黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

弁護士「急増」で就職先確保が困難?何を今更・・・

2007-01-09 17:29:59 | 司法一般
 1月8日の「ボツネタ」に,以下のような記事が載っていました。

http://d.hatena.ne.jp/okaguchik/20070108/p11

 要するに,もはや大都市では就職できないので,地方での就職を考える人が多くなっている,大阪弁護士会が自治体や企業に弁護士の採用を呼びかけている,といった記事が各紙に載っているということです。
 
 何しろ,今年の9月には旧60期約1500人が,11月には新60期約1000人が司法修習を終えるわけで,そのうち裁判官や検察官に任官する人が200人くらいいるとしても,合計2300人前後の弁護士就職希望者が出現することになります。
 去年の1500人ですら既に持て余し気味だったのに,一気にこんな大増員をされては,大量の就職浪人が出ることはむしろ当たり前で,この問題は以前から「弁護士業界の2007年問題」として指摘され続けてきたことです。
 しかも,旧60期の1500人はまだ良いとしても,新60期の1000人については,彼らの法曹としての質を確保する前提となる法科大学院教育の効果が極めて疑問視されており,弁護士の間では「ロースクール卒業生は採用しない」とか,「旧試験組と新試験組の両方から履歴書が来たら迷わず旧試験組を採る」などと公然と言っていたり,それよりは柔軟な姿勢の人でも「新試験組の採用はしばらく様子を見たい」などと言っていたりする人もいるくらいなので,新60期のうち弁護士として就職できるのは良くて半分くらいではないか,といった趣旨のことを以前書いたことがあります。
 もっとも,半分というのも新試験組が必死になって新しい就職先の開拓に努めればそのくらいになるかもしれないという期待値であって,最悪の事態を想定するなら,ほとんど全滅に近い結果になることすらあり得るわけです。
 そういう問題があることは以前から分かっていたのに,今年に入ってからそんな新聞記事が出ていると言われても,何を今更という気分になります。

 ところで,記事で取り上げられている「地方での就職」「自治体や企業への就職」について,若干問題点を指摘しておきます。
 まず,弁護士の数がまだ少ない地方での就職については,落合先生は積極的に勧められているようですが(↓),
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070109#1168270730
実際には困難な点も少なくありません。
 まず,弁護士が少ない地域の法律事務所に就職するというのは,弁護士(法律事務所)の数自体が少ない以上採用枠も限られているので,実際にはかなり難しいです。しかも地方によっては,公然と弁護士の募集をかけると,評判の悪い事務所だと思われてしまうので,表立って弁護士の求人はしないといった風習もある(黒猫が修習した当時の横浜がそうでした)ので,就職を考えている地域を実務修習地にするなどして内部情報の収集に努めない限り,求人情報を得ること自体も難しいでしょう。
 そうなると,最初から地方で弁護士をやろうとする場合,多くは勤務弁護士としての経験を経ずにいきなり独立開業する途を選ばざるを得ないことになります。
 黒猫の同期で,たしか福島県の「ゼロワン地域」で独立開業した人の話を聞いたことがあり,その人は何とかうまくやっているようですが,彼もたしか最初から独立開業したわけではなかったと思います。
 また,その人の話を聞いていると,以前は裁判所に法律相談に来る人がいても紹介できる事務所がなかったところ,その人が開業したので裁判所経由でお客さんが来るようになり,いわば「裁判所御用達」の事務所になっているとのことでしたが,その程度の弁護士需要であれば,おそらく新60期の就職困難者数百名程度が全国に散れば,たちまち満たされてしまうような気がします。
 それに,弁護士の都会偏在時代が長く続いたせいか,地方の事件を都会の弁護士に吸い上げる体制がいろいろな形で出来てしまっているので,いきなり地方で弁護士として開業しても,その地方の事件が自分に流れてくるとは限りません。
 翌年以降も毎年2000人以上,将来的には毎年3000人以上の弁護士を司法試験に合格させるつもりのようですが,「地方の需要」でそれらの弁護士供給を受け容れるのは,もはやどう考えても無理がありますね。

