アイヌ民族関連報道クリップ

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上村英明教授にアイヌ問題を聞く~国や市民社会に求められる今後の課題とは(JANJAN)

2008-06-11 00:00:00 | アイヌ民族関連
【G8洞爺湖サミット オルタナティブ】上村英明教授にアイヌ問題を聞く~国や市民社会に求められる今後の課題とは
神林毅彦2008/06/11
国会でアイヌ民族を先住民族として認め、関連する政策を推進するよう政府に求める決議が衆参両院本会議にて全会一致で可決、採択された。アイヌ民族をはじめとする先住民族の権利研究に取り組んできた恵泉女学園大学人間社会学部の上村英明教授に決議の意義と国や市民社会に求められる今後の課題を聞いた。

http://www.news.janjan.jp/special/0806/0806109151/1.php

 金曜日、国会でアイヌ民族を先住民族として認め、関連する政策を推進するよう政府に求める決議が衆参両院で全会一致で可決、採択された。町村信孝官房長官は決議を受け、アイヌ民族は先住民族との認識を表明した。

 「知っていますか? アイヌ民族一問一答(解放出版社)」などの著者でもあり、アイヌ民族をはじめとする先住民族の権利の研究に取り組んできた恵泉女学園大学人間社会学部の上村英明教授に決議の意義と国や市民社会に求められる今後の課題を聞いた。上村教授は市民外交センターの代表でもある。


上村英明教授
Q:決議を評価しますか?

上村:全体の流れから見たらプラスに考えた方がいいと見ています。1997年にアイヌ文化振興法ができてから議論は何もありませんでした。政府は、アイヌ民族の問題を北海道と設立された財団にまかせてしまい、主体的には何もしなくてもいいという雰囲気が作られました。同時に、国会内でも各党のアイヌ問題を扱う委員会がほとんど解散してしまいました。アイヌ文化振興法をもって終わりだろうという人がたくさんいたのです。ですから、10年ぶりにあらためて口火が切られたという意味では、悲しい評価ですが、また関心がやっと上昇に転じたという感じです。

 そして、決議の評価する点はアイヌ民族を先住民族として認めるという点と昨年9月国連総会で採択された「国連先住民族権利宣言」に沿ってその権利を検討していくという点です。国際人権規準に従って権利を確定していくのだというスタンスは画期的だと思いますし、アイヌ民族の権利保障にはもっとも正しい方法といえます。意義はすごく大きいと思います。

Q:なぜこの時期に?

上村:一番大きな要因はやはり昨年9月の権利宣言の採択です。政府は「国際的に確立した先住民族の定義がない」、「アイヌはその点先住民族と考えられるか疑問だ」とクレームをつけてきましたが、国連総会で、その権利体系が明らかになったのです。

 その国際的な流れの中、ボリビアでは先住民族のエボ・モラレス大統領が誕生しましたし、豪州ではケビン・ラッド首相がアボリジニに謝罪するなど完全に追い風の中に入ってきました。日本政府も1987年から採択のプロセスに関わってきたわけですから、20年以上関わってきた問題に、今さら定義がないと言う言い訳は通用しませんし、決議も権利宣言に沿ってアイヌ民族は先住民族だと規定しています。

 アメリカなどは、問題があっても、多文化や多様性は当たり前の国家ですが、日本はそこを否定して近代をつくってきたわけです。単一民族で国民を構成するという擬制を使い、多様性の部分は基本的に植民地だとしてきたわけです。しかし、国内にもそうした多文化や多様性があることを国際社会の頂上でみせなければならない矛盾にぶつかったのです。サミットは2000年以前はすべて東京で開催しましたが、前回は沖縄、2008年の今回が北海道で、日本政府は日本の多様性をみせるのだと言ってきました。

 これに対して、本当に日本の中の単なる多様性なのか、あるいは別の問題があるのかを明らかにすることが、メディアを含めた市民社会の役割になってきました。政府が言うように、アイヌ民族が「日本の文化の多様性」で終わってしまうのか、そうでないのかはとても大事なポイントです。

Q:先住民族に関する「定義」がないという政府の主張をどうお考えですか?

上村:定義がないという言い訳はこの問題を実は象徴しています。政府は国際的に確立した定義がないということでアイヌ民族を先住民族と認めてきませんでした。しかし、オーストラリアやアメリカ、ニュージーランドなどは、国際的定義がなくとも先住民族政策を行ってきたのです。では、なぜ定義がないのに行ってきたのかという議論にたどり着かなくてはいけません。

 日本の場合、アイヌ民族が要求した権利に政府がまともに取り組んだことがないのです。先ほどの国々は具体的権利問題の取り組み、その格闘の中から先住民族という概念にたどりつき、それを集大成したものが国連の権利宣言です。例えば、アイヌ民族が川を上ってくる鮭を獲って儀式ができないのはなぜか、という問題を考えていくと、今の法律ではできません。法律ができる前はアイヌの人々は自由に獲っていました。なぜそれができなくなったのか?

