマガジンを二つとも床に落とした。
「行こう。また奴らが来る」
彼が予備のマガジンを装填しつつ言うと、彼女は黙って頷いた。

 「・・・っ、一体何がどうなって・・・」
兵士はまだ傷みの残る鳩尾を押さえたまま、地面を這うようにして門の前に出た。そこにはあの女性が、彼を気絶させた彼女が仁王立ちになって小銃を構えていた。その銃口の先には、四肢を撃ち抜かれた警備兵達がもがき苦しんでいた。その光景に彼が凍りついた時、彼女が冷たい光を放つ灰色の瞳で彼を見つめた。
「案ずるな。急所は外している」
冷たい口調で言い放つと、彼女は通用口から現れた兵士を正確に射撃し、血溜まりの中に倒れこませた。
「テメェ・・・!」
彼はホルスターから拳銃を引き抜くと、彼女に銃口を向けた。しかし、彼女は冷静な口調のまま言い返した。
「やめておけ。弾薬と命の無駄だ」
「くたばれっ!」
彼は叫びながらトリガーを引いた。放たれた銃弾は彼女の背中に当たり、そのまま内部を抉って胸部を貫通した。彼女の体がガクッと後ろに仰け反り、バランスを崩していく。だが、右足を引いて体勢を戻すと、何事もなかったかのように銃を構え直した。
「何でだ・・・?何で倒れない・・・?」
「無駄だと言った筈だ。さもなくば殺す」
「馬鹿にするな・・・!俺を馬鹿にするなぁっ!」
半ば狂乱した状態で、彼は続けさまにトリガーを引いた。銃弾が次々と彼女を貫き、抉っていく。ようやく膝をついたところで、ハンマーがカチッという音を立てた。残弾の無くなった銃を握り締めたまま、彼は笑い声を上げた。
「何が無駄だ。不死身とでも言うつもりか。バーカ・・・結局死んでんじゃねぇか」
その時、地面についた右手がピクッと動いた。そして、彼女がゆっくりと立ち上がり、彼に凍りつくような視線を向けた。
「これでわかった筈だ。その程度の装備で私は殺せん」
血に濡れた穴だらけの背中が急に泡立ち、あっという間に傷が塞がっていく。そして、撃たれたのが嘘であったかのように完治してしまった。彼の手から、拳銃が零れ落ちる。
「化け物・・・なのか?」
「その通りだ。・・・暇潰しは終わりだ。死にたくなくば下がれ」
彼女が忠告すると、彼は顔面蒼白のまま這いずるようにして門の後ろへと退却した。
 その直後、返り血を浴びた少年と半人半獣の少女が施設から出てきた。門の前に差し掛かったところでやせ細った少女はガクッと膝をついた。視点の定まらない藍色の瞳を、灰色の瞳が見下ろした。
「意識が混濁しているな。そこの兵士、水を渡せ」
門の後ろから金属製のボトルを握った手が現れると、彼女はボトルを取り上げた。そして少女を抱えるようにして起こし、ボトルをゆっくりと傾けた。少し口にして、少女は軽く咳き込んだ。彼女は少女の首筋を軽くさすると、ポケットから小型の医薬ケースを取り出し、そこから錠剤を一つ取って彼女の口に入れた。そして、再び水を飲ませて錠剤を飲み込ませる。
「これで死亡する確率は激減した。兵士、彼女の世話を頼む」
「頼むってどういう・・・!?」
事態が飲み込めていないらしい兵士に少女を渡し、彼女は施設の入り口を睨んだ。次の瞬間、何かに引き裂かれたように入り口の側壁が切り刻まれ、崩壊した。その瓦礫の間から、以上に長く鋭い爪がのぞいている。
「暴走したか。どちらにしろ消す他ないだろう」
そう言って銃を構えようとする彼女を制し、少年は前に進み出た。
「獣には獣が一番いい。だから、俺が行く」
彼はそう言って目の前の怪物に近づいていき、そして発砲した。わざと急所から外した銃弾が左腕の肘関節を砕き、怪物が悲鳴を上げる。仕返しといったところだろうか、右腕を使って彼を一瞬で薙ぎ払うと、更に左腕を引き摺るようにして一帯を薙いだ。その巻き添えを受け、施設の外壁が轟音とともに崩れ落ちる。
「おいおい!あんなガキ一人で大丈夫なのかよ?」
兵士が不安そうに尋ねると、彼女は冷徹な表情のまま言い返した。
「奴も私と同じだ、問題はない」
「化け物って事か・・・?ったく、なんでどいつもこいつも化け物なんだよ!?」
彼が悪態をついた瞬間、再び怪物の腕が施設を切り砕いた。そして、崩壊音の合間に何発かの銃声が響く。どうやら、あの少年はまだ生きているらしい。
「兵士、お前はこんな話を聞いた事があるか?」
「ああん?」
彼が荒っぽく聞き返すと、彼女は冷静な口調で語り始めた。
「4年前、隣国に侵攻した一個大隊が化け物数体によって殲滅されたという。特に本隊のいた密林は凄惨を極め、兵士の血で山が赤く染まったそうだ」
「・・・その話なら戦友から聞いた。『山猫』に右目と戦士の誇りを奪われたって話だ」
右目に眼帯を着けた髭面の兵士の顔を思い出し、彼はそう言い返した。
「お前達はそう呼んでいるらしいな。簡単に言えば、猛獣と人間の遺伝子を無理矢理混合させた合成生物の一種だ。開発コードは『ワイルドキャット』。対人戦闘を得意とする生物兵器・・・戦争の道具だ」

 そこまで言った瞬間、銃声とともに怪物の片腕がちぎれて落下した。相当の重さがあったであろう肉塊が突然なくなった事で、怪物が残った腕の方向へとバランスを崩す。その腕も、直ぐに間接部から抉られるようにして脱落し、その反動で怪物は後ろに倒れた。
「なあ、何でそんな事を知ってる?・・・もしかして、隣国の連中か?」
兵士が訊くと、彼女は門に立掛けていた小銃を担ぎながら答えを返した。
「そういう事だ。・・・折角だ、『山猫』の現物を見せてやろう」
「まさか冥土の土産ってわけじゃねえよな・・・?」
不安げに訊き返した彼には構う事無く、彼女は急に静まり返った戦場を見渡した。その視線の先に、ゆっくりと歩いてくる少年の姿があった。既に拳銃はホルスターに収まり、代わりにボロボロの帽子を右手に掴んでいた。
「怪我はないようだな」
「まあね。帽子が駄目になったせいで晒す事になったけど、問題ないよな?」
少年はそう言い返して帽子を捨てた。偶然破壊を免れた非常灯に照らされ、彼の姿が露になると同時に兵士ははっと息を呑んだ。
「猫の耳・・・だと?」
驚く彼に、彼女は冷静な口調で言った。
「わかりやすいだろう?人間の数十倍も感度がいいという話だ。・・・さて、丁度依頼主が来たようだ」
言い終えたところで、ヘリコプターのローターの回転音が反復して聞こえてきた。
 程なくして、暗闇に包まれた森林から中型の輸送ヘリコプターが姿を現し、門の前にゆっくりと降下し始めた。兵士がその上を見上げると、更に二機のヘリコプターが旋回しているのが見えた。その速度と形状からして、戦闘用である事に間違いはない。輸送機が着地を終えると、女性は門の傍で横に寝かされていた少女を抱え上げた。
「任務御苦労。これでまた戦争の種が消えた」
後部ハッチが開き、隣国の軍服を身にまとった男性が姿を現した。彼女が更に現れた兵士の一人に少女を渡すと、直ぐに機内へと運ばれていった。男性は彼女の目の前で立ち止まると、一瞬だけ兵士の方に目をむけ、彼女に尋ねた。
「なるほど、唯一の生存者というわけだな。何故殺さなかった?」
「第一に今回の任務において射殺対象には該当していない、そして第二に、私は不必要な殺生は好まん。それだけで十分だろう」
彼女の事務的な釈明を聞きながら、彼は微かに笑った。
「承知した。どの道この国の軍の事だ、放っておいても死亡扱いにされる。後はお前に任せる」
「了解した」
彼女の答えに軽い頷きを返すと、彼は少年の方に視線を向けた。が、今度は何も言わず踵を返すと機内へと消え、直ぐにハッチが閉じられた。そして、ローターが一気に回転を増し、機体が浮き上がった。
「まだ許す気はない、か」
夜空へと上がっていく漆黒の機体を見送りながら、彼女はたった一言だけ呟きを漏らした。そして小銃を兵士に投げて返すと、少年に声をかけた。
「任務完了だ。帰還する」
「了解。で、こいつどうする?」
彼が尋ねると、彼女はきっぱりと言い返した。
「居場所が消えた以上、私達に協力してもらう他ないだろう。状況によっては斥候として使えるかもしれん」
「俺にスパイをやれって?テメエらを裏切るかもしれないぜ?」
兵士はそう言うと、冗談のつもりで銃を向けた。しかし、どうやら真に受けたのか、彼の頬を銃弾が一発掠めた。
「その時は必ず抹殺する。だが、今殺す気はない」
彼女は冷たい灰色の瞳を彼に向けたまま、拳銃を収めた。
「有難いとは思えねえな・・・。死ぬよりゃマシだが」
「わかったら私について来い。連中も馬鹿揃いというわけではないからな」

 『調査報告書:警備任務に就いていた兵士のうち、ほぼ全員の死亡を確認。一人分の死体だけが発見されず。監視カメラ等警備装置に不審者の姿なし。被検体収容室にて猫科の動物の体毛を発見、人為的遺伝子改変を示す染色体あり。以上、研究所襲撃に関する現状報告とする』
「猫か」
「ええ、猫です。しかも4年前のあれと同じ」
「まだ動きはないのか」
「現状では確認されておりません。ですが、国内に潜伏している可能性もあります」
「そうか。近いうちに駆除せねばならんな」
「はい」

To Be Countinued?

(C)akkiy

CyberChronicle(5)

2007-05-13 22:59:05 | 小説
 首都近郊の独立機動群中央合同隊舎。その一室でルシアは情報端末を操作していた。定例の部隊状況の報告を終え、今は個人宛メールのフォルダを確認している最中だ。大半が軍事企業からの新兵器の採用願、残りの数通は頭の小さい一般部隊からの求愛メールだったが、彼女はそれらを少しも確認せず、まとめて削除した。企業関連のメールは隊長にも届いているし、恋愛などというくだらない遊びに興じる気もない。それ以前に、平和ボケした一般部隊と関係を持ったところで、自分の方がすぐに飽きるのを十分理解していた。彼女はメールブラウザを閉じると、端末をスタンバイ状態にした。そして、椅子にもたれ掛かるように座り直し、小さくため息をつく。
「平和なんて退屈・・・。兵士の、私の唯一の娯楽は戦いなのよ・・・」
また大きな戦争でも起こらないかな、と物騒な事を考えつつも、同時にそれが不幸を生み出す事を承知していた。わかってる・・・戦争はゲームじゃないって。銃を撃てば人が死ぬ。ナイフを急所に刺せば、当然血が噴き出す。でもそれが何?人が殺され死ぬ度に祈りを捧げろとでも言うの?そんな事を律儀にやってたら、きっと狂ってしまうだろう。それよりは・・・単なる娯楽と思えばいい。そう、例えばチェスやカードゲームのように。敵はみんな標的だと思ってしまえば・・・。
「ルシア大尉は随分と退屈そうな表情ですねぇ」
隣の席にいた薄紅が、いつもの皮肉のこもったような口調で言うと、彼女は起き上がり冷静な口調で言い返した。
「別に。それより、隊長が何処に行ったか知らない?一時間後に独立機動群の合同ミーティングがあるのに」
「どうせ自分の屋敷ですよぉ。貴族らしく身なりを整えて、といった感じでしょうかねぇ?」
「どうだか。他隊の隊長に喧嘩でも売ってるというのが現実かもね」
彼女はそれだけ言うと椅子から立ち上がった。
「大尉もお出かけですかぁ?」
薄紅が尋ねると、彼女は一旦立ち止まり、しかし何も言わぬままその場を立ち去った。ドアが閉まった後で、薄紅はニヤリ、と意地悪そうな笑みを浮かべた。
「まったく、近頃の隊員は怠け過ぎですよぉ」

 CyberChronicle

  第五話『二度目の覚醒』

 レオンは照明を消した部屋の中でベッドに寝転がっていた。暗い天井を見つめたまま、彼は黙って考えていた。クレア達には、しばらくの間ゆっくり過ごせ、と言われたものの、今日は何か落ち着かない。何と言っていいかわからないが、とにかく何かが起こりそうな気がするのだ。彼はため息をつき、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「気のせいだ・・・多分」
同時に、そうだといいが、と心の中で思っていた。この一週間というもの、身の回りで様々な事が起こった。おそらく、そのせいで疲れているんだろう。そう思った方が幸せな気がしていた。彼はもう一度ため息をつくと、ゆっくりと目を閉じた。
「もうそろそろ寝ないと・・・」
そうつぶやいた瞬間、ベッドのすぐ脇を一筋の閃光が掠め、天井を貫いた。彼が直感でベッドから飛び降りると、ベッドを複数の閃光が貫通し、ほぼ同時に爆発を起こした。両手でベッドの破片を防ぎつつ、彼は煙の立ち込めた部屋と、その中央付近に開いた直径2メートルほどの穴を黙って見つめた。
「一体何が起きて・・・」
そう言った時、穴から何かが勢いよく飛び出し、彼を窓へ向けて強く弾き飛ばした。強化ガラス全体に蜘蛛の巣状の亀裂が入り、彼の身体は更に強く押し付けられた。
「う・・・ぐぅっ」
彼の首筋を、アサルトグローブをはめた右手がしっかりと掴み、左手に握られた大型のライフルの銃口が、彼の頭部をまっすぐに捉えていた。このままじゃ・・・殺・・・される!?そう直感した瞬間、相手の口元が微かに動き、殺気を帯びた声が静かに響いた。
「悪いが死んでもらう。悪く思うな、旧式」
「何の事だ・・・?俺は普通の」
そう言い掛けた時、銃口の奥が赤い光を放った。爆発とともにヒビの入ったガラスが粉々に割れ、爆発による煙が窓だった場所から溢れ、ゆっくりと流れていく。黒一色の翼をまとった兵士はそこから飛び出すと、手に持っていたライフルを格納した。入れ替わりに両刃の剣を展開し、右手で掴み取る。
『至近距離で一撃浴びせた。Ⅷ、目標の抹消を確認しろ』
彼が左耳に取り付けた無線機で状況を報告すると、上方で武装を展開したままのⅧが返事を返した。
『了解。・・・それにしてもあっけない死に方ね。武装の展開さえなかったのは、戦士としてある意味寂しいわ』
『確かにそうだが、付随被害が殆ど発生しなかっただけマシ・・・ん?』
突然バイザーの画面に警告表示が映し出され、彼はとっさに後退した。と同時に、赤色の閃光が先ほど頭部のあった場所を通過した。彼は剣を構えると、真っ赤な金属の翼をまとったレオンを睨みつける。
「なるほど・・・やはり一筋縄ではいかないようだ・・・」
そうつぶやきながら、彼は背面の翼に格納された鋏状の武器を片手で掴み、目標に目掛けて投擲した。放たれた武器がスラスターを噴射し、一気に加速する。そして、レオンの手前まで接近したところで鋏が開き、その内側にエネルギー刃が一直線に展開された。が、レオンも右手にエネルギー刃を展開すると、鋏を目の前で受け止めた。
「さっさと落ちなさい!」
叫び声とともにⅧが両肩のビーム砲を発射するが、レオンはとっさの判断で左手に金属の盾を展開し、砲の射線をさっと覆った。二筋の白色の閃光は盾とぶつかり、その熱で盾の表面を溶かしつつ消滅した。そしてⅦが放ったビームを巧みに回避しつつ、彼に急接近して刃を振り下ろした。
「くそっ」
Ⅶはとっさに剣を構え直すと、顔の手前で刃を受け止めた。やはり暴走状態か・・・。鮮血のように赤く染まったレオンの瞳を睨みつけながら、彼はそう確信した。IWS実験の負の遺産とも言うべきものを負わされるとは、何とも哀しい事だ。
「この際、付随被害が出るのは仕方がない・・・」
独り言を言いつつ、彼はレオンを蹴り飛ばすと同時にライフルを発砲した。レオンはとっさに盾を構えたが、先ほどの砲撃で既に半壊状態になった盾はたった数発を防いだだけで破壊された。それでも、十分な間合いを取るだけの時間を稼ぎ、彼はビームの熱で溶けた盾を捨てると、代わりにあの時と同じライフルを左手に展開した。Ⅶも剣を格納してライフルを右手に持ち替えると、彼に向けて発砲した。それを紙一重で回避しつつ、レオンも負けじと応戦する。高速で移動しつつ、彼は上方で待機しているⅧに指示を出した。
『Ⅷはアウトレンジから援護しろ。それと・・・出てきた民間人は殺せ』
『了解。これで迷う事無く殺し合いができるってところね』
Ⅷはニヤリと笑みを浮かべ、戦いの輪から離れた。さて、とⅦはレオンの撃った弾を軽々と回避しつつ考える。今の奴は完全に本能の操るままに戦っている。とはいえ、いつ暴走状態が解けるかわからない状況での長期戦は望ましくないな・・・。彼はバイザーに表示されたエネルギー残量を確認した。エネルギー兵器を使用しての戦闘が可能な時間は、長く見積もってあと一時間程度。問題は、奴の仲間が介入してくる事位か・・・。

