ベンガジ事件を逃げ切ったヒラリー。しかし……
米下院で、2015年10月22日に「ベンガジ事件」を究明する特別調査委員会が開かれた。ヒラリーはこの委員会に呼びつけられた。この召喚、喚問(summon、サモン、subpoena サピーナ、召喚状 )を強気で押し切って、なんとかこの場を逃げ切った。
「ベンガジ事件」とは、リビアの第2の都市ベンガジで、クリス・スティーブンス米リビア大使が殺害された事件である(2012年9月11日)。
このクリス・スティーブンスは、国務長官だったヒラリーの直属の外交官で、CIAの人殺し部隊というか特殊部隊の責任者でもあった。スティーブンス大使はその前年に、自分が直接指揮をしてカダフィ大差を惨殺した。
リビアの特栽者カダフィ殺し(2011年10月20日)の最高責任者はヒラリーである。ヒラリーはカダフィが殺される2日前に、リビアの首都トリポリに自ら乗り込んでいる。そして暗殺部隊と写真に収まっている証拠写真がある。
この暗殺部隊はリビア人ではなくてアフガニスタン人である。彼らは自国の首都カブールに英雄として凱旋(がいせん)しようとした。だが、カブール空港に着陸しようとして「タリバーンの攻撃があって」輸送機ごと爆殺された。口封じで殺されたのだ。ヒラリーというのは、こういう恐ろしいことをやってきた女なのである。
このクリス・スティーブンス大使に、今のIS(アイエス、イスラム国)と同様の人間たちが襲いかかった。セラフィ(サラフィーヤ)というイスラム原理主義の活動家たちだ。実態はもうほとんどIS(アイエス)だ。彼らを自分は飼いならしているとスティーブンスは思っていた。
このとんでもない狂気の集団がクリス・スティーブンスを火事の炎で窒息死させたあと、路上で死体を引きずり回した。その映像がネットに流れて、それを自宅で見たヒラリーはゲロを吐いて倒れた。そして3ヵ月後の2012年末には、国務長官を辞めた。年末に軽い脳出血を起こしてワシントンで病院に入院した。
いったいあの時、何が起きていたのか?アメリカ政府は、カダフィ政権を崩壊させたあと、奪い取ったリビア軍の大量の兵器を、イスラム勢力(ただしアメリカの言うことを聞く武装勢力)に引き渡す秘密協定を結んだ。
ここには、レーガン時代のイラン・コントラ事件(1986年6月発覚)と同様の、裏側での政治工作が隠されている。( このイラン・コントラの大量の武器移送と、資金提供の実行責任者は、レーガンではなかった。その時の副大統領で、そのあと大統領になったジョージ・ブッシュ(父)であった。このことは、今では公然たる事実である)
米軍が捕獲した大量のリビア軍の兵器や物資を、今のシリアや北イラクに大量に移動させた。この軍事密約の武器取引を、殺害されたスティーブンス米大使が国務長官のヒラリーに逐一判断を仰(あお)ぎながら実行していたのである。このときの、この2人の通信内容が、まさしく「ヒラリー・メール」なのである。
スティーブンスは自分を殺しに来た者たちを、自分が十分に手なづけていたと勘違いしたのだ。飼い犬に手を咬(か)まれたのである。
スティーブンスと上司である国務長官ヒラリーとのこの交信記録の流出が、今も騒がれている「ヒラリーの公文書メール問題」である。この謀略政治の実行の証拠が公然と表に出たらヒラリーにとっては命取りだ。
国家行為として相当の犯罪行為の証拠が流出したのである。
カダフィを惨殺して(2011年10月20日)、リビアの国家資金をすべて、アメリカの特殊部隊(スペシャル・フォーシズ。CIAとの合同軍)が奪い取った。この資金おそらく200億ドル(2.4兆円)ぐらいが、今のIS(アイエス)の凶暴な7万人の傭兵部隊(マーシナリー)の軍事資金になったのである。ISは2014年6月10日に、突如、北イラクの都市モスル制圧で出現したのだ。
ヒラリーの責任は、ベンガジ事件の直後に議会の上院外交委員会でも追及された。「あなたが国務長官としてやったことにたくさんの間違いがあった」と決議までされた。それなのに今も彼女は米大統領候補である。
同時期にエドワード・スノーデン事件が起きている(2013年5月20日)。
CIA職員だったスノーデンがNSA(エヌエスエイ、ナショナル・セキュリティー・エイジェンシー。国家安全保障局)の国家秘密情報を、何十万件もダウンロードして持って香港に逃げた。今は彼はモスクワにいる。この持ち出された秘密情報の中に、ヒラリー・メールも含まれていた。