 次に,自治体や企業への就職については,修習を終えたばかりの新人弁護士が自治体や企業にとってどれほど役に立つか,という問題があります。
 法科大学院の教育については,各大学毎に(ひどい場合は各教官毎に)好き勝手なことをやっているようなので何ともいえませんが,司法修習でやることは,主に裁判実務に従事するための学習であって,必ずしも自治体や企業での法務関係の仕事に直結するものではない上に,実務経験がない新人弁護士の多くは,その裁判実務すらまだ満足に出来ない水準にしか達していません。
 実際,旧試験時代でも,単なる法学部生と司法試験合格者とであればさすがに能力差はあるが,司法試験合格後修習に行かずに企業法務部に就職した人と,弁護士資格を得て企業法務部に就職した人とでは,法務部員としての職業能力はあまり変わらないと聞いたことがあります。
 もっとも,長い目で見れば,企業が訴訟を行う場合や企業内部での法律問題に対処するにあたっては,外部の弁護士に一任してしまうよりは,企業の内情を把握している社内弁護士を育成しておいた方が適切な対応ができるというメリットがあると思いますが,司法に関して最近の経済人たちの考えることは,法化社会の到来に備えて自社の法務部門を強化しようというより,むしろ法務コストを削減することにばかり目が行っているようですから,企業が社内弁護士育成のために新人弁護士を大量に雇用するということはあまりないと思われます。
 実際には,例え弁護士になれないとしても,ロースクールの卒業生達はどこかで仕事を探さなければなりませんから,司法修習を終えた後企業や自治体などに就職する人自体は多くなると思いますが,問題は「弁護士待遇」で就職できるかどうかです。
 弁護士資格を得ても,実際に日弁連に登録して弁護士の仕事をするには,月何万円といった単位の高い登録料を払い続ける必要があるため,「社内弁護士」として働くにはそれなりの高給にしてもらうか,あるいは会社の方で登録費用を負担してもらう必要がありますが,新人弁護士にそのような大金を払う価値はないと判断されれば,彼らは結局一般社員待遇で就職せざるを得ず(多少資格手当くらいは付くかも知れませんが),弁護士資格を得ても実際には弁護士の仕事をすることすら出来ない「ペーパー弁護士資格者」が激増することになります。

 そんな人ばかり増えるのであれば,いずれ高い学費を払って弁護士になろうとする人はいなくなるのではないかという議論をする人もいますが,最近の黒猫は,実際にはそうはならないのではないかと思っています。アメリカのロースクールも,卒業して弁護士資格を得ても,法律事務所などには就職せず(できず),法律とは関係ないタクシーの運転手などをしている人が実際には多いようですが,それでもロースクールに多くの人が入学するのは,ごく一部の高収入を得ているビジネス弁護士の活躍ぶりを見て,弁護士になれば自分もあのようになれるなどと夢を見る人が後を絶たないからでしょう。
 これはちょうど,宝くじを買う人の心理に似ていると思います。宝くじを買ったところで,当選して購入金額より高い賞金がもらえる人はごくわずかであり,期待収益率を計算したらマイナスになることは明らかですが(そうでなければ,宝くじを売ろうとする人が出るはずはありませんが),それでも宝くじを多くの人が購入するのは,ごく一部の高額当選者の喜ぶ姿を見て(あるいは想像して),自分も宝くじを買えばお金持ちになれるという夢を見るのでしょう。ちなみに,黒猫自身は宝くじなど買おうとも思いませんが。
 日本の法科大学院も,あるいはアメリカのロースクールと同じような存在になるのかもしれません。

(補足)
 ボツネタの追加記事
http://d.hatena.ne.jp/okaguchik/20070109/p12
によると,大阪弁護士会が企業や自治体に対し異例の「新人弁護士採用要請」をしたのみならず,既存の法律事務所には報酬相場を落としてでも採用を増やしてくれという要請をしている背景には,非弁グループが「余剰」の弁護士資格を狙う動きがあるので,何とかしてこの動きを阻止しようとしているということのようです。
 弁護士資格を大量にばらまくことにより,悪質な非弁提携事務所が激増するという結果が生じたのであれば,それはもはや弁解の余地がない大幅増員の弊害であり,そのような増員を決めた司法制度改革審議会の委員たちは,切腹して全国民に詫びるべきでしょう(怒)。

11 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-06-26 22:59:46
>そんな人ばかり増えるのであれば,いずれ高い学費を払って弁護士になろうとする人はいなくなるのではないかという議論をする人もいますが,最近の黒猫は,実際にはそうはならないのではないかと思っています。

多分黒猫さんの言うとおりにはならないと思います。アメリカ人に比べて日本人は安定志向が強く、リスクをさけたがる傾向が強いです。日米の高校生にアンケートをとったところ、日本は、アメリカよりも公務員になりたいと答えた生徒が非常に多く、企業をしたいと答えた人が非常に少ないという結果もでています。
実際、法科大学院適正試験の受験者も、年々減少しつづけているようです。
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Unknown (ハル)
2007-04-10 11:07:11
知り合いの旦那さんがタクシーの運転手をしていましたが、その方の話を聞いてビックリ!
独立して弁護士事務所を開業したが失敗し、タクシーの運転手になって働いている方がいるとのことでした。
ロースクールが出来る直前の話しですが、現実の厳しさとイメージのギャップに驚いたものです。
ちなみに、タクシー運転手の中には、公認会計士もいたそうです。
こんな方達が、これからゴロゴロ出てくるのでは…


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憲法改正を待ちましょう (ラッチェバム)
2007-01-16 23:37:39
>従来の弁護士待遇で就職することなど、とんでもない話。

