新・空と鷹と鉄の間に

ヒコーキ、ホークス、鉄道好きのブログです。

賢島から帰路

2021-10-31 12:37:00 | 旅行
伊勢志摩の朝。

早朝に宿の周辺をお散歩。朝の空気を吸いながら歩くのもいいものでした。
チェックアウトぎりぎりまでぐだぐだして、送迎バスで賢島駅へ。

賢島1230発の名古屋ゆき特急伊勢志摩ライナーに乗って帰路に着きます。帰りもデラックスカーです。

おはようございます

2021-10-30 05:56:00 | 旅行
おはようございます。

6月に乗って以来、4か月ぶりの東海道新幹線の東京駅です。

始発ののぞみ1号に乗って久しぶりの泊まり旅です。名古屋で下車して、近鉄特急で伊勢神宮へ参拝に行ってきます。
体感的に明らかに移動が始まりつつあり、のぞみ号も東京駅も人が増えています。あのすっからかんの東京駅を見ているので多いと感じますが、以前に比べると少ないことは確かです。

東日本の新幹線ホームには上越新幹線とき301号が停車中。まだ新しいF30編成でした。


ふらっと電車に乗って

2021-10-29 20:46:34 | 鉄道

緊急事態宣言明けの10/2の土曜日。都県境を久しぶりに越えて電車に乗って出かけてきました。今回はもうすぐ引退する電車に乗りに行きました。

10時前に舞浜を出発して、京葉線と中央線快速電車を乗り継いで新宿駅へ。

新宿からは京王線の準特急橋本ゆきに乗ります。あまり聞きなれない種別ですが、京王線ではスタンダードな種別。昼間の20分のサイクルに京王八王子ゆき特急、高尾山口ゆき準特急、橋本ゆき準特急が走っており、特急と準特急の差は、特急は調布までの間に明大前のみ停車するのに対し、準特急はさらに笹塚と千歳烏山に停車するの違い。さらにその20分サイクルに区間急行と快速が入り、各駅停車も含めて20分サイクルの中に実に7本の電車が走っています。それを複線でさばいている京王の凄さです。その準特急に乗って相模原線の橋本へ。
笹塚で都営新宿線からの急行と接続。笹塚と明大前からはちょっと乗ってきましたが、ほとんどガラガラのまま走りました。京王多摩センターで先行の区間急行を追い抜いて橋本に到着。

橋本で早めのお昼を食べて相模線に乗ります。
相模線は205系500番台4両編成で運転されており、基本番台と全く違うデザインの前面になっています。

1991年の相模線電化の際に新製された205系500番台は基本番台と違う前面形状のほかドアエンジンも変更されており、このドアエンジンは武蔵野線用に新製された基本番台最終仕様車にも反映されています。ドア鴨居部分がやや斜めになっており、車両全体でその部分が傾斜しているのが特徴です。また運転席周りでもモニタ装置が搭載され、製造当初はNECのPC-9801シリーズが搭載され話題となっていました。

パンタグラフはのちの改造でシングルアームパンタに交換されています。また他の205系とは違い幕板部のラインカラー帯が省略されているのも特徴となっています。
相模線の205系は今年度中に新型車両に置き換えが決定しており、すでに後継車両のE131系500番台が登場しており、11月18日に運転を開始するそうです。置き換えが始まるとあっという間に置き換えられ、撮り鉄・乗り鉄とも集まること必定なので早めにやってきた次第です。それでもカメラを持った男たちがウロウロしていました。

茅ヶ崎行き電車に乗り今や貴重な直流モーターの音を聞きながら過ごします。海老名からは相鉄線に乗ろうかと思っているのですが、乗換駅の海老名では降りず厚木まで乗ります。

厚木で相模線を降りて、

小田急線に乗り換え。厚木駅は厚木市になく海老名市にあるのは有名な話。相模川の向こうが厚木市になり、小田急線の厚木市にある駅は本厚木駅を名乗っています。各駅停車新宿行きに乗って1駅海老名で下車。こんな面倒なことをしているのは海老名駅のJR駅と小田急・相鉄線の駅が離れていて、歩きたくなかったからです。

海老名で小田急線から相鉄線に乗り換え。JRとの直通運転をして運転系統が大幅に変わった相鉄線ですが、直近のダイヤ改正でさらに運転形態がかわり、JR直通が各駅停車になり、横浜行きは快速と特急に建て替えられました。とはいえ快速も実質的に各駅停車のようなもの、特急横浜行きを待って横浜へ向かいます。

横浜で相鉄線から京急線に乗り換え。神奈川新町までエアポート急行に乗り、普通に乗り換えて花月総持寺駅へ。別に横浜駅でも待っていても同じだったのですが、なんとなく乗り換えました。花月総持寺駅から少し歩いてJR鶴見線国道駅へ。

