黒猫のつぶやき

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会社法改正要綱案・・・外観を取り繕っただけ?

2012-07-23 18:57:51 | 司法一般
 今年7月18日の会社法部会で,会社法改正の要綱案がほぼ固まったようです。
要綱案(第1次案)http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120719/mca1207190505004-n1.htm

関連記事:http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120719/mca1207190505004-n1.htm

 黒猫も,弁護士会で会社法改正の議論には参加したことがありますので,今回の改正について若干コメントしたいと思います。

○ 社外取締役と監査・監督委員会設置会社制度
 産経の記事で冒頭に取り上げられているとおり,今回の改正で焦点になっていた,社会取締役の選任義務づけは経済界の強い反発により見送られました。一応,上場会社等について社会取締役を置かない場合には,事業報告にその理由を記載することになっていますが,理由なんて実際には定型文言で書かれるだけですから,ほとんど何の意味もないでしょう。
 ただし,この問題を議論するには,現状の監査役制度をどのように考えるかという問題を理解する必要があります。

 現行会社法に定められている株式会社の監査役制度は,コーポレート・ガバナンスの観点からほとんど機能していないと言われています。理由は,監査役が取締役会の提出議案を株主総会が承認する形で選任され,実質的には監査される側の取締役会主導で選任される仕組みになっていること,十分な業務監査を行う権限も能力も担保されていないこと,実際にも監査役が本来の役割を果たした事例があまりにも少ないことなどが理由として考えられますが,特に外国の投資家からは,日本の監査役制度は全く当てにならないものと認識されてしまっているのです。
 日本における会社法のコーポレート・ガバナンスが諸外国の投資家に全く評価されないということは,日本の証券市場が外国投資家に敬遠される原因になり,景気回復の阻害要因にもなりかねない,何とかしなければというのが,今回の会社法改正が始まった最大の動機と言っても過言ではないのですが,その打開策として日本の学者や官僚達,そして民主党の政治家が考えたことの1つは,伝統的な「監査役」に代えて「社外取締役」を普及させることです。
 日本の監査役制度は,昔のドイツ法が基礎になっているらしいのですが,現行の監査役制度は全く評価されておらず,一方でアメリカの会社法では社外取締役によるコーポレート・ガバナンスがそこそこ評価されているので,日本でも社外取締役制度の導入を推進しようというわけです。しかし,アメリカの社外取締役は,日本と違ってその候補者選びも経営者から独立した第三者委員会によって行われるなど,かなり独立性の担保が徹底されているのです。

 わが国でも上場企業の多くは独自に社外取締役制度を導入していますが,その実態は経営者のお友達を「社外取締役」として連れてきているだけであり,しかも肩書きだけは立派な老人が何社もの社外取締役を兼任したり,同じ会社の社外取締役を10年以上務めたりする例もあるようです。要するに,わが国における社外取締役の実態は,どう見ても単なる名誉職であり,社外監査役との実質的な違いは「取締役会の議決権があるかないか」の違いに過ぎません。このような状況の下で,上場企業など一定の会社に対し社外取締役の設置を義務づけると言っても,その結果は会社の無駄な人件費負担が増えるだけであり,何の役にも立たないのは目に見えているでしょう。
 今回の改正で,上場会社など一定の会社に社外取締役の選任を義務づけるというのは,アメリカ流の企業統治(コーポレート・ガバナンス)体制を導入し日本企業の評価を少しでも高めようという意図があったのは明らかですが,その実態は企業統治に関する根本的な問題解決を志すものではなく,単に「社外取締役」という肩書きを付けた人間を増やして,企業統治の改善に取り組んだという外観を取り繕おうとしただけです。結局,今回の改正でも反対する経済界を説得できず,社外取締役の選任義務づけは見送られることになりましたが,今ではその結果もある意味当然ではないかという気がしています。

 社外取締役の選任義務づけに加えて,法務省は今回の改正で,監査・監督委員会制度(仮称)の導入も進めようとしています。監査・監督委員会制度とは,平たく言えば似たような機能を有する社外取締役と社外監査役の重複を避けるため,取締役の一部(半数以上は社外取締役)で構成される監査・監督委員会に,これまで監査役会が担っていた機能を代替させようというものです。
 従来の監査役会に代えて,監査・監督委員会を設置するかどうかは各会社の任意ですが,このような制度を導入すれば,監査機能が以前にも増して形骸化することは目に見えています。監査・監督委員会制度の導入は,まさに社外取締役の普及を図るという「外観」を取り繕うだけの改革に他ならず,このような改革で日本企業の評価が高まるほど外国の投資家は馬鹿ではないでしょう。

○ 社外取締役・社外監査役の要件見直し
 要綱案の第1次案によると,社外取締役・社外監査役の要件については,①親会社等又はその取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと,②株式会社の親会社等の子会社等(いわゆる兄弟会社)の業務執行取締役若しくは執行役又は支配人その他の使用人でないこと,③株式会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の重要な使用人又は支配株主の配偶者又は2親等内の親族でないことという要件が追加されるそうですが,従来の要件についても以下のように改正が行われています。

ア その就任の前10年間株式会社又はその子会社の取締役,会計参与若しくは執行役又は支配人その他の使用人であったことがないことを要するものとする。
イ その就任の前10年内のいずれかの時において,株式会社又はその子会社の監査役であったことがあるものにあっては,当該監査役への就任の前10年間当該株式会社又はその子会社の取締役,会計参与若しくは執行役又は支配人その他の使用人であったことがないことを要するものとする。

