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読書の森

紫姫の駆け落ち その9

ある日の朝。

「姫さま、それがしと共にこの国を出ていただけませんか?」
その時紫姫は庭で採れたばかりのグミの実をモグモグ味わっていたが、驚きのあまり飲み込んでしまった。
それは確かに飛雄馬の口から出た言葉だった。
飛雄馬の突然の告白はあまりにも衝撃的だった。

「恥かしながら、それがしは、姫様をずっとお慕い申して居りました。姫様に縁談があると聞き、もはや己を抑える事が出来ませぬ」
「えっ、妾(わらわ)に縁談などあるのですか? 初耳ですよ。それに飛雄馬、わらわに懸想してるの?ウッソでしょう。いくら察しの悪い妾とてそんな事であれば気がつきますよ。
子供と思って馬鹿にするでない(゚∀゚)」
その時代の15歳の娘にしては、無邪気過ぎてお行儀の悪い紫姫ははしたなく大声を出した。
「高井飛雄馬に二言はございませぬ」
澄んだ目で姫を見つめる飛雄馬の真面目そのものの答えが返った。

紫姫は殆ど呆然として、これが源氏物語などに描かれる恋慕と言うものかと、飛雄馬の顔をじろじろ見詰めた。
常に兄のように思うこの男が今更自分を恋してる、どうしても信じられない、と姫は内心考えた。
これは何か訳がある。
飛雄馬の深刻な表情は気にかかるが、姫は努めて冷静さを保っていた。
物語の世界にある如く、潤んだ目も訴えるようなため息も双方にない。

拍子抜けするが、紫姫は思い返す。
どれほどの事情があろうと、飛雄馬の申し出によると、これ恋の道行と言うことらしい。
つまり里の言葉で言えば「駆け落ち」なのである。
「格好いい」なんて言葉はこの時代にないが、冒険好きな若い姫は心踊るものがあった。
高井飛雄馬を客観的に見れば、見目よき男であり、文武に優れている事で城下に聞こえている。
この男が自分と道行するなら申し分ない。

「飛雄馬、一言聞いて良いか?」
「はいなんなりと」
「駆け落ちの先に結ばれぬ世を儚んでの相対死になど待っていまいな」
それまで常になく蒼かった飛雄馬の顔色が、急に紅潮した。
「そんな!滅相もないお言葉。飛雄馬は姫のお命が大事だからこそ決心したのです」

(分かった。日頃お城から自分が疎まれているのはよく分かっている。何かお城側に企みがあってそれが妾の命を危うしてるのだ)
「はい、そなたの言葉に従いましょう」
姫はにっこり微笑み、この重大な分かれ道で飛雄馬に従う事を選んだ。


大胆な国抜けは、飛雄馬の遠縁に当たる近江の寺に紫姫を預けるのが目的である。
あらかじめ手筈は整えた。
近江の住職から姫を受け入れる旨の文が来てから、荷物を纏めて早朝紫姫の許に来たのだ。
然るべき理由をつけて、可愛い妻子も里に返した(密かに離縁状を里に持たせる荷物に入れた)。
しばらくの我慢という事で笑顔を見せて別れた家族が忘れ難い。
これは大義のためだ。

彼女に纏つく色と欲との醜い城側の思惑から、国主の真の子である紫姫を守り通したい。
一見野生児のような姫の知能が人並み外れて高く、磨けば光る人である事を高井飛雄馬は知っていた。

有り体に言えば先の城主夫妻への誠の忠義の現れと飛雄馬は信じていた。

飛雄馬の死を賭した思いと全く関わりなく、簡単に旅支度を整えた紫姫の大きな目は興味しんしんに輝き、遊山に行くように浮き浮きしていた。
拍子抜けした思いが飛雄馬にあった。

「もうお支度されたのですか?」
「そうじゃ」
姫は平然としている。
「常にこのような事態を考えていた。それで以前より全て支度用意していたのじゃ
勿論道行の形とは思わんかったが」

飛雄馬は瞠目した。
やはり「うつけ」ではない。




読んでいただき心から感謝します。 宜しければポツンと押して下さいませ❣️

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