黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

ADRは役に立つか?(後編)

2008-06-01 21:25:55 | 司法一般
 この1週間,熱の出ない風邪に苦しめられました・・・。最近風邪が流行っているらしいとはいえ,風邪のために1週間も仕事を休む破目になるとは,免疫力が弱くなってしまっているのでしょうか。
 今回は,前回に引き続きADRの話題ですが,今回は法務大臣の認証を受けた認証ADRにどのようなものがあるか見ていくことにします。

1 認証ADRの種類
 法務省のHPでは,法務大臣の認証を受けたADRについて,「かいけつサポート」という名前でその概要を紹介しています。
 これによると,平成20年5月末日時点で,認証ADRには以下の11機関があるようです。
・弁護士会関連の認証ADR
 (1) 大阪弁護士会民事紛争処理センター
 (2) 京都弁護士会紛争解決センター
 (3) 横浜弁護士会紛争解決センター
 これらは,いずれも「民事に関する紛争」が取扱事件となっています。
・日本商事仲裁協会の認証ADR
 (4) 社団法人日本商事仲裁協会(東京事務所と大阪事務所がある)
 「商事紛争」が取扱事件となっています。
・土地家屋調査士会の認証ADR
 (5) 大阪土地家屋調査士会 境界問題相談センターおおさか
 (6) 愛媛県土地家屋調査士会 境界問題相談センター愛媛
 これらは土地の境界に関する紛争が取扱事件となっています。 
・その他
 (7) 日本スポーツ仲裁機構
 スポーツに関する紛争が取扱事件です。
 (8) 財団法人家電製品協会 家電商品PLセンター
 (9) 財団法人自動車製造物責任相談センター
 これらは,製造物責任に関する紛争が取扱事件です。
 (10) 社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会 ComsumerADR
 特定商取引に関する紛争が取扱事件です。
 (11) 財団法人全国中小企業取引振興協会 下請適正取引推進センター
   (下請かけこみ寺本部)
 下請取引等に関する紛争が取扱事件です。

 認証ADRに,社会保険労務士関連のものがなかったのが意外ですが,社労士は各都道府県の労働局にある紛争調整委員会が行うあっせん手続きの代理人を務めることもできるので,わざわざ独自の認証ADRを作る必要はないということでしょうか。

2 手続きの種類
 一口にADRと言っても,具体的な紛争解決手続きにはあっせん・調停・仲裁といった種類があるのは前回説明したとおりですが,現在ある認証ADRのうち,弁護士会関連は示談斡旋ないし和解斡旋,日本商事仲裁協会と日本スポーツ仲裁機構は調停手続,家電製品PLセンターは斡旋と裁定,自動車製造物責任相談センターは斡旋と審査,大阪の土地家屋調査士会は相談と調停,愛媛の土地家屋調査士会は調停,ConsumerADRは消費者相談と裁定,下請かけこみ寺本部は調停の手続きがあります。
 自動車製造物責任相談センターの「審査」手続は,一見特別な手続きのように見えますが,センターのHPによると,裁定書に双方が同意しなければ紛争が解決しないので,これは法的には調停手続きの一種ということになります。
 また,家電製品PLセンターやConsumerADRの「裁定」手続も,当事者双方が裁定案を受諾しなければ和解が成立しない仕組みになっているので,これも調停手続の一種です。
 そもそも,ADR法による「民間紛争解決手続」は「和解の仲介」を行う手続きとされており,仲裁判断を行う機関はADR法による認証を受けられないので,認証ADRによる紛争解決の方法にはあっせんと調停しかあり得ないわけです。
 ADRは,簡易迅速な紛争の解決を図ることができるということが特徴とされていますが,各機関によってこうも手続きの呼び方がばらばらでは,かえって利用者が混乱するでしょう。名称くらい統一してほしいものです。

3 料金の取り方
 認証ADRのうち,下請かけこみ寺本部の利用は無料ですが,その他のADRの多くは有料であり,その費用の取り方は各機関によって様々です。
 ここでは,種類別に並べてみることにします。
(1)申立人が申立時に一括払いする方式
 家電製品PLセンターでは手続き開始から1か月以内に1万円を,自動車製造物責任センターでは審査手続事務手数料5,000円を,ConsumerADRでは裁定手続きの申立時に5,000円を支払うものとされています。
 これらは有料といっても形式的なものであり,このような費用だけでADR機関としての採算が取れるとは思えませんので,おそらくボランティア精神でADRをやっているのでしょうね。
 これに対し,日本商事仲裁協会では,請求金額等に応じた調停料金を,申立人が申立時に支払うものとされていますが,その最低額は52,500円で,しかも調停料金は訴訟の印紙代よりも高額に設定されています。わざわざこんな機関を利用するくらいであれば,最初から訴訟をやった方が安上がりではないかという気もします。
 日本商事仲裁協会のHPを見ると,取り扱い事件は年に十数件で推移しているようですが,外国の当事者が比較的多いところをみると,おそらく国の裁判所では解決が難しい国際商事紛争などを中心に取り扱っているのでしょうね。

