彼らは、炭を顔に塗っていた為如何にも薄汚れて見えた。
柔らかく秋の日差しが降り注ぐ村道を、この兄妹らしき二人が急ぎ足で過ぎるのに里の人々はほとんど無関心でいた。
村道を横に入ると比較的なだらかな山道がのぞいている。
ただし、先に何が待つかわからない。
ただし、先に何が待つかわからない。
紫姫の館の周りの自然と異なって、茫々と繁った丈の高い草が繁った土地で、手入れされない雑木林も行手を阻むように不規則に生えている。
勇敢な紫姫も思わず「怖い」と呟いた。
「大丈夫でございます。木の実を取りにこの場所に何度も訪れて、抜け道を知っておりますから」
飛雄馬が囁き、紫姫も大人しく従って道を分けいる。
しかし、二、三刻も経たぬ内、姫は差し込むような腹痛を感じていた。
飛雄馬が囁き、紫姫も大人しく従って道を分けいる。
しかし、二、三刻も経たぬ内、姫は差し込むような腹痛を感じていた。
原因は全くわからない。
丈夫な彼女には滅多にない事だった。
身体の痛みというものが、これほど苦しいものか?と彼女は思った。
身体の痛みというものが、これほど苦しいものか?と彼女は思った。
暑くもないのに、油汗が湧き出て目が眩む。
よろようと足がふらつく。
山中の小さな沼に差し掛かった時、とうとう姫はドウっと倒れ込んでしまった。
山中の小さな沼に差し掛かった時、とうとう姫はドウっと倒れ込んでしまった。
「どうなされた!」
飛雄馬が覗き込んだ姫の顔色は塗った炭が剥げて、真っ青に変わっていた。
「心配ない。よろけただけ。案ずるな」
「案ずるなと言われても、お顔色がたいそう悪うございます」
「ただの腹いたじゃ」
「無理なさるな!」
飛雄馬は懐中の薬袋から丸薬を出して、姫に渡そうとした。
飛雄馬は懐中の薬袋から丸薬を出して、姫に渡そうとした。
しかし、彼女は力なく項垂れたままだ。
「されば!ごめん」と飛雄馬は姫を抱き抱えて、口移しに薬を飲ませた。ゴクンと彼女は飲み込んだ。
激しい痛みに我を忘れていた紫姫だったが、その瞬間、生まれて初めての体験に仰天してしまった。
思わず彼女の口から出た言葉は
「無礼者!下がりおれ」だった。
「申し訳ございませぬ」
飛雄馬はさっと身を引いた。
姫は硬直した顔のまま黙ってじっと横になっていた。
ややあって。
「申し訳ないのは此方じゃ。そなたが身命をかけて妾を護ってくれているのに、我儘な振る舞いばかりしていた。
飛雄馬、心から感謝しております。
妾の痛みは大事ない。女は男と異なる事情があって。そこでちっと用を足したいが、しばし休めんか?」
飛雄馬の顔色が和らいだ。
「身に余るお言葉です。ああ。気がつきませんで誠に申し訳ございませぬ」
その沼は丈高い木立が取り囲んでいた。木立の深い陰で姫は心ゆくまで用を足した。
何の事はない。
厠へ行く間もなく、姫が水も呑まずに歩き続けた為に差し込みのような痛みが来ただけだった。
竹筒の水を呑み込み彼女は一息ついた。そして、、、ぼうっとしたまま木陰でうとうと寝入ってしまった。
姫の浅い眠りを覚ましたものが、野太い怒号だった。
「こんなところに居やがって!」
「隠れおおせると思っているのか!」
「不届き者め。事もあろうに姫に懸想するとは。不義者成敗してくれる!」
怒号は一人や二人でないようだった。
「姫はどこじゃ」
「申し訳ないが知りませぬ。こちらが用を足す内にお姿が見えなくなりました」
「嘘を申すな」
「嘘はつきませぬ」
「えええ!どこまでも図太い奴め」
その時、「やああ!」と鋭い声が上がった。
ああ、飛雄馬の声だ!
紫姫は心の凍る思いで身をすくめた。
その後、男達の獣めいた声が響いた。
長い長い時が過ぎたようだった。