Dr. Strangelove: or How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb
製作年 : 1963年
製作国 : アメリカ
配給 : コロムビア配給
Peter Sellers (Group Capt.Lionedl Mandarake)
Peter Sellers (President Muffley)
Peter Sellers (Dr.Strangelove)
George C. Scott (General Buck Tugidson)
Sterling Hayden (General Jack D.Ripper)
Slim Pickens (Major T.J. King Kong)
Keenan Wynn (Colonel Bat Guano)
Peter Bull (Ambassador de Sadesky)
●DVD 博士の異常な愛情
類型的行動、類型表現が次々に出てきたことに注目。
「戦争が邪悪と見なされているかぎり、常に魅力を持っているだろう。戦争は低俗だと見なされたとき、その人気は失われるだろう」。
これはオスカー・ワイルドの言葉。まさにその通りの描写に徹して、敵・味方的な類型思考しかできないところに生ずる戦争の低俗さを訴えた反戦コメディです。
よって、戦争を「怖ろしいもの」として描くよりは、「ばかげたこと、愚劣なこと」として描いていますが、それでもやはり、この映画には、怖ろしい要素がいくつかあります。
いったん任務遂行モードに入った爆撃機搭乗員の、何が何でも爆撃完遂を目指す機械的な忠誠心。人間はつくづくロボットと同じであるということが実感されます。
しかも命じられた目標に到達できないことがわかると、俄然、イニシャティブを発揮して、「爆弾を抱えたまま海に出るよりはまし」と急遽目標を変更し、目標ではなかった別のミサイル基地に水爆を投下してしまう。ロボットになりきっていれば救われたのだが、土壇場で人間的創意を発揮したがために、かえって世界は破滅してしまうのである。これはありそうなことだ。世界を滅亡させかねないのは、人間の狂気と、ミスと、創意なのである。(3つともこの映画の中に描かれている)
よく考えてみると、米軍どうしの戦闘も意味が深い。リッパー将軍の基地を攻撃した近接基地の将校は、事情を何も知らずに突撃してきた。兵士は、とにかく命令には盲目的に従うだけなのである。
リッパー将軍の表情もなかなか怖い。完全に狂っているのだが、共産主義を極悪と決めつけその陰謀の実在を信ずる将軍が、「私は拷問に弱そうだ……」と呟く。その予兆的シーンは、この映画の最も怖い場面かもしれない。案の定、暗号を守るために自殺してしまうのだが、狂気に囚われた頭脳にも、正常な頭脳と同じ、いやそれ以上の真剣・誠実な決意が宿るものだ、ということを表現している。
日本も、60年前には、大学生たちが言われるまま片道燃料と爆弾を積んで飛行し、なんの疑問も持たずにアメリカの軍艦に体当たりしていた、そんな国なのである。マンドレイク英軍大佐が日本兵に拷問された設定になっていたが(連合軍捕虜の死亡率は、ドイツ軍の捕虜よりも日本軍の捕虜のほうがはるかに高かったという)、水爆投下シーンでも体を張って格納庫を開けようとしていた兵士が歓声を上げながらいっしょに落下していくシーンは、明らかにカミカゼ特攻隊を彷彿させる。
その他、国防省の会議でのタージドソン将軍の発言の数々も、軍人のステレオタイプを余すところなく表現していた。
■なお、ストレンジラブ博士(なぜこの人がタイトルになっているのかはいまいち不明だが)が象徴するドイツ人類型の誇張表現は、ビデオのジャケットデザインにもなっており、その場面は残りの10分間に入っています。その部分は来週上映としましょう。