(2)申立時に双方が負担する方式
 日本スポーツ仲裁機構では,申立人が調停申立料金25,000円を,相手方が調停応諾料金25,000円を支払うものとされています。
 一般的には,強制力のない民間の調停機関に相手方を引っ張り出すだけでも難しいのに,その相手方にも費用を支払わせるとなると,相手方が調停に応じず調停手続きが始まらない可能性が高いという気がしますが,どうやって手続きを成り立たせているのでしょうか。

(3)手続きの過程に応じて費用が発生する方式
 大阪の土地家屋調査士会では,次のような料金システムになっています。
 調停手続の申立てには、原則として相談手続を経る必要があり,相談手数料は60分8,400円,延長30分あたり2,100円,さらに基本調査費が31,500円以上,いずれも相談者負担です。
 そして,調停申立時には21,000円の調停申立手数料がかかり(申立人負担),2回目以降は期日手数料が1回につき21,000円かかります(双方負担)。和解が成立した時には,和解手数料が315,000円以上(双方負担)かかります。また,必要な調査,測量,鑑定の費用は別途かかります。

 愛媛の土地家屋調査士会では,調停手続の申立てに際し,申立人が調停申立手数料20,000円を納付し,さらに当事者双方が,調停手続の期日ごとに,調停期日手数料として,それぞれ10,000円を納付することになっています。
 そして,和解が成立した時には,和解契約書作成手数料の金額を算出し,当事者ごとの負担額を定めるものとしていますが,その手数料の算出方法は,紛争の対象となっている一筆地ごとの当該調停手続の申立書を受理した日における市町村の固定資産税課税台帳に登録された価格を合計した額(これを「解決の価格」とする)を基礎として,次のとおり算出します。
    解決の価格      和解契約書作成に係る手数料の額
1,000万円未満         20万円
1,000万円以上5,000万円未満  30万円
5,000万円以上1億円未満    50万円
1億円以上           50万円に1億円を超える価格の0.1%を加算した額
 そのほか,センターに対し,係争土地の資料収集,調査,測量,図面作成及び境界鑑定作業を依頼した当事者は,境界鑑定手数料を支払う必要がありますが,その金額は1件につき50万円を基準額としています。

 このような報酬基準は,おそらく事業として採算が取れるようにするにはこのくらい必要だろう,といった感じで弾き出したのでしょうが,弁護士サイドの感覚だと,境界確定の争いにこんな高額の報酬を払ってくれる依頼者が本当にいるのか,という気がします。

(4)和解手数料方式
 弁護士会関連の認証ADRでは,いずれも申立時に10,500円の申立手数料がかかりますが,紛争が解決した場合には,さらに成立手数料がかかります(原則として当事者双方が負担することになっています)。
 成立手数料は,大阪弁護士会では紛争解決額に応じた標準額が定められており,京都弁護士会と横浜弁護士会では,紛争の価格に応じて次のように定められています。
     紛争の価格          京都  横浜
100万円以下の部分            8.4%  8.4%
100万円を超え300万円以下の部分      5.25%  5.25%
300万円を超え3,000万円以下の部分    1.05%  3.15%
3,000万円を超える部分         0.525%  1.05%
 なぜか横浜弁護士会の方が高いですが,これは認証ADRの料金について相場が定着していないことによるものでしょう。
 この報酬の定め方も,おそらくは採算性を基準にしているものと考えられますが,和解手数料中心の料金体系にすると,いざ話し合いがまとまると,当事者が和解手数料の支払いを免れる目的でADRの手続きを取り下げ,手続き外で和解をまとめてしまうような気がします。
 もっとも,それ以前の問題として,弁護士が事件を受任した場合に,その事件をわざわざ弁護士会のADRに付すメリットがあるとは思えません。和解がまとまりそうなら弁護士同士の話し合いで何とかなるでしょうし,和解が難しいのであれば基本的に裁判を利用すれば済むことでしょう。
 全国の単位会のうち,認証ADRを設けたのは今のところ大阪,京都,横浜の三会だけですが,もし黒猫が所属している東弁で認証ADRを作るなどという話が出てきたら,黒猫は絶対反対します。そんな機関作ったところで,会費の無駄遣い以外の何物でもないですからね。

