ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

いつのまにか少女は

2017-12-06 14:12:33 | 日記
自分の親がだれなのか。それを知ることができない子供は、さぞ不安な気持
ちにとらわれることだろう。いまどきそんな子供がいるのか、と訝る人が多
いと思うが、いる、たしかにいる。それも、こういう時代だからこそ、いる
のである。不妊治療の一環として、匿名第三者の精子を使った人工授精(AID)
を行うケースが増えている。AIDによって、これまでに1万人以上が生まれ、
さらに今年には、匿名第三者の卵子による出生もはじめて公表されたという。

12月3日付の朝日新聞の社説《出自知る権利 いつまで放置するのか》によ
れば、そういう子どもたちは「親に裏切られたという怒り、遺伝的ルーツが
わからないことに伴うアイデンティティーの喪失感、近親婚への不安、それ
らに伴う心身の不調など」の深刻な問題をかかえている。自分の親がだれな
のか、ーーそれを知ることができない子供たちが不安にとらわれる、そのい
ちばんの原因は、彼らがアイデンティティーを見出せないことにある、と、私
は考えている。人はだれも、自分を一つの係留点につながれた者として認識し、
そこにアイデンティティーを見出す。アイデンティティーを見出せないとは、
自分をつなぐ係留点を見出せないことであり、そうなれば人は、大海を漂流す
る小舟のように、あてどなく大波小波に揺られ続けるしかない。

自分をつなぐ係留点、ーーそれは親や家族であることもあれば、郷土や国家
であることもある。国家にアイデンティティーを見出そうとする気持ちは、
肥大化すれば、愛国心へと成長する。経済や文化のグローバル化が進み、国
境の無意味化が進行する現代では、国家が係留点としての役割を果たせなく
なり、人々はアイデンティティーを見失って、国際社会の大海に漂いはじめ
ている。自分の親がだれなのか、それを知ることができない子供たちとさほ
ど変わらない。

忘れてはならないのは、他者に対する了解も、自分に対する了解と基本的に
違わないことである。相手がどういう人物なのか、どこで生まれ、どういう
家庭で育ったのか、今はどういう仕事をしているのか、ーーそういうことが
分からないと、我々は安心してその人と付き合うことができない。恋人の仲
になり、結婚を考えはじめた相手ともなれば、その思いはひとしおである。

君はどこで生まれたの、育ってきたの♪♪
              (井上陽水「いつのまにか少女は」)

そこへ行くと、現代は実に生きにくい不幸な時代だと言わなければならない。
個人情報保護法ができたせいで、相手がどこのだれであるか、我々は知る手
立てを失い、互いに無表情の仮面をかぶりながら、不安をいだきつつ付き合
わざるを得なくなっている。朝日の社説は「(自己の)出自を知る権利」の
保護を求め、「欧州を中心に出自を知る権利を法制化する国は増えている」と
書くが、「(他人の)出自を知る権利」についても、何とかしてもらえないだ
ろうか。
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