初老男のノンビリしたブログ

近所や周辺の事柄に対して、書き記して行きます。

メゾット

2006年07月10日 20時04分23秒 | お稽古、勉強
怒る時に相手が自分を怒らせることが出来ないのであれば、怒る台詞は言うが、
画一的な表現で怒って見せる必要がなく、その気持ちを素直に対応する、
怒りを自らの内で溢れさせるだけで良いのだ。
必然性だけで構成する旧来の芝居形式を打破する表現である。

旧来の芝居や古典芸能は、現在の漫画に表現として活かされています。
見ている側としては、各感情の鍵を受け取って、
脳内で表現を補完する訳です。

見ている側にも、演技を観賞するだけの技量が要求されます。
どんな物を見せれれても、観賞に堪えうることができる、
これが「文化レベル」を表すと考えられます。

日本人はTV、漫画などで、常に学習・稽古されている様なもの、
こうやって常々、娯楽として楽しんでいます。
だから文化人の素養を国民全て持っているとも言えのです。

メゾットを訓練していると次第に、
「ナチュラルな日常生活」を、そのまま提供しているようで、
ドキュメントの再構築な雰囲気が出てくる。
説明的な台詞はそぎ落とされて、
普遍化した事柄だけになるから、
見る側は日常の延長として、
違和感無く場面に溶け込めるのかも知れません。

でも、補完するべき鍵の情報量も減るから、
頭をフルに回転させねばならず、
感情を推測できるようにしなければ、
伝達力は低下し、物語を理解出来なくなると思う。

映画、TVが判りやすい物ばかり提供し、
国語レベルの低下と、読書離れから地力低下を招き、
台詞の行間を補え無い観客の増加と相まって
大衆芸能物にしか人気が行かない。

表現力や技術が、あるに越した事はないが、
出来る事で相手に無理自慰させるのも・・・。

芸術性が、演劇をツマラナクする元にならなければ良いとは思う。

まー先ずは、稽古して地力を上げる方が、当面、大切なのです。
要らぬ心配は後、後。