黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

ADRは役に立つか?(前編)

2008-05-21 02:59:41 | 司法一般
 今日(正確には昨日),マンション管理士の「管理士証」が黒猫の自宅に届きました。
 マンション管理士は,5年ごとに法定講習を受けなければならず,法定講習を受講して申請すると新たな管理士証が交付される仕組みになっています。最近の資格は更新制度を設けているものが多いので,資格をたくさん取ると年中資格の更新手続きなどに追われることになります。
 ところで,黒猫が受講したマンション管理士の法定講習は今年3月のものですが,その際の質疑応答で,マンション管理士が代理人になれるADRはないのかという質問が取り上げられていました。
 ADRといえば,社会保険労務士が紛争解決手続代理業務を行うための研修に受講希望者が殺到したという話も聞いたことがあり,『自由と正義』のインタビューでもADRについて触れられていた(詳細は後述)ことから,近年何かともてはやされているイメージがあります。
 そこで,今回と次回の2回に分けて,このADRと呼ばれるものについてまとめてみようと思います。

1 ADRの意義と種類
 「ADR」とは,Alternative Dispute Resolutionの略で,日本語では「裁判外紛争解決」などと訳されます。この裁判外の紛争解決を行う機関をADR機関,すなわち「裁判外紛争解決機関」と呼びます。
 裁判外の紛争解決手続きには,主に「あっせん」「調停」「仲裁」の3種類があります。
 仲裁は,当事者間の合意(仲裁合意)に基づき,第三者である仲裁人が紛争について判断(仲裁)を行うものです。仲裁判断は,裁判所の判決と同様の強制力が認められています(ただし,仲裁判断に基づき強制執行をするには,裁判所の執行決定が必要です)。もっとも,当事者があらかじめ仲裁判断に服する旨の合意をしなければ,仲裁手続きに参加することを強制されることはありません。
 次に,調停とあっせんは,いずれも当事者に結論を強制することはなく,当事者間の話し合いによる解決を促進するものです。
 有斐閣『法律用語辞典』第3版によると,調停とは「種々の紛争について第三者が当事者間を仲介し,その紛争の解決を図ること。当事者が合意に達することによって解決が図られる。(中略)和解や示談と異なり,公平中立の公的機関がその仲介を行う。仲裁と異なり,調停案は当事者を拘束しない。」と説明されており,あっせんは「一般には,うまく進むように間に入って世話をし,とりもつこと。」と説明されています。
 調停とあっせんの違いは,いまいちはっきりしないのですが,労働委員会による紛争解決手続は斡旋(あっせん)と調停が明確に区別されており,労働関係調整法10条ないし16条によると,斡旋員は学識経験者の中から事件ごとに任命され,その任務として「関係当事者間を斡旋し,双方の主張の要点を確め,事件が解決されるように努めなければならない」ものとされています。
 これに対し,同法17条ないし28条によると,労働委員会の調停は調停委員会(使用者委員,労働者委員及び公益委員の三者によって構成される)によって行われ,調停委員会が調停案を関係当事者に示し,その受諾を勧告するものとされているほか,その調停案は理由を付してこれを公開することができるものとされ,さらに斡旋制度にはない,調停委員会の会議や調停期日の非公開に関する規定も設けられています。
 これらの規定から推測すると,調停とは,当事者間の話し合いによる解決手続きの中でも,紛争解決機関が期日を定めて意見聴取を行い,各当事者に対し(ある程度法的根拠の伴う)調停案を示すようなものをいい,あっせんとはあまりそのようなことには囚われず,紛争解決機関が当事者の間に入って,当事者間の自主的交渉による紛争解決を促すものという,とまとめることができそうです。
 これらの手続きに対し,裁判は,当事者の一方が訴えを提起した場合,他方の当事者も裁判手続きへの参加を強制されます(答弁書も提出せず,裁判の期日にも出頭しない場合には,基本的に原告の言い分どおりに判決が出されてしまいます)。
 そして,裁判の結果は当然ながら両当事者を拘束し,確定した裁判の結果に逆らうことはできません。
 仮に,紛争当事者に対し手続きへの参加を強制する効力を「参加強制力」,手続きの結果を強制する効力を「結果強制力」と呼びますが,この2つの概念から,裁判・仲裁・調停・あっせんの手続きは次のように整理することができます。

