ぼくらの日記絵・絵心伝心 

日々の出来事や心境を絵日記風に伝えるジャーナリズム。下手な絵を媒介に、落ち着いて、考え、語ることが目的です。

マスクと口腔内の細菌

2020年08月11日 | 日記

赤い花の扶養

 私は特別鼻息が荒いわけではないが、マスクをかけると口の周りがびっしょりになる。夏場はいっそうである。そのマスクは、外した後、口に面した側を表にして乾かし、また必要な時にそのマスクをかける。予備のマスクを持っているわけではない。なんか不潔だな、と思いながら、そうしている。家に帰ったら石鹸をつけて簡単に洗って干す。
 皆さん、どうしているのだろう。予備のマスクを2〜3枚、用意しているのだろうか。
 テレビでマスクの保管方法を紹介していた。
 外したマスクは口に面した側を内側に畳んで、外気に触れないように封筒のようなサックにしまうというのである。なんだか、わたしには違和感がある。
 呼気で放出される口腔内の唾液や空気の中には、たくさんの細菌が潜んでいるように思うので、これを内側に畳んでしまっては、細菌が増殖する絶好の環境になるのではないのか、と懸念するのである。ちなみに口腔内には300種の細菌がいると言われている。それらの細菌は、通常は唾液と共に胃に流し込み、胃の中の強力な酸で菌を殺すことになるが、口腔内では常在菌と共に生きている。それがマスクに付着してくるのではないだろうか。また長時間、マスクを掛け続けるのも、マスクが細菌を増殖する培養器の役割をするのではないだろうか、などなど。
 マスクは外部から細菌の侵入を防ぐには不向きで、自分の持つ細菌を外に吐き出すのを抑制する効果があるとされている。(医療用のマスクは別)だからコロナにかかっていない大多数の人が、普通にマスク掛けするのは、どういう意味と役割があるのだろうか。
 一部海外や政治団体がマスク不要の運動を始めかけているが、元々マスクに対する疑念があるのだろう。
 わたしは前回同様、マスクを否定しているわけではなく、時と場所を選ぶべきだと思うので、その保管方法が気になるのである。【彬】

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マスクをはずそう

2020年08月06日 | 日記

遅咲きのキンカンがやっと花咲きました。

 コロナ禍からの出口がみえない。国や自治体は、どういう状態になったら今日の自粛を中止しようとしているのだろうか。
 毎日集計発表される感染者が、ゼロあるいはゼロに近くなることを待っているのだろうか。
 そんなことをしていたら、1年待っても、2年たっても収束できない。
 ウイルスというのは動物や人類に付着し、共に生存する微生物だからだ。コレラや赤痢がなくならないとこと同じである。PCR検査で陽性者を発見し続けていれば、終わりがないのはわかり切ったことである。そして不安の種を撒き散らす。
 だから私は、マスクを外ずそうと思う。マスクを外し、堂々と道路を歩きたい。みんながマスクを外すことで、コロナに対する過剰なのめり込み心理が鎮るのではないだろうか。マスクをしないとマナーに反するかのような空気を一掃したいのである。それが出口の一歩になると思う。
 ただし混雑する電車やラッシュ時の駅は別だ。コロナに限らない病原菌が渦巻いている可能性があるからである。またスーパーなど食品売り場も同様だ。常日頃からここがもっとも衛生的であるべきところだからである。
 ちょうど今は、熱中症が問題になる季節。その対策としてもマスクを外すちょうど良いタイミングだと思う。熱波が襲うような昼日中に、宅配便に従事する人たちがマスクをかけて勤務している姿は異常だ。なんとかしたいと思うのは私だけではあるまい。
 皆がマスクを外せば、コロナに対する過剰な心理が後退すると思う。それが私たち生活者ができるコロナ対策の出口だと思う。【彬】

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コロナはいつまで

2020年08月01日 | 日記

ツユクサ

 コロナウイルス、依然として収まりがつかない。かれこれ半年を過ぎた。家内が言う。「あなた、梅雨明けには収束すると言っていたよね」と。確かに。私が楽天家だからではない。ほとんどの人が、夏前には収まるだろうと思っていたはず。だから緊急事態宣言が解除になって皆がホッとしたはず。
 ところがである。きょうの発表では、都内の感染者は470人を超えた。やれやれ、である。
 煽動者たちは、それ第ニ波がきた、ウイスルはより強力に変異しているなどと、言い立てているが、しかし私はそんなに心配はしていない。
 というのも、発表されているデータは、感染者と陽性者の区別がはっきりしないからだ。
 コロナは撲滅の対象ではなく、共存(with)の対象だというのは、世界共通の了解事項だ。であるのだから、感染と陽性はしっかり区別する必要がある。陽性というのは、いわば一種の共存である。そして共存できなくなると、高熱など発症する。今発表されている感染者というのは、単に陽性者ではないのか、と思うのである。本日の都内の感染者470名というのは、単にPCR検査による陽性者なのではないのか。
 ならばいくら多くても構わない。それを発症させなければよいだけのことである。
 PCR検査で調べれば、私たちのほとんどが陽性者なのだと思う。それを結核予防とか花粉症対策とかの免疫力で、発症させないですませている。
 とはいえ、このバリアも万全ではない。後は私たちは自己責任で、日常生活をコントロールし、共存の道を探るしかない。マスク、三密、手洗いとかいっているが、同時に大切なのは体調管理。駅や車内の密集、職場でのコミュニケーションなどを通して、体内に流れ込んだ僅かなウイルスが、体調につけ込んんで、増殖することを防ぐしかないのである。
 体調を崩すのは、ほとんどの場合、日常を変化させることが原因。例えば、遠出をする、深酒をする、深夜まで仕事をして寝不足になる、など。
 疫学やら医者とかに縁遠い私たちにできることは、これ以外にない。
 緊急事態宣言など、社会経済状況を無視した、過度なコロナ対策ほど無益なものはない。【彬】

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