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読書の森

世は定めなき その4

「お父さんどうしたの。病気?」
「ちょっと事情話せないけど、直ぐに戻ってきて。お母さんだけだとお店の事も分かんないし」
母らしくない低い小声だった。
「今から帰ります。安心して」

急いで支度した麻央はその日の内に実家に戻った。
季節は初夏に移り、青々した自然が懐かしい故郷の空と川だった。

麻央が駅近くの見慣れた店に寄ると古くからいる従業員が驚いた目で迎えた。
「まあ、お嬢ちゃま。お久しぶり。お元気そうで何よりです」
「今日わ。でもそんな悠長な事言ってられないか。ねっ、お父さんどんな具合かご存知」
「はあ、何のことでございますか。旦那様どうかなさったのでしょうか?」

ポカンと口を開けた店員の顔を見て麻央は騙された事を知った。

半年ぶりに帰った実家はいつもの落ち着いた佇まいを変えていない。
麻央が奥座敷に入ると珍しく和服姿の母が茶を立てていた。

「なあに!お母さん。和服なんか着込んで。さっき店で聞いたわよ。お父さん何でもないんだって、私を騙して迄帰らせる用ってなんなの!」
「別に騙すつもりなど無かったのよ。今年のお正月にも帰って来ないし、だから」
「それで。でも嘘迄ついて、ひどいわ」
「嘘ついたのは悪いけどね。きちんきちんと行事毎に戻ってくるお前が、こんな近くにある自分の家にいつまでも帰って来ないのは何かあるんじゃないか。東京で悪い男に捕まったんじゃないか、とお父さんが心配してね」
(その通り、私は正体不明の男を好きになってしまった。親の直感は凄い!)
と麻央は正直に打ち明けも出来ない。
仏頂面をして黙り込むだけである。

「麻央の念願だった東京の大学に入って東京の会社で仕事をする、夢が叶ったんだから、、今度は私達の夢も叶えて欲しいのよ。このお店継げるのはあなたしかいないのよ!」
「何よ、そんなカビの生えたような言葉。
そんなにお店が大事なら私の下に生めば良かったじゃない。その子は言う事を聞くかも知れないしね」
「だからその時お母さんが身体を壊して、、」
(子供産むどころじゃ無かった、これは嘘で別れ話があったんだ。私知ってる)
麻央は言葉を呑み込んだ。


「でも今更どうにもならないわ。それより麻央、とっても良い話があるのよ」
「それ来た。見合い?でしょ」
「変な合いの手入れないで。麻央の小学校時代仲良かった藤原君」
「ああ、この町唯一の東大受かった子ね。どうしたの?彼」
「町に戻って来たのよ」
「へええ」
「それで、、麻央に会いたいんだって」
「嘘!」



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