( スノーデンは、自分の利用価値がなくなってプーチンから捨てられないように、自分が持ち出した情報の最後の一割とかはまだ隠し持っている。 ヒラリーが不起訴になりそうだ、と知って、7月4日に、「アメリカ司法省に証拠を提出する」として、ヒラリー・メールの一部を公開した。 スノーデンは、徹底的に、アメリカ政府の、ネオコンとムーニーたちの悪事を暴く気である)
このヒラリーのクリス・スティーブンスとの通信文書の中に、「カダフィを殺してしまいなさい」とか、「集めた金の処理をしなさい」という恐ろしい文書がたくさんあったのである。これらが世界中の大手の新聞社に送られてきて大騒ぎになった。
今はICIJ(アイシーアイジェイ、国際調査報道ジャーナリスト連合)という、おかしな「報道の自由(フリーダム・オブ・プレス)を守るフリだけする報道規制の団体」がこれらの文章を、自分たちでも困りはてながら全面流出しないように管理している。
世界中に公開されたことになっているが、実際には読めないようにしている。
国務省(ステイト・デパートメント)は独立監察官(インデペンデント・インスペクター)にこの件を調査させている。FBI長官も、この「ヒラリー公文書メール」のことで、相当本気でヒラリーを犯罪捜査(インヴェステイゲイション)として追及している。
なぜなら、ここでFBI(連邦捜査局)が事態のもみ消しに加担したら、自分たち自身が汚れて国家犯罪を犯したことになるからだ。ヒラリーは必ず喚問summonされる。
だからこの先も、ヒラリーのメール問題は重要である。
ヒラリー派が起こした宮廷革命
下院(ハウス)のベンガジ委員会は、ヒラリーを呼びつけた(召喚、喚問)。公開の聴聞会(パブリック・ヒアリング)も行われた(2015年10月15日)。
ところが、この直前(13日)の民主党候補者横並びの討論会(デベイト)で、ベンガジ事件の責任を問われたヒラリーは、「もう過去のことは忘れて、未来を考えましょう」とぬけぬけと言ってのけたのである。
そして驚いたことに、彼女の隣にいたバーニー・サンダースがヒラリーに同調して肩を持った。サンダースが「もう、こんな問題にいつまでも関わり合っているのはやめよう」と言った・
私はこの時、バーニー・サンダースが嫌いになった。どうもこの時に隠されたクーデターが米政界で実行されたようだ。これを、政治学用語では「宮廷革命」という。
国民には全く知られないように、静かに「夜の軍隊(ナイト・アーミー)」が動く。政治(政府)が乗っ取られる。
ヒラリーを喚問、召喚していた米下院のベンガジ事件特別委員会のトレイ・ガウディ委員長が、ヒラリー攻撃の急先鋒だったのに、突然、発言停止状態になった。ミリガンという黒人議員がガウディを妨害した。
ガウディの同志の米下院で老練な議員のケビン・マッカーシー議員(院内総務。マジョリティ・リーダー)は、次の下院議長になる予定だった。ところがマッカーシーは、「自分は、もう下院議長(ハウス・スピーカー)にはなれない」と情けなさそうに発言した。
マッカーシーが、ジョン・ベイナー下院議長(共に共和党。議会内では多数派)の後釜(あとがま)になると決まっていたのだ。それがひっくりかえされた。そしてポール・ライアンが下院議長になった。「それ以上、政治の裏側の真実を暴いたら、議員たちといえども許さない」という恐ろしい力が、アメリカ政治に襲いかかる。
そして、10月21日にジョー・バイデン副大統領が、「私は大統領選挙に出馬することを断念した」と発表した。この時、横にオバマ大統領が付き添って悲しそうな顔をしていた。それまでオバマは「自分の副大統領は素晴らしい業績を上げた、大変能力のある人物だ」と支持表明していた。オバマはヒラリーが大嫌いなのだ。
アメリカ国民の中からも、“Joe Go, Joe”「ジョー、ゴウ、ジョー」「(大統領選に)出ろ、出ろ、ジョー(バイデン)」の掛け声が上がっていた。にもかかわらず、こんなことになってしまった。バイデンは今も自分が大統領選に出なかった(出られなかった)ことを後悔している。
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