小倉正男(経済ジャーナリスト)
 
 文在寅氏が大統領となっておよそ3年が経った韓国だが、いまや世界断トツの賃上げ国という“名誉”を与えられている。
 
 データの出所は経済協力開発機構(OECD)というれっきとしたものだ。それによると、日本などは対照的に賃上げでは最悪の「劣等生」にランクされている。日本の場合、企業が稼いだ資金はもっぱら利益剰余金など内部留保に貯め込まれ、賃金はあくまで後回しになっているのが現状だ。
 
 韓国はなんとも誉れあるポジションに君臨していることになるのだが、これは文大統領の「所得主導成長」経済政策によるところが大きい。もっとも世界一の賃上げが韓国を幸福にしているかといえば、むしろそうではない。文大統領の「所得主導成長」が、案に相違して格差の拡大、雇用機会の減少、資本の逃避など「ヘルコリア」を増幅している。
 
 文大統領としては、世界断トツの賃上げで格差の拡大にストップをかけて「人間中心の経済」、「包容国家」実現を標榜したが、もたらされた現実は裏腹にも悲惨なものだった。
 文政権下で韓国は、最低賃金を2018年に16・4%、19年に10・9%と大幅アップを進めた。2年間で29%アップである。最低賃金の上昇率は、20年にはさすがに2・87%(時給8590ウォン=約790円)と急激なダウンとなったが、過去2年の過激ともいえる賃上げは産業界に大幅な人件費コスト増をもたらした。産業界としては、自然の摂理のようなものだが、正規雇用者採用を警戒し躊躇する傾向を強めた。その結果、正規雇用者の採用減が顕著になっている。
 
 新規の正規雇用が減少すれば、若年層労働者の雇用機会は失われ、若年層失業者が増加する結果を招いた。文大統領の狙いとは反対に格差の拡大は一層広がるばかりとなっている。さらに自営業など中小企業では賃金支払い負担増から廃業・倒産を余儀なくされるという現象が多発した。中小企業でも雇用機会が減少することになった。
 
 若年層労働者の実体上の失業増加により文大統領の「所得主導成長」は事実上の放棄・修正に追い込まれている。文大統領は、かねて「最低賃金を20年に1万ウォンにする」という公約を掲げてきた。それゆえに、先にも触れたように18~20年に3年連続で最低賃金を16%以上の増加を目論んできた。しかし、20年の最低賃金は2・87%増にとどめざるを得なかった。
 
 文大統領は「最低賃金1万ウォンは人間らしい生活を象徴するものだ」を唱えてきたが、あっさりとそれを放棄し支持基盤である韓国労働組合総連盟に陳謝する事態となっている。
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 また、文大統領は「時短」すなわち労働時間を週68時間から52時間にする改革も推進した。韓国では土日の休日労働を「別枠」として認め、68時間までを週労働時間としてきた。だが、休日労働を「延長労働」に認定して労働時間は週52時間までに短縮された。
 
 「時短」によるワークシェアリング(業務分割)で雇用拡大を図るというのが文大統領の目論見だった。「時短」が行われれば、従来の業務をこなすには新規に雇用を増やす必要が生まれる。しかし、これも机上の計算でしかなく空論に終わった。