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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

こひしいとおもふ遺伝子

2019-08-31 18:42:16 | 日記

今日で8月も終わり。なんとも大変な月だった。今日は朝から晴れている。窓を開けて空気を入れ替える。気持ちがいい。玄関も掃除して、部屋のなかの扉も開けて空気を入れる。やはり、木の家は湿気がこもるようだ。溜まった書類の整理をしないと。夕方には琵琶湖へ行ってみよう などと考える。

昨日、京都駅に着くとうれしかった。やはり、勝手知ったる・・という感じでほっとする。東京から京都駅に着いたときと同じだ。地下鉄に乗り換えて四条に出ることが多かったので、地下鉄の駅の辺りは、少し変わっていても「ああ、ここはなにだったのだわ」などとよくわかる。自分の身体の中にある何かの遺伝子が京都を恋しくさせているようだ。どこかに刻印があるのかもしれない。東京で育って暮らしたのが40年近く、そのなかでも生まれた文京区の環境が刻印なのかもしれない。長浜もその様な気がする。それは理屈ではなく肌が覚えているというようなものだろう。

人間関係もそうかもしれない。脈絡がないようで、じつは同じような刻印があるのではないだろうか。小さい子供が眠るときに、このぬいぐるみがないといや、眠れない というのと同じように、「これでないといや」があるような気がする。私の場合は、わがままで妥協しなかったのだろう。でも、それでよかったのだと思っている。

少し早めに琵琶湖畔に出かけた。風が気持ちがいい!駅から10分もかからないのに、ここを訪れる人は少ない。湖を見ても仕方ないのかもしれないなぁ。琵琶湖に惹かれる遺伝子はなになのだろうか?これはまだわからない。琵琶湖哀歌が琵琶湖周航のうたの元歌だと言う。旧制第四高等学校のボート部の生徒が強風で練習中に遭難したのを悼んでできたのが哀歌とかいう話だった。その中に三校の学生(京大生)が含まれていたので、三校の寮歌になって残ったとか。歌を口ずさみながら、琵琶湖の懐に抱かれているように感じた。

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あなたなしでも いきていけちゃうの

2019-08-30 18:29:11 | 日記

郵便を出しに出かけると、だいぶあたりが暗い。玄関に灯を灯した。なんとなく家らしく、誰かが帰ってくるようでうれしい。今日は傘の手放しない天気だった。気分転換に京都へ出かけた。というよりは、9月に出かける機会があるのに、着るものがない。2年くらい何も買っていないのでさすがに困った。サイズが小さいのでどうしても京都まで行かなくてはない。うまく服も見つかり、だしのきいたおいしいおそばを食べて、伊勢丹のデパ地下へ行き買い物。和菓子も買って帰宅した。なにか気持ちがすっきりした。単純な女だ。

友だちの書いた文章を読んで「共依存」という言葉を思いだした。アルコール依存者を支える妻と依存者の関係のようなものらしい。「私がこの人には必要なんだ」と頑張る、それが支配につながり、お互いに依存し合う関係になるという。私もその傾向があり、離婚してからカウンセリングをかけた。人の役に立ちたい などと思う人に多いらしい。

あなたなしでは生きていけないの なんていうセリフがある。たしかにいなくなったらどうしよう とは思うが、そこは乗り越えられるようにならないといけない。それは、相手が自立させてくれたことかもしれない。自分に自信が持てて(このままの私でいいと)、ちょっとチャレンジ精神ができたからかもしれない。相手が読んでいるといけないが、いなくなったら、当然泣くだろうし大いに悲しむだろうが、隠し持ったる最後の切り札を取り出すかもしれない。(今は持っていることに気付いていなくても)そんな逞しさを自分は持ったような気もしている。

あなたはあなた、私は私 から始まる人間関係のほうが、深く相手を思いやるような気がしている。

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幼稚なばあさま

2019-08-29 19:04:01 | 日記

夕方買い忘れた牛乳を買いに出ようとするとざあーと降りだした。午後から特に蒸していたので、いよいよ降りだしたと言う感じだ。一番近いセブンイレブンまで八分くらい。なにせ、二分でセブンは行けたので不便だ。都会と違い自販機が少ない。いや、これが普通なのかもしれない。自販機までは五分かかる。一時間くらいで雨が止んだので、出かけた。涼しい!