          参加強制力  結果強制力
  裁判       あり     あり
  仲裁       なし     あり
 調停・あっせん   なし     なし

 なお,調停の中でも裁判所の行う民事調停・家事調停については,法律上正当な理由がない不出頭に対する5万円以下の過料の制裁が定められており,その限りでは建前上参加強制力はあるということになりますが,実際にはこの過料の規定は厳格に運用されていないので,基本的には参加強制力もないという前提で話を進めます。

2 ADRの機関
 裁判外紛争解決手続のうち,調停については,言うまでもなく裁判所もこれを取り扱っています。裁判所以外に,裁判外紛争解決手続を行う公的機関としては,集団労使紛争を取り扱う労働委員会,個別労使紛争と取り扱う紛争調整委員会のほか,公害等調整委員会,建設工事紛争審査会などがあり,弁護士会でも(弁護士と依頼者等との紛争を処理する)紛議調停委員会のほか,様々な裁判外の紛争解決手続を実施しています。
 また,日本知的財産仲裁センター,国際商事仲裁協会など,民間の裁判外紛争解決機関も従前から存在しています。
 裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)は,民間団体による裁判外紛争解決手続の利用を促進する目的で平成19年4月1日から施行されていますが,この法律で法務大臣の認証を受けた事業者(認証紛争解決事業者。以下認証ADRと略します)が行うADRの手続には,時効の中断,訴訟手続の中止といった特別な効力が認められています(ただし,これらは裁判との関係で便宜を図ったものであり,参加強制力や結果強制力を認めるものではありません)。
 現在,認証ADRの数は,弁護士会や土地家屋調査士会が設立したものを含めて10個あまりになっていますが,その実態については後編で若干詳しく考察することにします。

3 ADRの実効性
 最近,ADRが注目されている理由としては,裁判だと①解決までに時間がかかる,②費用が高い,③手続の進め方が難しい,④経過や結果が公開されてしまうなどの問題があるといわれており,なかなか気軽には利用されにくいのが現状であるところ,もっと利用しやすく柔軟に解決をはかることができる制度として,ADRの機能が注目されているということのようです。
 もっとも,あっせん・調停・仲裁のどれによるとしても,裁判と異なり手続きに相手方の参加を強制することはできず,仲裁以外は結果を強制することもできません。
 要するに,ADRは相手方が同意しなければ紛争の解決にはならない手続きですから,紛争の相手方が全く話し合いに応じない場合には,ADRは何の役にも立ちませんし,紛争を解決するためにはこちら側が妥協しなければならないという場面も少なくありません。
 そして,話し合いが難航した場合には手続きに時間がかかることもあり,手続きに代理人が必要な場合にはその費用もかかりますから,少なくともADRが裁判より①紛争解決が迅速である,②費用がかからない,③手続きの進め方が簡単であるといえる具体的証拠はありません。
 弁護士が話し合いによる紛争の解決を図る場合,「嫌なら裁判に持ち込むよ」という暗黙の強制力を背景にして交渉に臨むのが通常であり,調停などの手続きを利用する場合にも,依頼者に対し事前に「うまく行かなかったら裁判にするよ」などと説明し,調停などによる解決に過大な期待はしないのが通常です。
 これに対し,民間のADRとか,弁護士以外の隣接士業であるADRの代理人では,いざとなった裁判に訴えるといった手段は取れませんので,いかにして両当事者を納得させるかが,ADRに実効性が伴うか否かの鍵となります。どうやって争いのある両当事者を納得させるかは,ひとえにそのADR機関の手腕にかかっており,当事者を納得させる力のないADR機関は,何の役にも立ちません。
 このように,ADRには強制的に紛争を解決させる力がなく,その運用実態次第では何の役にも立たないということがあり得るため,その効用に過大な期待を抱くことはできないのではないかと思うのですが,なぜかADRについて語る人は,あたかもADRが素晴らしい制度であるかのような語り方をします。
 ADRについては,世間一般に対しその意味が十分に理解されておらず,ただ「多大な時間と費用がかかり,手続きも複雑な裁判と異なり,簡単な手続きで迅速かつ安価に紛争を解決できる夢のような制度」などといった,かなり誤りの多いイメージのみが流布されているような気がしてなりません。

 そんな誤ったイメージの最たるものは,『自由と正義』2008年4月号のインタビューに載っている,連合の木剛会長(司法制度改革審議会の委員でもある)と長谷川裕子総合労働局長による,次のようなやり取りです。

