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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

福音の力を体験せよ 108

2014年02月17日 | 日記

 福音の力を体験せよ 108

ブドウの木と枝の関係を再考察しましょう。イエス様はブドウの木です。根から上がってくる養分は聖霊です。私たちは小枝に過ぎません。私たちが神に屈服するならば、そのブドウの木につながることになります。その時、木につながった枝に養分が流れ込みます。流れくる養分を十分に受けた枝は、何を産み出しますか? 

そう、実〔果実〕を産み出すのです。聖霊の実とは何でしょうか?愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です。イエス様がその人の生命に宿られるなら、その人の生涯に聖霊の実がことごとく実ります。 

“キリストは、ご自分のみ名を信じる信仰をとおして、彼の義を我々に着せられ、それが、われわれの生涯において生きた原則となるのである。”(TMK302)

  

     真のキリスト者の歩むべき道 14

④ 清らかな人格を持ち聖霊と共に歩みなさい 

私たちが聖霊と共に歩む者になるためには、私たちの人格を清く保っていなければなりません。聖霊は、尊く清いみ霊なる神様です。それゆえ、聖霊に来ていただくためには、私たちの思いが聖く純粋でなければなりません。聖霊は清らかな心の聖所を望まれます。

聖霊は、悪意、自己中心、偽り、愚かな行動、ずるがしこさ、好色などと共に住むことはおできになりません。もしあなたが、これらのことにふけるなら、聖霊は沈黙し、あなたはその方の恵み深く麗しい臨在を感じなくなるでしょう。その方は、あなたを助けられなくなり、やがては、悲しみながらあなたを去られ、あなたは別の霊の支配を受けることになるでしょう。それゆえに、聖霊と共に歩む、真のキリスト者の生き方を続けていただきたいと願います。

ところで、聖霊と共に歩むためには、条件があります。「ふたりの者がもし約束しなかったなら、一緒に歩くだろうか」(アモス書3:3)とあるように、聖霊と私たちの間に、同行のための合意が必要なのです。


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