趣味の冊子の編集が終わった。これは趣味なのでだれも文句は言わない。だから、完成したときはうれしい!今回は本をまとめていくので苦労した。るんるんしている。昨日のぶろぐで「やすみます」を書いた。「とめてくれるな、おっかさん」ではないが、私を止めてくれる人はいなかった。「限界を教えるのが父親の役目」と何回か書いたが、うちの父は教えなかった。父のせいではないが、無理でもやるしかなかった と思って生きていた。最近、ドクターストップがかかる。実は非常にすなおにいうことを聞く人間なのだ。「それあれはしてはいけない」「ああしろ、こうしろ」と言われずに育った半面なのかもしれない。そういう男性が周囲にいなかった。いや、もしかしたら、言われてもきかなかったような気がする。【信頼と尊敬】の想いがあるから聞けるのかもしれない。

この年でもすこしずつでも成長できることはうれしい。「ありがとうございます」といって素直に意見を聞ける人でありたいと思う。がんこなおばあさんにはなりたくない。ちょっと幼稚なばあさまでいたいと思う。

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おやすみします!

2019-08-28 18:25:54 | 日記

九州の水害がひどいようだ。佐世保駅が水に浸かっているなんて。長浜も1日中雨が降り続いている。車も少ないのか静かだ。どこかが悪いのかと思うくらい眠った。お昼近くになると元気になったところをみると、疲れらしい。ノートパソコンを下を向いて長時間打っていたのも悪いらしい。本当に情けなくなる。

今日も「結びの文化」の原稿を書いている。まとめるのが大変だが、おもしろい。掃除やら買い物やらを混ぜて長時間パソコンの画面を見ないようにしている。ぼんやりと雨の音を聞きながら、働きすぎた人生を振り返る。どこをとっても頑張りすぎている。「無理」とわかっていても挑戦していた。自分の時間も金銭も惜しげなく使っていた。これはつかれるは。

湖北の仏さまを見たこと、琵琶湖に沈む夕日を見たこと、そして、いますんでいる住まいを見たこと、そんなことが長浜に来た理由のように思う。村民が守る社でみた木製の一本彫りの仏さま。なにか京の仏さまとは違うあたたかさがあった。「大丈夫よ」と言われているようだった。真っ赤に沈む晩秋の太陽もあたたかかった。築40年近いこの借家も木のぬくもりがある。

自分を置き去りにしてきた今までの人生。「癒し」や「あたたかさ」やこのぶろぐのタイトル「ぬくもり」が必要だったのだろう。「もう、休んでいいよね」「何度言ったらわかるのだろうか」そんな感じにもそろそろ終止符が打てそうだ。

 

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むすぶ

2019-08-27 18:36:04 | 日記

腕が寒くて目が覚めた。室温は23度くらい。急に涼しくなった。午後からは雨らしい。朝、舎邦寺に芙蓉の花の写真を撮りに行った。まだ、少し早いのかもしれない。夕方と違いしぼんではいなかった。お昼前から雨になった。ちょうど、駅のほうへ買い物へ行っていたので、町の景色に情緒がある感じだ。しっとりとした大通寺の門前の風景がいい。

どうも体がだるい。涼しいせいだろうか。だらだらしている。「いのち」という冊子の編集に入った。今回は「むすぶ」を特集している。額田巌氏の「結びの文化」を参考にしている。もう30年以上は経つのではないだろうか。この本を求めたのは。本はかなり処分した中で残っていた。食べる結び、着る結び、運ぶ結び、祈る結び、契る結び、そしてちょっと恐い犯す結びなどが書かれている。改めて興味深く読んだ。

やはり面白いのは「契る結び」だ。万葉集で、男女が関係を結ぶことを「下紐を解く」という美しい言葉で表している。そういえば、高校の時間にこの話は盛り上がった。こんなことしか憶えたいない。「二人して結びし紐を一人して わらは解きみじただあうまでに」だったと思う。夫婦がお互いに下紐を結び合い、再会して解きあうまで、その紐をとかないという習慣らしい。もしとけてしまったらどうするのですか?などと盛り上がった。高校生が、解かずに帰れるか 解かずに待てるか など授業中に論じ合ったのは、おもしろいと思う。

この後、このような歌は詠まれなくなったという。人間らしい詩として好きだ。どんな紐でどんな色にしようか。しかし、なかなか厳しいお話だ。なにも結ばないのが、昨日のぶろぐ「絆」ではないが、一番強いのかもしれない。「無事のお帰りを」かな。

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