 「クルナ・・・コッチニクルナ・・・」
ライフルを乱射しながら、レオンは唸るようにつぶやいていた。敵のビームが肩や頬を掠める。彼は混濁した意識の中で、意識の奥底にある何かが命じるままに腕を動かし、機械的に引き金を引いていた。時折、黒一色の装甲服を着た兵士の姿が視界の片隅に映り、すぐに消え去る。一体今、自分が何をやっているのかなどわかるはずもなく、彼はほとんど無意識に近い状態で飛び回っていた。ビームが左足を掠め、火傷のようなヒリヒリとした痛みが伝わってくる。一体・・・何が起こって・・・。その時、風の音に混じって誰かの声が聞こえた。それは、なんとなく聞き覚えのある声。
(IWSE-05、コードネーム:レオン。これが現在開発中の兵器の最新試験型だ)
(何故レオンなんです?兵器ならもっと凄い名前をつければ・・・)
(僕以外には理解できない理由さ。それに、君が知る必要もない)
誰だ・・・?何で俺の・・・それに実験体・・・何の事・・・?
(実践に近い形で評価試験をやる事になった。回路の設計上、問題はないはずだ)
(・・・一般兵士を相手にした評価試験の結果なんですが・・・、かなり順調です)
(じゃあ、今度は対AW戦闘かな)
A・・・W・・・?回路・・・設計・・・?彼の引き金にかけた指が突然止まった。と同時に翼のスラスターが停止し、地表に向けて落下していく。
(回路の制御が・・・!だめです!完全に制御不能!!)
(四機ともやられただって!?・・・Ⅵを出撃させろ!大事になる前に奴を落とすんだ!!)
(ですがⅥもほぼ同型の回路設計を・・・)
(いいから早く出せ!早くしないと・・・これまでの苦労が水の泡だ!!)
俺は一体・・・一体何者・・・なんだ・・・?地表が霞む視界の中で迫ってくる中、誰かの声が何度もこだまし、そして唐突に止まった。と同時に、誰かの姿が一瞬だけ脳裏に浮かんだ。それは彼自身に似ているようで、しかし何か違っている気がした。それが消えると同時に、再び声が、しかし今度は全く別の声がはっきりと聞こえた。
『死にたくなければ起きろ。そして、戦え』
次の瞬間、頬の刺青が赤い光を放った。

 Ⅷは突然停止し、落下したレオンに照準を定めていた。垂直射撃により、レオンを貫通して地上に損害を与える可能性があるが、さほど問題にはならないはずだ。万が一予想以上の被害が発生したとしても、おそらく何らかの隠蔽操作が行われるため、市民の多くには事故として認識される事になる。二つの照準が彼に合わさると、彼女は口元に微笑を浮かべた。
「つまらなかったけど、これで終わりよ」
そうつぶやいて引き金を引いた瞬間、目標の推力が戻った。だが、もう手遅れだ。姿勢を制御する事さえままならないまま砲撃を受け即死、あるいは回避してもどこかに衝突して死亡する以外には・・・。二本の太いビームが地上にぶつかり、熱風とともにその周囲を破壊した。しかし、彼は回避したらしく、その隙間をかいくぐって彼女へと向かってきた。
「避けられた!?くそっ、墜ちろぉっ!!」
彼女は叫ぶと、彼に向かって両肩のビーム砲を立て続けに撃つ。だが、さっきまでと違い非常に巧みな動きで立て続けに回避していく。そして、両手にそれぞれエネルギー刃を展開すると、彼女に斬りかかった。
「ちぃっ!」
Ⅷは舌打ちしつつ砲を格納し、両肩の盾を彼の前にかざした。一瞬の間を置いて刃が接触し、激しく火花を散らす。彼女は二つの刃を連続で受け流すと、すぐさま後方に下がった。そして、入れ替わるようにしてⅦが二人の間に割り込み、レオンに向けてライフルを連射した。彼は砲撃を左右に回避しつつ、刃を格納して再びライフルを展開して両手で構えた。
「暴走状態が解けた、か・・・」
彼の攻撃を盾で受け止めつつ、Ⅶはつぶやくように言った。ならば、こちらも本気を出すまでのことだ。彼はライフルを格納すると、再び剣を展開して右手に構え、左手でウイングの鋏を掴んだ。そのとき、ビルから数人のAAが出てきたのが視界の端に映った。
『Ⅷ、地上側を頼んだ。民間人とはいえ油断は禁物だ、いいな』
彼が命令を出すと、彼女は多少ふてくされつつ応答した。
『それくらいわかってるわよ。じゃあ、その出来損ないの始末は任せるわよ』
『了解』
盾を格納し、代わりに湾曲したエネルギー刃を両手に展開した彼女が降下していくのを一瞬だけ確認すると、彼はレオンに向かって鋏を発射した。
「ここからは真剣勝負だ。覚悟しろ」
そして、飛んできた鋏を目の前で受け止めつつ、レオンもまたつぶやきを漏らした。
「俺は戦う。俺自身を・・・仲間を守るために」
直後、二人は同時に斬りかかった。互いの刃がぶつかる度、黒色の空に閃光が激しく散る。そして、周囲一帯もまた、徐々に戦いの色へと染まり始めていた。

 「おいおい・・・、一体何が起こってるんだ?」
正面エントランスから飛び出したジェストは、時折閃光の走る夜空を見上げて驚いた。赤と青の閃光が飛び交っている事からすれば、戦闘であることに間違いはない。だが、戦っているのは大きさからして明らかにAAだ。
「よくわからないが・・・とにかく安全を確保した方が良さそうだな」
彼は視線を前に戻し、懐から拳銃を抜き放った。こういう状況にいると、軍にいた頃を思い出すんだよな・・・。彼はそう思いつつ、クレアとサラがやや遅れてやってきた事を察知して振り返った。サラも業務で愛用している自動式の拳銃を握っている。そして、クレアは両手の甲にフックショットのような武器を一基ずつ装備し、背中にショットガンを背負っていた。
「気をつけて。敵は少なくとも二体いるはずよ」
「二体?何故それがわかった?」
彼が尋ねると、彼女は携帯端末を取り出して彼に掲示した。その画面に、二つの黒っぽい何かが映った画像が表示されているのを見て、彼は納得する。
「部屋を出る直前に見た限りでは、何か特殊な武器を使ってるようね。職員の何人かも起こしたから、ビルの方は心配ないわ」
「そうか。それなら集中力を裂かなくていい・・・伏せろ!」
突然叫ぶと、彼は二人の頭を地面に押さえつけた。ほぼ同時に、赤色の刃が三人の頭上を切り裂く。ジェストは伏せたまま敵に向けて発砲し、すぐさま後退したその敵を睨みつけた。
「何なんですか・・・アレは?」
少し怯えた声でサラが訊くと、ジェストは険しい表情のまま、小さく返した。
「俺にもわからない。だが、こっちに好意を持ってない事だけは確かだな」
 その時、敵が再び斬りかかってきた。彼は刃をすばやい身のこなしで回避すると、敵の懐で銃を連射した。が、銃弾は装甲服に受け止められ、敵に到達する事はなかった。銃弾が尽きると同時に敵の足蹴を食らい、彼はクレア達の脇に突き飛ばされた。片膝をついた状態で、彼は血の混じった痰を吐き出し、つぶやきを漏らした。
「くそっ・・・。豆鉄砲程度じゃ無理か」
「警備会社の社員のくせして、結構弱いじゃない。もっといたぶってから殺した方がいいかしら?」
彼らを馬鹿にするような口ぶりで、敵が笑い声を上げる。クレアは後ろにいるサラに声をかけた。
「あなたはジェストの援護を。私がひきつけている間に、彼を敵の至近距離まで援護しつつ移動させて」
「わかった。その後は・・・?」
「その後は・・・おそらく彼もわかると思うから、あえて言わないわ」
彼女はそう言うとショットガンを地面に降ろし、手の甲に装備した武器のロックを解除した。そして、敵の姿をしっかりと見つめたまま突進した。
「今度は私が相手よ!かかってきなさい!」
「やっぱり頭も足りないようね。でも、暇つぶしには丁度良さそう」
敵が楽しそうな口調で言い返すと、彼女は武器を発射した。尾部にワイヤーが接続されたフック部分が、敵目掛けてまっすぐに飛行する。だが、敵はそれを簡単に避けると、彼女に向かって飛び掛った。
「クレアちゃん!!」
サラが叫び声を上げる。しかし、クレアは避けようともせず、もう一つのフックを発射した。と同時に、飛び出した二つのフックに意識を集中させる。そして、ほぼ一直線に飛び出したままのフックが、突然逆方向に急旋回し、彼女の方へと戻ってきた。
「誘導式フックか!?」
斬りかかろうとしていた敵が気づくと同時に、二つのフックがウイングの先を切り裂いた。バランスを崩した敵に、彼女は再びフックを打ち込んだ。そして、とっさに跳躍する敵を追跡するように、フックの軌道を自在に操る。
「こ、小賢しい!!」
フックに向かって刃が振り下ろされるが、それさえも華麗な動きで回避すると、フックの一つが装甲の継ぎ目を裂いて敵の腹部を貫いた。そして、もう一つが腕にワイヤーを巻きつけ、動きを封じる。
「おのれ・・・民間人だと油断したのが・・・仇になったか」
「さあ!今のうちに止めよ!!」
彼女が叫ぶと、ショットガンを構えたジェストが敵のすぐ目の前に現れると、引き金に指をかけた。そして、ニヤリ、と笑みを浮かべて言い放った。
「相手が悪かったな、御嬢ちゃん」
「・・・っ!?」
そのまま引き金を引き、銃に装填されていた対物用の銃弾が敵の胸部装甲を貫通し、内部を大きく抉り取って破裂した。敵は衝撃で大きく仰け反ると、そのまま後ろに倒れて動かなくなった。ジェストは硝煙の上がった銃口を下に下げると、まだかすかに意識の残っているらしい敵のバイザーを外した。そして、焦点の定まらない瞳を見つめながら、静かに言った。
「悪く思うな。こっちだって死にたくはない」
彼女の口が震えながら動き、その端を血がツーツと一筋、滴り落ちた。筋肉が弛緩し、徐々に瞳孔の広がり始めた彼女の瞼を閉じさせると、彼はバイザーを握って立ち上がった。
「敵とはいえ、死んだ奴には礼儀を尽くすものだからな」
そう言って銃を彼女に返すジェストを見つめながら、クレアは少し悲しそうな表情になり、無言で頷いた。彼は自分の上着を脱ぐと、穴の開いた胸部と顔を覆い隠すようにして敵に被せた。そして、自分の拳銃に新しいマガジンを装填すると、夜空に閃光を放つもう一つの戦場を見上げた。

 『Ⅷのシグナル消失を確認した。Ⅶ、今回は失敗だ。一旦退け』
レオンの放ったビームを目の前で回避したⅦは、無線で連絡を受けた。一瞬だけ視線を下に移し、男物の上着が被せられた彼女らしき遺体を確認すると、戦闘を停止した。突然の異変に驚いている様子のレオンに、彼は冷静な口調で言った。
「今回は残念ながらここまでだ。だが・・・次に会う時は死を覚悟しろ」
「待て!何なんだ、お前は一体?それに・・・俺は?」
飛び去ろうとしたⅦに向かって、レオンは大声で叫んだ。それに対し、彼は剣を格納しつつ冷たい声で答えを返した。
「我々は戦う為だけの存在・・・殺戮の為の兵器だ。それ以上言う事は何もない」
「兵器・・・だと!?」
「さらばだ旧式、そして・・・必ず討つ」
そう言って、彼は高速で飛び去った。レオンは記憶の中の方法を呼び覚まし、ライフルを内部に格納すると、ゆっくり降下し始めた。
 ビルの前に降り立つと、三人が厳しい表情をして待ち構えていた。
「すみません。・・・どうやら俺のせいでこんな事に・・・」
翼を格納した後で彼が頭を下げると、ジェストはいつもの口調で言い返した。
「お前が心配してるほど、こっちは気にしてない。ただ・・・お前が奴らと同類だって事を除いてはだが」
「でも、無事で良かったです」
サラはそう言って、無理やり笑顔を作った。
「まあ、細かい事は後にして、まずは軍に連絡を入れた方が良さそうね」
「そうだな。あの死体の事もあるし」
ジェストはそう言って端末を取り出すと、治安維持軍の地域管轄部に連絡を入れた。その横で、彼はうつむいたまま考えていた。これからどうなってしまうのだろうか・・・。俺は、俺達は一体・・・?

 「いやぁ、なかなか魅力的なデータが取れてよかったよ。それだけでも彼女の利用価値は十分にあった。それに・・・いいものが見つかったしね」
ディスプレイのひとつを見つめながら、男は笑っていた。その画面に表示されているのは拳銃を構えたサラと、その右腕にある腕輪のアップ。男の笑い声は、部屋中に深く響き渡っていた・・・。

 次回予告
自らの過去と正体を知った殺戮者。
仲間を傷つけぬためにと採った行動が、
大切な仲間を傷つけ、失わせる。
次回『悲しみの結果』
猛獣の刃は、恋人を貫く。

(C)akkiy

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ひとこと:やっほい、一週間遅れ。次回公開後は当分更新できない様子。

CyberChroncle(4)

2007-04-29 20:16:15 | 小説
 ・・・雨。雨が降りしきる中立ち尽くしている自分。その周囲にはかつてAAであったものが四体転がっている。その姿にしたのは自分だ・・・。機械の翼を背に纏い、右手には刃の部分が光り輝く剣を握っている。その光が、禍々しい赤色の光が彼らの返り血を連想させる。光を放つ頬の刺青を雨粒が流れ落ちて・・・違う。これは涙・・・そう、涙が頬を伝い落ちているのだ。何故・・・?
『・・・っ』
何かつぶやいたが、それは雨音に掻き消されて聞こえる事はない。やがて翼を広げ、灰色の空へと飛び上がった。そして雨雲の上に出た瞬間、光弾が右頬を掠めた。その場で急旋回し、振り向いた先に一体だけ敵がいる。その翼は自分のそれとよく似ているが、全くの別物のような気がした。その左の頬には、緑色に輝く『Ⅵ』の刺青がある。敵はライフルを構えると、再び自分に向けて撃ってきた。眼前に来た光弾を剣で弾きながら、一気に敵との間合いを詰めて剣を振り下ろす。が、その攻撃はあっさりとかわされ、代わりに敵の剣が右肩から左脇腹にかけての一直線を斬りつけられた。熱で焼きついた傷口から、血が堰を切ったように溢れ出す。痛い・・・熱い・・・。バランスを崩し、地表へと落下していく自分に敵は銃を向け、そして、躊躇う事無く引き金を引いた。光弾は自分の頭部へと急速に接近し、そして・・・。
 「・・・夢、か」
レオンはベッドから起き上がり、一人つぶやいた。この夢を見るのもこれで三度目だ。これが一体何なのかは理解できない。ただ一つ言える事、それは・・・それは実際に体験していた気がする事だった。まるで、記憶を追体験しているかのようだ、と彼は思う。それが真実なら、俺は。
「一体何を・・・」
窓から差し込んでくる朝の光に視線を向けながら、彼は小さくため息をついた。