国道駅は知る人ぞ知る駅。駅のあちこちにレトロな雰囲気が残り、時が止まったかのような景色が広がっています。無人駅で自動券売機が置かれているだけですが、その自動券売機も2022年3月には撤去されてしまうそうです。まあ、ほとんどがSuicaなどのIC乗車券利用で、鶴見線は鶴見駅で中間改札口があり、そこで精算ができるので、やむを得ない措置と思います。

鶴見線でも205系が残り少ない活躍をしています。こちらは山手線の中間電動車ユニットに埼京線・総武線の付随車をつけて先頭車改造した編成。3両編成ですが、ドア窓の形状が違っています。

鶴見で折り返して着た浜川崎ゆき電車に乗って浜川崎へ。

浜川崎で南武支線の205系に乗り換え。こちらは205系転用初期に登場したオール電動車の2両編成。総武線各駅停車で活躍していた中間電動車ユニットの先頭車改造車です。ほとんどが鉄道ファンの乗客で、途中駅ではカメラを構えた撮り鉄がいました。貨物列車を牽引している電気機関車に珍しいのでも入っていたのでしょうか。こちらは八丁畷駅で下車。

八丁畷からは京急で帰ります。八丁畷から一駅の京急川崎で都営線直通の快特高砂行きに乗り換え。

京急川崎から乗った快特はKEIKYU YELLOW HAPPY TRAINでした。ちょっといい気分になり、大門で都営大江戸線、門前仲町で地下鉄東西線に乗り換えて帰りました。
 
 

東京臨海高速鉄道開業記念乗車券

2021-10-24 13:30:00 | 鉄道
新木場ー大崎間で運行されている東京臨海高速鉄道りんかい線。このりんかい線は近いことから1996年の開業から記念乗車券を買い求めています。

1996年3月30日に新木場ー東京テレポート間で開業。新木場でJR京葉線、地下鉄有楽町線と接続し、臨海副都心へのアクセスルートとなりました。ただこの時の臨海副都心は今とは違い空き地ばかりで、TVドラマで空き地署と揶揄されていたとおりなにもありませんでした。


二つ折りになったきっぷの内側は路線図と各駅の駅舎の写真。特徴的な国際展示場駅は一面フルに使われています。乗車券は新木場ー東京テレポート往復の大人・小人きっぷがセットされていました。開業時は臨海副都心線と称しており、東京臨海高速鉄道臨海副都心線と呪文のように長かったです。
ちなみに開業日は前日に関西方面へ行っていて、大阪から寝台急行銀河号に乗り、早朝の東京駅で降りて、新橋からゆりかもめに乗って東京テレポート駅へ出ています。

2000年に路線名がりんかい線と変わり、2001年3月31日に2期線が部分開業。東京テレポートから東京港の航路部分の地下を通り天王洲アイル駅まで開業し、東京モノレールと接続し、臨海副都心や京葉線沿線からの羽田空港アクセスが便利になりました.開業記念乗車券は部分開業区間の往復乗車券。硬券乗車券がセットされています。

裏面には路線図と沿線施設のご案内。20年前ですが、すでに懐かしい名称の施設もあります。

そして2002年12月1日に2期線の残りの区間である天王洲アイルー大崎間が開業し、全線開通となりました。同時にJR埼京線と相互直通運転を開始し、新木場から新宿、赤羽、大宮方面に乗り換えなしで行けるようになりました。
記念乗車券は乗車証明書付きの往復割引乗車券です。
りんかい線は羽田空港への最短ルートであり、渋谷、新宿方面へ一回乗り換えで行け、さらに大崎で湘南新宿ラインに乗り換えられることからかなり利用しています。さすがに池袋以遠であれば地下鉄有楽町線に乗って行った方がいいので、乗るのは新宿までぐらいでしょうか。


市境

2021-10-17 09:50:00 | 日記
浦安市と市川市の境界は地続きとなっています。たまに自転車でブラブラする時にはよく通りますが、なかなか面白いことになっています。

浦安市当代島と市川市新井の境界は道路が市境となっており、道路には浦安と市川のマンホールがずらりと並んでいます。真ん中でずれて設置されているところがほとんどですが、中には縦に並んでいるところも。市の境界線がものすごく感じられる場所です。

ちょっと南下して浦安市北栄と市川市新井の境界線は、まるで壁のように花壇が作られ、往来を拒んでいます。

この境界は地下鉄東西線の高架下を越えて、市川市南行徳の方へ伸びています。東西線高架下の市川市側は高架に沿って道路があり整備されていますが、浦安側は未整備と景色が全然違います。
この辺りは浦安と市川の境界線が未確定になっており、とりあえずの状況がずっと続いているそうです。歩きや自転車ではところどころで切れ目があるので、特に往来に支障があるわけではないのでそのままになっているそうです。

一本の道ですが、市も変われば通りの名も変わります。
今回は浦安と市川の境界をご紹介しました。
ちなみに浦安市は東京都江戸川区とも境界がありますが、そこには旧江戸川が流れていて物理的に隔たれています。ただし、舞浜大橋から南側は境界未確定となっています。