© Japan Business Press Co., Ltd. 提供 韓国海軍の駆逐艦「広開土大王」から火器管制レーダーを照射された海上自衛隊のP-1哨戒機(出典:海上自衛隊ホームページ)
(小川和久:軍事アナリスト)
12月20日、石川県・能登半島沖の日本海で韓国海軍の駆逐艦「広開土大王」(満載排水量3900トン)が海上自衛隊のP-1哨戒機に火器管制レーダーを照射した事件で、日本国内の反韓・嫌韓感情が高まっている。
韓国国防省は「哨戒機を追跡する目的で(レーダーを)使った事実はない」と弁明しているが、日本側は韓国艦が意図的に約5分間にわたってレーダー照射を続けたとの見方を強めている。
24日、外務省の金杉憲治・アジア大洋州局長は韓国外交部の金容吉東北アジア局長に抗議したが、韓国側が主張を改める気配はない。
火器管制レーダー照射は「模擬攻撃」
どこが問題かというと、火砲やミサイルを照準するための火器管制レーダーを照射することは「模擬攻撃」と呼ばれ、相手が反撃すれば武力紛争になりかねないことから固く戒められているからだ。
大雑把に言えば、軍艦のレーダーには艦船を見張る対水上レーダー、航空機などを見張る対空レーダー、対空・対水上を兼ねる三次元レーダー、そして火砲やミサイルを照準するための火器管制レーダーの4種類が装備されている。対水上レーダー、対空レーダーにも、それぞれ対空、対水上モードを備えたものもあるようだ。
韓国側が言うように、北朝鮮の船舶を捜索するのなら基本的には対水上レーダーを使うはずで、三次元レーダーや対水上モードを備えた対空レーダーを使ったのであれば、それを説明できなければならない。
© Japan Business Press Co., Ltd. 提供 海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射した韓国海軍の駆逐艦(防衛省ホームページより)
韓国国内では「日本は過剰反応だ」といった声が出ているようだが、火器管制レーダーの照射がどれほど重大なことかは、2013年1月の中国艦による海上自衛隊への2回にわたる事件を通してみると理解できるだろう。
中国艦による最初のレーダー照射は2013年1月19日午後5時頃、尖閣諸島の北120キロの東シナ海上で起きた。当時、海上自衛隊第6護衛隊所属の護衛艦「おおなみ」(満載排水量6300トン)は28km離れた海上を遊弋中の中国海軍のジャンカイⅠ型フリゲート「温州」(満載排水量3800トン)に対して、SH-60哨戒ヘリコプターによって偵察活動を行っていた。この哨戒ヘリに対して、「温州」から火器管制レーダーが照射された。
2回目のレーダー照射は1月30日午前10時頃、同じ海域で中国海軍のジャンウェイⅡ型フリゲート「連雲港」(満載排水量2393トン)が海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」(満載排水量6100トン)に対して行ったものだ。
© Japan Business Press Co., Ltd. 提供 2013年1月、中国海軍のフリゲートから火器管制レーダーを照射された海上自衛隊の護衛艦「ゆうだち」(出典:海上自衛隊ホームページ)
このとき、日本のマスコミはいまにも「東シナ海海戦」が勃発しそうな論調で報じたが、2つの事件の間には11日間にわたる中国側の「沈黙」があったことは、意外にも知られていない。
中国海軍は今回の韓国海軍と同様、反日感情あるいは「いたずら心」で照射したのだと思われる。そして、日本は強硬な姿勢を示さないとタカを括っていたフシがある。
しかし、このときばかりは違った。
レーダー照射を受け中国艦に護衛艦を肉薄させた海上自衛隊
事件当時、ほとんど報道されることはなかったが、最初の哨戒ヘリに対するレーダー照射を受けて、海上自衛隊は護衛艦「おおなみ」を中国艦から3キロの海域まで前進させたのだ。ただちに撃沈できる態勢をとりつつ、相手の出方を探るためである。
最初のレーダー照射が日本を挑発し、戦争を仕掛けるような性格のものであれば、護衛艦に詰め寄られた中国艦はさらにレーダー照射を繰り返しそうなものだったが、護衛艦を待っていたのは沈黙したままの中国艦の姿だった。
これは中国艦の立場で考えれば容易に理解できることだ。
1回目のレーダー照射は、うるさくつきまとう海自のヘリを、あたかもハエを追い払うように退散させるためのものだったと考えてよい。それまでなら海自のヘリは退散し、それ以上の展開など考える必要がなかったからだ。
ところが、哨戒ヘリに対するレーダー照射のあと、思いもよらず2倍以上の図体の日本の護衛艦が肉迫してきた。中国側にとって想定外の展開だったろう。最悪の場合、戦闘が起きることも覚悟しなければならない状況だった。しかし、この事態への対応を判断する権限は、中国艦の艦長を統制する立場の政治将校にはない。共産党中央軍事委員会にお伺いを立てたのは言うまでもないことだった。
