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アロサウルス・ルーカシ


アロサウルスの中にかなりの変異が含まれることをふまえた上で、最近報告されたアロサウルスの新種、アロサウルス・ルーカシをみるとどうだろう。
 アロサウルス・ルーカシは、1953年に Joseph T. Gregory とDavid Techterにより、米国コロラド州モンテスマ郡Montezuma Countyのマッケルモ峡谷McElmo Canyonのモリソン層から発見された標本である。Dalmanにより2014年に記載された。2つの部分骨格があり、成体は前上顎骨、上顎骨、歯骨、歯、方形頬骨、2個の尾椎、恥骨柄、座骨、脛骨の近位部、完全に近い左足からなる。幼体は歯骨の遠位端と板状骨の断片であるという。

アロサウルス・ルーカシの固有形質は、前上顎骨の長さが強く短縮している、上顎骨が短く丈が高い、方形頬骨の頬骨突起と方形骨突起が短い、方形頬骨の前方突起と方形骨突起の腹側縁が同一線上にある、脛骨のlateral condyleが強く後方に移動している、であるという。

アロサウルス・ルーカシの前上顎骨は、よく保存されているとあるが、外鼻孔の前後の突起は欠けていて前上顎骨体の部分だけである。著者は、およそ長さ11 cm、高さ11 cmとしか書いていない。アロサウルス、モノロフォサウルス、ネオヴェナトル、シンラプトルのようなテタヌラ類では高さより長さが大きいといっている。しかしCarpenter (2010)でみたように、アロサウルス・フラギリスの標本の中には、長さと高さが等しいものと長さが大きいものが含まれている。これでは、アロサウルス・ルーカシの前上顎骨はフラギリスの変異の範囲内に収まってしまうのではないだろうか。固有形質にするほど重要なことなのに、フラギリスの変異に言及しないのはおかしい。

上顎骨も後方の半分ほどが欠けており、上方突起もないので保存がよいとはいえない。これも「アロサウルス・ルーカシの上顎骨体は、前方部で比較的丈が高い」と述べているだけで、他のアロサウロイド特にアロサウルス・フラギリスの標本と比較してどうなのか、何もいっておらず、定量的な表現がない。

「方形頬骨の頬骨突起は破損し、失われている」と書いてある。「しかしながら、復元すると、アロサウルス・ルーカシの頬骨突起はアロサウルス・アトロックス、アロサウルス・フラギリス、アロサウルス・ジムマドセニのそれよりもずっと短いようにみえる」??それは推定ではないのだろうか。関節する相手側の頬骨が保存されているなら推定できるだろうが、頬骨は保存されていない。方形骨突起が短いことについても、それと前方突起が同一線上にあることについても、アロサウルス・フラギリスの標本と並べて(写真や数値データで)ちゃんと比較するべきだと思うが、そういう比較はしていない。

専門家から見て、この新種の根拠はどうなのだろうか。ちょっと気になるのは、Madsen の記載論文は1976 なのに、1993と誤って表記している。おそらくモノロフォサウルスの論文か何かと間違えてコピペしたミスだろうが、アロサウルスを研究する者がMadsen のモノグラフを間違えるとは考えられない。専門家の査読を受ければ指摘されるはずである。

前上顎骨には5本の歯が保存されている。これはアロサウルスの特徴の一つである。シンラプトルやカルカロドントサウルス類では4本であることが記述されている。ただし、アロサウルスで間違いないとは思うが、ネオヴェナトルも5本であることには触れていない。
 アロサウルス・ルーカシではいくつかの分離した歯が見つかっている。そのうち1本の前上顎歯は、歯根付きでよく保存されている。これは右の前上顎骨の5番目の前上顎歯で、多くの点でアロサウルス・フラギリスのものに似ているという。他に8個の部分的な歯があり、これらは上顎骨または歯骨の歯である。歯冠のカーブ、稜縁の向き、部分的に保存された鋸歯の形状はアロサウルス・フラギリスのものに似ている。いずれも稜縁の保存は悪く、鋸歯密度などの情報は得られなかった。
 アロサウルス・フラギリスでは鼻孔下孔subnarial foramenがあるが、アロサウルス・ルーカシではアクロカントサウルスと同様に、鼻孔下孔がないとある。これは意外と重要なことではないだろうか。