 CyberChronicle

  第四話『楽園の聖女』

 『・・・セレス・マークヘルトさん襲撃から一週間が経過しましたが、今もなお詳細は不明です。国家防衛省側も、今回の事件については一切コメントできないという事です・・・』
蒸し暑いテントの隅から、無線通信でニュースが聞こえていた。この一週間という期間中、主な話題はこれだけだ。無論、他の話題もないわけではないはずだが、首都で起きた事件とあって、かなりの騒ぎになっているようだ。それを聞きながら作業をしていた女性がつぶやいた。
「首都も物騒になったもんですね。・・・そういえば、もう『あれ』から十年以上経ってるんでしたっけ?」
彼女の質問に、同じくテント内で作業をしていた男性がうなずいた。彼の額を、汗がスーッと一筋流れていく。彼の着ている白のシャツも、汗で大きな染みが広がっていた。扇風機があるといっても、それでしのげるような暑さではないのだ。彼女も首に掛けていたタオルで汗を拭い、足元に落ちたドライバーを拾い上げた。合成樹脂製のパネルを固定しているネジを手際よく分解しつつ、彼女は彼に向かって再び話しかけた。
「何もかも変化して、私達の存在なんて既に忘れ去られているんでしょうね。少なくとも・・・、もう死亡扱いになってると思いますが」
「その方が安心できるのも事実だ。いつ政府の連中が来るかわからない状態を長引かせたくないだろう。きっとあいつもそう思ってるさ」
彼はそう返すと、水筒の水で喉を潤した。彼女は傍らに置かれた時計を確認して、ゆっくりと立ち上がった。そして、彼の横を過ぎてテントの外へと歩いていく。彼女は入り口で一度立ち止まると、振り返らずに言った。
「じゃあ、子供達の様子を見てきます」
ああ、と彼は一言返事を返すと、再び作業に取り掛かった。
 外では、炎天下にもかかわらず子供達が元気よく走り回っていた。そのほとんどが雑種で、どの子供も身体に痛々しい傷跡が残っていた。彼女は走り回る集団から離れた木陰で座っている子供の傍まで行くと、その隣に座った。その、雑種の少女の右脚は膝より下の部位がなく、手元に松葉杖が置かれている。少女は彼女に気がつくと、小さな声で話しかけた。
「みんな楽しそう。私も走れたらいいのに」
「そうだね・・・。そのうち、叶えてあげるからね」
現状では無理だと十分承知しながらも、彼女はそう言い返した。せめて義足が手に入れば、少なくとも歩く事はできるのに・・・。そのとき、走り回っていた子供達が彼女に気づき、一斉に走ってきた。そして、彼女を取り囲むように集合すると、彼らははしゃぎながら口々に話しかけた。
「ねえ、聞いてよ!僕サッカーで3点も入れたんだよ!」
「俺なんか5点入れたんだ。凄いだろ」
「ねえ、何かお話して!この前話してくれたのが聞きたい!」
彼らの頭を撫でながら、彼女は彼らをなだめた。
「わかった。じゃあ、お話しするわね?・・・昔々、あるところに・・・」
 彼女の話を興味深そうに聞いている子供達を遠くから眺めながら、AAが一人タバコを吸っていた。口から煙を吐き出し、彼は独り言をつぶやいた。
「血生臭さがなくていいな、この場所は・・・」
そう言いつつ、彼は昔の事を思い出していた。昔はこんな平和な匂いなど嗅いだ事もなかった。いつも臭ってきたのは血と、火薬と、腐った肉の臭いだった。その臭いを生み出していたのも俺自身だ、と彼は心の中でつぶやいた。それにしても、平和ってのはいいものだな。あの臭いを生み出す理由も義務もないんだからよ・・・。
「またタバコっスか?」
突然背後から声をかけられ、彼は驚いて振り向いた。その先に、青年が一人半ば呆れた表情で突っ立っていた。なんだお前か、と言い返し、彼はタバコを口に咥えた。
「なんだは酷いっスよ。それにタバコを吸ってると早死にするって噂っスよ?」
「人の勝手だ、口出しするな。・・・それより、何か用があるみたいだがどうした?」
彼が尋ねると、青年は小型の輸送用コンテナに腰を下ろし、話し始めた。
「例の訪問者の件でちょっと。奴が証言したとおり、奴はフリーのジャーナリストらしいっス。護身用に麻酔弾を装填した拳銃を一丁所持、後は仕事の機材と食料、衣料品。身分証明証も政府が発行した正規のものっス」
「奴の目的は何だ?」
彼が尋ねると、青年は持っていた数枚の写真を彼に手渡した。そこに写っているのは、廃墟に佇む一人の老人や、半分破壊された壁にもたれた子供達の姿だ。写真を見つめている彼に、青年は簡単に説明した。
「どうやら戦争後の世界の状況を取材してるみたいで、ここも一通り見て回りたいと」
写真を見終わり、彼は青年に写真を返しつつ言った。
「最終決定権はあいつにある。あいつがいいと言うなら、俺も反対しねえ」
「わかったっス。じゃあ、やばい物は隠しといて下さいっス」
彼がああ、とだけ返すと、青年はすっと立ち上がり、コンテナの山の奥へと消えた。彼はタバコの火を消すと、携帯用の灰皿入れに吸殻を入れた。
「今日吸えるのはあと1本か・・・」
吸殻の数を数えた後で小さくつぶやくと、彼は灰皿入れをしまった。さて、久々に力仕事でもやるかな・・・。

 シルヴは装甲戦闘車の砲塔部分だった残骸の上に腰掛け、物思いに耽っていた。日除けの白いスカーフから、薄桃色の髪がはみ出している。彼女は目を瞑り、過去の音を頭の中で再生していた。こことは違う場所であった、ある出来事の音を。
『・・・悪いがこれも政府の命令だ、悪く思うな』
『早く行け・・・俺に、構うな!』
『自ら危険に飛び込むとは無謀だ。こっちとしては手間が省けたが』
『安心しろ。すぐに大好きな隊長の元に送ってやる』
『これが・・・これが覚醒種・・・の』
『・・・行こう。追っ手が来る』
『覚えておけ・・・!俺は、絶対・・・お前を討つ!政府の、世界の為に!・・・』
・・・しばらくして、彼女はゆっくりと目を開けた。そして、今自分のいる場所が砂漠の真ん中にあるオアシスだという事を再認識し、残骸から下りた。まだ『彼』は生きている。おそらく近いうちに、再び『彼』と再会する事になるだろう。『自らではない意思』が、そう告げている。
「その時は・・・。いや、おそらく戦う事はない」
彼女は独り言を言った。『彼』と戦う事はないが、しかし戦いは起こる。私はそこへ赴かねばならない。戦いを沈め、偽りの聖者に裁きを下さねばならない。私でない意思が、私にそう命じるのだから、と彼女は心の中で思う。だが、裁きを下すという事は、再び力を使わねばならないという事でもある・・・。力は全てを傷つける。可能な限り誰も傷つけずに力を使う事などできるだろうか・・・。その時、遠くから呼び声が聞こえた。
「シルブ!話があるから戻ってこい!」
わかっている、と小さくつぶやき、彼女はほんの少しだけ歩調を速めた。
 彼女が居住区画兼会議室としているやや大きめのテントの前まで来ると、がっしりとした体格のフーン族が入り口で待ち構えていた。彼女はすまない、と一言だけ言うと、すぐにテントの中へと向かった。唯一空調装置が設置されたテント内は快適な温度・湿度に保たれている。彼女が円形に並べられた椅子のひとつに腰を降ろすと、椅子に座っていた一人が、では、と言って話を始めた。
「先日ここに来た訪問者だが、取材がしたいと言っている。どうする?」
「重要物を全て例の場所に隠した後、取材を許可する。彼には案内役と称し、見張りを一人つける。それが実行可能なら許可する」
「わかった。運搬には半日ほどかかるから、許可するのは明日以降という事になるな」
議題を出した一人が言うと、彼女は黙ったままうなずいた。
「それと、近隣のエリアでオラクルの連中が活発化している。おそらくここには来ないだろうが、しばらくは監視体制を強めよう」
別の一人が言うと、彼女はまたうなずいた。そして思う。今はこの場所を、この場所にいる全員を守る事に専念しなければならない。二度と目の前の全てを失わぬように。

 「神を信じ、聖戦に命を捧げる戦士達に告ぐ。神は首都に対し総攻撃を仕掛けよ、とお告げになられた」
廃墟となった都市。その広場に集結した兵士達に向かって、司令官は声を張り上げた。
「我らはそのお告げに従い、明日首都に攻め込む。勿論、敵も相当の兵力を周辺に展開しているだろう。だが!我らは正義だ!神の御加護を受けし者達だ!愚かで悪に染まった奴らを恐れる事は無い!」
彼が叫ぶと、兵士達はともに狂気の声を上げた。その心を、聖戦の二文字が支配し、周囲を全く見えなくさせてしまっているのだ。兵士達の声が収まると、彼は再び叫ぶように呼びかけた。
「戦士達よ、武器を手に取れ!今こそ奴らを討ち、正しき世界に戻すのだ!全ては我らが神の為に!!」
「我らが新世界の為に!!」
呼びかけに応えるように、兵士達は口々に叫び声を上げる。その場が異様な統一された空気に包まれ、狂信者達は手に持った銃を空に掲げ、合言葉を叫び続ける。その騒ぎが多少落ち着いた時、敵が接近している事を告げるアラームが広場に鳴り響いた。司令官は兵士達に向かって、大声で指示を出した。
「全駐留軍に通達する!各員第一級戦闘配備!敵部隊を見つけ次第、殺せ!」
「了解!」
兵士達は返事を返すと同時に、すぐさま自分の持ち場へと移っていった。広場に残った兵士と司令官も、兵士達と入れ替わるようにして現れた大型戦車に搭乗し、広場の中央に陣取ると指示を出し始めた。全部隊の配置が済んだ事を確認すると、司令官は一瞬だけ笑みを浮かべて思う。さあ、どこからでもかかってくるがいい。そして神の裁きを受けるがいい、と。
 敵陣が慌しくなっているのを遠くから眺めつつ、セレスは冷静に思考を巡らせていた。索敵レーダーの構造があまりにも旧式なのか、無人のデコイ(囮)程度に反応してしまっている。この分だと、敵は急対戦時代の旧式兵器しか保有していないかもしれない。もちろん、それは最初から把握していた事だ。彼らのような過激派に最新鋭の兵器が渡る機会は少ない。そして、入手したとしても本来の性能を引き出せない連中の寄せ集めだ。とはいえ、油断は禁物か・・・。
『各員指定場所への移動を完了。隊長、攻撃開始の指示を』
僅かにノイズの入る無線機から、隊員の声が耳に入ってくる。さて、そろそろ奴らのお祭り騒ぎも終わらせた方が良いようだ。彼女は無線機のチャンネルを全隊員への通信帯域に切り替えると、一呼吸おいて指令を出した。
「総員に通達、作戦を開始せよ」
その数秒後に廃墟の外縁部で爆発が起こり、火柱が上がった。それがまるで連鎖していくように、次々と爆発が起こる。先程まで暗闇に閉ざされていた荒地は、今は激しく燃え盛る炎によって、赤と橙に染め上げられていた。この一撃だけでも、敵の大半が戦闘不能に陥っているのは明らかだった。もちろん、これも敵が囮に警戒して防衛陣形に展開するのを見越しての策だ。
「包囲網を狭めつつ前進せよ。一人たりとも逃すな」
『了解』
彼女の命令に従い、黒一色の装甲服を身にまとった兵士達が廃墟へと接近していく。やがて、広範囲における爆発で混乱している敵陣に向けて、緑の輝きを帯びた光弾が無数発射された。光弾は敵兵と旧式の装甲車両を容赦なく抉り、燃料や火薬を次々と誘爆させていく。そして、別の兵士が混乱した敵兵をエネルギーブレードで切り裂き、装甲服を返り血で赤黒く染めた。旧式のみの敵を近代兵器で包囲しつつ進攻する、それはもはや戦闘ではなく、一方的な殺戮だった。瞬く間に敵の守備隊が次々に壊滅していく。
『Point-α制圧完了。Point-γにて敵部隊の後退を確認』
「Point-γ制圧後総員その場にて待機。敵将の始末は私が行う」
彼女は無線でそう伝えると、傍らにいた数名の兵士に指示を出した。そして、彼女自身も中距離型のライフルを右手に展開すると、廃墟へと歩き始めた。
『了解。ヴァンガード-αは隊長を護衛せよ』
『ヴァンガード-α、了解』
 漆黒の翼を背負ったAWが彼女の左右上空を飛行する中、彼女は廃墟の縁に辿り着くと全周波無線に切り替えた。そして、広場の中央に陣取っている大型の戦車に銃を向けながら呼びかけた。
「オラクルの残党に勧告する。直ちに降伏し、車両から降りて武装を解け。さもなくば、全方位からの攻撃を行う。もう一度勧告する。直ちに降伏し、車両から降りろ」
彼女は勧告を終えると、隊員達に一歩後退するように指示を出した。そして、しばらくの間沈黙が続き、しかし戦車からは誰一人として降りてくる者はいなかった。彼らの事だ、おそらくは車両を自爆させ、我々を巻き添えにしようと考えているに違いない。彼女はそんな事を考えつつ、部隊に指示を出した。
「各員、『イージス』を展開。私の指示と同時に攻撃し、すぐに後退せよ」
『了解』
ブンッという特異な音とともに、兵士の手の甲から楕円状の光の盾が広がっていく。その隙間から銃口を覗かせるようにして、兵士達は指示通り戦車を光の壁で取り囲んだ。彼女は多少離れた場所に立ち、右手に持った懐中時計の針をじっと見つめていたが、短針が12を示した瞬間、無線で攻撃の指示を出した。
「・・・てぇっ!」
それとほぼ同時に兵士が引き金に手をかけ、しかし引かずに戦車の方をじっと見つめた。命令に従わない兵士達に、彼女は首をかしげた。一体何をやっている?何故命令を聞かない・・・?早く撃て、と彼女が言いかけた瞬間、車体側面のハッチが内側から強引に蹴り開けられ、程なくして彼女と同じ軍服を着た女性が一人、車両から降りてきた。黒字に赤いラインの入った軍服は返り血を浴びて赤みを帯び、女性の浅黒い肌にも、白っぽい小さな欠片-かつて司令官の脳の一部だったもの-が血とともにこびり付いていた。彼女は周囲を一度見渡した後で、その後方で驚愕している彼女に向かって声をかけた。
「あたしまで蜂の巣にする気かい、セレス?」
「サルカ副参謀!?別のエリアへ向かっていたはずでは?」
彼女が驚いた表情で尋ねると、サルカは頬にこびり付いた血を手の甲で拭い取ると、彼女に向かって言い返した。
「部隊を指揮する立場になって以来、ずっと運動不足でネ。あんた達を回収してから向かえって指令も出ていたのもアル」
彼女は、そうですか、とだけ返事を返すと、兵士達に『イージス』を格納するよう指示を出した。そして、兵士の数人が左右に退くと、サルカはその中央を抜け、彼女の傍に立った。
「輸送艇が指揮所に到着しているはずダ。一通り探索を行った後、速やかに帰還シロ」
「・・・わかりました。ところで参謀は」
彼女が言いかけたところで、サルカはそれを遮るようにして小声で言った。
「『あの子』を本部へ輸送する為に自ら向かわれた。もしかしたら・・・、あんたの部隊に入れるかもしれナイ」
それだけを真剣な表情で言い終えると、彼女は急にいつもの調子に戻り、セレスの肩をポンッと叩いて言った。
「とにかく、ダ。速やかに任務を完了し、指揮所に帰還シロ。あたしは先に戻って休憩してイル」
「了解・・・しました」
彼女が敬礼すると、サルカは一瞬だけ礼を返してその場を立ち去った。彼女はその場に立ったまま、重苦しい表情で何事かを考えていたが、すぐに元の表情に戻り、兵士達に向かって指示を出し始めた。だが、その様子はまるで、悩みを無理矢理吹き飛ばそうとしているかのようにも見えた。

 夜の静けさの中、二つの影が首都上空で静止していた。そのどちらの背にも金属製の翼が生え、その翼端から青色の光がわずかに噴出していた。黒のバイザーで隠された目が相手の方を見やり、互いにうなずく。そして、眼下の高層ビル群へと下降していった。
『・・・Ⅶ,Ⅷはともに目標へと接近中。今のところ異常は見られません』
ディスプレイに映し出された地図の上で、青く光る二つの点が赤い点に向けて徐々に近づいていく。それを眺めながら、彼は歪んだ笑みを浮かべていた。あの時、暴走して他の実験体を殺した挙句、研究を中断に追い込んだ彼。この研究が再開されるまで、どれだけの精神的な苦痛と時間の浪費をしてきた事だろう。僕が造り出したといえども、君だけは許せないんだ。だから、激しい憎しみ、怒りと最新鋭の技術を持って君を闇に葬ろう。
『博士、本当にやっちゃっていいんですか?このままじゃこいつらの実験データ取るための道具ですよ?』
今更何馬鹿な事を言っているんだ、と思いつつ、彼は返答した。
「敵がAWを持ってないとは限らないんだ。軍の馬鹿どもを説得するには、こういう実験も必要なんだってさ」
『ハハ、それもそうですね。・・・目標潜伏地点に到着したようです』
スピーカーから現地にいる研究員の報告が入った。それを聞き、彼は更に笑みを浮かべた。彼は通信機に向かって指示を出した。
「じゃ、早速始めよう。主武装を展開後、Ⅶは内部に潜入して目標に奇襲を掛け、暴走を起こして飛び出してきたところをⅧが討ち取る。ビル内にいる民間人はなるべく殺さないよう注意してくれ」
『わかってますよ。とはいえ、結構武器を持ってますからね。彼らが攻撃を仕掛けてきた場合は?』
研究員が訊くと、彼はそれがあたかも当然であるかのごとく言い返した。
「口封じという事でいいんじゃない?実験体も、その方が絶対楽しいだろうし」
『はあ・・・。まあ大丈夫でしょう、徹夜でもしていない限り、作戦に気づく者は少ないでしょうから』
「そうだといいね。とにかく、抜かりのないようにね」
彼はそう言い返すと、視線を別のディスプレイに移した。そこに映っているのは目標のいるビルの外壁-ちょうど彼の部屋がある階の周辺-だった。向かい側のビルに設置されたカメラからのその映像をじっと見つめながら、彼は、一人つぶやいていた。
「今度こそ死ね・・・今度こそ・・・」
その声だけが、静かな室内で不気味に響き続けていた。

