黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

「丁寧過ぎる審理」ではいけないのか!?

2012-05-19 23:03:32 | 司法一般
 裁判員制度の施行開始から約3年が経過し,最高裁が裁判員裁判に関する統計資料を公表していますが,その中で審理が長期化し「分かりやすい」と評価する裁判員も減少していることに関し,最高裁が奇妙な「分析」なるものを行っています。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120519-00000103-san-soci
 上記リンクに挙げた記事(産経新聞平成24年5月19日付け)によると,審理の長期化については複雑な事件が増えたことも一因だが,最高裁は「丁寧すぎる審理が分かりにくさにつながっている」と分析しているとのこと。
 また,最高裁の竹崎博允(ひろのぶ)長官は今年の憲法記念日を前にした会見で,制度の課題について「法律家は何件も事件を処理するから,その経験の中で,こういう点を工夫しようと改善を加えていく。しかし,裁判員は毎回新しい人で,その変化に十分についていけるわけではない」と言及。争点を絞り込んだ上で,書面ではなく,法廷でのやり取りを中心にした審理に徹底すべきだと強調したそうです。
 一方,裁判員経験者のアンケートからは,証人尋問や被告人質問の分かりにくさも浮かび上がる。審理が分かりにくい理由(複数回答可)として「法廷で話す内容が分かりにくかった」を挙げた割合は21年は13・2%だったが,22年17・1%,23年17・8%,24年18・4%と年々増加している。裁判所関係者は「法廷で見聞きした証拠で事実認定を行うのが本来の刑事裁判の在り方。尋問技術の向上も今後の課題」と話す・・・といった記事も書かれています。

 このような報道に関する問題点をいくつか挙げておきます。
 まず,「丁寧過ぎる審理が分かりにくさにつながっている」という分析ですが,その後を読んでも具体的に「丁寧過ぎる審理」の何が問題なのか一向に分かりません。裁判員対象事件は,法定刑に死刑又は無期が含まれている事件,若しくは故意の犯罪行為により人を死傷させた事件といった極めて重大な事件に限られていますから,そのように人の一生を左右する事件の審理が丁寧かつ慎重に行われなければならないということは,異論の余地がないところでしょう。
 意味が分からないので,裁判所のHPで公表されている竹崎最高裁長官の談話も併せて読んでみました(下記リンク参照)。
http://www.courts.go.jp/about/topics/kenpoukinenbi/index.html
 この記事によると,竹崎長官は裁判員裁判について「裁判員となられた方々が,誠実,熱心に審理,評議に当たられ,また,その体験を貴重なものとして高く評価しておられることが窺われ,比較的順調に運営されてきたということができると思います。他方,法律家の側では,こうした裁判員の高い資質を前提とした過度に詳しい主張,立証が次第に増加し,当初の分かりやすい審理という理念がやや後退しているのではないかという問題も感じます。」と述べています。
 要するに,状況証拠だけで被告人の有罪・無罪を判断しなければならない事件など,裁判員に高い資質がなければ適切に判断できない事件が持ち込まれたり,事件に関して検察官や弁護人が「過度に詳しい」主張・立証をすることを問題視しているようですが,検察官にしてみれば,そのような主張・立証をしなければ重大事件で被告人を有罪にすることができないわけですし,弁護人としてもそのような主張・立証をしなければ被告人の適切な弁護はできないわけです。
 上記の最高裁長官談話は,要するに検察官に対し「裁判員が難しい判断を迫られるような事件は裁判員法廷に持ち込むな」,弁護人に対し「裁判員法廷では,裁判員が判断に困るような難しい主張立証をするな」と言っているに等しく,司法官僚として裁判員裁判を円滑に実施することを重視するあまり,「真実の発見」「社会的正義の実現」という刑事裁判最大の目的をないがしろにしてもよい,いやむしろないがしろにせよと発言しているに等しいのです。
 次に,争点を絞り込めとか,書面ではなく法廷でのやり取りを中心とした審理を徹底しろとも言っているようですが,もともと複雑な事件であれば争点が多くなるのは当然のことで,主張立証の内容に正確を期すなら書面が必要なのも当然のことです。争点を減らせ,書面を使うなというのは,要するにこれも裁判員が分かりにくいから審理を単純化しろ,手を抜けと言っているに等しく,刑事裁判に携わっている現場の法曹を愚弄しているばかりか,自らの関与した刑事事件が人の一生を左右することを自覚し誠実,熱心に職務をこなしている裁判員の資質をも侮辱しているものと言わざるを得ないでしょう。
 また,証人尋問や被告人尋問が分かりにくいという意見もあるようですが,刑事裁判の被告人や証人は,裁判員と同様に「毎回新しい人」であり,陳述内容の改善に取り組む余地などはありません。専門家だけで行う普通の刑事裁判でも,わけの分からないことをしゃべる被告人や証人は決して珍しくありません。質問をする側の尋問技術だけでこれを改善するというのは,限界というよりむしろ無理があります。
 この竹崎長官という人は,以前にも書きましたが自らアメリカへ陪審制の視察に行ったときには陪審制を徹底的に批判するレポートを書いており,陪審制やこれに類似する制度の問題点は十分過ぎるほど知っているはずなのに,裁判員制度に関連する法律案が国会で可決されてしまうと,一転して「これは法律ではなく政治の問題だ」などと,渋る同僚達を説得して裁判員制度の実現に尽力した功労者となり,その功績が評価されて最高裁裁判官を経ずにいきなり最高裁長官に抜擢されたという経歴の持ち主であり,自らの出世のために司法権の独立を売り渡した「権力の犬」という表現がこれほど相応しい裁判官も珍しいでしょう。今度最高裁判所裁判官の国民審査があるときには,何とかして竹崎長官の罷免運動を起こさなければならないと最近真剣に考えています。

