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ティラノサウルス・マクラエーンシス


Copyright 2024 Dalman et al.

ついこないだもグレゴリー・ポールの3種説を、トーマス・カーら専門家が全力で否定したばかりである。ティラノサウルスが何種あるのかという問題については、今後もなかなか議論が尽きないのだろう。しかしそれは別にしてもティラノサウルスの起源がどこなのかという問題について、大きく貢献する研究である。
 Scientific Reportsの論文はコンパクトにまとまっているし、海外の動画も3つくらい上がっている。よって私が紹介する立場にないので詳しくは書かない。

ティラノサウルス・マクラエーンシスTyrannosaurus mcraeensis は、カンパニアン末期からマーストリヒティアン初期(Hall Lake Formation)に、ニューメキシコ州シエラ郡Sierra Countyに生息したティラノサウルス属の新種で、2024年に記載された。ティラノサウルス・レックスよりも600-700万年も古い生息年代ながら、ティラノサウルス・レックスと同等の大きさ12 mであったと推定され、ティラノサウルスの大型化がララミディア南部で起きたことを示唆している。

ティラノサウルス・マクラエーンシスのホロタイプ標本NMMNH P-3698は部分的な頭骨で、右の後眼窩骨と鱗状骨、左の口蓋骨、上顎骨の断片、下顎(左の歯骨、右の夹板骨(板状骨)、前関節骨、角骨、関節骨)、分離した歯、血道弓からなる。

ティラノサウルス・マクラエーンシスの特徴は、後眼窩骨の角状突起が低く後方に位置するなど13くらいあるが、ティラノサウルス・レックスとの違いを示した図をみるのがわかりやすい。
 後眼窩骨にはティラノサウルス亜科に典型的な、背方に突き出した大きな角状突起cornual process, cornual bossがある。ティラノサウルス・レックスでは角状突起が前方に強く膨らんで、その頂点が前方、つまり眼窩の上にある。それに対してティラノサウルス・マクラエーンシスでは角状突起が前方に膨らんでおらず、頂点がより後方にある。
 また後眼窩骨の前頭骨・前前頭骨との関節面(のある突起)は、ティラノサウルス・マクラエーンシスでは前方を向いているが、ティラノサウルス・レックスでは前腹方を向いている。

最もわかりやすいのは歯骨の下側のラインである。ティラノサウルス・レックスでは下顎のつけねがぐぐっと膨らんでいるので、歯骨の後端部は太く、後腹側縁が下がっている。それに対してティラノサウルス・マクラエーンシスでは歯骨の後端部は丈が低く、後腹側縁のラインはむしろ上がっている。つまり下顎の下縁のラインがほとんどまっすぐになっている。これはティラノサウルス亜科の中でもユニークな特徴であるが、タルボサウルスやズケンティラヌスにより近いという。この歯骨の大きさから、ティラノサウルス・マクラエーンシスはスコッティのような最大級のティラノサウルスよりは小さいものの、ティラノサウルス・レックスと同等の大きさと推定されている。歯骨の歯槽の数は13で、ティラノサウルス・レックスと同様である。ズケンティラヌスでは15,タルボサウルスでは14-15,ダスプレトサウルス・ホルネリとダスプレトサウルス・トロススでは17である。歯骨の前端の下顎結合symphysisの部分はティラノサウルス・レックスと同様に丈が高い。この部分は歯骨の腹側縁から急に立ち上がっているので角ばったおとがいをなしているのもレックスと同様である。

系統解析の結果、ティラノサウルス・マクラエーンシスはティラノサウルス・レックスと姉妹群となり、これら2種はアジアのティラノサウルス亜科であるタルボサウルスとズケンティラヌスのクレードと姉妹群となった。
 ティラノサウルス・マクラエーンシスをティラノサウルス・レックスと区別する特徴は比較的微妙なものであるが、後者では多数の個体が知られているので、その個体変異の範囲と比べてどうなのか、が検討できる。その結果、今回示されたティラノサウルス・マクラエーンシスの特徴は、ティラノサウルス・レックスのどの標本とも異なるものであるとしている。またマクラエーンシスの標本はレックスの成体と同等の大きさなので、成長段階による違いとは考えられない。また著者らは、マクラエーンシスとレックスの違いはそれぞれの骨について1つ以上あることも強調している。

ティラノサウルス・レックスはマーストリヒティアン後期に突然現れているため、その祖先についてはわかっていなかった。最も近縁な種類がアジアのタルボサウルスとズケンティラヌスであることから、祖先がアジアに移動し、その後北米に戻ったという説と、北米に留まって進化したという説があった。今回の系統解析の結果からみると、ティラノサウルスの祖先はララミディア南部に出現し、一つの系統はアジアに渡ってそこでタルボサウルスとズケンティラヌスを生み出した。もう一つの系統は北米で地域固有の進化を遂げ、ティラノサウルスとしてララミディア北部に進出した、というシナリオが考えられる。

ニューメキシコ州のHall Lake Formation がかつてマーストリヒティアン後期と考えられていた理由の一つは、ティラノサウルス・レックスとトロサウルスの存在であった。以前トロサウルスと思われていた角竜は、現在、新種のカスモサウルス類シエラケラトプスとされている。シエラケラトプスは、カンパニアン末期のコアフイラケラトプスなどと近縁とされている。
 Hall Lake Formationの恐竜相には、大型のティラノサウルス・マクラエーンシス、大型のカスモサウルス類シエラケラトプス、アラモサウルスと比較されるティタノサウルス類、大型のハドロサウルス類が含まれていた。これらは同時代の北部ララミディア(カナダ)の恐竜相とは大きく異なっている。当時カナダには、アルバートサウルス亜科アルバートサウルス、セントロサウルス亜科パキリノサウルス、ランベオサウルス類ヒパクロサウルス、ハドロサウルス類エドモントサウルスなどがおり、竜脚類はいなかった。
 ララミディア南部では大型の植物食恐竜が繁栄しており、それに適応して大型のティラノサウルスが進化し、やがてララミディア北部にも広がった可能性が考えられた。

例によってこのティラノサウルスの新種が今後も認められるかどうかはまだわからない。しかし仮に別種ではなくても、このような古い時代からティラノサウルスが存在していたということは、マーストリヒティアン末期の恐竜というティラノサウルスの概念に大きな影響があるに違いない。


参考文献
Sebastian G. Dalman, Mark A. Loewen, R. Alexander Pyron, Steven E. Jasinski, D. Edward Malinzak, Spencer G. Lucas, Anthony R. Fiorillo, Philip J. Currie & Nicholas R. Longrich (2024) A giant tyrannosaur from the Campanian–Maastrichtian of southern North America and the evolution of tyrannosaurid gigantism. Scientific Reports (2024) 14:22124
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (通りすがり)
2024-03-03 08:13:59
今後どのような反証がされるのかは分かりませんが
何にせよ、これ迄よく解らなかった
南部のティラノサウルスらしき化石のモノグラフが出された感じですね。
オホ・アラモのアラモティラヌスが不発に終わって以来でしょうか?

この模式標本、元々マクラエのティラノサウルス、通称エレファントビュートと呼ばれていた標本らしいですね。

テキサスのハヴェリナ(ティラノバンヌス)やエル・ピカチョのティラノ
ユタのノース・ホーンのティラノもマクラエエンシスなのだろうか?
マクラエーンシスが漸次進化してレックスになったのだろうか?

何気にティラノサウルス亜科ティラノサウルス族というのも設立しているみたいですね。
 
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