SOS.TV.JAPAN

ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

福音の道しるべ 91

2013年08月21日 | 日記

  


   福音の道しるべ 91

地球の至上権を主張したサタンの権威に異議を唱えるために、イエスは私たちの世界に来られた。彼が来られたのは、そこなわれた神のみかたちを人のうちに回復し、悔い改めた魂に神の力を分け与えるためであった。御力によって、人は腐敗と堕落から引き上げられ、気高くされて、天使たちとの交わりにふさわしい者とされるのであった。それは、反逆によってサタンとその天使らが失った、神の宮廷における地位を占めるためである(レビューアンドヘラルド1894年5月8日)。

 神の贖いの愛を最も理解する者たちは、天において、神に最も近いところに場を占めるであろう。天使ガブリエルでさえ、四人のケルビムの一人とはなり得ない。なぜなら彼は、神の救いの恵みと愛を体験していないからである。堕落した人の子らだけが、この愛を十二分に知ることができる。

それらの事は、天からつかわされた聖霊に感じて福音をあなたがたに宣べ伝えた人々によって、今や、あなたがたに告げ知らされたのであるが、これは、御使いたちも、うかがい見たいと願っている事である(Ⅰペテロ1:12)。

    新生への道 :キリストの必要 ②

 私たちは、自分の力で、一度沈んだ罪の渕から逃れることはできません。また、私たちの悪い心を変えることもできないのです。「だれが汚れたもののうちから清いものを出すことができようか。ひとりもない」(ヨブ14:4)、「肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否,従い得ないのである」(ローマ8:7)。とあります。教育、教養、意志の力、人間の努力などいずれも、それぞれ大切な役割を持っていますが、心を新たにする能力は全くないのです。もちろん、私たちの行動に、外面的な正しさは与えるかもしれませんが、心を変えることもできなければ、生活の源泉を清めることもできないのです。天からの新しい生命がその人の内部に働かなければ、人は罪から清められることはできません。この力というのはキリストです。キリストの恵みだけが、人の力のない魂を生きかえらせて、これを神と聖潔へと導くことができるのです。

救い主も「だれでも新しく生まれなければ」と言われました。すなわち、新しい生涯を送るための新しい心、新しい希望、目的、動機などが与えられなければ、「神の国を見ることはできない」(ヨハネ3:3)のです。人は、生まれながらに持っている良いところをのばせばよいという考えは、恐ろしい誤りです。聖書には、「生まれながらの人は、神の御霊の賜物を受け入いれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない」(Ⅰコリント2:14)、「あなたがたは新しく生まれなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない」(ヨハネ3:7)とあります。またキリストについては、「この言に命があった。そしてこの命は人の光であった」(ヨハネ1:4)、「この人による以外に救いはない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」(使徒行伝4:12)と記されています。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。