黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

日本国憲法が「超硬性」となった理由

2013-05-07 11:58:56 | 司法一般
 憲法記念日があり,さらに安倍総理が憲法96条改正に意欲を示していることもあって,最近は憲法問題に関する記事が増えています。日本国憲法は,昭和22年5月3日の施行以来,まさしく一字一句改正されないままで60年以上経過していますが,これを単に96条の改正要件が厳しすぎるから,と考えるのは誤りです。
 外国でも厳格な改正要件を定めているにもかかわらず頻繁に憲法改正が行われている例は見られますが,日本国内でも,例えば日本弁護士連合会の会則は,99条1項で「この会則の改正は,理事会において出席者の三分の二以上の賛成をもって発議し,総会において出席した弁護士会及び弁護士である会員の三分の二以上の賛成をもって議決しなければならない」という,ずいぶん厳しい改正要件を定めているにもかかわらず,実際には昭和24年の制定以来,これまで53回もの改正が行われています(平成25年1月1日現在)。
 また,明治憲法の73条2項では,憲法改正の要件として両議院における3分の2以上の賛成を要求しており,現憲法の改正要件もこれを踏まえたものと考えられることから,GHQにより意図的に厳しい改正要件が定められたという史観は,必ずしも正しいとは言えないような気がします。
 日本国憲法が,施行以来60年以上にわたり一度も改正されない「超硬性」の憲法になったのは,単に改正要件の問題ではなく,日本特有の政治的事情によるものです。

 GHQの主導による日本国憲法の制定は,アメリカにとって日本を無害な国にするための占領政策の一環であり,明治憲法と比較すると「平和主義」と「思い切った民主化」が特徴になっていますが,戦争で疲れ切っていた日本国民の多くは,結論として新憲法の理念を支持したのです。
 太平洋戦争については,なぜか日本の隣国である韓国や中国など,諸外国に与えた被害ばかりが注目される傾向にありますが,最も被害を受けたのは敗戦国である日本です。中国との戦争に早く決着を付けるため対英米開戦に踏み切ったはずなのに,戦争は主に国力の差でアメリカに惨敗,約310万人とも言われる多数の犠牲者を出し,アメリカ軍の空爆で日本は焦土と化しました。戦争後も悪性インフレや食糧不足などに苦しみました。
 日本の同盟国であったドイツやイタリアでは,いずれも戦争を主導していた独裁者が死亡し,国の支配体制は大幅に入れ替えられたのですが,日本の支配者層は大半が生き残りました。サンフランシスコ平和条約で独立を回復した後,現在の自由民主党に相当する日本の保守勢力は「自主憲法」の制定を理念に掲げましたが,その主張する「自主憲法」の内容は要するに明治憲法への回帰であり,戦争にうんざりした日本国民の多くが支持できるものではなかったのです。
 一方,旧社会党や共産党に代表される日本の左派勢力は,保守勢力による自主憲法制定の動きを強く警戒し,これに対抗するため日本国憲法は一字一句たりとも改正してはならないという,極端な「護憲」の方針を打ち出しました。その主張は,ともすればアメリカとの安全保障条約や自衛隊までも否定する極端なものに流れがちであり,多くの日本国民がこれを非現実的と感じたことから,自民党に代わって政権与党になるほどの強い勢力となることはありませんでした。
 そして,自民党は政権与党でありながら憲法改正に必要な衆参3分の2以上の議席を獲得することはできず,また自主憲法の制定を強行して国民の反発を買うのは得策でないと考えたのか,いつしか自主憲法制定論は脇に置くようになり,経済政策を重視する方針に舵を切るようになりました。

