「あなた!」
ルミ子が叫んだ相手は夫の透の事である。
若い頃はスラっとスマートでそれなりにステキに見えた透は、最近とみに太ってきた。
休みの日は何するでもなく、食っちゃ寝してるだけ。
「少し運動でもしたら」とルミ子が言っても無駄である。
「太るのはおまえの餌が美味しい証拠じゃないか。文句言う事ないだろう」
と相手にしない。
子供も出来ず、中年はほど遠いのに、ルミ子には「粗大ゴミ」としか見えない透が今程切実に恋しく思った事はない。

「どうしたんだ?ルミ子」
揺り動かされて気づくとルミ子は床の中に居た。
透は心配そうに覗き込んでいた。
ルミ子はビッショリと汗をかいていた。
透は心配そうに覗き込んでいた。
ルミ子はビッショリと汗をかいていた。
「あらあなた!あなたはここにるじゃない?」
「バッカ!何言ってる。俺はいつも隣のベッドで寝てるだろ。いくら休みが続くからってお前ボケてるんか?」
「ごめなさい。今とっても変な夢を見ちゃったから」
ルミ子は夫の胸に顔をこすりつけた。
「ごめなさい。今とっても変な夢を見ちゃったから」
ルミ子は夫の胸に顔をこすりつけた。
慣れ過ぎて有り難みもないその胸がこれほど頼りになるとしみじみ知ったのである。
夫には夢の話は出来なかった。
「ねえ、今直ぐに戦争なんか起きないよね?」
とぽつんと口にしただけである。
「何を言い出すんだ。
いつの世だって自分達人間は戦争の危険性と隣り合わせにいる。歴史がそれを証明してるだろう。
だから、どうのこうのと俺は主張できない。護るべき者がいるし敵を作りたくないからだ」
「護るべき者って私のことですか?」
「当たり前だろ。他に誰かいるのかい?」
透は大きなあくびをした。
「それよりもう一眠りさせてくれ」
「それよりもう一眠りさせてくれ」
しばらくして、透は自分のベッドの中で気持ち良さそうにいびきをかき始めた。
「今日も又この人と一日一緒だ」
ひどくウンザリ感じる日々の積み重ねが、今のルミ子に何より貴重に思えた。
「でもこの夫と生き残れたとしても、二人きりで世界の終わりは絶対見たくない!」
「でもこの夫と生き残れたとしても、二人きりで世界の終わりは絶対見たくない!」
ルミ子がそっと南向きの小窓を開けると香りを帯びた5月の風が、フワリとカーテンを揺らした。