 自民党改正案では、軍事裁判所の設置が規定されております。将来は、「軍法務官」という新しい就職先が用意されているでしょう。判例もないから、切り取り放題、全く新しい地平を開拓できますね。
 あ、年齢からして、無理な人もいるかも知れませんが……
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Unknown (Unknown)
2007-01-16 00:24:42
(追記)
上記の法制担当職員ですが、「ちゃんと行政職試験を受けて県庁職員となった人が、一念発起して休職してロースクールに行き、弁護士資格を取得して県庁に戻ってきた場合」であれば、「庁内弁護士」(ただし、訴訟業務のみではなく、政策法務・コンプライアンス、その他行政職員としての一般庁務も課される)として採用される可能性は高いです。
ただし、給料は一般職員額+資格手当くらいにしかなりませんが。20代後半で、いいとこ400-500万でしょう。(弁護士会費は、持ってくれると思います)
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Unknown (Unknown)
2007-01-16 00:10:30
東日本のとある県庁法制担当職員です。
弁護士有資格者の自治体への就職についてですが、少なくとも「庁内弁護士」としての採用を行なう自治体は、ほとんどないと思います。
理由は簡単。年間何百万以上もかけて弁護士としてしか使えない人間を雇うほど、自治体は訴訟を抱えていないからです。(例外は、都庁くらいではなかろうか)
たまに起きる法的紛争の卵みたいな話は、月5万の顧問弁護士に相談すれば事足ります。
もっと言えば、自治体が抱える法的紛争は、一般民事よりも個別法(河川法、道路法、海岸法、農地法、土地改良法などなど無数)の問題が圧倒的に多く、弁護士は使い物にならないことが多いのです。個別法に関する法的判断は、本省が絶対的権威を持っており、一弁護士の思いつきみたいな見解など、実務上はほぼ無力です。実際の訴訟でも、最高裁が本省判断に反する判決を書くことは滅多にありません(だから、稀に出ると騒がれるのです)。
人事政策上も、キャリアを自治体に依存させていない人間(要するに、本気で行政に携わる覚悟があるか疑わしく、腰掛で自治体にいるだけではないかという疑いが濃厚な人間)に、法務行政という、議会やマスコミに流れたら大変なことになる問題を扱う業務を任せることは、妥当ではありません。
弁護士会が、「業界で人員を吸収できないから、安く使ってもいいから、自治体で雇ってあげて」などと情けないアナウンスをしている限り、自治体が弁護士有資格者を本気で雇うことはありえないでしょう。
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Unknown (a)
2007-01-12 02:21:13
弁護士出身の議員が、弁護士の利害を反映させるとは
限らないですよ。
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Unknown (弁護士の未来)
2007-01-10 17:30:08
2020年

弁護士数8万人 市場規模 1兆

年収600万の契約書作成業。
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弁護士業界の政治的影響力 (黒猫)
2007-01-10 12:20:24
 今の日本の弁護士業界は,たしかに人数が少ないせいもあって,政治的影響力はゼロに近いですけど,アメリカの真似をして法曹人口を大増員するなら,弁護士出身の政治家もかなり増えるでしょうから,たぶん弁護士業界の政治的影響力は大きくなりますよ。
 実際,アメリカの連邦や各州の国会では,弁護士出身の政治家がものすごく多く,弁護士業界の政治的影響力がものすごく強いため,訴訟濫発の悪弊を防ぐような立法でも,弁護士業界の不利益になるようなものはなかなか通らないのが実態のようです。
 財界のお偉方も,目先の法務コスト削減といった利益だけを考えて行動していると,将来痛い目に遭うかも知れませんよ。
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Unknown (1期既習不合格者)
2007-01-10 02:53:35
従来の弁護士待遇で就職することなど、とんでもない話。人数を増やす以上、待遇が下がるのは覚悟すべき
です。俺は覚悟してます。
年収200万を切ってもよしとすべきでしょう。
会費もかかるを考えたら、事実上、実家から通える人しかやっていけないだろうけど。
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おまけに (Unknown)
2007-01-09 20:26:03
日弁連は、これまで敢えて政治から距離を置いてきましたからね。
おかげで、弁護士の職域は減るばかりです。
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Unknown (この国を動かすのは政・官・財のエリート)
2007-01-09 18:07:10
最近では,国民が猛反発するテーマ以外は財界の意向通りに政策が決定されています。理由は簡単で,各種の利益団体の中で,最大かつ圧倒的なリソースを持つのが財界だからです。

弁護士会より遥かに会員数が多く,用いることのできるリソースの大きい日本医師会でさえ,最近では政策決定に大きな影響を及ぼすことはできなくなっています。

会員数2万人弱,市場規模8000億で,トヨタの「利益」(売り上げではない)にさえ及ばない弁護士会が政策決定に何の影響も与えられないのは,政治学的にはむしろ当然のことなのかなとも思います。

有名な弁護士と言っても,財界人と比べた時には何の影響力もない一市民に過ぎませんし,財界の先生方が法曹の爆発的増員を希望されている以上,この流れは止めようもないと思います。

学生さんはあんまりご存知ないようですが,この国を動かしているのは「政・官・財」のエリートです。弁護士はただの一市民ですからね,有名だろうが無名だろうが。国の政策決定に対する影響力はゼロと言って差し支えないでしょう。
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