 次回予告
刺客は、遂に放たれた。
追い詰められる殺戮者。
そして、大切なものが消えていく。
次回『二度目の覚醒』
紅蓮の剣が、全てを切り裂く。

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ひとこと:ちょっと時間遅くなりましたが、何とか間に合いました。

CyberChronicle(3)

2007-04-22 19:17:15 | 小説
 「・・・そうかイ。それなら計画は予定通り実行ダ。・・・ああ、お前の部隊はすぐに送るから心配するナ」
軍人らしき女性が一人機動輸送艇のブリッジに立ち、黒の携帯端末を耳に当てていた。中央政府軍でも治安維持軍のものでもない赤と黒の軍服を身に纏った彼女は、返ってきた言葉に微笑を浮かべる。
「・・・そう、それは興味深い話だネ。でもそれは後回しだヨ。・・・では、準備が出来次第再び連絡を入れル。それまで待機していろ、セレス隊長」
彼女はそう言って端末の電源を切ると、再び笑みを浮かべ、そして、無人の艦長席に視線を向け小さく呟いた。
「・・・さて、あの方が戻ってくる前に一仕事終わらせようカナ?」


  CyberChronicle

 第三話 -悪魔の記憶-

 「よう、やっとお目覚めか?」
うっすらと目を開けたレオンの傍に立ち、ジェストはややふざけた口調で声をかけた。はっとしたようにレオンは起き上がると、辺りを見回した。そこは、彼が住居として使っている事務所の一室。そう、一年半前からずっと住んでいる場所だった。
「何でいつの間に・・・?」
全く状況が飲み込めていない様子の彼に、ジェストは覚えてないのかよ、とぼやくと簡単に説明し始めた。
「あの後・・・お前が直撃受けた後に色々あって、んで俺達が、重症を負ったお前を事務所まで運んできたんだ。それが二日前の話だ」
「二日前・・・。そうだ、セレスさんは?」
彼が尋ねると、ジェストは無事だ、とだけ言って窓の外を見た。無機質な摩天楼が聳え立つ街並みを眺めつつ、彼は急に静かな口調になってレオンに言った。
「・・・ただ、別の会社の連中が何人か死んだ。全員即死だとよ」
「・・・」
その言葉を聞いてレオンは暗い表情になり、黙ったままうつむいた。と、彼の視界にベッドに寄りかかるようにして眠っているサラの姿が映った。随分と疲れた表情をした彼女を見つめている彼に、ジェストはやっと気づいたか、声をかけた。
「さっきまで一睡もせずにお前を看病してたんだぜ。サラが起きたら、感謝の言葉でもかけてやれよ」
「あ、はい。・・・ところで」
彼はそう言って、さっきから気になっていた事を質問した。
「部屋に戻らなくて良いんですか?クレアさんも・・・所長も心配しますよ」
「いや、今は戻るべきじゃないんだ・・・。ちょっとトラブルがあってな」
急に慌てた様子で返事を返しつつ、彼は昨日の事を思い出してため息をついた。まさかあの時一部始終がテレビ局に撮られていたとは思いもしなかった。そして、その中継をクレアがちょうど見ていたなんて事も・・・。俺達が帰ってくるなり重火器持って出てくるわ、勝手に依頼を請けていたと勘違いされるわ、挙句には駐車場で重火器ぶっ放されるわ・・・。ったく、いくら命があっても足りないぜ、と彼は肩をすくめた。そんな彼を、レオンは不思議そうに見つめていた。
 その頃、事務所の駐車場に一台の高級車が到着し、エントランスの前で停止していた。その後部サイドドアが自動で開き、黒スーツの護衛ではなく装甲服で完全武装した兵士に囲まれ、セレスはゆっくりと車を降りた。彼女はエントランスの前まで来ると、両側を護衛する兵士に待機しているよう指示した。
「大丈夫です、非常時には『緊急手段』をとります」
彼女はそう言って兵士達に念を押すと、たった一人でエレベーターに乗り込んだ。そして、上昇するエレベーター内で懐のサイレンサー内蔵型拳銃を手にとって確認し、到着前にサッとホルスターにしまった。やがてドアが開き、目の前に銀製の事務所の看板が現れると、彼女はいつも人前でとるような明るい表情に変わり、呼び鈴を鳴らした。すぐにドアが開いて所員が出てくると、彼女は満面の笑顔を浮かべながら彼に言った。
「この間はどうもお世話になりました。こちらの所長さんに直接お礼を申し上げたいのですが、宜しいでしょうか?」
「は、はい・・・。すぐにご案内します」
突然有名人が目の前に現れた事で動転している所員を笑顔で見つめながら、彼女は心の中で冷たく笑った。こんな偽りの存在に騙されるような者ばかり。だから純血主義を吠えるだけの知恵のない連中を崇め、その意のままに操られるという愚かさがある。といっても、その方が私達には有利ではあるが・・・。
 そのまま所長室に通され、案内役が去ったところで、クレアの目の前で彼女は頭を下げた。そして、笑顔のまま彼女に向かって話しかけた。
「あなた方のお陰で、無事に帰る事が出来ました。本当に感謝しています」
「いえ、セレスさんこそわざわざお越し頂いてすみません。・・・まだ『あの事』は正直信じられませんけどね」
「あの方・・・レオンという方の事ですか。私もあの時、何が起こったのか理解できませんでした」
彼女はそう言いつつ、この二日間に調査した結果を頭の中で反芻した。中央政府軍の極秘計画における第五試験型として約三年前に『開発』されたAWで、その一年半後に実験中の事故で暴走、旧式の試験型四機を一撃で破壊した後行方を眩ました危険な代物だとまではわかった。しかし・・・。
「彼、実は記憶障害があって、一年半前に私達が助けた時以前の事を覚えていないらしくて。だから・・・、彼がそれまで何をやっていたか知らないんですよ、私達」
そんなクレアの話を聞きながら、彼女はしばらく黙って考えていた。が、ちょうど彼女が話し終えたところで静かに言葉を返した。
「そう・・・ですか。・・・でも、大丈夫ですよ」
「え?」
驚いて彼女を見たクレアに、彼女はニッコリと笑って再び言った。
「過去を知らないからこそ幸せでいられる。もし彼が過去の自分を知ったとしても、それが本当に良いとも限りません。それよりも、今の彼でいる事の方が幸せではないでしょうか」
「・・・」
クレアは少し険しい表情になって黙り込む。確かにそうかもしれないけど、自分の事を知らないまま、これからも彼は不安なく過ごせるの?また『あれ』が起こるかもしれない、そういう不安を抱えていた方が幸せって・・・。そんな姿を見て、セレスは申し訳なさそうに言った。
「・・・すみません。勝手な事を言ってしまって」
頭を下げる彼女に、クレアは無理に笑顔を作って言い返した。
「いえ。・・・でも、できれば彼の過去について私達だけでも知っておこうと思います。また『あのような事』が起こった時に助けられるのは、私達だけですから」
「ええ。・・・そろそろ時間ですね」
 セレスは壁に掛けてある時計に視線を移して言うと、静かに立ち上がった。クレアも立ち上がると、彼女とともに部屋を出た。エレベーターに乗り込んだところで、彼女は閉ボタンを押しつつ彼女に話しかけた。
「セレスさん、あなたが隠し持っている拳銃は民間用じゃないでしょう?・・・護身用にしては強力ですね」
「やはり気づいてましたか。・・・でもここでは使いません」
そう言いながらも彼女は右手にグリップを握り、銃口をクレアの後頭部に向けた。この至近距離で発砲すれば回避不可能、そして確実に死亡する。クレアは銃を突きつけられたまま話を続ける。
「仰っている事と行動が一致していませんね。うっかり何か大切な事を喋ってしまったので口封じですか?」
「いえ、少し遊んでみただけです」
「そうですか。大富豪のご令嬢はそういう道楽がお好きなんですね?」
銃口を向けられた気配が消えると、彼女は振り返ってセレスを少し疑うような表情で見つめた。一方のセレスは変わらぬ笑顔を彼女に向けると、静かな口調で彼女に忠告した。
「そのうちレオンさんを狙って何者かが襲撃を掛けるかもしれません。どうかお気をつけて」
その時、エレベーターが地下駐車場に到着した。ドアが開くと、彼女は目の前に停車している高級車に近寄り、護衛とともに乗り込んだ。そして、クレアに向かって再び声を掛けた。
「また何処かでお会いしましょう、レーテル家のお嬢様」
「ええ。・・・その時はあなたの正体を暴いてみせます」
クレアが言葉を返すと彼女はニコッと笑いかけ、そしてすぐに車を発進させた。駐車場を出て行く高級車を見送りながら、彼女は中にいるはずのセレスを睨みつけていた。今度会う時はおそらく敵同士ね・・・、そう感じながら。

 「ドネット中尉、中隊長がお呼びですよ」
自室で次の作戦内容を確認していたドネットは、ドア越しに聞こえてくるフラメルの声に気づいてドアを開けた。と同時に、例のごとくフラメルがドアと正面衝突し、尻餅をつくとともに資料を周囲に撒き散らした。またか、とため息をつきながらも彼は資料を拾い上げて彼女に手渡す。
「ありがとうございます、中尉。・・・えーっと、中隊長が」
「わかった、すぐに行く。それと・・・その資料、ちゃんとページを揃えておいて」
彼はそう言ってドアを閉め、中隊長の待つ執務室へと向かった。ドアをノックすると、入れ、といつもの調子で返事が返ってきた。
「失礼致します」
彼が部屋に入ると、中隊長は椅子に掛けて彼の方をまっすぐに見据えた。ドネットが敬礼すると、彼は座ったまま軽く敬礼を返し、彼に腕を下ろすよう指示して話し始めた。
「ちょっと国防大臣に呼び出されたんだが、他の用事が入って行けそうにない。というわけでドネット、お前が代理として会ってきてくれ」
「何で僕なんですか?この場合フォトリィ大尉に任せるのが普通でしょう?」
彼が尋ねると、中隊長はいや、確かにそうなんだが、と頭を掻きながら答えを返した。
「実はフォトリィにも別の仕事を頼んでいてな、ちょうど日程が重なっているんだ。というわけで、お前に任せる。作戦とは被らないから安心しろ」
「そういう問題ですか?僕だって仕事が・・・」
「そういう問題だ。正直、他の連中では大臣と喧嘩になりそうで頼めない。お前なら礼儀正しいし、目上との会話にも慣れてるだろ?というわけで頼む。特別手当も出るから心配するな」
彼はそう言い返し、机の上に置かれたマグカップを取った。そして中身を一気に飲み干すとドネットに立ち去るよう言った。
 帰り道、ドネットは一人文句を言いつつ廊下を歩いていた。中隊長は最近頻繁に用事で軍を抜けている。それだけならいいとしても、仕事を僕とか僕とか僕に押し付けるのはいい加減にしろよ・・・。フォトリィが大尉になってから何かと忙しいのはわかってるけど・・・でも、と呟いたところで中央政府軍の軍服を身にまとった女性とすれ違った。通り過ぎたところで彼は立ち止まり、振り返って彼女の行く先を見つめた。
「何で中央政府軍の奴が・・・?」
理由が気になりながらも、彼は再び歩き始めた。
 「どうも。こっちがいつもの報告書だ。それと・・・こっちは局長からの指令だ」
渡された二通の封筒を受け取り、中隊長は助かる、と彼に一言だけ言った。さっきまで開けっ放しだったドアは、今内側から鍵が掛けられている。封筒を渡した兵士は敬礼を返しつつ再び口を開いた。
「ところで、中央政府軍にはいつ復帰するんだ?今の立場での『任務』は終了したんじゃないのか?」
「当分戻る気はない。少なくとも・・・、奴が姿を現すまではこのままだ」
中隊長はそう言うと、封筒を机の上に置いた。兵士はそうか、とだけ答えると内鍵を開け、ドアノブに手を掛けた。と、そこで思い出したように言葉を付け足した。
「他の連中には知られてないだろうな?もしそのような事態なら・・・」
「心配するな、今のところ誰にも知られていない」
「そう、か。・・・では失礼する」
そう言って部屋を出ていく兵士を見送りながら、彼は黙って封筒を開いた。

 『・・・IWSE-07およびIWSE-08の各兵装、ともに異常なし。これより浮遊標的を敵と想定した戦闘実験を開始します』
オペレーターの指示とともに、地下施設内の模擬戦闘区画の壁面の一箇所が開き、電磁式カタパルトシステムの機構が展開される。その、上下からカタパルトの腕が挟み込むような形状の滑走路が完全に展開されると、その奥にある発進地点に装甲服を着た兵士が姿を現した。兵士は台座のセットされた場所まで向かうと、一般兵が使用するものとは異なるブーツを履いた足をその上に乗せた。
『発進位置への移動完了を確認。ユニットリンクシステムオールグリーン。背部・脚部スラスターウイング展開開始』
バイザーを着用した兵士の、左頬についた刺青状の模様が赤色に輝き、同時に背部から四枚の金属の翼、そしてブーツ上に小型の翼が何枚も展開されていく。その灰色の翼は、一度広がった状態から折り畳まれ、背部でひとつの塊になった。そして兵士は右手を開き、そこから出現したライフルのグリップを握った。左手もまた、別のグリップを握る。
『ビームライフル展開完了。これより発進フェーズに移行します』
『カタパルト出力調整、角度調整完了。リニアシステム起動。安定台座地上固定解除。射出までのカウント、2・・・1・・・』
台座が浮き始め、ストッパーがレール下部と接触する。そして姿勢が安定した瞬間台座が急速に前進し、レールを滑走した後にブーツの拘束を解除した。慣性でカタパルトから飛び出した兵士が翼を展開すると、兵士の身体は落下から上昇に転じ、そして空中で静止した。中央指揮所でその姿が映し出されたディスプレイを眺めながら、例の男はニヤッと笑みを浮かべた。
「よし。Ⅷの発進が完了次第、戦闘実験を開始するんだ。・・・これで満足できる結果が出れば言う事なし・・・」
「そうなればいいんだがな・・・。これが成功したら実戦配備に移行しても良い、そう考えていいのだな?」
傍らに立つ技術将校が尋ねると、彼は大きく頷いて答えた。
「戦力として通用する段階までは達したからね。それに、実戦配備に移れば君のお偉いさんも煩くなくなる。僕としては研究に没頭したいからね」
そう答えながら笑みを浮かべている彼に、将校は多少嫌気がさした。科学者の連中は皆この調子だ、この技術を新たな戦力にと考えている我々とは違い、この輩は更なる兵器を・・・そう、もっと強力な兵器を研究する目的で造る気なのだ。しかも、我々が研究資金を出し渋ればすぐに裏切り、狂った思想を持つ敵勢力とも手を組む。いや、こういう輩自体が狂っているのだからおかしくはないのだろうが・・・。ふつふつと湧き上がってくる感情を隠しながら、将校は再び口を開いた。
「いずれにせよ、あなたが今後も我々に協力して下さるなら、研究投資は今後も継続する事を約束しよう」
「そりゃどうも。・・・さて、Ⅷも所定位置に到着したから早速始めようか」
同じくバイザーを装着した兵士が、また別のタイプの翼を展開してホバリングしている映像を見ながら彼は指示を出した。すぐにオペレーターが兵士と指揮所の見学者に対し、作戦概要の説明を開始した。
『今回の実験では非武装型浮遊標的10基、および機銃を装備した浮遊標的10基を任意の箇所に配置し、IWSに格納された武装を使用してこれらを撃破します。今回、機銃に装填されているのは模擬弾の為、この実験による墜落はないと思われます。今回、IWSE-07およびIWSE-08はそれぞれ単独で実験を行います。実験の時間制限はそれぞれ150秒です』
「150秒・・・たった二分半で遂行可能な性能を有するというのか?」
将校がつぶやくと、彼はもちろん、と得意げにうなずいた。
「それ程の性能を求めたのは君達なんだ、驚く事もないでしょ」
「む・・・」
彼にそう言い返され、将校は何も言い返す事が出来なかった。確かに、戦場で使い物になるだけの性能を要求したのは軍の方だ。そして、あの事故以降は暴走を抑制し、さらに高性能なものを求めてきた。だが、将校の前で実験中の試験機の性能は、軍が要求する性能をはるかに超えているのだ。戦闘時のスピードも、運動性能の高さも、そして搭載武装の威力もすべて要求値以上だ。一種の恐怖すら感じる・・・。Ⅶが背部に格納していたハサミ形状の武装を射出し、機銃を撃つ標的を握り潰したところで実験が終了した。Ⅶはハサミの尾部に接続されたワイヤーを引いて武装を回収すると、実験区画外へと移動した。入れ替わるようにして、Ⅷが開始地点へと移動する。
『続いてIWSE-08、模擬戦闘実験を開始します』
オペレーターが指示を出すと、Ⅷの両腕を外側から覆う盾状の兵装が展開され、その先端部が開いて扁平な砲門が姿を現した。Ⅷは盾の内側に突き出たグリップを握ると、はるか遠くの標的にその砲口を向けた。と同時に、砲から一筋の閃光が走り標的を消滅させる。
「ビーム砲か」
将校が驚くと、彼は凄いでしょ、とまるで子供がはしゃぐように言った。
「Ⅴの数倍の出力で砲撃可能なんだ。ヴァンガードとかいうAWの一個小隊分が、たったの一機でまかなえる」
「これは凄い・・・。エネルギー消費が気になるがいい装備だ」
瞬く間にほぼ全ての射撃標的を破壊したⅧの映像が流れる中、将校も納得したような表情でうなずいた。これだけの性能を持った兵士が揃えば、イルデーナフにも対抗できる。やがては、奴らを消し去る事も可能になるだろう。そうなれば、我々は仮想空間を本来の形で統治する事ができる・・・。手の甲に展開した反りのあるエネルギー刃で、目の前の標的を容赦なく切り刻むⅧを見ながら、将校はニヤッと笑みを浮かべた。最後の標的も一刀両断されたところで、オペレーターの戦闘停止指示が入った。
『実験終了。二機とも時間内にミッションを達成しました。IWSE-07,IWSE-08は帰還して下さい』
指示とともに、二体は再び開いた壁面の穴へと飛び去っていった。と同時にディスプレイの映像が遮断され、代わって『軍事防衛技術研究所』のロゴマークが一面に表示された。
「さて・・・これを元に量産型を開発すればいいんだよね?」
彼が訊くと、将校はああ、とうなずいて答えた。この性能なら、量産化に問題はないはずだ。それに、これ以上計画を先延ばしにするわけにもいかないのだ。将校は彼に命じた。
「早急に量産型の開発に移れ。この性能なら、上層部も必ず納得するはずだ。・・・それと平行して、さらに高性能なシステムの開発を進めるように」
「当然でしょ。まあ、君達が指定する期限には十分間に合うよう開発を進めるから心配ない、とお偉いさんに伝えといて」
彼はそう言って指揮所を立ち去った。将校は彼の姿が見えなくなった後で舌打ちし、そしてその場を立ち去った。地上に上がる側のエレベーターに乗り込み、彼は一人愚痴をこぼした。何が当然だ、研究資金がなければ何もできない貴様ら研究者に何がわかる・・・。しかしながら、あの計画を順調に進めている事はどうしても評価せざるを得なかった。まあいい、と彼は考える。奴に利用価値がある限り、奴らがどんな態度をとっても気にしない。重要なのは、これからも使えるか、そうでないかという事だけだ。もし要らなくなれば・・・。

