新・空と鷹と鉄の間に

ヒコーキ、ホークス、鉄道好きのブログです。

E 131系

2021-03-31 20:06:00 | 鉄道
3月のダイヤ改正より外房線・内房線・成田線・鹿島線でデビューしたE131系電車。2両編成でワンマン運転を開始し、東京近郊区間でもワンマン運転が始まったということで話題になっています。ただ東京近郊区間ということで、Suicaの利用が浸透していることから、車内で料金の収受をしない都市型ワンマン運転となっています。
海浜幕張から乗った特急わかしお1号は勝浦止まり。安房鴨川方面は乗り換えとなるのは今までと同じですが、待っているのは2両編成のE131系。

前面のイメージはかつて走っていた113系横須賀色のラインイメージのようです。乗り込むとすでに乗っていた人に加えて東京方面からの特急から乗り換えた人で混雑します。特急は5両でしたが、いくら乗客が少ないからといっても2両への乗り継ぎはどうかと思います。ほとんどが終点の安房鴨川まで乗り通したので、繁忙期の乗り換えが思いやられます。
需要の少ない時期はいいですが、房総各線にかつての勢いはないとはいえ、夏場には混雑が予想されるので、臨機応変に対応しないと、レジャー客の逸走は免れません。特にダイヤ改正で普通列車は外房線上総一ノ宮から内房線木更津まで直通運転をし、さらに上総一ノ宮か木更津・君津で接続するのは15両の総武線快速か、10両の京葉線快速なので、場合によってはラッシュ並みの混雑も予想されます。そんな電車に一度でも乗ったら、次からは車にしようか…なんてことにもなりかねません。

基本的には2両編成での運転ですが、朝の通学時間帯にかかる内房線電車は4両での運転になります。まだE131系が所定両数揃っていないので、4両編成の列車には209系が運用されていました。安房鴨川駅で並んだ両者を見ると、同じコンセプトのラインカラーですが、色に差があるのが分かります。
この日は上下を組み合わせて乗降してみましたが、やはり短編成化による混雑は避けられないようで、安房鴨川駅から和田浦駅入り口まで乗った日東交通館山駅ー亀田病院線のバスには電車の混雑を避けたおばさんが乗車していました。この辺りの住人で車を持たない人は、電車又はバスを利用して鴨川または館山へ買い物に行っているようなので、座れないのは困るのでしょう。バスは本数は少ないですが、座れて家の近くで乗降できるので一定の利用があるようです。今後はJRからの乗り換えも出るのではと、思います。

和田浦駅はホームに菜の花が咲いているので、菜の花越しに撮影してみました。ラインカラーの一つがこの菜の花の黄色なので。


月と桜

2021-03-30 19:33:00 | 日記



気がつけば桜の季節となっていました。今年はことさらに季節の動きが早いような気がします。
仕事の帰り道、通り道の公園の桜が見事な花をつけていたので思わず自転車を止めて花見と撮影。ふと気づけば青空には月が出ていました。


これで盃が有れば10点…。


駅+郵便局

2021-03-20 18:56:00 | 鉄道


千葉県鴨川市のJR内房線江見駅は郵便局と駅が一体となっています。駅の中に郵便局と言うのは全国にいくつかありますが、この江見駅は郵便局の中に駅があると言った方がいいような駅になっています。

駅自体は単線区間の行き違いができる2面2線のローカル駅です。駅舎はかつては房総タイプの木造駅舎でしたが、昨年に建て替えられ、駅前にあった江見郵便局が移転して江見駅郵便局となっています。
そしてこの江見駅郵便局は全国初の駅業務を受託している郵便局で、郵便局の営業時間帯には普通乗車券や定期券の発売や無記名Suicaの発売なども行なっています。もちろん郵便局としての業務も行なっており、趣味者も多い日付入り風景印の取扱や貯金業務も行なっています。

駅舎の外にはかつて房総で新聞、郵便輸送を行なっていた郵便荷物電車クモユニ74を模した郵便ポストも置かれています。品川駅構内にも郵便荷物電車を模したポストがありますが、あちらの湘南色に対して、房総でお馴染みの横須賀色となっています。
土曜休日は当然のことながら窓口業務はお休みで、これまた房総ではお馴染みの乗車駅証明書発行機で証明書を発行して着駅精算となるほか、簡易Suica改札機にタッチして乗降するようになっています。