(長谷川)ADR法も制定したではないですか。今後,金融関係もADRを作るとのことです。その場合に,隣接職種に任せるのではなく,弁護士が入ってこればすごく良い紛争解決となります。
(木)そのことで私も感じるのは,ADR法ができて,分野別のADRの仕組み作りを弁護士会はなぜやらないのかということです。こういうジャンルはすぐ組み立てられるはずです。
(聴き手弁護士)弁護士,あるいは弁護士会主導でいろいろなADRを創設して運営していくべきだという一つのアドバイスですね。
(長谷川)ADRや仲裁など,法廷訴訟ではなく,早く解決したいという国民の意向もあるのではないかと思います。

 このやり取りから分かることは,木氏も長谷川氏も,ADRに関する正確な知識をろくに持ち合わせていないということです。弁護士会の主導によるADRが無いかのような発言は嘘ですし,実効性のある裁判外紛争解決の仕組みがすぐ組み立てられるかのような発言は,もはや妄言というほかありません。木氏は,自分が司法制度に関し全くといってよいほど無知であることを大声で自慢するために,日弁連のインタビューに応じたとしか思えません。
 黒猫がこのインタビューを読んで最初に思ったのは,なぜ日弁連が,このような人物に「新人弁護士の就職問題に関して」意見を聴くのか,こんな人間に意見を聴くなら,むしろ一介の専業主婦でも捕まえて意見を聴いた方が,知ったかぶりしないだけましではないかということですが,この記事を書くにあたってインタビューを読み返した際,木氏が司法制度改革審議会の委員であったと知り,さらに愕然としました。
 黒猫がこのブログで批判を繰り返している法科大学院制度や裁判員制度は,いずれも司法制度改革審議会の意見書に基づくものであり,ADR法の制定もこの意見書が契機となって行われたものですが,司法制度改革審議会の審議委員13名のうち,法曹関係者と呼べる人物は3名だけですから,委員の大半は,このように司法についてろくな知識のない人物であるという可能性が高いわけです(なお,審議委員の中には法学部の大学教授が4名いますが,わが国では机上の法律学と法律実務は極めて乖離しており,法律に関する学者の意見の多くは,実務ではあまり役に立ちません)。
 こんないい加減な人選で作られた審議会の意見書が,未だに法曹界全体を苦しめ混乱に陥れているのみならず,裁判員制度の施行により国民全体に迷惑をかけ続けていると思うと,非常に腹が立ちます。
 あまり事を政治に結び付けたくはありませんが,俗に「審議会方式」と呼ばれる,いかにも権威の高い有識者による高尚な意見に基づくものであるかのような外観を装いつつ,イメージ選挙でIQの低い有権者たちを扇動し,実はでたらめな政策を強権的に実行していったことが,小泉政治の本質ではないでしょうか。

5 コメント

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Unknown (さかな君)
2008-05-21 04:23:43
後半の話しに同意します。
従来から司法制度改革は必要だと思ってましたが、制度設計が杜撰過ぎるんですよね。
結局、制度的な瑕疵は、政治の失敗が根本ですから、現職が中心となって新しい法曹要請案を提案すべきなのだと思います。
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Unknown (Unknown)
2008-05-21 11:53:57
わざと杜撰な制度にして、国内に混乱をよびおこし、
国力低下を図っているとしかおもえません<一連のカイカク
博士一万人計画で悲惨な状況が引き起こされているのに、なお同じようなことをやっているのだから、もはや確信的に悲惨な三振法務博士やワーキングプア弁護士をだそうとしているとしか思えません。
はじめから国を潰すという悪意で改革が行われていると考えると、いままで何故だと不思議に思っていたことが、符丁があうのように納得がいくのです。
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Unknown (Unknown)
2008-05-21 21:01:45
高木会長のインタビューは確かに酷すぎましたね。

とはいえ、その『自由と正義』を編集してるのも、東京の弁護士。
早く更迭してほしい・・・ 
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初でこれかよw (パイパソ専門)
2008-05-28 10:56:38
まさか初めてが3Pになるとは思ってなかったしなあ。。。
イってもすぐまたヤっての繰り返しで結局5連続だぞww
1 0 万 もらえたからいいものの、大事な息子はまだジンジンしてまふww(・w・)
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笑わせるな (通りすがりの・・・)
2008-06-04 01:09:37
ADR礼賛論者は馬鹿じゃね。
話し合いですべて解決するなんて妄想じゃん。
結局、いつも制度をいじっていたい役人と、実績がほしい学者の合作だがね。
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