 「どうやらここだな・・・」
砂漠の真ん中に孤島のごとく存在する小さなオアシスの外縁部で、一人の旅人が居住区を見つめながらつぶやいた。首から一眼レフのカメラを提げ、砂嵐対策のコートを今は羽織るように着ている彼は、居住区の一角に座り込んだ女性を見つめながら、再び口を開いた。
「あれが・・・、あの人が」
その後の言葉は、突風で遮られ、聞き取る事ができなかった。彼は女性から視線を離し、オアシスに向かってゆっくりと歩き出した。

 次回予告
砂上の楽園で彼女は想う。
やがて来る戦いの時を。終末の光を。
そしてまた、血が流れ落ちる。
次回『楽園の聖女』

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CyberChronicle(2)

2007-04-15 18:35:24 | 小説
 『・・・次のニュースです。世界的に高い人気を誇る歌手、セレス・マークヘルトさんがエリア116での戦没者追悼コンサートを終え、本日昼前にマークヘルトグループ所有の専用機で首都に到着する予定です。セレスさんはマークヘルトグループ会長の長女で、幼少の頃から声楽等を学び、2年前のデビュー以降幅広い世代から多大な支持を・・・』
つけっ放しのテレビの前で、クレアは酷い頭痛のする頭を押さえながら、ソファーに寝転んでいた。無理もない、昨晩はシャンパンを最低でも5本たった一人で飲み、さらに他の酒も飲んだところで意識が飛んでいるほどだ。おそらく、最後まで残っていたであろう所員達の大半も、酷い二日酔いに悩まされているだろう。
「それにしても、あの三人はいつの間にかいなくなってたわね・・・」
日頃の睡眠不足の相乗作用で再び眠気に襲われながら、彼女は誰もいない部屋でつぶやいた。しかも、朝から姿を見ない所からすると何処かへ出かけたようだ。彼女は目を瞑りつつ、独り言を言う。
「どうせ買い物か何かでしょ・・・もうちょっと寝るか・・・」
彼女は足元に落ちていたブランケットを拾って掛け直し、そして、テレビの音声に混じって小さないびきが聞こえ始めた。

  第二話 -歌姫と野獣-

 首都郊外の空港には、国営、民間問わず多数の放送局の記者が集まっていた。その山を無理矢理押し退けるような形で、レオン達は護衛の控え室へと向かっていた。つま先を誰かに踏まれて転びそうになりながらも、そこを抜けた彼はジェストに尋ねた。
「別に関係者用の通路を使えばいいんじゃないですか?その方が早そうですし」
「あー、残念ながら無理だ。ここの通路は改装工事のせいで迂回路が多くて、今は普通に行った方が早いんだよ」
ジェストはそう言って、多少乱れた服装を正した。そして、黒というよりは茶色に近い色のレンズが入ったサングラスを着用した。レオンとサラも、同じようにサングラスを取り出して着用する。こういう関連の仕事では、なるべく顔がわからないようにしなければならないからだ。
 控え室に着くと、他社から派遣されてきた護衛数人が煙草を吸っていた。彼らは三人が入ってきたのに気がつくと、そのうちの一人が片手を差し出し、握手を求めた。握手をしながら、ジェストは今回の依頼についての詳細な情報を確認した。
「運が良かったな。俺達はあの歌姫の車に乗れる」
握手を終えて振り向くと、彼は二人に向かってそう言った。その途端、レオンは少し焦ったような表情になった。
「え・・・!?ど、どうやって接したらいいんでしょうか?」
「いつも通りでいい。いつもの依頼のように、相手が官僚だと考えれば楽なもんさ。・・・それとも憧れの人に会えて嬉しいってか?」
彼がそう言って軽く冷やかすと、彼はますます慌てた様子でブンブンと首を横に振り、部屋を飛び出した。
「まったく・・・仕方ねえな。じゃあ俺とサラは後部座席に、レオンは落ち着いて仕事ができるよう助手席にするか」
彼が笑いながらつぶやくと、サラもつられたように笑った。そのとき、ジェストのポケットから彼女の歌が流れ、彼は慌てて端末を取った。
「はい、こちらはレーテルセキュリティエージェンシーの・・・、はい、了解」
端末の電源を切り、代わりにインカムを取り出して耳に装着すると、彼は部屋にいる全員に向かって指示を出した。
「依頼主の旅客機が到着したそうだ。行くぞ」
そしてドアを開けると、緊張を必死に抑えようとしているレオンの肩を叩き、声をかける。
「行くぞ、作戦開始だ」
「え?・・・あ、はい」
彼は慌ててインカムを装着し、彼らの後を追った。
 誘導路をゆっくりとタキシングする小型の旅客機の中で、セレスはコンサートの時とは異なり、やや軽めの服装で窓の外を眺めていた。
「今日もマスコミの方々が沢山待っておられるのでしょうね。私としては早く屋敷に戻り、くつろぎたいのですが」
彼女がつぶやくと、傍にいたマネージャーが優しく声をかけた。
「大丈夫です。今日を含め数日間は、プライベートな時間を過ごせると思いますからね。報道関係の方も、あなたが疲れておられるのが多少なりともわかっている筈ですし、記者の数も前回よりは少なくなっています」
「そうだと良いのですが・・・。この前の事もありますし、あまり期待できそうにありませんわね」
機体がターミナルの傍に停止し、タラップが取り付けられるのを見つめながら、彼女はまたつぶやきを漏らした。そして、マネージャーが立ち上がった後に自分も席を立ち、乗降用ハッチへと向かった。
 タラップを降りてきた彼女の目の前には、黒塗りの高級車が三台停車していた。その、中央に止まっている車両の後部ドアを開き、ジェストは彼女を丁寧な手つきで乗せ、自分も乗った。ドアが閉まると、三台はそのままターミナルビルの正面玄関まで向かい、そこで一旦停止した。マスコミが円状に囲む中で、ジェストは車を降りてドアを開け、彼女をゆっくりと降ろした。そして、彼女は大量のカメラとマイクを向けられつつ、追悼コンサートや、滞在中の話などをいつもの明るい調子で喋った。
「この映像、クレアが見てたりしてな」
ジェストが小さくつぶやくと、助手席で待機しているレオンはインカムを通して、そうですね、と相槌を打った。30分ほどの間、彼女はマスコミに向かって延々と喋り続けた後で再び車に乗り込み、やがて車列は再び走り始めた。
 三台が空港を抜け、首都の中心部へと向かう幹線道路に移る中、ジェストは隣で疲れた顔をしているセレスをチラッと見た。よくここまで、人形のように明るい顔を固定していられるものだな、と彼は思いつつ、小型冷蔵庫からミネラルウォーターを出して彼女に勧めた。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、一口だけ水を飲む。口を潤す程度だけか、と彼は思った。
「ところで、歌手の仕事というのは随分と大変そうですね」
彼が尋ねると、彼女はグラスを置いて軽くうなずいた。
「ええ、見ての通りです。ですが、辛いだけではないので・・・」
「そうですか。・・・ご存知かと思いますが、俺達も結構危険な職業なので大変なんですよ。どの職種でも大変なものは大変、そういう事ですかね・・・?」
彼はそう言って軽く笑いながら、ふと窓の外を確認する。今のところ、不審な車両や人物はいないようだ。彼が彼女に視線を戻すと、彼女はつぶやいた。
「財閥の令嬢で人気歌手。時々この立場が嫌になる事もあります・・・。他の皆にとっては憧れでも、私にとっては苦痛に思えるんです」
「・・・」
彼は黙って彼女の顔を見つめた。そこにあるのは上流階級の表情でも、人気歌手の表情でもなく、憂いに満ちた一人の女性の表情だった。車内にしばしの間、沈黙が流れる・・・。ただ一人、助手席に座ったレオンだけが緊張して喋れなかったのだが。車列は、徐々に都市部へと入ろうとしていた。

 『・・・マウスを車両の1キロメートル先に配置しました。まもなく遭遇、戦闘に入る予定です』
薄暗く狭い空間で、白衣を着た一人のAAが壁に並んだディスプレイを眺め、スピーカーから聞こえる状況説明に耳を傾けていた。メガネをかけた彼の顔は、これからまもなく開始される『実験』に興奮した笑みを浮かべていた。
「それにしても不幸な子だね、彼女。あの素晴らしい声で恐怖の叫びを上げる事になるんだから」
彼が冗談気味に言うと、スピーカーから同じく笑い声が聞こえてきた。
『まあ、彼女には色々と疑惑もかかってますしね。噂では『彼』と関わっているという話もあるくらいですし』
「そうだったかな?僕は世間から遠ざかってるから詳しくなくてね。・・・さて、そろそろ開始の時刻だ」
彼はそう言ってディスプレイのひとつ・・・一体のぽろろが路上で立ち止まっている映像に視線を向けた。さあ、その無垢な身体を血で染め上げろ。

 「今のところ異常なし。このまま何事もなければ楽なんだが」
ジェストは他人には聞こえぬ小声でつぶやきながら、バックミラーに目をやった。あの後、車内は依然として静まり返ったままだ。といっても、殆どの依頼では護衛と依頼人が喋るという事自体が珍しい。だから彼女が黙り込んでしまっても、彼らにとっては別に問題ではなかった。むしろ仕事に集中できるのだから好都合といったところか。その時、前方の車両が急に減速した。彼の乗っている車両も、それに連動する形でどんどん速度を落としていく。事故でも起こったか。彼はそう考えつつ、前方車両にいる護衛と連絡を取った。
「何かあったのか?状況を教えてくれ」
『いや・・・実は目の前にAAが突っ立ってる。まだガキだ。どこから入ったのか知らないが、このまま置き去りというわけにもいかんだろう』
「そうだな・・・。とりあえずそいつを路肩に誘導・・・」
彼がそう言いかけた時、ドゴンッという音とともに、前方車両のボンネットが一瞬でスクラップになった。そして、今度はフロントとサイドのガラスがほぼ同時に割れ、破片が辺りに散らばった。
「おいおい、何があったんだ・・・?」
慌てて車両から飛び出した護衛達を見ながら、彼は一体何が起こっているのか理解できないでいた。しかし、助手席のレオンは車両の前方を指差して叫ぶ。
「ジェストさん!あれ見て下さい!」
「あれって何だよ?言わなきゃわからねぇだろうが」
彼はそう言って彼の指差す先を見た。サラもまた、気になってそちらへと視線を向けた。そして、それを見るや否や表情が一変した。
「ぽろろ・・・しかも暴走中ときた」
「しかもあの腕。人工的に改造が加えられてる・・・!」
二人は車両を見下ろすようにして立っている捕食形態のぽろろを、驚いた顔で見つめた。全体的に黒色のその身体からは幾つもの腕が現れ、その先端から中ほどにかけて、大きく鋭い刃物上の突起がひとつずつ付いている。ぽろろは無人になった車両を真っ赤に光る目でギロッと睨みつけると、それに向かって圧し掛かるように前方へと倒れた。その刃物が車両の屋根を貫通し、さらに重さでフレームがひしゃげ、完全に潰される。そして、エンジンにも刃物が突き刺さり、まだ稼動していた燃焼室を破壊して爆発を引き起こした。
 さらにぽろろは慌てて後退した残りの二台に狙いを定め、地面を這うようにして接近してくる。レオンは拳銃を抜き、窓を開いて銃口を化け物の眉間に向けた。
「止まれっ!」
パアン、と銃声が一発響き、銃弾が化け物の頭を掠める。更にもう一度銃声が聞こえ、今度は化け物の額に見事な穴が開く。化け物は怯んだように立ち止まり、その頭が地面にゆっくりと下がっていく。
「今のうちに車を退避させろ。ここは俺達で引き止める」
ジェストはそう言ってレオンに合図し、車両から降りた。そして、上着の内側から一丁の大型拳銃を取り出した。小まめに手入れされたそれは、新品同様のきれいな黒光りを保っている。同じく車両から降りたレオンに、彼はすぐさま指示を出した。
「まだくたばってないな。今のうちに止めを刺すぞ」
「はい」
再びゆっくりと、顔を上げて二人を睨みつけるようにして見つめるぽろろに、レオンとジェストはありったけの銃弾をお見舞いした。その頭部を、目を、首筋を血を撒き散らしつつ抉り、そして貫通して彼の脳髄を破壊し、それの生理的現象を強制停止させる。化け物の身体はゆっくりと地面に崩れ落ち、そして動かなくなった。
「やった・・・?」
「ああ、ここまでやれば流石に・・・」
 彼がそう言いかけた時、インカムから悲鳴が聞こえた。そして、すぐにノイズで何も聞こえなくなる。彼は慌てて背後を振り返った。そこに映し出されたのは、炎上する最後尾の車両と捕食形態のぽろろ。
「くそっ!もう一体いやがった!」
「このままじゃサラさんとセレスさんが・・・!」
二人は口々に叫ぶと、そちらへと全速力で向かった。破壊された車から逃げた護衛達もその後を追う。

 「あはー。やっぱり簡単に倒されちゃったね」
せっかくの実験体を倒されてしまったというのに、白衣の男性は殆ど気にする事無く、むしろその自体を楽しんでいるかのごとく声を上げた。そして、更につぶやきをもらす。
「でも一台丸ごと『壊しちゃった』くらいだから、結果は上々かな。それに死んだと思っていた『彼』も確認できたし」
その顔が、狂気に満ちた笑いを浮かべる。あの時僕の命令を拒絶し、大切なマウスを何体も殺して姿をくらましてしまった『彼』が、こんな場所で偶然見つかったのはラッキーだよ。
『あの・・・マークヘルト嬢は本当に殺害しても構わないのですね?この場で言うのもなんですが、私も彼女のファンでして・・・』
「ああ、なるべく殺しちゃって。下手に証拠を残すと僕らの首が飛ぶ事になるから。それに、アイドルぐらいなら僕が幾らでも『生産』してあげるし」
彼はそう言ってマイク越しに笑いかけた。その口は、狂った感情に影響を受け、醜く歪んでいる。スピーカーから、部下の困惑気味の声が返ってきた。
『はあ・・・。ともかく了解しました』
「ああそれと、リミッターを解除しちゃっても構わないよ。むしろその方が面白いから宜しく」
彼はそう言って、視線をもう一体のぽろろがアップで映し出されている画面に移した。