父との思い出

2021-03-19 20:09:00 | 日記
父が突然亡くなってからおよそ3週間が過ぎました。最初の1週間はとにかくいろいろとやることがあり過ぎて、あっという間に過ぎて行きました。父を送り、いろいろな手続きを済ませようやく先週あたりから落ち着いて考えることができるようになってきました。3/14の存在もすっかり忘れて遅延する有様です。
そんな中、父との思い出をつらつらと考えていると、あまり出かけたことがないことに気づきました。最近では10年前の東日本大震災の時に液状化現象を受けた実家を離れ、宮崎県小林市に両親が避難をしていた時に、わざわざサンライズ瀬戸号と開業したての九州新幹線を乗り継いで行って、温泉宿に一緒に泊まりました。その前はさらに10年遡り、東京ディズニーシーグランドオープニングプレビュー期間中に浦安市民招待デーで家族3人で出かけたぐらい。それ以前になるとなんと40年近く前の子供の頃の記憶まで遡ります。
小学校6年生ぐらいまで毎年夏休みに、千葉県鴨川市の太海海岸へ海水浴に家族で出かけていました。当時船橋に住んでいたので、船橋か東船橋から総武線の黄色い電車で千葉駅まで行き、千葉から外房線か内房線の普通電車に乗って行っていました。まだ113系の非冷房車が存在している時で、窓を開けてボックスシートに揺られていたことを覚えています。内房線で行くとそのまま太海に行けますが3時間ほどかかり、安房鴨川乗り換えの外房線経由が多かったです。そのころは特急「わかしお」号に乗るなど高嶺の花で、かろうじて低学年の頃に走っていた165系の急行「外房」号に一度だけ乗った記憶があります。夏の繁忙期には総武快速線から直通していた臨時快速「白い砂」号や「青い海」号があったはずですが、なぜかそちらに乗った記憶がありません。おそらく途中駅の船橋からの乗車で座れない可能性があったので、始発駅で座れる普通電車に乗っていたのでしょう。
そんなことを思い出したら久しぶりに行きたくなり、緊急事態宣言下ではありますが同一県内の移動であることと、感染対策をとって出かけてきました。もちろん花粉症対策も。
海浜幕張から特急わかしお1号に乗り勝浦へ。勝浦と安房鴨川で普通電車を乗り継いでやってきたのは太海駅。今は無人駅となり改札窓口も板で塞がれてしまっていますが、房総地方でよく見られる形の駅舎が残っています。


昔は4両か6両の113系電車でやってきたのですが、この3月のダイヤ改正でついに2両編成のワンマン電車になってしまいました。新しい電車になるのは良いですが、それと引き換えに編成両数が減るのはどうかと思います。

こちらが太海海水浴場の浜辺から見た景色。鴨川松島とその奥に広がる鴨川市街の景色。変わりない景色です。

ここは砂浜と岩場で区切られた小さな浜辺があり、岩場で区切られた浜辺は浅く、また波も岩で打ち消されるため小さな子供には格好の遊泳ポイントでした。低学年の頃は手前で遊泳をして、父親と一緒の時やちょっと大きくなると奥のエリアで泳いでいました。

浜に面して何軒か民宿が建っており、そのうちの一軒にお世話になっていました。この辺りは磯釣りに最適な岩場もあり、民宿は通年営業なのですが、時節柄でしょうかほとんど閉まっているように見受けられました。お世話になっていた民宿も父が若い頃に会社の同僚と共に楽しんでいた磯釣りの際に泊まっていた民宿だったようです。ここにだいたい2・3泊して海水浴を楽しんでいました。その間には海水浴場の他にも行っていました。

潮の香りを感じながら浜から少し歩いて行きます。こんなに狭かったかなあと思う道を歩いてゆくと漁港があり、その対面に浮かぶ島があります。千葉県指定の名勝仁右衛門島といい平野仁右衛門さんが代々所有している、日本でも珍しい個人所有の島です。この仁右衛門島には手漕ぎの和船で渡ることができ、その和船に乗って島に渡り、島の船着場の反対側の磯から入江に向かって泳いだり潜ったりもしていました。岩場がほとんどでしかも外洋とつながっているので海の水は透き通っていて、魚たちと一緒に泳いでいた記憶があります。島内には源頼朝東上の際に上陸をした地や、平野家の住宅などがあり、島内を散策したこともあります。

残念ながら臨時休業中ということで手漕ぎの和船も見当たらず、閑散としていました。が、海の色や透き通るような海水は昔のままで、海を見ながらしばし感傷に浸っていました。目から涙が出ていたのは、きっと花粉症のせいでしょう。
 

10年

2021-03-11 18:46:00 | 日記
あの日から10年が経ちました。
あの日感じた大きな揺れ、繰り返し襲う地震。テレビで中継された津波の映像。今でもはっきり覚えています。
浦安も液状化現象の影響を受けてぐちゃぐちゃになりました。10年経った今、ほとんど元の通りになりましたが、道路の微妙な高低差やところどころで残る爪跡。
先頃の地震でもそうですが、緊急地震速報が出るとかなりドキドキして、緊張状態になります。見かけは復旧していても、やはり心には相当な傷を負っているようです。震度5強だった私が感じているのですから、東北の被災地の方々の心痛は計り知れません。
たかが10年、されど10年。そんな思いを新たにした日です。