学生街の喫茶店は冷房が効いているのに、若者の醸し出す熱気で暑い。
和人はぼんやりと人の流れを見ている。
大学を出てから、30年経つのに少しも変わらないと思いたい。
建物も人も近代化し、ひどく美しく変わっているのに、自分の心の目が思い出の学生街に見せている。
目の前に女性が立っていた。
一瞬錯覚かと思ったほど、昔のままの彼女がいた。
30年間思い続けた女、葵はふっくらとした笑顔を見せていた。
目じりの深いしわも、髪に目立つ白いものも、あの頃には無かった。
それなのに、ぴちぴちと若々しい20の葵が和人の目には見えた。
葵は学生時代からスターだった。
本物のスターである。
アイドルの癖にクラスでは目立たなかった。
ダサい恰好をして、野暮な黒縁のめがねをかけていた。
しかし、和人は知っている。
夏の海辺で真っ白な水着に身を包んで一緒に泳いだ葵を。
小さな島の民宿で有志で研究会をした時、なんと葵も参加したのだ。
どこかに屈託を抱えていたのか、疲れた様子だったが、和也は夢心地だった。
意識しないで選んだのだろうが、葵の水着は水に濡れると透けて見えた。
夜、和人は何度も自分の欲望と戦わねばならなかった。
どうにも手が触れぬ事の出来ない自分がもどかしかった。
いつか、きっと葵を妻にしよう。
その為に金が欲しい。
灼熱の夏休みが過ぎ、和人は教室で葵を見るのを心待ちにしていた。
しかし、待て度暮らせど葵は姿を見せなかった。
そして、衝撃的なニュースが入った。
葵は自分を弄んだ妻子ある男を殺したと言う。
清純なイメージが一気に消え、スキャンダラスなニュースが世間を騒がせた。
「嘘だ、葵は不倫や殺人を犯す人間ではない!」
和人は署名を集めた。
日頃の努力家の葵を知る学友はこぞって署名をし、若いファンもマスコミに怒りをぶつけた。
優秀な弁護士が付いて、葵は犯されそうになった男から逃れるために、男ともみ合いになり、気が動転して男を刺したという状況が提示された。
葵は正当防衛としての無罪にこそならなかったが、情状酌量されて執行猶予のついた非常に軽い刑に服した。
しかし、大学には二度と復帰することなく、それっきり消息を絶ったのである。
(続く)
(続く)