 日本人が法律をつくったからです。それはいつか? 開拓が始まってから、と考えていけば、日本人が入っていく前にアイヌ民族の権利があったということが明らかだし、それを日本人が奪ったということも明らかです。それをふまえてもう一度復活させたいという要求があるわけです。そのことを考えていけば、少なくとも儀式の時漁労の権利があってしかるべきではないか、という結論に達してもおかしくないわけです。つまり、定義がないという議論は国内でアイヌ民族の権利要求に真面目に対応しなかったという明確な証拠なのです。

Q:国内ではアイヌ問題に関してはほとんど知られていないと思いますが、どうでしょう。

上村:知る、あるいは学ぶ機会がなかったということです。象徴的なことですが、多くのアイヌの人々も、もう一度自分たちの文化や歴史を学び直しています。なぜかというと、アイヌ民族も日本の学校教育を普通に受けてきたわけですから、彼らでさえ自分たちのことを何も学べなかったのです。 

Q:「知っていますか? アイヌ民族一問一答(新版)」はアイヌ民族から見た歴史だということですが?

上村:というよりも、日本人あるいは大和民族がアイヌ民族と接するときに基本的に知っておいてほしいことをまとめました。その意味でアイヌ民族の視点から書くという努力をしましたが、要は2つの民族を結ぶ「橋」のようなものですし、アイヌ民族で役に立ったという人もいると思います。ただし、比較的薄い本ですが、包括な視点から描くことにはかなりの努力をしました。教科書も以前に比べれば改善されましたが、教科書の記述が3行あるいは半ページ増えましたと言う程度では、基本的に視点が分かっていない先生方では、何を教えていいのかさえ、本当は分かっていないと思います。

 ともかく、一般教育の改善が必要なことは痛感します。台湾支配の評価などで語られることですが、日本は同化教育で巧妙な植民地主義を展開した国です。知らなければ、知らないこと自体わかりませんし、誰も問題提起さえしないという、ものの見事な植民地支配をアイヌ民族にも行ってきました。

 その点、先住民族に対する差別は一般に私たちが無意識で行っていることがほとんどで、それが大変なところです。差別を表面化してその構造を整理しなければ、改善のめどさえたたないのです。

Q:アイヌの人々は自分がアイヌであると言いにくいと聞きますが。

上村:差別がある中で、カミングアウトすることの大変さは理解していただけると思います。しかし、カミングアウトの勇気があったとしても別の意味で大変です。民族としての重荷を負わなくてはいけないからです。何かあったら、「アイヌとしてどう思いますか?」「アイヌ民族の今後をどう思いますか?」などとメディアに聞かれるわけです。僕ら日本人が、総理大臣のように、日本を代表して全部答えなければならないとしたらどう感じるか、想像してみてください。

 そこまで難しい問題に直面しなくても、「私はアイヌです」と宣言したとたん、無邪気に「アイヌって何?」「何食べているの?」「日本語上手ね」などと繰り返し繰り返し聞かれてしまいます。その意味で日本人が無知だということ自体がアイヌ民族に対する差別を生みだす構造になっていて、日本人と話すことの少ない職業に自然と追い込まれてしまうというケースも少なくありません。

Q:アイデンティティーを守るのも困難なわけですね。

上村:アイヌ民族が守ろうとしているのはまず民族集団としての自分たちのアイデンティティーです。同じ日本国民としてのそれではありません。大和民族にはその難しさが理解できないようです。「今の制度の中でアイヌの人たちは何を差別されていますか?」「選挙権がないのですか?」「義務教育を受けられないのですか?」などとよく聞かれます。日本国民としての権利は平等なのです。しかし、異なる民族としての権利も人間としての誇りや尊厳を守るために必要なのです。一言で言えば、日本人あるいは大和民族には多民族、多文化社会の価値そのものが分かっていないのだと思います。しかし、そこを超えないと尊敬される国際国家に永久になれないわけです。

Q:アイヌ民族を先住民族だと認めたということは、北方領土問題の交渉の場にアイヌ民族が参加してもおかしくないということにもなりますか?

上村:まったくおかしいとは思いません。この交渉にアイヌ民族が出てきては、プロセスが複雑になると言われたことがあります。アイヌの権利も日本政府が代行するかたちでやるべきだと言われました。

 しかし、戦争が終わって60年以上経っても進展がないのはどうしてでしょうか。その原因は日本もロシアもそれぞれ固有の領土だと主張している点にあると思います。ところが、どちらも正当な根拠はありません。自分たちの記憶にない時代からこの領土が日本のものだった、ロシアのものだった、と議論しているからいつまでも解決しない。むしろ、アイヌ民族を入れ、彼らの権利を認めることによって、日本もロシアも一歩引いて、もっと柔軟に解決できないかという議論をしたほうが実は話が単純なのです。

Q:次のステップは?

上村:1984年にアイヌ新法案が出ました。これは、アイヌ民族にとっては歴史的文書ですが、実際に1997年のアイヌ文化振興法が達成したものは、文化、教育のうち文化だけです。そこで要求された6ポイントの中の0.5ポイントしか実現しなかったと評価できます。そこに戻ることが次のステップだと思っています。

 残りの項目には、中小企業や農林漁業に携わるアイヌ民族に権利を保障する産業政策、民族としての参政権や国の責任をしっかりさせる審議機関の設置、そしてアイヌ民族が自由に使える財源を確保する「民族自立化基金」などが提案されています。アイヌ民族がきちんと交渉の主体になるためには、財政構造を保障することが不可欠です。こうしたことを含めて、アイヌ新法案の残りの5.5項目をもう一度検討し直すことが、おそらく具体的に進むべき方向だと思います。


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