これもあまり知られていないことだが、中国の軍事組織には陸軍でいえば連隊以上の部隊、海軍なら戦闘艦艇には「2人の指揮官」が配置されている。ともに同じ階級の部隊指揮官と政治委員(政治将校)である。政治委員は共産党中央軍事委員会の統制のもとにあり、部隊指揮官は政治委員の承認なく作戦行動を取ることはできない。これは、共産党によるシビリアンコントロールであり、軍が共産党に反抗しないための歯止めでもある。
そして、それから11日後に行われた護衛艦に対する2度目のレーダー照射こそ、共産党中央軍事委員会の判断だったと考えられる。
血気にはやる現場を沈静化させるために、一定の冷却期間を置かなければならないが、沈黙したままでは中国海軍としての面目を保つことはできない。そこで、軍事衝突を招かないレベルで反応するという、練りに練られた策略として1発だけレーダーを照射して再び沈黙した可能性がきわめて高いのである。
中国の立場で考えれば、東シナ海で軍事衝突が起きた場合の相手は日本と米国である。中国の軍事行動が一線を越えた場合、米国は絶対に看過することはない。日米との紛争には世界的な戦争にエスカレートする要素が含まれているから、事態の展開によっては中国に進出している国際資本が逃げ出してしまいかねない。これは中国がもっとも怖れる「天安門事件」という悪夢の再来である。
そして2回目のレーダー照射事件の直後、人民解放軍内部の対日強硬論にクギを刺すかのように、共産党最上層部から戒めの言葉が繰り返された。その理由もまた、中国の立場にならないと理解できないことだろう。
対日強硬論を戒めた劉少奇の息子
対日強硬論を戒めたのは劉源上将(大将)。劉少奇元国家主席の子息で1951年4月生まれ。習近平国家主席の幼なじみというばかりでなく、対米・対日強硬派として知られ、習主席の腐敗摘発の先頭にも立ってきた盟友である。その劉上将はレーダー照射事件直後の2月から3月にかけて、次の点を強調した。
劉上将はまず、党機関紙『人民日報』系列の『環球時報』(2月4日付)に、「戦略的チャンスの時期を確保せよ――戦争は最後の選択」という論説を寄稿した。
「戦略的チャンスの時期」とは、鄧小平が示した概念で、世界大戦の危険がなく、中国が経済発展に集中できる時期を指している。そして劉上将は独自の避戦論を展開した。
「中国の経済建設は日清戦争と日中戦争によって中断された。今も偶発事件から戦争が勃発して、中国の経済建設が中断される危険があるが、それは中国の成長を恐れる米国と日本のわなであり、陥ってはならない」
また、劉上将は「戦争は軍人にとって唯一の選択だが、国家にとっては最後の選択だ」と指摘、鄧小平の「韜光養晦」(低姿勢を保ち、力を養う)という方針や、「臥薪嘗胆」「韓信の股くぐり」の故事のとおり、外国の挑発に乗らずに国力を養うことを強調した。
尖閣諸島についても、劉上将は全国人民代表大会(全人代)初日の3月5日、「鄧小平の方針に従い、知恵のある世代が現れるまで紛争を棚上げすべきだ」との見解を記者団に披露している。
要約するなら、①日米との戦争は中国の利益にならない、②中国の発展は戦争をしていない時期に実現したことを忘れるな、③尖閣諸島問題を棚上げにして、戦争を回避せよ、ということになろう。いずれもレーダー照射事件から1ヵ月の間に行われた発言である。習近平国家主席の意向と考えてよいだろう。
これを見れば、東シナ海における中国の行動が日米との軍事衝突を避ける形で展開されている理由を理解できるはずだ。
事件翌年の2014年4月22日、中国青島で開かれた西太平洋海軍シンポジウムには河野克俊海上幕僚長(現・統合幕僚長)ら21カ国の海軍首脳が出席したが、①レーダー照射、②砲身を向けた威嚇、③低空飛行による威嚇、の3項目の禁止で合意した。韓国海軍も出席している。この合意事項は、南シナ海における中国艦船の行動でも遵守されている。
その合意を今回の韓国駆逐艦は破ったことになり、艦長以下の処罰はもとより、国家を戦争の危機に直面させかねなかったという点で、鄭景斗国防相の更迭もありうる事態である。鄭国防相は前合同参謀本部議長。航空自衛隊の指揮幕僚課程と幹部高級課程を修了した知日派として知られる。
韓国駆逐艦のレーダー照射に戻れば、現在の韓国では徴用工問題などで反日感情を煽る動きがあり、それが海軍にも波及していることが事件によって明らかになった。その韓国が、中国に倣って国内と軍内部の反日感情の沈静化を実行できるか、そして事実上の謝罪を行うことができるか、さらに日本が冷静かつ毅然たる姿勢で臨むことができるかどうか、日韓両国の国際的評価が分かれる問題として世界が注目している。
年末の段階では、日本政府は韓国側の火器管制レーダーの周波数などのデータを手に、動かぬ証拠を突きつけながら、相手を最後まで追い詰めない形で外交的な勝利を手にする姿勢を貫いている。そこだけを見ると、日本外交もかなり成長した印象があるが、狙い通りに韓国側が動くかどうか、目を離すわけにはいかない。」