参考文献
Dalman, S. G. (2014) Osteology of a large allosauroid theropod from the Upper Jurassic (Tithonian) Morrison Formation of Colorado, USA. Volumina Jurassica, XII (2): 159-180. DOI : 10.5604/17313708 .1130141
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アロサウルスの変異



 以前取り上げたゴルゴサウルスなどを含めて、ティラノサウルス類の場合は成長過程で形態がどのように変化するか、よく研究されているし話題にものぼる。アロサウルスについても当然研究されているが、変異が大きくなかなか難しいようである。アロサウルスでも幼体は後肢とくに下肢が長いようであるが、顔つきは成長段階であまり変化しないらしい。そうはいってもアロサウルス・ジムマドセニ(亜成体)の頭骨はほっそりしているようにも見えるし、頬骨の突出がない以外は、普通の成体と大して変わらないようにも見える。その辺はどうなっているのだろうか。
 また、これは実際にアロサウルスが何種と考えられるのかという問題とも関連してくる。ある骨の長さと高さの比率や、突起の長さなどを新種の特徴(固有形質)としてよいのだろうか。

Madsen (1976)の記載以後、アロサウルスの多数の標本にみられる変異について定量形態学(形態計測morphometry)的研究を行ったのはSmith (1998, 1999など)である。もともとアロサウルスとされる標本は変異が大きく、クレオサウルス・アトロックスとされた顔の長いタイプや顔の短いタイプなど、複数の種が存在すると考えられていた。そこでいくつかの発掘地の多数の標本について膨大な形態計測を行い、多変量解析すれば複数の集団に分かれるのではないか、という期待を含めて研究したようである。結果として、SaurophaganaxとされたAllosaurus maximus 以外は、すべてAllosaurus fragilis 一種と考えられた。しかもSaurophaganax (Allosaurus maximus) については、定量的な解析の結果、別種と結論したわけではなく、Chure (1995)による定性的な形質を尊重してのことである。
 アロサウルスのそれぞれの骨の形態が、成長過程でどのように変化するか具体的に論じたのはLoewen (2009)の研究らしい。しかしこれはユタ大学の学位論文があるだけで、論文として出版されていない。そのため隔靴掻痒たるものがあるが仕方がない。
 その後Carpenter (2010) が形態計測ではなく、骨の形を重ね合わせるsuperimpositionという方法で、視覚的に頭骨のいくつかの骨の形態変異を研究した。これは大変わかりやすい。その結果Carpenterは、Loewen (2009)の形態計測による結論は一部しか支持されなかったとしている。ここではCarpenter (2010)の内容を中心に要点を記録しておく。

Carpenter (2010)は、クリーブランド・ロイドの多数のアロサウルス・フラギリスの標本だけを用いて、同一種の中でどのような変異があるかを解析している。頭骨のうち前上顎骨、上顎骨、涙骨、後眼窩骨、頬骨について、それぞれすべての標本を大きさの順に並べて示している。
 前上顎骨は19個あり、大きさの順にずらりと並んでいる。最も顕著な変異は大きさで、これは成長段階を反映していると考えられる。次に、前上顎骨体premaxillary body(鼻骨突起以外の本体の部分)の長さと高さの比率に変異がある。これは、前後の長さと丈の高さが等しいものから、長さが高さより大きいものまで、連続的に分布している。Loewen (2009)は成長にともなって丈が高くなると結論しているが、Carpenter (2010)によると変異が非常に大きく、そうはいえないという。実際に、大きい標本の中にも小さい標本の中にも長いものと短いものがあり、たとえば最も大きい標本と最も小さい標本を重ね合わせてみると、ほとんど同じ形をしている(輪郭が一致する)。この他、外鼻孔の前縁の形状は四角ばっていたり丸かったり、尖っていたりする。また鼻骨突起の角度も本体と平行だったり傾いていたりという変異がある。いずれも成長過程にともなった一定の傾向ではないという。
 上顎骨は18個あり、最も大きい上顎骨は最も小さい上顎骨の3.5倍以上の大きさがある。上顎骨体maxillary body(上方突起より前方の本体の部分)の相対的な高さに変異があり、丈の高いものから低いものまで連続的に分布している。Loewen (2009)は、成長にともなって丈が高くなると言っている。これについてはCarpenter (2010)も認めており、確かに上顎骨体は丈が高くなるが、その程度は小さいといっている。その他に成長過程にともなう変化としては、maxillary fenestraの相対的な大きさがある。Loewen (2009)もCarpenter (2010)も、成長にともなってmaxillary fenestraは相対的に小さくなるといっている。maxillary fenestraの形は、三角形や四角形に近いものなど変異がある。




