読書の森

アガサ・クリスティ 『フランクフルトへの乗客』 再UP

以前UPしたブログ記事ですが、今の自分が読んで非常に分かりにくかったので、再度UPいたします。
面白いと思っていただければ、幸いです。

霧のフランクフルト空港、次のロンドン行の飛行機を待つ外交官のスタフォードナイの前に謎の美女が突然頼み事をされる。
彼女が頼んだのは彼のパスポート搭乗券、そして彼のマントを借りたいという事だった。
よく見れば彼女の背格好や目鼻立ちは彼に似ている。
マントを被れば、彼とすり替わってロンドンまで着くことも、20世紀半ば当時の緩い検問からすれば不可能ではない。
この驚くべき願いを、彼は聞き入れてしまうのである。
人道支援の為と訴える彼女の言葉を信じたのと、彼女が彼の好みにぴったりの美人だったからである。

そしてスタフォードは彼女から貰った眠り薬を飲み、待合室でまどろみ続ける。
その間、美女はまんまとロンドンに着き目的を果たす。
その結果、騙されて大事なパスポートを盗まれたまぬけな外交官と言われるはめになる。
それが不思議でないほど、仲間内では彼は変わり者で期待外れの存在だったのである。

この謎の美女と彼は、大使館のディナーパーティで再会する。
それから、彼女の属するスパイ組織に巻き込まれていく。
彼らはスパイではあるが、決して私利私欲の為に働いてはいないという。
謂わば博愛心を持って世界を救うために諜報活動をするとというのだ。
好奇心が一杯のスタフォードは、やがて壮大なスケールのスパイ活動に巻き込まれていく。
ロマンス有り、裏切り有り、どんでん返しが有り、クリスティの面目躍如と言った内容だ。

しかし、狙ったものが大き過ぎて散漫な印象がある。
過去のクリスティの作品から想像するとテキパキとした推理の面白みに欠け、ちょっとがっかりするかも知れない。

アガサ・クリスティは1890年生まれである。
そしてこの小説が書かれたのは1970年、御年80歳の彼女が長大なミステリーに挑んだの。
70年当時の彼女自身の人間観や政治観や歴史観を吐露した印象がある。

しかし、「これはファンタジーです。それ以上の何ものでもない」とさらりと述べている。

世界に蔓延する暴力、反乱、憎悪などの中で暗躍するスパイなら分かる。
しかし、本物の外交官まで動員した正義を通すためのスパイ活動など、確かにファンタジーである。
さらに、この世の悪を撲滅するために発明したものを追い求めているが、究極の発明品はおよそ現実離れしたものだった。
私も、思わず脱力してしまいそうになった。

ただ、小説が素敵なのは現実ではあり得ないファンタジックな世界を創造できるということだ。
その中で作家はどんな夢でも見られる事だと思う。
もし、その小説が人気を博したならば、それは何物にも代えられない快楽に近いのではないか。

この快楽のお陰で、アガサ・クリスティーが日々受け取る情報に、アンテナを絶えず張り巡らしていた事が分かる。
なんと彼女は86歳で永眠するまで執筆活動を続けたのだ。



さて、スパイという言葉はアウトローの魅力を持つ。
かって、若かった私は「マタハリ」や「川島芳子」など世界を駆ける魅惑的な美人スパイの話を聞いた。
わくわくするほどドラマチックで、カッコ良くさえ思えた。
架空の世界でも『007シリーズ』、『スパイ大作戦』など、カッコいいスパイが大活躍した時期があった。

しかし、現実の諜報活動は決してカッコいいものでない。
かなり過酷でまた成功は全く保障されていない。
仮に真実を追求するために諜報部員となったとしても、そこに待ち受けるのは嘘と悪意の落とし穴かも知れない。

今日の社会は、情報が氾濫し過ぎて誰もが知らない内にスパイもどきになる可能性がある。

例えばラインがある。
「あの人物はこれこれの問題がある。あちこちで見張って変な真似をさせないようにしよう」
と特定の人物をマークしたとしよう。
彼(もしくは彼女)には特定する何の意味もない。
要するに最初にネットで噂を流した人間にとって頭にくる言動をしただけである。
一種の諜報活動の如くにネットを通じて、彼の悪い噂が拡散していく。
つまりごく一般の人がそれと気づず、赤の他人を落としれる時代となった。

本物の諜報とはより高度の技術が必要で、命がけのものだ。
情報一つで国が左右されることもあるからである。
それほどでなくても、諜報による誤情報一つが狙う相手の生活を破壊する事がある。

今の時代ほど本物と偽物の区別がつきにくい時代はない。
受け取った情報は、よく吟味して咀嚼してから、流していきたい。

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