畑に吹く風

 春の雪消えから、初雪が降るまで夫婦二人で自然豊かな山の畑へと通います。

山の畑に行ってみた(その2怖い~)

2017-03-26 06:17:56 | 自然

 ほら、このあたりからですよ「怖い~」の場所は。

尾根でも雪の切れ間が無いと踏んだのはスベルべの誤算。結構切れているんですよ雪がー。

 

 そして、雪が切れて地面、木々が出ているところではこんな花の木も。

雪国の人たちが待ち望む花、その中でも最も早く、まず咲くからの名づけとも言う「マンサク」です。

 

 もうすっかり春の山です。

春の尾根は雪がまだら模様に消えています。

 

 標高が高くなるにつれ、下の村々が良く見え始めます。

でも、家の周りは雪が残り、山の尾根のほうが一足早い春なのかな。

 

 片手にスコップ。肩には消雪剤を散布するためのプラスチック製の桶です。

急な尾根を登り終え、一歩一歩標高を稼ぐしっかりとした足取りかな?

           (続く)

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山の畑に行ってみた(その1マンサク花盛り)

2017-03-26 05:04:01 | 自然

 夫婦二人の暮らしは、思い付きの行動が多い。

「ねー、今日の予定は?無かったら山の畑は?」と言われ、ホイキタとばかりに準備する。

 

 肩にスコップを担ぎ、その先端にはスノーシューをぶら下げる。

JRの踏切を渡ったところで、スノーシューを履きます。

 

 そのスノーシューを履いた場所で行先の山を見上げます。

特殊な地形ですよね。尾根の先端の左はスベルべが呼ぶところのビューポイント。

 

 今年は初めての山の畑行きであり、もっとも短いコースを選んだ。

コースとは呼んでも、ただ急斜面ではなくて登れるというだけの事。雪解け水にフキノトウが見えます。

 

 スベルべママはピンクのスノーシューを履いています。

何年か前にブルーのスベルべのスノーシューとセットでそろえています。

 

 時折ポケットからカメラを取り出すスベルべを尻目に快調な足取りのスベルべママ。

ところが、この後急こう配の尾根にとりつくと「ヒエーッ~怖い~」の先発になります。

            (続く)

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連載104-2「雪下ろし」(その2終わり)

2017-03-25 07:20:49 | 暮らし

 昭和56年かな。遠く若き日のスベルべママと上の娘。手前のピンクの上着は下の娘。

この細い道路を埋めないように、朝早く除雪車が来る前に雪下ろしをしていた。


 今は無くなったけれど、無人の電話中継所があり、除雪は亡父の仕事だった。

左に見えるのは平成二年に建て替える前の我が家です。


 平成2年に今の家に建て替えました。

駅前通りは次々と我が家と同じスタイルの家になりましたね。


 我が家の前にはロータリー除雪車が見えます。

我が家の左は空き家になっていましたが、高床二階建て片屋根の我が家の半分の高さです。


              雪下ろし


 それでも屋根から卸した雪の処理は大変だった。

家の前は朝の除雪車が通った後に雪を投げようものなら、たちまち交通渋滞を引き起こす。

そうならない為には、除雪車の前に雪を降ろし片付けてもらうしか方法は無い。雪の朝、除雪車の出動は早い。

 

 そして降ると思っても天気予報がはずれ降らない事だったままあるのだ。

道はふさげない、屋根雪は下ろさなければならない。屋根雪が溜まると三時半頃から起き出す。

 

 二階の窓から除雪車の黄色の回転する作業灯を探すのだ。

見えたら素早く私達夫婦は支度を整え、幼い子供達が目覚めぬよう祈りながら外に出て屋根に上る。

 

 除雪車を屋根の上から再確認し、一気に道路めがけて雪を投げ落とす。

家の横や、後ろはともかく道路に面した前側はこれしか方法が無かった。

前側が終わると息つく間もなく残りの部分を落とす。 

 

 終わって家に入り、子供達の寝姿を見て安堵する。汗で濡れた体が冷え切る前に一風呂浴び、それから朝食になる。

そして、休む間もなく仕事に出ていたのだから我ながら驚く。

 若かったとは言え我ながらよく働いた。今の時代と較べると考えられない時代だった。

でも、なんだか落ち着いていてのんびりと幸せな時代でもあったように思うのはなぜだろう。

 

 そして、平成二年に待望の自然落下式屋根と地下水小雪併用の家を新築する事になった。

集落でも早い方で、周囲には羨ましがられたものだった。

それからはあの辛かった冬も手持無沙汰状態に感じられ、しばらくは落ち着かない冬を過ごした。

                (終わり)

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微笑ましい卒業式

2017-03-25 05:24:06 | 暮らし

 昨日はスベルべの母校でもある、小学校の卒業式に来賓として出席。

毎年、春と秋にバドミントンクラブの指導に行く、通いなれた体育館が式場です。

 

 式次第、名簿等が入った封筒と式菓子をいただきました。

いやー、すごいなー。スベルべは第二回の卒業生なんですから。へへ、卒業生代表でしたね。

 

 今年の卒業生は、14名。スベルべの学年は二クラス98名でしたから隔世の感があります。

最近まで、団塊世代の代表で最高数なんて言っていましたが、実は次学年は100名を超えていました。

 それが、二クラスだったのですから、父兄の授業参観なんて教室に納まりきれない。

親は廊下側のガラス戸を開けて授業を見ていたのでしたから驚きですね。

 

 「全校児童呼びかけ」と言う卒業生と在校生のエールの交換。

可愛かったですよ、下級生の何人かは涙をこらえきれずに流していましたから。

 

 在校生が、卒業生一人一人に花を手渡します。

小規模校が故のアットホームな暖かな雰囲気に包まれた卒業式は少人数ならばこそ。

 かろうじて複式授業にはならないぎりぎりの生徒数の学校になってしまいました。

くどいけれども、今の全校児童数はスベルべの一学年分よりも少ないのですから。

 都会の大規模な学校も、それはそれでよいところもあるでしょう。

でも、恵まれた自然環境と、立派な設備の小学校。

山村とまでは行かないかも知れないけれど、人情味にあふれる我が母校に留学させませんか、お孫さんを。

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連載104-1「雪下ろし」(その1)

2017-03-24 16:57:15 | 暮らし


     雪下ろし

 

 今でこそ雪国の民家の屋根は、自然落下の滑り落とし方式や、ボイラーで暖めた温水を屋根裏に配管する方式。

又、暖かくなった部屋の空気を屋根裏に回して雪を消す方式などが増えた。

 

しかし20年ほど前までは人力で屋根雪を下ろすのが当たり前の仕事だった。

大晦日までに、下ろさなければ儲けもの。十二月中に何回も屋根に上がると、大雪の悪い予感がしたものだ。 

雪下ろしも十回までは数えるが、それ以上になると数えるだけで苦しくなるから忘れるようにしていたものだ。

 

 今のように土日休みの週休二日制など一般的では無かった。

その貴重な休みの時間を朝から晩まで費やして、屋根の雪を処理する。

たまさかの休日とせいぜい遅くまで休んでも、八時頃までには始めないと一日の先行きが不安になる。

 

身支度を整え足元は、滑落を防ぐ意味と、踏ん張りを利かせるためにカンジキで固める。

スノーダンプが考案されたのは何時だったのか記憶に定かではない。

昭和四十年代も半ば過ぎのことだと思う。その出現は除雪作業の概念を大きく変えた。

まさにダンプカー並みの仕事量が可能になったのだった。

                 (続く)

 

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