 旧商法下では,その就任前5年間株式会社又はその子会社の役員や使用人であったことがなかったことを社外監査役の要件としていたのですが,実際には会社の従業員から横滑りで監査役に就任し,就任から5年以上経過すると社外監査役を名乗るという例が散見されたため,平成13年の議員立法で「その就任前5年間」という制限が削除されたという経緯があります。
 ところが,これでは「社外取締役・社外監査役の人材確保が難しい」という経済界の要望があったため,今次の改正で「就任前10年間」その会社や子会社の役員・使用人でなかった者であれば,社外取締役・社外監査役にしてよいことにするというのがアの意味です。イは,旧商法下で行われた「従業員→監査役→社外監査役」の横滑り人事を防ぐための措置というわけです。
 この法改正により,自社の従業員を10年間兄弟会社や関連会社などに送り出し,戻ってきた人を社外監査役としたり,自社の社長OBなどに10年間関連会社などの社外取締役を務めてもらい,戻ってきたら社外取締役を務めてもらうといった人事が可能になります。実質的には社外取締役制度・社外監査役制度の改悪と呼ぶしかないでしょう。

○ 責任限定契約の対象を大幅に拡大
 現在の会社法427条では,いわゆる責任限定契約(取締役その他の役員等が,その職務を怠ったため会社に対し損害賠償責任を負う場合において,役員等に故意または重大な過失がない場合に限り,責任を負う範囲を一定額に限定する旨の契約)を締結できる者を社外取締役,会計参与,社外監査役及び会計監査人に限定しています。これらの外部者については,人材確保のため損害賠償責任を負う範囲を限定する必要があるという理由に基づくものです。
 今回の改正では,上記の社外取締役・社外監査役の要件見直しを行うにあたり,改正後の要件では社外取締役・社外監査役にあたらない者についても責任限定契約を締結できるようにするという方向で見直しが進められていたのですが,その過程で責任限定契約を認める理論的根拠が議論の対象となり,その結果責任限定契約の対象が大幅に緩和されることになっています。
 具体的には,「社外取締役」が「取締役(業務執行取締役若しくは執行役又は支配人その他の使用人であるものを除く)」に変わり,「社外監査役」が「監査役」に変わっています。要するに,取締役は自ら業務執行を行う人でなければ,社外取締役でなくても責任限定契約を認める,監査役は社外監査役でなくても無条件に責任限定契約を認める,という風に変えるというのです。
 企業統治に関し,司法による事後規制を重視するというのであれば,このような責任限定契約を認める制度は本来廃止すべきものであり,外部者といえども自らの職務怠慢があったら腹を切るくらいの覚悟で仕事をしてもらわなければ,企業統治の改善などはあり得ません。その適用範囲を会社の内部者に拡大するなどもってのほかです。
 この改正一つ取ってみても,政府・法務省や民主党には,コーポレート・ガバナンスの改善など本気で考えていない,今回の改正も単なる外観を取り繕っただけだということがよく分かります。

○ 結論
 それ以外の改正点についての詳細は省きますが,今次の改正で挙げられている多重代表訴訟の創設も単なる見かけ倒しであり,実効性はほとんど期待できません。司法試験の受験生にとっていらない論点が増えるだけです。
 会計監査人選任の議案内容決定権を取締役会から監査役会に移したり,詐害的会社分割の取り締まりに関する規定を設けたり,監査役の監査の範囲を会計に限定する旨の定款の定めがある場合にはその旨を登記事項に追加するなど,細かい改正点の中には積極的に評価できる部分もありますが,コーポレート・ガバナンスの改善という観点から改正案全体をみれば,むしろこんな改正はやらない方がましと思われるという部分が非常に多いです。
 現在の国会情勢では,今年の臨時国会に会社法の改正案を提出しても来年度中に無事成立するかどうかは判断が難しいところですが,こんな改正案はむしろ一度廃案になった方がよいというのが正直な感想ですね。

3 コメント

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会社法改正要綱案について (新山雄三)
2012-09-11 16:21:11
ガバナンスの強化が求められていることは、皆さん百も承知の上で、この改正要綱案は、出来るだけガバナンスが強化されないようにと願っている経済界の意向に沿って、強化しようとしているかのごとき装いを取りながら、まったく強化になどなっていないものであることを知っていただきたいと思います。
 この記事においても、現れているように、たとえば、監査役制度についても、ドイツに沿革を求めるという点はその通りなのですが、その本当の内容はきちんと認識され理解されていないというしかありません。
 何がどのように問題であるのかを、そしてまた、何をどのようにすべきであるのかを、本質に遡って、理解していただく必要を痛感します。
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監査役(会)制度について (新山雄三)
2013-03-15 16:49:14
監査役制度の重要性については、月刊監査役2009年6月号、7月号の新山雄三「監査役(会)制度の過去・現在・そして未来(上下)」、ならびに月刊監査役2013年2月号新山雄三「監査役(会)制度の終わりの中押し?」を、是非お読みになっていただきたい。日本の監査役(会)制度という、世界的に見ても独特な制度の存在意義をきちんと認識し、それが置かれている危機状況を自覚していただきたい。コーポレートガバナンスの強化の意味からして、これから行われようとしている会社法改正などは、まさに、行われない方がまだましとはいえないか!!
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コーポレートガバナンスと監査役(会)制度の役割 (新山雄三)
2013-03-15 16:59:14
私は、すでに現役を引退した、前期高齢者に入る一会社法研究者ですが、とにかく、学界においては、学界の”政治的力学”にしたがった、いわゆる有力学者の単純ないしは縮小再生産が幅を利かしており、立法等への影響力の多大なる見解がそのまま多数説となることになっているようです。私などの厳しい少数説は、見て見ぬふり、みんなで無視すりゃ怖くないというのが、実態のように思われるのは、少数派の僻みなのでしょうか。
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