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読書の森

世は定めなき その3

麻央は「なんも」も「くれんから」も、浩樹が使った言葉だった、と気づいた。
生々しい触れ合いこそ無かったがこんな深く自分の中に入り込んでおいて、今更「何も無かった」はないだろうと浩樹を睨んだ。

一途にキラキラ光る麻央の視線から目を逸らして、浩樹は辛そうな表情で話出した。
「伊豆にいる僕の親は養い親なんだ。子供のいない夫婦が哀れに思って入籍した上育ててくれた。今は二人とも老いて弱っている。
伊豆の家は介護の名目で養い親の甥夫婦が住んで僕の帰る所ではない」

「えっ、、、じゃあホントのご両親は?」
「、、、、、」

長い沈黙の後、浩樹は人形のようにギクシャクとして口を開いた。
「自分は、どうにか出自に触れずに世の中を渡っていけると思っていた。そして一流大学を無事卒業して一流の企業に入って、海外を舞台に活躍するのが夢だった。
そこに現れた君はまるで無邪気で人を疑う事を知らない娘だった。
しかもとっても可愛い❤️
なので、、あざみ野に移ったのも君に近づいたのも自分が全部わざわざした事だ。

ただ、もうダメだ。君に迷惑かけるだけだから。君の周りにはもっと相応しい優秀な男がいるのだから」

麻央は真っ赤になって怒り出した。

「いい加減にしてください!それはあなたの一方的な考えです。これだけ私の心を奪っておきながら、一体今更何なの」
「、、、」
「身体よりも心の方がよっぽど大切だわ。あなたは私の心を犯したのよ!
罪の償いの為に結婚すべき」
そこまで口走ると麻央は両手で口を覆った。
又、恥ずかし過ぎる事言ってしまった。と麻央は下を向いた。

麻央がオズオズ上を向くと、浩樹の何とも言えない顔があった。どうも笑いを堪えているらしい。

「良いよ。時が解決する事だし。君の思いを無理矢理押さえつけるのは逆効果だし。
そのまんまでいればよい」

(何言ってんだろこの人、まるで一気にオッサンになっちゃったみたい)
心の中で呟いて麻央はコップの水を一気に飲んだ。
(だって大切なのは愛されるより愛する事だもん。それも心と心で)


この変なデートが終わり、二人の仲は清らかと言えば聞こえは良いが何もないまま過ぎていった。




その後、浩樹は海を渡ってシンガポール支店勤務となり、しばらくしてから絵葉書を送ってきた。
マーライオンが映った絵葉書は、元気である事とシンガポールの治安の良さについて触れているだけで麻央には物足りなかった。
そのあと船便で小さな包みが麻央の下に届いた。

小箱に入ったキラキラ光る紅い石と一葉の写真だった。
「シンガポールは人種のルツボであります。そのバランスを図る為にも治安に力を入れているようです。
今自分はシンガポールの社宅にいますが、この中国人街に移り住むかも知れません。
もうその時は会社に所属する身ではないと思います。
麻央さん探さないでください。
あなたの健康と幸せを心から祈ってます。
浩樹」

宝石(?)のような光る石を麻央は凝然と見た。
指輪でないのも遊びに来てくれ、と言ってないのも気に入らなかった。
「これじゃあ、シンガポールの中国人街に行けと言ってるようなものじゃないか」
と呟く。

その日から、ワクワクと予定表を調べて、旅行案内を購入、パスポートも更新していた麻央に母から電話があった。
「お父さん倒れちゃったの。帰って来てくれない?」




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