4 おわりに
 認証ADRは,ボランティア精神でやるならまだしも,採算性のある事業として行うのは非現実的ではないかという気がします。調停手続にしたところで,主張の整理や事実関係の調査はある程度やらなければならない以上,訴訟より簡易迅速な手続きになるとは言い難いですし,当事者から料金を取って運営しようとすれば,国の税金で賄われている裁判手続きより割高になるのは目に見えています。
 アメリカでADRがある程度普及しているのは,アメリカの裁判は基本的に陪審員による裁判であり,裁判にかけると素人判断のとんでもない判決が出てしまうことから,複雑な商事事件については仲裁手続による解決が図られるようになったという背景もあるからであり,日本の国情には当てはまらないと思われます。
 ADR法ができてから,雨後の筍のように認証ADRが設立され,おそらく今後設立されるものもあるでしょうが,各機関がどのような栄枯盛衰の途をたどっていくかは,目先のADRブームに惑わされずに,紛争解決のニーズがどのようなものか冷静に判断した上で設立したものか否かが大きなカギとなるでしょう。 

5 コメント

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Unknown (さかな君)
2008-06-01 22:41:45
日本も、将来的には民事裁判に裁判員が導入されていくのかもしれませんね。認識ADR制度はそのための伏線だったり。。。
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スポーツ仲裁 (スポーツ仲裁)
2008-06-02 15:01:27
「スポーツ仲裁規則」による仲裁手続について、仲裁条項採択状況
http://www.jsaa.jp/doc/arbitrationclause.html

スポーツ仲裁については、去年からJリーグがJSAAでの仲裁に応じない問題が起きていて、CASでの仲裁(しかも英語を求めた)に応じたら、完敗したあげく、仲裁判断に不満を公言してしまっている状態です。

スポーツ仲裁申立てにJリーグが不同意
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2007/11/adrj_085a.html

Jリーグ、CASでなら仲裁応じる 我那覇側はJSAAを希望 ~我那覇ドーピング問題~
http://www.ninomiyasports.com/sc/modules/bulletin02/article.php?storyid=34

我那覇の訴え、全面的に認める=Jリーグのドーピング処分で-CAS
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200805/2008052700640&rel=j&g=spo

CAS裁定の波紋
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080529/1212191826

ドーピング問題についてのCAS裁定とJリーグのコメントを読んで
http://rogerlegaldepartment.cocolog-nifty.com/rogerlegal1/2008/05/casj_bf4a.html

川崎、制裁金の返還を要求=Jリーグ「違反あった」と拒否
http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008052900975

参考サイト
http://sportsassist.main.jp/antidope/
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Unknown (zzz)
2008-06-09 00:18:40
 弁護士会の和解あっせん・仲裁手続は、名古屋ではかなり利用率が高いです。裁判所の手続にはないメリットがいろいろとあります。特に、迅速さは大きなメリットの一つです。
 また、一部の社労士会は認証に向けてかなり積極的に動いています。
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コメント (ADRには詳しいです。)
2008-06-28 02:10:24
>スポーツ仲裁
JSAAでの仲裁のほうがCASでの仲裁より、競技団体の勝率が高い。これは、JSAAの仲裁人がCASの仲裁人より保守的な傾向があるからだと思う。Jリーグの代理人の判断ミス、というか見識不足。

>名古屋ではかなり利用率が高い
利用率は、名古屋という地理的特徴によるものではなく、和解あっせんセンターのリーダー弁護士の会員弁護士への影響力によるものと考えられる。実際、他の弁護士会の利用状況を見る限り、リーダー弁護士の就任・退任により、件数が増えたり、減ったりしたことが見受けられる。

>ADR(特に、調停)で収益を上げるのは、ICCやAAAといった諸外国のADR機関でもむずかしいのが実態のようです。この理由は、おそらく調停が、裁判や仲裁とは異なり、最終的に紛争を解決する手段にはなりえないので、意識的にせよ無意識的にせよ、解決できないリスクがあるのに、高額は費用は払えないという意識がユーザーにあるのではないかと思います。
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Unknown (Unknown)
2013-05-07 22:56:03
法務省が、また、「ADR法に関する検討会」とかを始めているみたいですね。結局東弁で認証ADRを行っているようですし、また一度ADRについても、黒猫氏のお話を聞きたいです。
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