読書の森

板橋春美 『占いの謎』



私はネットで占いの項目をよく検索する。
かなり高価な四柱推命の本を買ったりもした。
以前には、わざわざ占い師の家を訪ねた事もある。
つまりかなり占い好きだが、どうも結果が当たっていない様だ。

そこで、確実に分かった事は、人により又占いの方法により結果は異なる、と言う事だ。
又好調期には占いを頼ろうとはせず、迷いが多いと占いに走るのも確かだ。
そこから考えても占いはそれこそ「当たるも八卦当たらぬも八卦」だと思う。

さて、『占いの謎』の筆者は占いを信じないと最初に断言している。
それでも、何故いつの時代も占いは廃る事も無く流行るのだろうか?と分析する姿勢で書かれている本である。



ざっと読んで正直面白くなかった。
数多の占いの種類、その占いの由来など、粉飾を交えず客観視して説明してある。
当たり前だがドラマティックではないからだ。

信憑性に薄くても、占いの手引きの方がワクワクするものはある。

ただ、筆者は「だから下らないからやめなさい」とは決して言わない。
筆者は
「占いとは意味の後付け、先付けである」
と難しい事を仰る。

「よく出来た物語、小説(よく出来た占いもそうなのだろう)というのは結末が示されることによって、それまでの全ての出来事が、完全に明確に意味づけられるものであるといえよう」と本書にある。

つまり偶然に起きた出来事を、そういう意味があるから起きた、と意味づけるのが占いだという。
そう意味づける事で人は安心する為、占いに頼る人は無くならないそうである。



高踏的な理論よりも、実際悩んでいる時に
「職場を変わっても良いですか?」とか、「結婚出来ますか」とか占ってみる事がある。
予知能力に長けた占い師から、何らかの答えを得たいのだろうと思う。

ただ、結局は自分が一歩踏み出すか、一歩退くかしないと、事は動かない場合が多い。

お金がない、あの人は来ないと当ての無い悩みを持つ(私の事でしょうか?)。
それをネットで占って一喜一憂しても、全然筋道はつかない。

何らかの工夫をして、願いに近づける事は自分でしたい。
時には人の助けを必要とするが、それは占い師さんではない。

ただ、本書で言われている様に人の世は混沌としている。
何が起きるか分からない。
そんな時に占いを調べて、ある目安を得たとしても別に恥ずかしい事ではないと私は思う。
何故なら結果的に道を決定して行動するのは本人だからである。

読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

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