 今になって憲法改正の動きが活発化したのは,民主党政権の失敗で左派勢力が致命的なまでに弱体化したことが要因として挙げられます。民主党は,旧社会党のような明確な左派ではありませんが,自民党に代わる政権政党を作るために,左派から右派まで多種多様な政治思想の持ち主を取り込んだ寄り合い所帯でした。政権を取ると左派思想の影響を受けて,何となく日米同盟一辺倒の外交方針を改め中国に接近するような動きが見られましたが,結果は外交における日本の立ち位置を危うくしただけでした。憲法との関係では,左派勢力の掲げる護憲の姿勢では日本を守れないことを,現実に国民の前で示してしまったのです。
 ただ,自民党とその他の右翼政党を併せて衆参両院で3分の2を獲得することも夢ではなくなってきた今日においても,改正後の新たな憲法像はまだ浮き彫りになってきません。明治憲法への回帰傾向が剥き出しになっている自民党案は,今日でもあまり国民の支持を得ているようには思われず,公明党や他の右翼政党の賛同も得にくいため,安倍総理は改正の発議要件を定める96条のみを先行改正するという方針を打ち出しました。
 黒猫は,もともと死文化した規定が多く,条文の字義どおりに運用すると日本の外交防衛が危うくなってしまう現行憲法が決して良いものだとは思いませんが,それでも60年以上運用されてきた憲法を改正するには莫大なエネルギーが必要です。憲法の改正によってどのような国家を作ろうとするのか,政治家にも国民にも明確なビジョンを示すことの出来る人でなければ,憲法改正を実現することはできないでしょう。先に96条だけ改正するなどというのは,安倍総理にそのような力がないことを自己暴露しているようなものです。
 自衛隊を国防軍に変えたり,日の丸や君が代を憲法に規定して全国民に遵守義務を課すなどという自民党案は,まさしく悪夢でしかありません。環境権などの規定を「加憲」するという公明党の主張は,環境問題などを重視するというポーズ以上のものにはなり得ません。首相公選制を導入するというみんなの党や日本維新の会の主張は,憲法改正の動機としては比較的まともな部類に入りますが,別に首相公選制を導入すれば日本の政治が良くなるというわけではありません。
 首相公選制の下では,公選された首相と議会のねじれ現象は半ば日常的に生じ得るものとなり,首相の権限を強くし過ぎれば首相の独裁になってしまいますし,首相の権限が弱ければ議会の操り人形になってしまいます。あらゆるものに国会で制定された法律の根拠を求めている日本の法制度も根本的な見直しを余儀なくされ,少しでも舵取りを誤れば日本の政治に相当長期間の混乱が生じてしまいます。仮に首相公選制を実施するのであれば,制度の細部にまでわたる事前の慎重な検討が不可欠なのですが,みんなの党や維新がそのあたりを真剣に考えているようには思えません。
 戦後60年が経過しても憲法改正が一度も行われなかったというのは,要するに憲法改正をやれるような政治家がいなかったことの結果ではなかったかと思います。

2 コメント

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警察も暴走する過剰意識社会 (暇な間に・・・)
2013-05-07 15:39:30
民主党政権になって、警察官の職務質問が急に増えたとか、冤罪に熱心に取り組んでいる先生に伺ったことがあるが、誰もが人権意識に過敏になり、解放感を期待する危険性と裏腹に、些細なことで通報し、争いを立てる形式的意義はある意味実態と矛盾しているし、司法判断に馴染むものではない。憲法改正をしても、警察法が変わらないのと同じ、公共の福祉に何人であるとも服さなければならない実質的意義はもっと具体的に拡大解釈されなければ権力もますます乱用されてしまう気がしてならない。

>戦後60年が経過しても憲法改正が一度も行われなかったというのは、要するに憲法改正をやれるような政治家がいなかったことの結果ではなかったかと思います。

戦後の一時期を除いて、我が国の国会は利権政治や権力との癒着の綱引きだったのでしょうね。
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一点だけ (Unknown)
2013-05-08 11:50:15
旧社会党は護憲を目指すために、自民党が3分の2以上の議席を取るのを阻止したかっただけなのです。だからそもそも与党になるつもりはなく、そうだからこそ片山哲が内閣総理大臣になった時、自民党は批判を浴びたのです。

それと今春の法科大学院入学者数は2689人だそうです。
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