 腕から生えた砲身状のものから光弾を放ち、最後尾の車両を破壊したぽろろがその射線に最後の車両を捉えた時、セレスとサラ、そして運転手は車から離れていた。拳銃を右手に握るサラがセレスの目の前で庇うように立ち、小声で背後にいる彼女に下がるよう指示した。
「なるべく静かに、落ち着いて逃げて下さい。気づかれたら・・・お終いです」
「わ、わかりました・・・」
少し動転したような口調で返事をしつつ、彼女は、先程まで自分が乗っていた車両に向かって光弾を吐き出した化け物を観察する。ぽろろをベースにした殺戮兵器といったところか・・・。先ほど出現したのが至近距離戦用、そして今いるのが砲撃戦用。どちらも威力には優れているものの、そのスピードや防御能力からしてまだ完成には程遠いレベル・・・。おそらくこれは実験の為に作られた試験体だろう。彼女は考えつつ、サラの指示通りゆっくりと後退していく。
「セレスさん、何があっても私の後ろにいて下さい。残りがこの一体だけなら・・・」
「当たれぇっ!」
突然、彼女の声を遮るようにレオンが大きく叫び、銃を連射した。しかし、距離があるせいか全く命中はせず、ぽろろの表皮を掠る程度でしかなかった。そして、ぽろろが彼に気づいて腕の砲身全てを向ける。
「レオン危ない!!」
「そこから離れろ!死ぬぞ!!」
サラとジェストがほぼ同時に叫び、その直後全ての砲身から先程とは桁違いに巨大な光弾が発射された。
「うわぁっ!」
彼の叫び声が一瞬聞こえた瞬間、凄まじい閃光と爆発で破壊された車両が更に破壊され、粉々になって周囲に飛び散った。濛々と煙の立ち込める中、二人は先ほどの爆発に巻き込まれたであろう彼の姿を必死に探したが、直撃を受けたのか、その痕跡すら見つからなかった。ジェストはその場に呆然として立ち尽くし、
「嘘・・・だろ・・・?」
震えるような小さい声でつぶやいた。ちょうど駆けつけてきた護衛達も、何が起こったのか理解できない様子でその場に立ち尽くしている。ただ一人、セレスだけは別に驚きもせずに化け物をしっかりと睨みつけていた。あれだけの火力を持っているという事は・・・おそらくオラクルの兵器ではない。とすると、軍の実験体か。
「せ、セレスさん。私達がここで食い止めますから、その隙にここから逃げて下さい」
「は、はい」
彼女は他人と同じく混乱しているように装いつつ、誰にも聞こえぬよう軽く舌打ちした。くそ、今この状態で遭遇しなければ気にする事無く力を発揮できるのに・・・。ぽろろの視線がこちらへと向いた事に気がつき、彼女はゆっくりと後退した。
 そのとき、ぽろろの斜上方から突然光弾が放たれ、それの腕のひとつを貫通した。一瞬の間を置いて腕が爆発を起こし、折れた砲身が落下しアスファルトの路面を陥没させた。そして、間を置く事無く次の弾が発射され、砲身を破壊していく。化け物はその巨体に似合わぬ高音の悲鳴を上げながら、自分が破壊されていく痛みに身を捩る。最後に、全ての腕が破壊された化け物の頭部に穴がひとつ開き、そして頭が急激に膨張し弾け飛んだ。爆煙が立ち込め、グロテスクな肉片が飛び散った路上で、全員が光弾の放たれた方向を見つめて叫び声を上げた。
「レオン・・・?」
空中で静止しているそれは、まさしくレオンだった。しかし、その背中からは金属の翼が六枚生え、そのスラスター部から青白い燃焼光が輝きを放つ。そして、彼の右手には大型の見慣れない形状のライフルが握られていた。彼はゆっくりと降下して化け物の目の前に着地した。
「あれは・・・!?」
セレスはその特異な姿を見て驚嘆した。馬鹿な、何故ここに『政府によって始末されたはずの』IWS試験型がいる・・・?しかし、そんな彼女の驚きには気づく事無く、サラは彼に向かって恐る恐る声をかけた。
「レオン・・・何でそんな姿に・・・?」
「ワカラナイ・・・オレハ・・・コロサナイト・・・スベテ・・・」
彼は途切れ途切れにつぶやきながらサラに銃口を向けた。その瞳は、彼女を仲間として認識していなかった。彼は狙いを定めると、躊躇う事無く引き金に指をかけた。が、そこでビクッと痙攣を起こして意識を失い、彼は前のめりに倒れた。同時に、ライフルと金属の翼が吸い込まれるようにして姿を消した。
「レオン・・・?レオン!しっかりして!」
彼女ははっとしたように目の前の青年へと駆け寄り、抱き起こした。そして、彼が無事なのを確認すると、彼女は緊張が一気に解け、その場にへたり込んだ。ジェストも二人の傍に駆け寄り、怪我が無い事を確認して立ち上がった。そして、少し離れた場所で二人を眺めているセレスに近寄ると、落ち着いた口調で声をかけた。
「ご無事で何よりです。すぐに別の車でお送りしますので・・・」
「それなら大丈夫です。もうすぐ迎えが来るそうですから」
「そうですか。しかし一般車は通行禁止になっている筈ですが」
彼がそう言った時、遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。だんだん近づいてくる音を聞きながら、彼女は笑顔で答えを返す。
「車ではありません。私の場合移動手段の殆どがヘリコプターです。車だと、どうしても記者の方々が追いかけてきますから」
なるほど、と彼はつぶやいて空を見た。マークヘルトグループ所有の中型ヘリコプターが空中を旋回しつつ、道路にゆっくりと降下していく。そして、彼らから少し離れた場所に無事着陸した。
「サラ、レオンを頼む。俺は依頼人を送ってくる」
彼はインカム越しに指示を出すと、拳銃をしまって彼女の右側に立った。そして、ヘリの止まっている場所に向けて、ゆっくりと歩き始めた。

 「あーあ。また暴走を起こして滅茶苦茶にしてくれたよ」
崩壊しつつある二体の試験体の映ったディスプレイを眺めながら、彼は妙に明るい笑顔でつぶやいた。そして、騒がしいスピーカーの音声の元に向かって指示を出す。
「実験体の残骸は『アレ』ぶち込んで完全消去して。それと、『彼』に監視をつけるように」
「了解しました。それにしてもよく作動しましたね、生体回路」
スピーカーから声が響くと、彼は笑いながら答えを返した。
「チャージしなくても、日常生活を続けていれば自然とエネルギーは蓄積される。サバイバルの為の機能なんだけど、それが偶発的な暴走に繋がったみたいだね」
「再暴走の可能性は現段階で5%未満と思われますが・・・」
「出来れば早い内に消去しないとね。それと、新型のテストを前倒ししよう。早くIWSの部隊配備に移りたい、と国防省が煩く言ってくるからね」
彼がそう言った時、実験体にライフル弾が数発撃ち込まれ、直後に急激な崩壊を起こして消滅した。後に残ったのは三台の高級車の残骸と、そして護衛達に混じった『彼』だけだった。まだ気絶したままの『彼』を眺めながら、彼は一人、残酷な笑みを浮かべていた。さあ、お楽しみはこれからだ・・・。

 次回予告
それはまだ予兆でしかない。やがては全てを巻き込む事となるのだ。
それぞれの意思が、それぞれ形となり動き始める。
そして、いずれ激突する運命にあるのだ。そう、殺戮者も。
次回『悪魔の記憶』
解き放たれるはその悪しき力か、それとも。

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CyberChronicle(1)

2007-04-08 20:59:54 | 小説
 あれから三年・・・。この間、世界は何事もなく動いていた。少なくとも、大衆と多くのジャーナリストから見ればそうであった。しかし、それがいつまでも続くという見方もなかった。この静寂はおそらく嵐の前の静けさだと、数多くが何となくであっても感じていた。まさしくその通りに、目に見えぬ場所ではゆっくりと計画が進み始めていた。そこに、イルデーナフやオラクル等の組織が関わっているのもまた事実であった。
 そして、それらとは異なる別の存在もまた動きを見せていた。仮想空間内の存在ではなく、現実世界の一人の人間が。しかし、それが表沙汰にされる事はなく、仮想空間は平穏な日々が続いていたのだった。

  Cyber Chronicle

 第一話 ~パーティーと休暇~

 黒塗りの高級車数台が首都中心部の幹線道路を走っている。前後の車両にはスーツを着てネクタイを締めた護衛が乗り込み、間に挟まれた車両と、その車両の周囲に気を配っていた。車列は中央議院へと向かうルートに乗り換え、そのまま安定した速度で目的地へと向かう。
『現在異常なし。議院前到着まではあと七分だ』
『了解。引き続き警戒を怠るな』
無線機によるやり取りが行われる車内で、左頬に「Ⅴ」の刺青を入れたAAが緊張した面持ちで前方の車両を見つめる。スーツの内側には、ホルスターに収納された民間向けの拳銃がひとつ隠されている。腕時計にチラッと目をやると、針が到着時刻の六分前を示していた。あと少し、あと少しの間が危険だ・・・。
『右後方より不審車両一台が接近中、各員は警戒せよ』
『了解。不審車はさらに接近中』
彼はサイドウインドウからその車両を確認した。フロントガラスを含めた全ガラスが反射フィルムに覆われた車両。そしてその開いた天井からは、ライフルの細長い銃口が顔を出した。
「くそっ」
彼は舌打ちをしてサイドウインドウを開くと、懐から銃を抜いて不審車のタイヤへと狙いを定めた。ライフルの全体と狙撃者の上半身が車両の上から現れ、照準を中央の車両に定める。そして引き金にゆっくりと指を掛けた瞬間、彼は不審車の後輪を見事に撃ち抜いた。後輪がやられた為に車両がバランスを崩し、狙撃者が狙いを外す。その左肘を彼の銃から放たれた弾頭が貫き、襲撃犯は思わずライフルを取り落とし、肘を押さえて苦しむ。その隙に、車列は加速して襲撃犯から離れた。敵を見送って窓を閉めると、彼はやれやれといった調子でため息をついた。他の護衛も、少し安心したようだった。やがて車列は議院の広大な敷地に入り、ガラス張りのエントランス前で静かに停車した。
 彼が車を降りると、中央に停まった車両から財務大臣が出てきた所だった。大臣は彼の姿を認めると軽く手招きをした。
「君のおかげで何とか命拾いしたよ。ありがとう」
彼がすぐ傍まで寄ると、大臣はそう言って右手を差し出した。
「いえ、護衛として当然の役割を果たしたまでの事です」
彼は感謝された事に少し照れた様子で、両手を差し出して握手をした。護衛数人とともに議院内に入った大臣を見送った後、彼は懐から携帯端末を取り出していつもの場所に掛けた。数コールした後、いつもの元気よい彼女の声が聞こえてきた。
「そちらは終わったみたいね。ご苦労様。もうひとつの仕事も終わったようだからそのまま帰ってきて」
「わかりました。ところで・・・今日はやけに嬉しそうですね?」
彼が訊くと、彼女はアハハ、と笑いながら言い返した。
「なーに言ってるの。私はいつもご機嫌よ」
「はぁ・・・」
「とにかく帰って来なさい。今日はお祝いやるからさ」
その後二言三言やり取りをして通信を切り、彼は車両に乗り込んだ。やっぱり大酒が飲めるから嬉しいんだな、と心の中で思いつつまた別の事も考えていた。それは彼女の・・・同僚の事。
 その日の夕方、「レーテルセキュリティエージェンシー」のミーティングルームはパーティー会場に変わっていた。せっかくということで社員全員が晴れ着に着替えて集っていた。もちろん、彼も下ろしたての服を着てきたわけなのだが。とりわけ、所長のクレアは主賓でもないというのに、ど派手なイブニングドレスで会場に現れた。
「よう、仕事ご苦労さん」
後ろから突然声を掛けられ、彼は驚いて振り返った。そこには黒髪の浅黒いAAが一人立っていた。いつもの黒に灰色の縦縞が入ったスーツではなく、黒一色の高級なスーツを着ていた。
「あれ、ジェストさん?こういう場所は苦手とか言ってませんでしたっけ?」
「所長命令で仕方なく、だ。ったく、アイツは乱暴過ぎて困るぜ」
彼の質問に、ジェストはそう言って肩をすくめた。ちょうどその時、急ごしらえの壇上にクレアと別の女性がひとり立ち、クレアの右手がその前に立てたマイクを掴んだ。
「はーい、じゃあ今からサラの誕生日記念パーティー始めるわよ。みんなグラスは持った?」
彼女がハイテンションな声で確認すると、参加者達はグラスを軽く掲げて示した。それを見て、クレアはうん、と一度うなずいて乾杯の音頭をとる。
「では、我が社の大事な社員にして親友であるサラ・マルクトに乾杯!」
「乾杯!」
チンッというグラス同士の触れ合う音が響き、全員がシャンパンを一気に飲み干した。続けて、クレアが話し始めた。
「それじゃ、みんなの酔いが回る前に主賓からのお言葉を頂戴する事にしましょうか。・・・はい、何でもいいから一言お願いね」
「え・・・、うん」
マイクを渡され、サラは一度深呼吸した後で緊張した声を出した。
「えっ・・・と、私の為に、こんな盛大なパーティーを開いて頂いて、ほ、本当にありがとうございます。そして・・・こ、これからもよろしくお願いします」
緊張で顔を真っ赤にしながら彼女が言い終えると同時に、部屋中から拍手が沸き起こった。そしてそれを合図に、参加者達のグラスに次々とシャンパンが注がれていく。マイクを握ったまま何をしたらいいかわからない様子の彼女に、クレアはシャンパンの酒瓶を片手に声をかけた。
「ほら、サラも一杯飲もうよ。今日はあなたのパーティーなんだからさ?」
「・・・うん。でも、こんなに盛大に開いてもらって良いのかな・・・?」
「いいのよ。サラは私の幼馴染だし、誕生日は大勢で祝うものでしょ?それに明日は休みだし、派手にやっても問題ないわよ」
クレアはそう言って自分のグラスにシャンパンを注ぐと一気に飲み干した。さらに半ば強制的な形で彼女のグラスにもシャンパンを注ぐ。
「ほらほら、せっかく高いの用意したんだから一緒に飲みましょ?」
「うん」
彼女は軽く返事をして、シャンパンを飲み干した。
 数十分も経つと、いつの間にかパーティーの席は宴会と化していた。アルコールが回って上機嫌のクレア等はマイクを片手に音痴な歌声を披露していた。聴く側もかなり酔っ払ってしまい、もうどうでもいいといった感じで拍手やら掛け声やらが上がる。その片隅で、サラ、レオンとジェストだけが控えめに過ごしていた。
「酷い歌声だな・・・ホント怖いぜ」
オードブルを摘みながら、ジェストは歌い続けるクレアを見て笑った。レオンとサラも、苦笑といった感じで笑う。ところで、と彼はサラに話を振った。
「結婚とかは考えてたりするのか?考えてるなら早く決めた方がいいぜ」
「あ、はい。でもまだ・・・そんなに好きな人がいないんです」
最後は小さくつぶやくような声で言いつつ、彼女はチラッとレオンの方を伺い見た。その様子を見て、彼がふっと軽く笑うと、彼女は恥ずかしそうな表情で反論した。
「べ、別にそんなつもりじゃ・・・」
「まったく、年頃の子は可愛いというか面白いというか・・・。俺の場合は所長だからな、対応しづらくて困る」
クレアのマイクを握っている手を見つめ、彼はまた微笑した。その中指には、ジェストの右手の中指にはめた白銀の指輪と同じ物がキラッと光っている。彼はグラスに残ったシャンパンを完全に飲み干すと、グラスをテーブルに置き、会場の出入り口へと向かおうとした。
「あれ、もう帰っちゃうんですか?」
レオンが尋ねると、彼はまあな、といって更に話を続ける。
「実は明日依頼が一つ入ってるんだが、どうも所長の奴が忘れてるようでな。大事なお客さんだから断るわけにもいかない。一人でも二日酔いじゃない人間がいないとヤバイだろ?」
「そうですね。じゃあ俺も早めに切り上げます」
レオンがそう言ってグラスを置くと、彼は笑って言葉を返した。
「そうか、そりゃ助かるな。お嬢ちゃんはどうする?」
「そうですね・・・。私も早めに」
彼女もそう言ってグラスを置き、ポケットからメモ帳と万年筆を取り出した。そしてメモ用紙に一言何かを書き、テーブルに置いた。
「丁寧だな。その字といい作法といい」
ジェストが褒めると、彼女は照れてボソッとつぶやいた。
「そんな事ないですよ。クレアさんが心配すると思うから、一応こうやって知らせた方がいいと思って」
「それもそうだな。・・・さて、明日に備えて戻るかな」
彼はそう言って会場を出ていった。その後に続くように、サラ、そしてレオンも会場を立ち去ったのだが、会場にいた全員がその事に全く気がつかなかった。

