今、午前1時6分。
私がこの時間にネットを弄るのは初めてです。
コロナ禍に見舞われてからもお陰様でこの時間までには安らかと言えなくても眠りにつけました。
早寝遅起き睡眠時間8時間以上ないと、調子が狂うタチなのです。
それが、久しぶりに創作をしたから脳が興奮してしまったのか、眠れなくなってしまいました。
その事だけでなく、このフィクションに私の溜め込んできた思いを全部出していない、消化不良過ぎる思いが眠りを妨げているのだと思います。
まず、伊東君について。モデルはいますが、初恋の対象でもなく、タイプとして異なる子です。
又、医療ミスは現実に起きてません。
ならば、何が本当に書きたかったかというと、障害者(それも軽度でかつ障害があると外目にはっきり分かる障害者)の一般的な思いを書いてみたかったのですね。
それと家庭の持つ大切な役割についてです。
「民子ちゃん」はほぼブログ上の人物と同じです。
民子ちゃんが当時は農家で姉妹のいる家族愛の強い家族の下に育ったのも事実です。
民子ちゃんのお姉さんと二人で病院の庭を歩いていた時、治療用の装具をつけた私を、別の科の患者を見舞いに来た家族がジロジロと異様なものでも見るように眺めました。
その時、お姉さんは本気で私を身体で庇って、しかも怒り出したのです。
「ひどいわね。あんな目で見なくても良いのに!」
かわいそうがってくれるこの人の事、一瞬信じられない思いで見ました。
嘘じゃなく、このような形で私を守ってくれた人は皆無だったからです。
母はいつも私についてくれてましたが、目は他人を意識しているのです。
2歳になった私と二人で記念に写真を撮ってもらう為写真館に行った時の写真。
二人とも貧しい中でもきっちりと綺麗に衣装をつけていますが、母が正面を向いてお澄まししてるのに、幼い私は恐怖に怯えて写真屋から逃げようとしているのがよく分かります。
泣きそうになってる私と整った顔を正面に向けてる母。
何故私は泣きそうなのか?というと写真屋さんの白衣が異常に怖かったからです。
それよりちょっと前に私は股関節脱臼の治療(失敗しましたが)で、医師やマッサージ師に非常に痛い目に遭わされてます。
生まれて1年経つか経たないかで見た白衣の男の人は、耐えがたい痛みだけ(勿論身体に)を与えました。
大人達は脚の異常がわかってからガラリと態度が変わってしまいました。
そこで白衣恐怖症が始まったのですね。
それより前、生まれて6か月の私はごくごく当たり前の赤子の顔をして、初々しい母に抱かれています。写真屋さんの白衣など全然気にしてないみたいで結構図太い表情です。
両親にとって生まれて初めての育児で、父はあまり子供というものが好きでなかったようです。
母は生まれた子がかわいいけど、周りに相談する人が誰もいないのでとても戸惑ったと思います。
私の脚が悪いことが分かってから、父の仕事も不調ですし、母にとって辛い事が多かったようです。経済的な理由で二人きりの生活から舅姑小姑と揃う訳ありの大家族の下に行ったのは、凄いショックだったようです。
母に「生まれてこなければ良かった」と本気で言われた事もあります。それでも一生懸命子育てしてました。若い母にとって他人から健気な人崩れない人と見られてる事が支えだったのでしょうね。今なら複雑なその辺の事情を理解でき、母にエールを送る事もできるのに出来ないのが切ないです。
さて、緊張感あふれる自分の家族から離れて民子ちゃんちのごく家族的な愛情に触れた私は目が覚める思いでした。
私にとって普通の家庭の理想のように思えたのです。
この人たちは自分の存在を肯定してくれる、自分の味方がいるという事に勝るものはないと思えたのです。
脚の悪いことで見えて来た世間は、一見健常な人に見える世間とちょっと違うものみたいです。
それ故に、心からの愛情にひどく敏感になったのでしょうね。
そんな経緯を本当は書きたかったのです。
2時になりました。お粗末な文章でごめんなさい。お休みなさい。