フランシスコの花束

 詩・韻文(短歌、俳句)

ヴェロニカ・ペルシカのこと

2008-03-16 10:05:08 | 植物学・生態学

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ヴェロニカ・ペルシカ(veronica persica)の花。径1cmほどの
小さな花である。


●早春の花。ヴェロニカの仲間●

 今は、キリスト教の「四旬節」(Lent)である。今年は復活祭が早く、3月23日なので、それに至る四旬節も始まりが早かった。2月6日の水曜日が「灰の水曜日」(Ash Wednesday)で、この日から四旬節が始まったのである。今、まさに真っ最中。

 この季節にちょうどあわせるかのように咲く花がある。といっても、雑草のたぐいである。早春に咲く雑草と言えば、けれどもこれしかない。いち早く日当たりのよい道ばたや田畑の際に咲き出すからである。
 花は小さいが、のぞき込んでよく見ると、エキゾチックな青色にムラサキの筋が幾条も入っている。この青色はあまり日本的な雰囲気をしていない。それは当然かもしれない。この花は遠くペルシャから渡来した花とされるからである。学名で言おう。ヴェロニカ・ペルシカである。ラテン語で書けばVeronica persica。本来の読み方は「ウェロニカ」と清音であるが、通俗読みをしておいた。それには理由がある。

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ヴェロニカ・ペルシカ。突き出た2本の雄しべに注目。


 ◆属名「ヴェロニカ」の由来と「四旬節」◆

 「四旬節」の頃に咲くだけあって、キリスト教に深い縁のある花なのである。
 この時期、熱心なキリスト教徒ならば、ユダヤ人の長老たちによって捕らえられてから、ゴルゴタの丘で十字架につけられるまでのできごとを、イエスの「十字架の道行き」として一心に黙想しつつ祈るのである。その中の一場面。イエスが十字架をかつがされ、ゴルゴタの丘を登っていくさなか、血と汗でまみれたイエスの顔に布をあてがい、血と汗をぬぐった敬虔な婦人がいた。その布は今も、「キリストの聖骸布」と呼んで、ローマに保管されているが、そのときの婦人の名を「ヴェロニカ」というのである。
 この花の名の「ヴェロニカ」は、じつにその婦人にちなんだ名である。

 もっとも「ヴェロニカ」は属名であって、その命名のもととなったものが、この青い花というわけではない。もとになったものは、青い花の中央部が真っ赤に彩られているという。ヨーロッパの図鑑で調べてみたが、確かにそれらしい花はあるようである。けれども、手許にあるどの図鑑にも、植物誌の本にも、それらしいことは書いていないので、残念ながら確認することはできなかった。


 ◆種小名「ペルシカ」は「ペルシャの」という意味◆

 さて、ヴェロニカの属名に続く「ペルシカ」はこの花の種小名であるが、その意味は「ペルシャの」というものである(形容詞女性形)。つまり、学名をつけた人物は、この植物をペルシア原産と考えていたことを示している。その人物とは、かの命名法の祖と言われるリンネである。つまり、リンネの時代には、ヨーロッパの各地に自生するようになっていたが、そのでどころはヨーロッパではなく、遙か東方の地域、ペルシャ近辺であると思われていたことを表している。現在ではアフリカも含まれており、またユーラシアの広い範囲が原産地とされている。つまり、本当の原産地、この花の発祥の地はわからない、ということである。それだけ、繁殖する力の強い植物だと言うことだろう。ローマ時代には、ヨーロッパ各地に広まっていたに違いない。

 我が国にいつ入ってきたのかということも、じつは定かではない。
 気がついたら明治時代半ばには、この花が咲いていた、ということのようである。つまり、日本で本格的に植物調査が行われるようになって、見出されたのである。しかも、江戸時代に表された植物誌、『本草綱目』などを含めてどの書にも記載がなく、江戸時代にはたぶん入ってきていなかったと推定されているだけで、それも確証があるわけではない。考えようによっては、すでに室町時代末期の頃には入っていたという可能性もある。なぜなら、日本の中部地方以西にふつうに自生していた「イヌノフグリ」という国内産種と花の姿形、色がよく似ているからである。小さい花であることもあって、ちょっと目には区別はつけられない。そのため、いつ入ってきたのかは特定できないのである。植物図鑑などでは、明治時代に入ったとしているのも、その頃に気づいたと言うにすぎない。

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 ◆標準和名「オオイヌノフグリ」は「大犬の殖栗」◆

 「大犬の殖栗」は「大犬の陰嚢」でもよいが、こう書くと、そのものずばりである。ただし、「大犬の・殖栗」ではなく「大・犬の殖栗」である。日本在来種の「犬の殖栗」よりも花が若干大きいというところに、この命名の由来がある。
 そして、在来種もこの外来種も、その実の形が「犬の殖栗」に似ているというのである。
 ヴェロニカ・ペルシカの命名の感覚と比べると、まったくえらい違いである。日本人の命名感覚の即物主義的感性が如実に表れていると見ていいのかも知れない。もっとも命名者のリンネがすこぶる付きのというか、がちがちのというか、箸にも棒にも引っかからないような頑迷なキリスト教徒であったから、こんな学名になったとも言えるのだろうけれど。

 ちなみに、英名はこの花の仲間をそれほど明確に区別せずに、Bird's-eye、Cat's-eyeなどという名がつけられている。天上を向いて見開かれた青い目、天の青を映す目、という着想である。さらには‘eye of the child Jesus’(「幼きイエスの目」)という名もある。人の心にしみいるような透き通った青さ、ということであろうか。
 クワガタソウ属の花一般は、英語では‘Speedwell’(スピードウェル)と総称されるが、これは「よい旅路を!」というほどの意味である。“Flora Britanica”によれば、アイルランドでは、このヴェロニカ ペルシカによく似た仲間の花を、旅人の衣服に縫い付けて旅路の無事を祈ったという。道ばたにふつうに咲いて、天の青を映す花は、道行く人の幸運を祈る花であったようである。 また、花ごと乾かしてお茶にしたともある。健康茶だったようである。

 どうも日本人とは何から何まで感覚が違う。

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横から見ると、2本の雄しべがよくわかる。

 ◆和属名「クワガタソウ属」は2本の雄しべから◆

 さて、最後に、日本語属名である「クワガタソウ属」の命名の由来を記しておこう。
 「クワガタソウ属」の「クワガタ」は兜の前面に付いている「鍬形」と呼ばれている2本の角のようなものに由来する。これは、クワガタソウ属の花の特徴である、花の外までぐいと突き出た2本の雄しべを指しているのである。
 花をのぞきこむと、雌しべ一つ、雄しべは2本である。また、離弁花に見えるが、深く四裂する花びらは、もとのところで一つになっている。つまり、合弁花である。

 また、日が出ないときは、花は閉じている。晴れた日の朝早く見てみると、少し寝ぼけまなこで目を開きかけている花がたくさん見られる。わりあいお寝坊さんである。日差しの日中は花をいっぱいに開いて、「虫さんおいで」と呼びかけているが、この花、虫媒花であると同時に、自家受粉もやってのけるというなかなかのくせ者。日が沈むと花が閉じるので、その閉じるときに、昼間成熟した雄しべの葯からこぼれ出る花粉が雌しべの柱頭に触れて、受粉完了というわけである。

Sony Style(ソニースタイル)

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