 寝巻きに着替え、ベッドの中でレオンはぼんやりと天井を眺めた。みんな小さい頃からの記憶がある、でも俺にはない・・・。一年半前、クレアさん達に助けられて、ここで目覚めた時以前の記憶がないんだから。それよりも前、俺はどこで何をしていたんだろう。彼は真上に右手をかざして考える。俺って何者なんだ・・・?
 無機質な白い壁で四方を覆われた世界。その中心に誰かが立っている。そしてその周囲を取り囲むようにして兵士達が立っている。どこからかの命令とともにその存在目掛けて銃弾が放たれる。しかしそれは決して当たる事無く、先程までいたそれを通り過ぎていく。そして、代わりにそれが構えた巨大な銃から放たれる閃光。物凄い熱量が周囲を包み、焼き尽くす。辺りには煙が立ち込め、その中から多くの悲鳴やうめきが聞こえる。それらに向かって、それはさらに何発も閃光を放って焼き尽くしていく。声が完全に聞こえなくなり、煙が薄らいだ時に立っていたのはそれだけだった。それ以外は皆・・・炎に焼かれた肉塊と成り果て、周囲に転がっていた。肉の焼き焦げた匂いが辺りに充満している。破壊を辛うじて免れたインカムから、誰かの声がノイズに混じって聞こえた。『実験は成功だ』と。そしてそれは、恍惚の表情を浮かべて肉塊を眺めていた。それは・・・その顔は俺。
「うわああああ!?」
 悲鳴を上げ、彼はがばっと上半身を起こした。全身が汗でグッショリと濡れていた。何だったんだ、あの夢は・・・?呼吸を落ち着かせながら彼はさっきの夢を反芻する。あれは確かに・・・確かに俺の・・・。途端に吐き気がこみ上げ、彼は口を両手で押さえた。
「ん・・・んぐ・・・」
落ち着け、落ち着けば大丈夫だ、と彼は自分自身に暗示を掛けた。次第に吐き気が遠のき、彼は大きく息を吐いた。単なる夢さ、あまり考え過ぎるな。
「飲み過ぎたかな・・・?」
彼はそう言ってベッドから出た。まずはシャワーでも浴びて気分をさっぱりさせた方が良いかもしれない。彼はそう考えつつ、備え付けのシャワー室へと向かった。

 その頃、エリア106の空港の到着エントランスに一人の少女が荷物を抱えて立っていた。その顔の右顎から鼻先にかけて残る一筋の傷跡が印象的な彼女は、薄汚れた格好をした青年数人が近づいてくるのに気がつき、そちらに視線を向けた。
「シエルさんですね。うちのリーダーがお待ちです」
青年の一人が言うと、彼女はコクリ、と軽くうなずいてそちらへと歩き始めた。その、大きなアタッシュケースのひとつを青年が受け取り、彼女の前に立って運んでいく。やがて空港の入り口を抜けると、改造済みの軍用ジープが一台、エンジンを吹かした状態で停まっていた。その車両に彼女と青年達は乗り込み、トラックはすぐに砂塵を巻き上げつつ発進した。
「噂には聞いていましたが、こんなに整備が進んだとは思っていませんでした」
窓の外に映る高層ビル群を眺めながら、彼女はそう言った。すると、青年の一人が簡単に説明した。
「シエルさんがここを去ってから、リーダーの弟さんがこのエリアで開発を進めて下さったんですよ。さすがはサイバーシステムズ社、というよりイルデーナフのおかげですね」
「イルデーナフ・・・世界を牛耳る巨大組織ですか」
青年の言葉に、彼女は少し眉をひそめた。それも当然だろう、今のところ軍事関係者は彼らに対して良い感情を持っていないのだから。急に真剣な表情になった彼女を、まあまあ、と青年がなだめた。
「確かに過去の戦争はイルデーナフも関わってるっていう話ですが、その一方で恩恵を受けているとも言えますからね。・・・さて、着きました」
目的のビルに到着した事を確認すると、青年は彼女にそう告げた。彼女の荷物が丁寧に降ろされ、それを他の青年が持っていく。そして、彼女もジープから降りると、払い下げの軍用車両がずらりと並んだ駐車場を眺めた。2年間もの間会わないうちに、あの人も随分と出世していたんだ、と彼女は思いつつ、彼らに案内されるままエレベーターへと乗り込んだ。
 途中の階で荷物を持った青年達と別れ、彼女は最上階へと向かった。静かにエレベーターのドアが開くと、そこには分厚い自動扉で仕切られた部屋がひとつだけあった。彼女がその前に立つと、扉は自動的に彼女を認識し、ゆっくりと左右に開いた。そして、最後に会った時とは随分変わり、今は高級スーツをゆるく着こなしているコウヤが、彼女の目の前に立っていた。
「よう、シエル。2年ぶりだから町も随分と変わってただろ?まあ、町というより大都市に変わっちまったけどな」
彼はそう言って笑った。外見は変わっても、中身は全く変わっていないようだ、と彼女は心の中で思った。
「わざわざ休みを取って会いに来るとは思ってなくてな。正直これといった待遇はできないが、勘弁してくれないか?」
「別にいいんです。軍の方でも大切にされてますから」
彼女はそう言って申し訳なさそうに言う彼に向かって笑顔を見せた。そのとき、また扉が開いて白色のAAが駆け込んできた。もちろん彼もちゃんとブランド物の服を着ている。
「わぁ、シエル久しぶりじゃん!コウヤ様が言ってたのは本当だったんだね」
「本当にお久しぶりです、ARKさん」
ペコリと頭を下げた彼女の前で、彼は久々の再会に興奮している。そこに半ば割り込むような形でコウヤが言った。
「ARK、お前仕事を放っておいていいのか?若手育成も賞金稼ぎの大切な仕事なんだろ」
「わかってるって。すぐに戻るから心配しなくても大丈夫だよ」
ARKはそう言ってピースサインをして見せた。それを見て彼がため息をつき、彼女は相変わらずの二人の姿に思わず笑いをこぼした。
 ARKが戻った後、彼は本革の背もたれ付きの椅子に腰掛けた。そして窓の外を眺めながら、彼女に向かって静かな口調でつぶやいた。
「ギリギリの生活を送ってた俺が、今やここ一帯の賞金稼ぎを統率するリーダーになるなんてな・・・。たった二年間でこんな地位まで登らされると逆に居心地が悪い。特にこの椅子なんか、柔らかすぎて未だに慣れないんだよ」
「やっぱり・・・そう感じるんですね。私も、史上最年少の技術将校なんて呼ばれるのが・・・時々疲れる」
彼女はそう言って憂鬱な表情になった。その横顔を見つめながら、彼はまた明るい口調で話しかけた。
「せっかくの休暇なんだ。明日若手数人に街を案内するよう頼んでおくから、ゆっくりと観光してみたらどうだ?」
「お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
彼女がそう言って頭を下げると、彼はいやいや、と首を振った。
「そんなに改まらなくてもいいって。俺達は仲間なんだ、タメ口で話したって問題ないだろ?」
「じゃあ、これからはタメ口で話す。もちろんコウヤとARKの前だけだけど」
そう言って彼女はニコッと笑った。そしてコウヤもまた、彼女に向かって笑顔を返した。

 「んー・・・、これでチェックメイトですかね。また私の勝ちです」
黒の駒を進め、ベリアルは対戦相手に向かって勝利の笑みを見せた。一方の相手は笑いながらわざとらしく肩をすくめる。ベリアルはスコアを書き足すと、駒を再び初期位置に並べ直した。
「それにしても」
と相手が話を振ると、彼は駒を移動する手を止めて相手を見た。それを確認し、相手は話を続ける。
「君達の言う『第二の黄昏』が来るまでそう遠くないと前に聞いたが、実際にはどれ程の猶予があるのだね?」
「正確には『第三の黄昏』ですよ、陛下。一度目が十三年前の戦闘、二度目が三年半前のあの事件、そして三度目は一年以内に起こりますね。数字で示せば、おおよそ九十パーセントといったところでしょうか」
彼はそう言って黒の駒を盤上に置いた。ふむ、と陛下と呼ばれた人物はうなり、そして彼に向かって更に質問した。
「では、もうひとつ尋ねておきたい事がある。君の、いや君達の目指す新たな世界とはどんなものだ?今世界を治める者として、それ位は聞いておきたいからなのだが」
「わかりました、お答えしましょう」
彼はそう言って最後の駒を並べ終えた。
「今現在、この世界に存在するのは第二世代、つまり雑種までです。ですが、その内彼らから既存の存在を凌駕するような存在が出現し始める。それが第三世代となり、やがて世界は彼らの物になるでしょう。すなわち、今栄華を誇っている純血種らは絶滅し、新たな時代が到来するのですよ。その時に、今のように低能な思想が蔓延っていては支障が出る。ですから、そういうものを完全に排除した世界を目指しているのです」
「つまり、君は純血最上主義や信神思想を完全に排除する、と?」
陛下が尋ねると、ベリアルは、そういう事になるでしょうね、と答えて軽く笑った。
「具体的に言えば、オラクルを合法的に殲滅し、同時に『進化の鍵』への完全アクセス権を得る。そして、我々が滅びた後も世界を監視する為の第三世代を人為的に生み出すといったところでしょうか」
彼はそう言って黒い駒をひとつ取ると、手の中で回した。陛下は少し考えた後で、彼に問いかけた。
「それが本当に実現できる・・・と?」
「当然の事ですよ。そうでなければ我々は別の道を選んでいます。・・・さて、せっかく仕事の合間を縫って来られたのですから、あと一回くらい勝負しませんか、陛下?」
彼は手に持った駒ー黒のキングを静かに戻すと、陛下に向かって意味有りげな笑みを浮かべた。

 次回予告
美しき歌姫を襲う野獣。それは何者かに操られし者達。
そして狂気にまみれた存在が、目的の為動き出す。
そして、悪しき記憶は確実に、その姿を現し始める。
次回『歌姫と野獣』
破滅の光が、存在する全てを焼く。

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彼女は吸血鬼 -アイツはヴァンパイア-

2007-03-18 18:57:16 | 小説
 昼間の蒸気で蒸されるような暑さがすっきりと抜け、今は何となく、心地良い涼しさが感じられる夜の公園。澄み切った夜空に幾万もの星が静かに瞬く空の下で、俺は首筋に突き刺さった彼女の牙を感じていた。彼女は時々そうするように、軽く目を閉じて俺の血を楽しんでいるらしい。血を得る目的も必要もない俺からしてみれば、この瞬間、彼女がどう思っているのかなんてわかりっこないのだが、それでも俺は彼女がたったひとときの間であっても安心できるこの時間を、何も言わずに星空を見上げて過ごす。しばらくして、彼女は俺の首筋から刃のごとく尖った牙をゆっくりと、丁寧に抜いた。そして、栓が抜けて血が溢れ出した傷口に自らの唾を細い人差し指で塗りたくった。彼女が指を離すと、俺の傷口は急速に縮んで塞がった。小さな瘡蓋になった傷跡を確認すると、彼女は一枚のハンカチを取り出し、血で汚れた口元を綺麗に拭い取った。その仕草を傍らで眺めながら、俺は先ほど咬まれた部位を軽く触ってみる。いつもの事だが、彼女が作った傷は完全に治癒し、その痕も綺麗さっぱりなくなっているらしかった。まさか吸血病患者の唾がそんな凄い薬だったとは・・・、と変な所で関心しつつ、俺はケータイを取り出して時刻を確認する。

