自分の親がだれなのか。それを知ることができない子供は、さぞ不安な気持
ちにとらわれることだろう。いまどきそんな子供がいるのか、と訝る人が多
いと思うが、いる、たしかにいる。それも、こういう時代だからこそ、いる
のである。不妊治療の一環として、匿名第三者の精子を使った人工授精(AID)
を行うケースが増えている。AIDによって、これまでに1万人以上が生まれ、
さらに今年には、匿名第三者の卵子による出生もはじめて公表されたという。
12月3日付の朝日新聞の社説《出自知る権利 いつまで放置するのか》によ
れば、そういう子どもたちは「親に裏切られたという怒り、遺伝的ルーツが
わからないことに伴うアイデンティティーの喪失感、近親婚への不安、それ
らに伴う心身の不調など」の深刻な問題をかかえている。自分の親がだれな
のか、ーーそれを知ることができない子供たちが不安にとらわれる、そのい
ちばんの原因は、彼らがアイデンティティーを見出せないことにある、と、私
は考えている。人はだれも、自分を一つの係留点につながれた者として認識し、
そこにアイデンティティーを見出す。アイデンティティーを見出せないとは、
自分をつなぐ係留点を見出せないことであり、そうなれば人は、大海を漂流す
る小舟のように、あてどなく大波小波に揺られ続けるしかない。
自分をつなぐ係留点、ーーそれは親や家族であることもあれば、郷土や国家
であることもある。国家にアイデンティティーを見出そうとする気持ちは、
肥大化すれば、愛国心へと成長する。経済や文化のグローバル化が進み、国
境の無意味化が進行する現代では、国家が係留点としての役割を果たせなく
なり、人々はアイデンティティーを見失って、国際社会の大海に漂いはじめ
ている。自分の親がだれなのか、それを知ることができない子供たちとさほ
ど変わらない。
忘れてはならないのは、他者に対する了解も、自分に対する了解と基本的に
違わないことである。相手がどういう人物なのか、どこで生まれ、どういう
家庭で育ったのか、今はどういう仕事をしているのか、ーーそういうことが
分からないと、我々は安心してその人と付き合うことができない。恋人の仲
になり、結婚を考えはじめた相手ともなれば、その思いはひとしおである。
君はどこで生まれたの、育ってきたの♪♪
(井上陽水「いつのまにか少女は」)
そこへ行くと、現代は実に生きにくい不幸な時代だと言わなければならない。
個人情報保護法ができたせいで、相手がどこのだれであるか、我々は知る手
立てを失い、互いに無表情の仮面をかぶりながら、不安をいだきつつ付き合
わざるを得なくなっている。朝日の社説は「(自己の)出自を知る権利」の
保護を求め、「欧州を中心に出自を知る権利を法制化する国は増えている」と
書くが、「(他人の)出自を知る権利」についても、何とかしてもらえないだ
ろうか。
ちにとらわれることだろう。いまどきそんな子供がいるのか、と訝る人が多
いと思うが、いる、たしかにいる。それも、こういう時代だからこそ、いる
のである。不妊治療の一環として、匿名第三者の精子を使った人工授精(AID)
を行うケースが増えている。AIDによって、これまでに1万人以上が生まれ、
さらに今年には、匿名第三者の卵子による出生もはじめて公表されたという。
12月3日付の朝日新聞の社説《出自知る権利 いつまで放置するのか》によ
れば、そういう子どもたちは「親に裏切られたという怒り、遺伝的ルーツが
わからないことに伴うアイデンティティーの喪失感、近親婚への不安、それ
らに伴う心身の不調など」の深刻な問題をかかえている。自分の親がだれな
のか、ーーそれを知ることができない子供たちが不安にとらわれる、そのい
ちばんの原因は、彼らがアイデンティティーを見出せないことにある、と、私
は考えている。人はだれも、自分を一つの係留点につながれた者として認識し、
そこにアイデンティティーを見出す。アイデンティティーを見出せないとは、
自分をつなぐ係留点を見出せないことであり、そうなれば人は、大海を漂流す
る小舟のように、あてどなく大波小波に揺られ続けるしかない。
自分をつなぐ係留点、ーーそれは親や家族であることもあれば、郷土や国家
であることもある。国家にアイデンティティーを見出そうとする気持ちは、
肥大化すれば、愛国心へと成長する。経済や文化のグローバル化が進み、国
境の無意味化が進行する現代では、国家が係留点としての役割を果たせなく
なり、人々はアイデンティティーを見失って、国際社会の大海に漂いはじめ
ている。自分の親がだれなのか、それを知ることができない子供たちとさほ
ど変わらない。
忘れてはならないのは、他者に対する了解も、自分に対する了解と基本的に
違わないことである。相手がどういう人物なのか、どこで生まれ、どういう
家庭で育ったのか、今はどういう仕事をしているのか、ーーそういうことが
分からないと、我々は安心してその人と付き合うことができない。恋人の仲
になり、結婚を考えはじめた相手ともなれば、その思いはひとしおである。
君はどこで生まれたの、育ってきたの♪♪
(井上陽水「いつのまにか少女は」)
そこへ行くと、現代は実に生きにくい不幸な時代だと言わなければならない。
個人情報保護法ができたせいで、相手がどこのだれであるか、我々は知る手
立てを失い、互いに無表情の仮面をかぶりながら、不安をいだきつつ付き合
わざるを得なくなっている。朝日の社説は「(自己の)出自を知る権利」の
保護を求め、「欧州を中心に出自を知る権利を法制化する国は増えている」と
書くが、「(他人の)出自を知る権利」についても、何とかしてもらえないだ
ろうか。