 なお,上記の記事を書いている産経新聞やその他大手マスコミは「裁判員制度は順調に推移している」ことにしたいようですが,裁判員裁判の現場に立たされている現場の法曹にとっては,既にかなりの問題が生じています。
 例えば,今年の3月2日,鹿児島地裁で行われた強盗殺人・銃刀法違反事件の裁判員選任手続きでは,裁判所が裁判員候補者128人に呼出状を送付したところ,呼出状が届かなかった人が10人,事前に辞退した人が79人,期日に欠席した人が17人,当日辞退した人が9人。結局,最後まで残った13人の中から裁判員6人と補充裁判員3人を選任したというのですが,辞退率約9割というのは何とも恐ろしい数字です(http://no-saiban-in.org/news/2012/04/-32.html参照)。
 なお,裁判員裁判において,検察官及び弁護人は裁判員候補者に対し,一定人数まで理由を示さない不選任の請求ができるものと定められており(裁判員法36条),補充裁判員を3人置くときは,その数は検察官・弁護人について各6人まで認められますから,上記の事件については最低でも21人の裁判員候補者が必要なのですが,実際に集まった候補者は13人しかいませんでしたから,上記事件では検察官や弁護人は不選任にしたい候補者がいても法律上認められた不選任請求権を事実上行使できなかったということであり,これは裁判員候補者の不足により事実上不適法な裁判がまかり通っていることに他なりません。
 既にこのような事件が1件あったということは,他の事件についても辞退率は相当な高さにのぼるものと推測されますが,裁判員の候補者集めだけでなく,公判手続きの準備や運営において裁判員裁判は通常の裁判に比べて何倍もの手間がかかりますので,検察官が裁判員対象事件について起訴を渋ったり,裁判員対象事件についてわざと軽い罪名で起訴した例があることも既に知られています。
 今年の4月に京都・亀岡で発生した無免許運転暴走事故についても,検察は危険運転致死ではなく自動車運転過失致死の容疑で被疑者の少年を家裁に送致したようですが,これも刑法の解釈上危険運転致死罪を適用できる余地がないというわけではなく,過去の事件でも同罪の適用が微妙な事案について敢えて起訴し有罪となった例は見られます。この事件について,京都地検が「技能を有しないで」という要件を極度に狭く解釈する見解があることを言い訳にして,裁判員対象事件になる面倒な危険運転致死罪での立件を見送った可能性は否定できないでしょう。
 時には法律も判例も無視した「市民感覚」による裁判が公正な裁判の実現に貢献すると本気で信じている人や,裁判員制度に関する広報活動で利権を得ている人,あるいは裁判員制度の実現には年間3000人の司法試験合格者が必要とする大義名分の一つであり,裁判員制度がなくなりと法科大学院の存立も危うくなり法科大学院の利権も失われてしまうことを懸念しているような人は,おそらく裁判員制度について何を言っても聞く耳をもってくれないでしょう。
 しかし,そのような確たる理念(あるいは利権)に基づくものではなく,ただ漫然と裁判員制度を支持している人には,このような制度が刑事裁判を根本から腐らせてしまう危険があることを真剣に考えてもらいたいのです。

※ 以前予告した,司法制度改革に関する過去の審議内容に関する記事については,予定より遅れていますが来週くらいにアップする予定です。

2 コメント

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Unknown ( )
2012-05-20 10:24:51
刑事訴訟法の理念を実現するなら、審理の簡素化より取調べの可視化を進めるほうが余程役に立つんじゃないでしょうか
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アルティメイト・ローヤー (アンセル・シンプソン)
2012-05-20 16:40:41
アルティメイト・ローヤー
法律家は専門分野によってその専門分野について議論し、専門外の法律については議論しない。
アルティメイト・ディベーター
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