 涙骨は20個あり、大きさも形も変異が大きい。涙骨の角状突起(涙骨角、lachrymal horn)は、ほとんど突出していないものから極端に発達したものまで、変異がみられる。最も小さい標本には非常によく発達した角状突起があるのに、それよりひとまわり大きい標本にはほとんどないなどのことから、涙骨の角状突起は成長にともなって発達するわけではない。涙骨の含気孔pneumatic fenestraの形、数、大きさにも非常に大きな変異がある。形は円形、三角形、多角形のものがあり、数は1個、2個、3個のものがあって位置関係も様々である。(このように変異の大きい形質を種の特徴として採用すべきではないと考察している。)前方突起と腹方突起のなす角度も、非常に狭いものから直角以上に開いているものまで変異がある。驚くべきことに、この角度も連続的に分布しており、非常に狭いものだけを病理的として排除するわけにもいかないという。Carpenter (2010)は、特に顔の短い個体がいたのではないかと述べているが、これも別種ではなく種内変異の極端なものと考えている。
 後眼窩骨は9個あるが、大きさはあまり変わらない。非常に小さい、幼体と思われる標本はないので、成長段階の情報はあまり得られない。前方突起の長いものと短いもの、腹方突起の太いものとほっそりしたものといった変異がある。
 頬骨は12個あり、最も小さい標本は最も大きい標本の1/2くらいである。眼窩の下縁の形はV字形のものとU字形のものがある。後眼窩骨突起の角度は、垂直なもの、やや前方に傾いたもの、やや後方に傾いたものがある。後眼窩骨突起の長さも、長いものと短いものがある。頬骨の腹側縁は、顕著に突出したものとなだらかなものがある。Loewen (2009)はこの突出をventral deflectionと呼び、成長とともに発達するといっているが、Carpenter (2010)によると変異が大きく、成長につれて発達するとはいえないとしている。写真をみると確かに、小さい標本の方がなだらかというわけでもなさそうである(大して変わらない)。ところでアロサウルス・ジムマドセニは、頬骨のventral deflectionがほとんどないことが特徴とされている。写真をみると確かにジムマドセニの頬骨の腹側縁は、フラギリスのどの標本よりも直線的(屈曲していない)にみえる。しかしCarpenter (2010)は、フラギリスの中にもかなりなだらかな標本もあるので、この形質の有用性ははっきりしないと述べている。
 全体としてCarpenter (2010)は、Loewen (2009)の結論は一部しか支持されないとしている。成長過程で上顎骨の高さなど一部の骨の形は変化するが、多くの骨の成長は等成長isometricで、形は変わっていない。よってアロサウルスの場合、頭骨のプロポーションはあまり変わらないということである。また、新種の1個体の標本について、涙骨の角状突起のように変異の大きい形質を固有形質とすることは問題があると警鐘を鳴らしている。

参考文献
Carpenter, K. (2010) Variation in a population of Theropoda (Dinosauria): Allosaurus from the Cleveland-Lloyd Quarry (Upper Jurassic), Utah, USA. Paleontological Research, 14: 250-259.

Loewen, M.A. (2009) Variation in the Late Jurassic theropod dinosaur Allosaurus: ontogenetic, functional, and taxonomic implications. PhD Thesis, University of Utah.

Smith, D. K. (1998) A morphometric analysis of Allosaurus. Journal of Vertebrate Paleontology, 18:1, 126-142.

Smith, D. K. (1999) Patterns of size-related variation within Allosaurus. Journal of Vertebrate Paleontology, 19:2, 402-403.
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