じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

新しい歴史教科書 6

2017-02-02 19:27:43 | 新しい歴史教科書
第4節 地域の歴史を調べる

と、言う事で、前節で人物を調べる勉強をしたので次は、場所と言いますか、まっ、タイトルでは地域と言う事で、土地を調べるんでありましょう。

で、最初のトピックは「渋谷区を調べよう」となっております。
やっぱしこう言う時には日本人なら誰でも知っていそうな有名どころを指名するんですね。
仙台市青葉区を調べよう、と宣っても日本全国では知らない人の方が多いですもんね。

さて、渋谷を調べるとどうなるのか?

ええっ? 「渋谷城跡」ですとぉ~? 平安時代から渋谷氏一族の居城であったが、1524年の合戦で消失、ですとぉ・・・渋谷ってのは氏族の名前から来ていたんですね。

で、次に興味を引いたのは「富士塚」であります。
現在の鳩森八幡神社が「富士塚」なんだそうでありまして、東京都内には60カ所以上の富士塚があったんだそうであります。
そもそも富士塚とは・・・富士山信仰が盛んな折り、しかし、気軽に登れるもんでは無かったので小山を築いて参拝したものだそうであります。

で「一枚の絵画から地域の歴史を読み解く」と言うトピックでは葛飾北斎の「富嶽三十六景隠田乃水車」の絵から当時の歴史を知ろうと言う試みが為されている訳であります。
で、北斎の絵の評としては渋谷区内の何処かであるが定かでは無い、と、なっているのを明治時代の古地図などを頼りに特定して行く話しが書かれている訳であります。
そして、遂には古地図からオンデンなる地名を見つけ、水車が回っているのは渋谷川である、と、断定したのであります。
まっ、しかし、穏田商店街、なんてのが渋谷区にはある訳でして、現実として地名は隠れて残っていると言える訳であります。

ところで、隠田を調べて分かった事で一番興味深かったのは、家康が江戸城を攻められた時、甲州街道を逃げ道にする為に伊賀者を配置し、服部半蔵の守る半蔵門から直接甲州街道に出られるようにしてあった、と、言う行であります。
そして、裏原宿が迷路のように入り組み、時に行き止まりになるのも守備の為であるのだそうであります。
で、そんな小道は仙台でも沢山在る訳でして、その謂れは正に攻められた時のアレコレ、と、伝わっている訳であります。
しかし、自分が子供の頃ソレを歴史として捉えた事も無く、興味を引くどころか、伊達政宗も面倒くせえ道を作ったもんだ、くらいにしか思わなかった訳であります。

と、言う事で本日の第6話はナントなく取り留めも無くナニでありましたが、まっ、私の不徳の致す所という事で・・・あっ、春の小川はさらさら行くよ、の歌のモデルも渋谷川だそうであります。

では また さよなら さよなら さよなら

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 吹雪 ? 氷の世界 !!! | トップ | 肉体的疲労と精神的充実 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

新しい歴史教科書」カテゴリの最新記事