 そういえば、俺が彼女と初めて出会ったのはいつの頃だったか・・・。液晶を見つめながら、ふとそんな事を思った。

 あの日もまた、ひどく蒸し暑くて体がだれる様な夏の盛りだったと覚えている。まだ中坊だった俺は毎日のように塾に通い、涼しいクーラー付の部屋で快適に受験勉強を進めていた。涼しい環境下では頭もよく働くらしい、俺は一日に問題集を半分も終わらせるという異常な勉強量を見せ、個人指導の担当教員を驚かせていた。反面、クーラーのない屋外では正常な思考などまったく働かず、俺は犬のごとく舌を出し、忌々しい暑さに呪いの言葉を呟きながら、地獄のような帰り道をダラダラと歩いていた。
 塾の補習は大体が午前中のみなので、午後は基本的にやる事もなくダラダラと過ごす。もちろん夏休みの宿題などという悩みも、塾の時間を有効に使えるおかげで思慮しなくても済み、それがかえって俺のやる事を減らし、最終的には家で寝転がる事くらいしか思いつかなくなっていた。あの日もまた、俺はクーラーでガンガンに冷やした自室に寝転がりながら、帰りがけに大量購入したアイスを冷凍庫から取り出してはダラダラと食べ、その空袋をゴミ箱に捨てた。時折届く級友からのメールには、『勉強やばい』『暑くてやる気ゼロ』などの文ばかりが目立ち、さすがは夏休みだな、と呆けた頭で考えつつ、同じ漫画ばかりを寝転がって読み続けていた。
 その非緊迫状態が破られたのは夕方頃だった。何の警告もなしにドアが開き、姉貴が部屋にズカズカと入ってきたのだった。何の用だまったく、と思いながら上体を起こすと、突然俺専用冷凍庫からアイスを承諾もとらずにひとつ取り出した。おいおい、いくら姉でも断りくらい入れろよと思っていると、姉貴はベッドに腰掛けて俺の方を向いた。
「あのさ、ちょっと頼み事してもいい?もちろん拒否権なしで」
開口一番そう来ましたか姉貴。しかもそのスタンスでは頼み込むというよりも命令じゃないのかな?そう思いながらも、さすがに声に出して言ってはいけない。
「姉貴の事だから、どうせジュースでも買って来い、だろ?」
俺が何となく予測した事を言うと、姉貴はよくわかってるじゃないの、とでも言うような顔で俺の方を見た。
「ご名答。それと姉貴じゃなくてお姉さまよ」
「調子に乗るな甘党女」
ついカッとなって反撃すると、姉貴はすっと立ち上がって俺を蹴飛ばした。当然ながら、俺はど派手にぶっ倒れた挙句壁に頭をぶつけた。
「いいから行ってきて。それと炭酸飲料買ってきたらメントス砲をぶちまけるから」
まったく、あんた本当に優しくない姉だな・・・。俺は心の中で文句を言いつつ、ズキズキと痛む頭を押さえつつ財布を拾った。
 うだるような暑さの中を歩き、俺は近くのコンビニへと、まるで一週間近く彷徨った末にオアシスを発見した旅人のごとく入った。事実、クーラーのよく効いた店内は現代人にとっては十分オアシスなのだが。1.5リットルのボトルを適当に2つほど選び、そのどちらもが炭酸でない事を確認した上で籠にに突っ込んだ。ついでに夕飯のおかずも買っておくか、と思い弁当関連の棚へ移動し、これまた数点を適当に選んで籠に入れた。こういう生活を続けていると、自然と栄養のバランスなんてものは崩れていくものだ。雑誌を少し立ち読みして、俺はレジへと向かった。
 店から出ると、先ほどまでの暑さはほんの少し和らいでいた。とはいえ、熱でおかずがやられるのは困るので、ゆっくり帰るわけにもいかなかった。俺は少し急ぎ足で家への道を戻っていった。家の傍にある公園に差し掛かったときだっただろうま、俺は中学生らしい少女がベンチにうつむいて座っているのに気がついた。といっても、その時は別にどうという事はなく、そのまま玄関へと向かった。
 姉貴に買い物袋を渡した後で俺はまっすぐ自室に向かい、そして、彼女の事が何となく気になって窓から公園を眺めた。こんな時間帯に中学生が公園にいるってのも変だよな・・・。しかも一人でベンチに座ってるというシチュエーション自体がおかしい。そうは考えながらも、結局他人の事だから関係ないなと思い、俺は窓を閉めて机に向かった。そして暇潰し程度の気持ちで受験勉強に取り掛かった。
 シャープペンを紙上で走らせながら、ふと現在俺が置かれている状況を考えていた。2年前に親父とお袋が激しい夫婦喧嘩の末に離婚して、親父自らが家を出ていった。そして現在、お袋は一日中働いているために家事のほぼ全ては俺と姉貴に任されていた。大学生の姉貴は一応授業に出ているようだが、午後になると週3日のバイトか帰宅といった調子で、帰宅したらしたで受験生である俺の立場をよく理解した上で容赦なく買い物に行かせる。暇なら自分で行けばいいだろ、と思いながらも仕方なく行く事になる。それが日常だった。過去問題集のうち4科目をやり終え、俺は椅子の背にもたれ大きな欠伸をした。辺りはだいぶ暗くなり、街灯に明かりが灯っている。カーテンを閉めようとして、彼女はどうしたのだろうか、と公園を見下ろしながら思った。
「姉貴ー、ちょっと外出てくるわ」
俺がひとこと声をかけると、姉貴は皿に買ってきたおかずを盛り付けながらぶっきらぼうに言い返した。
「はいはい、勝手に行ってこい。夕飯は先に食べとくからね」
こういう時は、帰って来た時俺の食う飯が残ってないのが普通だ。あれだけ大量に食ってもスリムな体型を保っていられる姉貴は、どういう体質なのかとても気になる。随分と便利な遺伝子をもらったものだ。そういう俺も、食っても太らない性質なのだが。
 玄関に鍵をかけ、公園へと向かう。暑さは大分和らぎ、今は心地よい風が軽く吹いていた。薄暗い公園の、街灯に照らされたベンチでやはり彼女はうつむいて座っていた。気づかれないように、傍から見れば随分と怪しい歩き方で彼女のいるベンチに近づくと、俺は彼女の隣にそっと座った。そして、彼女の顔をチラッと確認した。俺が見た限りでは外見は普通の女子中学生だった。こういう表現の仕方ができるのは、今は彼女の本質を知っているから、とでも言うしかない。ともかく、別段変わりない彼女の隣で俺は黙って座っていた。俺は一体何がしたいんだ、これじゃただの変人だろ・・・?と頭では色々と悩んでいる俺にどうやら気がついたのか、彼女は俺の方をじーっと見た。
「えー・・・と、いや俺は・・・べ、別に怪しい者じゃ」
十分怪しいじゃないか、と自分自身に突っ込みを入れつつ、俺は必死に弁解しようとした。が、彼女は突然悲しそうな顔をした。その瞳から大粒の涙がこぼれて、ベンチに落ちた。
「・・・その、ごめんな・・・さい?」
俺のせいか?と思い、俺はとっさに謝った。しかし彼女は、泣いたまま掠れるような声でつぶやいた。
「離れて頂けますか・・・?私、貴方を傷付けちゃうかもしれないから」
「で、でも・・・何か放っておけないっていうか・・・」
どういう意味で傷付けてしまうのか理解はできなかったが、とりあえず俺に損害を与えるわけだな。そう思いつつも、やはり放っておくわけにもいかず・・・。いつの間にかわけのわからない事を口走っていた。その時、彼女の全身がぶるっと震えた。突然目を見開き、彼女は両手で頭を押さえた。
「だ、駄目・・・逃げて」
「いや、逃げろって言われても・・・」
第一何から逃げるんだ、俺は。あれか、この後突然化け物みたいなのが現れて、町を破壊しながら襲ってくるみたいなもんか?あるいは彼女が変な集団に追われていて、俺もそれに巻き込まれるとか?そんなことが現実にあるわけないだろ、だって空想なんだから。彼女は頭を押さえたまま、苦しそうにうめいた。
「駄目・・・コントロール・・・利かな・・・い」
「な、何を言って」
 次の瞬間、俺は彼女に抱きつかれていた。そして彼女の口は首筋にしっかりと食い付いて、その牙が肉に食い込んでいた。痛みよりも、一体何が起こったのかまったく理解ができない状況だった。咬まれた場所からドッと血が流れ、その血を彼女が満足そうに飲んでいるのがわかった。ああなるほど、君から逃げろって事だったのか・・・。これって絶対に夢だよな、だって吸血鬼なんて者が現実に存在するわけ・・・。俺はなされるがままに、ベンチの背にもたれてじっとしていた。血が抜けていくにつれ、思考が段々と正常に働かなくなってきた。というよりも、全身に脳からの指令が伝わっていないような・・・。もしかして俺の人生ってここで終わりか?明日辺りに変死体として発見されて、事件になったりするのか?それだったら俺もダイニングメッセージの一つくらい残すべきだよな・・・って全身が動かないんだった。これで今年の高等学校受験者が1人いなくなるわけだ・・・。俺の教室には花瓶がひとつ、菊の花が飾られて俺の机に置かれてる、と。はは・・・はははは・・・冗談じゃない・・・ぜ。
 しかし、その妄想は幸運にも叶えられる事無く、彼女は心身ともに随分弱った俺から口を離した。そして、今度は人差し指で傷口に自分の唾を塗りつけた。それ・・・どこの迷信だよ?
「何・・・やって・・・?」
「傷を塞がないと死ぬから・・・。少し休んでいれば元気になる・・・と思う」
「予想・・・かよ」
急速な血液大量流出と彼女の行動で俺の頭は混乱していた。とりあえず何がしたかったんだこいつは・・・と思いながらも、実感できるほど急速に傷口が塞がっていくのを実感し、俺はますますわけがわからなくなった。この状況、アンビリーバボーどころじゃないぞ・・・!そんな俺の目の前で、彼女はポケットから一枚のハンカチを出し、血で汚れた口を丁寧に拭き取った。ハンカチをしまうと、彼女は申し訳なさそうな表情で俺に謝った。
「ごめんなさい。これ持病なんです・・・先天性の」
「持病?」
「ええ・・・。時々・・・1ヶ月おきに発作が起こるんです。それで人を襲ってしまうので・・・」
ああなるほど、だから彼女は俺に逃げろといったわけか。それなら人気のない公園で1人座っていたのもうなずける。
「去年から発作が起こるようになって、教室にいる友達を襲いそうになったりして・・・それで発作の起こりそうな日には人気のない場所で隠れているんです・・・」
「ふーん・・・。大変だな・・・」
正直、そういうしか思いつかなかった。余計な事を言ったところで、俺に理解できる悩みではないのだから。余計彼女を苦しめる事になったら申し訳ないし・・・。
「両親もそんな病気はなくて、私にだけ出たんです。だから・・・他人にも打ち明けにくくて」
「なるほどね・・・」
「20になる頃には収まるってお医者さんに言われたけど・・・これ以上他人に迷惑掛けたくないから・・・」
彼女はそう言って再びうつむいた。それも当然だろう、今後もそうやって人を襲ったりしていたら誰も関わろうとしなくなる。症状が治まったところで、その時点で彼女は完全に孤立してしまっているだろう。そんな彼女に同情を覚えたのか、単に頭が混乱しているせいだったのか俺はとんでもない事を口走ってしまった。
「なんなら・・・俺を襲えばいい」
「え・・・だって!」
「毎月吸ってれば、その量も少なくて済むわけだし。それに献血と考えたら、人の役に立ってるようなもんだからいいだろ」
そう言うと、彼女は本当にいいんですか、と不安げに尋ねた。あの時の俺は当然のごとくイエスと答えてしまった。もしそうでなかったら、あの時俺はどうなっていただろうか・・・。ともかく、それ以降俺は彼女と1ヶ月に一度、この公園で会うようになった。

 余裕で高校に推薦での進学が決まり、4月になった。入学式の日、俺は一般入試で合格した数人の同級生とともに新しい校舎に入った。その日は割と緊張して・・・というわけでもなく、随分とリラックスした雰囲気のまま入学式が行われ、学級ごとの指導で恒例の自己紹介という事になった。そこでふと隣を見ると、彼女がいた。ああ、彼女も同学年だったのか・・・と思いつつ、彼女の自己紹介する姿を隣で見つめた。彼女も俺に気づいていたらしく、一瞬こちらを見てニコッと笑った。その瞬間、彼女の白い尖った犬歯が唇の隙間から見えた。
 その日の放課後、俺は彼女と並んで帰った。その日の彼女は何となく明るい表情で、何となく嬉しそうだった。やっぱり、そういう所は普通の人間と変わりないんだなと思いつつも、今後も隠し通さなければならない病気の事を考えると少し胸が痛くなった。しかし、それを考えるのはまた別の日でいい、今は彼女が喜んでいるのだから、と俺は無理やり考えて笑い返した。
 高校入学までは姉貴にもばれていなかった様だが、やはり隠し通すのは無理だったらしくついに見られてしまった。何でも、たまたまコンビニに出かけた帰りに咬みつかれたところを見られたらしかった。俺が家に帰ると、姉貴は俺の胸倉を掴んでリビングまで引きずり、ソファーに向かって突き飛ばした。ソファーに尻餅をついた俺に、姉貴はきつい口調で怒鳴り始めた。
「まったく、1ヶ月に一度夜中に家を飛び出すと思ったら彼女と逢瀬か!しかもこのあたしには報告なしってどういう事?いい?お母さんには言わないからあたしに今までの事を全て白状しな!」
「いや、白状って言われても・・・」
姉貴の怒気のこもった言葉にやばいと感じながら、俺は一瞬躊躇した。果たして彼女のことを言って理解できるのだろうか、この姉が。
「白状は白状だ、この馬鹿!あんたねえ、あの一方的Sなプレイ見せられてあたしが切れないとでも思ってた?さあ大人しく白状しなさい、言わないと次の機会に彼女をボコボコのギッタギタにするわよ?」
「わかった。わかったからとりあえず落ち着け・・・。じゃあ簡潔に説明するけど、実は・・・」
俺が状況を一通り説明し終えると、姉貴は納得したような、しかしまだ納得できていないような表情で俺を睨みつけた。姉貴はコップに入ったジュースをグイッと飲み干した後で、珍しく静かな口調で言った。
「なるほどねぇ・・・あたしも勘違いをしてた部分があったけど、でもその方法は危険だろ?やばくなったらさっさと縁切れ」
「わかってるよ。でもさ・・・」
そう言う俺に、姉貴はきっぱりと言い返した。
「いい?痛い目見るのはあたしでもお母さんでもなくて、あんた自身よ。それでもあの子の役に立ちたいって言うんなら、死ぬ覚悟で貫きな」
久々にかっこいい事を言った姉貴は、じゃああたしはもう寝るから、と言って部屋を出ていった。置きっ放しのコップは、面倒だからあんたが洗えという事なんだろう。死ぬ覚悟で貫け・・・か。コップを流しに運んだところで俺は考えた。今まで、自分が死ぬ可能性だってあると思った上で、あの役割を引き受けたとは思っていなかった。ただ、それで彼女の手助け程度になればいいかな、という軽い気持ちだった。場合によっては、初めに会った時のようにやばい事になると考えた事があっただろうか。洗剤をつけたスポンジでコップを洗いながら、俺はひとり黙って考えていた。
「何でここまでしてるんだ・・・?」
俺は、コップをゆすぎながら自分自身に問いかけた。決して俺自身の為にはなっていない、それでも今まで彼女に自分の血を与えてきたのは何故だろう・・・。もしかして俺は、彼女の事が。
「好き・・・だったりする・・・?」
いやまさか。まさかそんなことはないだろう。確かに彼女はスタイル良いし頭も良いし、運動は苦手だけど美術は得意だし・・・だけど彼女が好きだと思ったりした事は・・・。俺はため息をついた。落ち着け、何を考えている。俺は別に彼女が好きなわけじゃない・・・好きなわけじゃ・・・。でもやっぱり・・・。その日は頭が混乱してなかなか寝付けなかった。もちろんそれは、彼女への思いなんて俺の考え過ぎだと思いたかったから。

 こうして、今日も彼女は発作を抑える為に俺の血を吸った。俺はケータイをしまうと、帰ろうとした彼女に声を掛けた。
「あのさ・・・、ひとつ言いたい事があって」
彼女はこちらを振り返ると、どうしたの、と訊き返してきた。自然と緊張して、俺の声が震える。
「いや・・・何というか・・・。実はさ」
「実は・・・?」
「す、好きなのかなぁ・・・って」
最後は消え入りそうな位の小声で俺は言った。彼女はよくわからない、といった感じで俺の顔を見た。俺は一度深呼吸をすると、彼女にはっきりとした口調で告げた。
「お俺は、お前の事が好きなのかも・・・しれない」
「・・・!」
その言葉で、彼女の顔がかぁっと真っ赤になった。俺自身も、自分の顔が恥ずかしさで火照っているのを実感した。赤面したままの俺達2人は、何も言えずにその場で立ち尽くしていた。そのまま数分間が沈黙のまま流れ、その直後、俺は彼女に抱き締めていた。
「いや・・・、本当の事を言うと・・・好き、だ」
「えええええぇぇぇぇぇっ!?」
ますます顔を真っ赤にして、彼女はびっくりして叫んだ。やっベー・・・今の俺凄く恥ずかしい・・・。姉貴に怒鳴られた時からずっと考えてたんだけど、結局この結論に至ったのは当然・・・なのか?そんな事を考えている俺に、彼女もうろたえながら言った。
「わわわ私も、好きだったから・・・」
何だ、結局相思相愛じゃないか、と俺は笑った。彼女もそれにつられ、アハハハと笑い声を上げた。その時、向こう側から姉貴が激怒して歩いてくるのに気がつき、俺は慌てて手を離した。彼女も少し怯えた表情で姉貴を見る。
「叫び声やら笑い声やら、うるさくて近所迷惑!まったく、あんたっていう奴は最悪な弟ね!」
俺達以上に近所迷惑な大声で怒鳴った姉貴を、彼女はますます怯えた表情で見つめて俺に尋ねる。
「あの・・・この人は?」
「俺の姉貴・・・。かなり凶暴なんだ」
「余計な事言うなこの馬鹿者っ!」
怒声とともに姉貴の右拳が鳩尾に直撃し、俺はわずか1秒で悶絶した。俺が正気を取り戻した時には、姉貴と彼女はベンチに座って何かを話していた。おいおい、俺は完全に無視してるなと思いつつ、俺はゆっくりと起き上がった。とりあえず彼女が無事である事は確かだから、それなりに打ち解けているようだ。といっても、果たして彼女の状況が理解できているのかどうか・・・。
「何だ、もう起きたのか。あんたも多少は強くなったじゃん」
「そういう問題じゃないって・・・。それより、何を話してたんだ?」
「あんたから聞いた話を本人に直接確認しただけ。まあ今日はもう遅いし、あたしはこの子家まで送ってくるわ」
姉貴はそう言って立ち上がった。こういう時だけはちゃんとしてるんだよな、と言葉に出したら殺されそうな事を考えつつ、俺は彼女に手を振った。彼女も手を振り返すと、姉貴に連れられる形で公園を出ていった。俺は2人を見送った後でさてと、とつぶやいた。この様子だと俺の部屋はしっかりと荒らされてるな。姉貴が戻るまでに片付けておくとするか。そう思いながら、俺は家の玄関の鍵を開けた。
 吸血鬼だとか信じてなかったくせに、結局彼女は吸血病なんだと勝手に決め付けてた俺。今はその症状もだいぶ落ち着いてきた彼女と、俺は恋人として彼女に会う。それが今の俺達だった。結局、あの出会いが良かったのかどうかはわからないけど、まあ結果オーライって事で。そして姉貴は相変わらず俺をこき使う・・・。

fin

  あとがき(少年と吸血少女と凶暴な姉の物語を書いて)
 かなりハイスピードで書いちゃってるじゃないの?と言われたりしても可笑しくない速さの執筆でした。結局何が書きたかったのと言われると、正直よくわからない。ともかく凶暴な姉が書きたかったのと、吸血鬼の出てくる話が書きたいという気持ちがコラボレーションして、こんな物語になったと言うしかないかも。いろんな意味でごめんなさい、だから今後も頑張ります。
 さて、小説の詳細なあとがきを書こうと思いますが、まずは主人公の設定から。主人公はなんと言うか、愚痴と思考の多いキャラクターで、そのくせ混乱すると突っ走るどうしようもない人間です。そしてその姉が凶暴で乱暴な大学生の姉、という事になるのですが、実はこの構図が完成したのは執筆中偶然にです。姉を出すなんて設定は最初どこにもありませんでした。書いていく内にもう一人個性的なキャラクターを、という事で思い付いたのが姉。いいムードをぶち壊しにしてくれやがりました。自分で書いていてこんな事を言うのもあれですけどね。さて、ヒロインは最初から吸血系という事で構想してきたわけですが。結局病という事になってしまいましたね。その副作用という事で、唾に強力な治癒能力が宿っているわけです。ちなみに吸血病は、遺伝子的な欠陥による奇病と言う設定になっているわけです。まあこれもある意味病気の女性との恋という物語か。質と終わらせ方はまったく違うけど。
 そんなこんなでこの作品を書き上げたわけなんですが。おそらくまた、当分はこういった作品は書かないだろうと思っています。どちらかと言えばアクションの多い作品が今後書きたいな、と思っているので。そのせいでこういう作品があまり見せられないのは申し訳ないですが、またいつかこういう作品を書く時にはまた別の楽しみを感じていただけたらな、と思っています。最後に、P街の皆さんとこのサイトを応援して下さっている皆さん、そしてこのサイトを勧めて下さっている皆さんに心より感謝を申し上げたいと思います。そして、また小説でこの場に現れる事ができるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。

それでは。

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