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アンガトゥラマ/イリタトル



アンガトゥラマとイリタトルは、白亜紀前期(おそらくオーブ期)にブラジルに生息したスピノサウルス類で、共にブラジル北東部アラリペ盆地のサンタナ層ロムアルド部層から発掘された。面白いことにアンガトゥラマは吻の前端部、イリタトルは頭骨と下顎の後半部だけが見つかっているため、同じ種類かどうか比較できないが、多くの研究者はアンガトゥラマとイリタトルは同じ種類(同属)と考えている。

 アンガトゥラマの模式標本は前上顎骨と上顎骨の一部で、Kellner and Campos (1996)によって記載された。アンガトゥラマの特徴の一つは吻が非常に細長く、縦に扁平な形をしていることである。スピノサウルス類の吻の先端、つまり前上顎骨の前端は背側からみるとスプーン状に膨らんでおり、この部分をterminal rosetteという。アンガトゥラマではこのterminal rosetteがバリオニクスほど広がっていない、つまりバリオニクスよりも細いのが特徴である。もう一つの特徴は、前上顎骨に矢状稜(とさか、sagittal crest)が発達していることである。模式標本の背側の輪郭は部分的に欠けていて正確な形はわからないが、前上顎骨の前端付近から後方にかけて、正中の矢状稜があると考えられている。
 完全に保存された歯はなく、ほとんど歯根か歯槽だけが保存されているようである。前上顎骨には7本の歯があり、上顎骨には前方から3番目までの3本の歯が保存されている。歯の大きさは1番目から3番目にかけて大きくなり、3番目から6番目にかけては小さくなり、それから10番目(3番目の上顎骨歯)にかけて再び大きくなっている。折れて切り株状になった歯をみると、断面の形は円形で、前縁にも後縁にも鋸歯はない。

イリタトルの頭骨は、Martill et al. (1996) が最初に記載した時にはプレパレーションが不完全で、開口部にも母岩が詰まった状態であった。Sues et al. (2002) は完全にプレパレーションされた完模式標本を詳細に観察し、記載した。その結果、多くの点がMartill et al. (1996)の記載とは異なっていることがわかった。例えば最初の記載では、翼竜のように後頭部に突き出したとさか(frontoparietal crest)があると考えられていたが、この骨は頭骨とつながっていないことがわかった。

 イリタトルの特徴としては、鼻骨の正中線上に顕著な稜があり、鼻骨の後端はやや背腹に扁平な取っ手状knob-likeの突起になっていること、頭頂骨の背面が後背方を向いており、脳函の垂直軸が前腹方を向いている(つまり後頭部が傾いている)ことなどがある。しかしスピノサウルス類の頭骨で充分に完全なものは他にほとんどないため、これらの特徴がどの範囲まで当てはまるか(イリタトルの特徴なのか、スピノサウルス亜科の特徴なのか、等)明らかではないという。スピノサウルス科の中では、歯の形質においてイリタトルはスピノサウルスと最もよく似ている。歯冠はほとんどまっすぐな円錐形で、歯冠の稜縁ははっきりしているが鋸歯が全くないこと、エナメルが薄く、歯冠の唇側にも舌側にも縦ひだflutingがあることなどである。バリオニクスの歯冠には非常に細かい鋸歯があり、舌側にのみ縦ひだがある。
 Kellner and Campos (1996)が記載したアンガトゥラマの吻について、アンガトゥラマの前上顎骨は細く、背面に稜があることがイリタトルの吻の細さや鼻骨の稜と一致する、アンガトゥラマの上顎骨歯のうち前方の歯が大きいことがイリタトルと一致する、歯の形質が一致するという点から、アンガトゥラマとイリタトルは同じ種類としている。

 Sues et al. (2002) は、イリタトルとバリオニクスやスコミムス(おそらくバリオニクスと同属と考えている)に共通する頭骨と歯の派生形質として、以下の形質をあげている。(1)頭骨全体が非常に細長く、特に吻部が細長い。(2)外鼻孔が吻の前端近くではなく、ずっと後方に位置する。(3)左右の上顎骨が正中で広く結合して、二次骨口蓋を形成する。(4)上顎骨の前方部が非常に長く伸びて鼻孔下突起subnarial ramus となり、外鼻孔の下で前上顎骨と鼻骨を隔てている。(5)上顎骨歯の歯冠はまっすぐかわずかにカーブする程度で、その形は扁平でなく断面が円形である。(6)アンガトゥラマの吻が実際にイリタトルのものであれば、前上顎骨歯が7本ある。(7)癒合した鼻骨の後端部が取っ手状の突起となる。(8)鼻骨の後端部と前前頭骨、前頭骨の間に狭い開口部(postnasal fenestra)があるようである。(9)涙骨の前方突起と腹方突起のはさむ角度が、他の獣脚類よりもずっと小さい(35°-40°)。(10)脳函が前後に短く、背腹に丈が高く、後頭顆よりもずっと下に伸びている。
 これらの特徴からスピノサウルス科としてまとめられるとしている。このうち(7)の鼻骨の後端の突起はイリタトルの特徴にあげられていたものとほぼ同じのようである。

 頭骨は全体に細長く、特に吻が細長い。吻の前端が欠けた断面をみると、三角形に近い形で幅よりも丈が高い。吻の側面は垂直に近い急な傾斜をなす。前眼窩窓も眼窩も後背方に伸びた形をしている、つまり斜めになっている。それに伴って頭頂部が後背方を向いている。上顎骨にはmaxillary fenestra やpromaxillary fenestraはない。
 鼻骨には正中のとさかが発達するが、結局とさかの範囲は前頭骨の上までで、バリオニクスとそれほど変わらないようにみえる。とさかの背面は広範囲に破損しているため、とさかの正確な高さや形はわからない。鼻骨の後端は突起となって前前頭骨と前頭骨の上に覆いかぶさっているが、この鼻骨の後端と前前頭骨・前頭骨の間に狭いすきま(穴)があるようにみえる。バリオニクスにも同様の穴があるようで、Charig and Milner (1997)はpostnasal fenestraとよんでいる。ただしイリタトルの場合、このすきまは鼻骨と前前頭骨・前頭骨の結合面が分離してできたものという可能性もあり、実際にpostnasal fenestraが存在することを確認するためには、さらに頭骨の標本が必要であるとしている。

 Sereno et al. (1998) はスコミムスの復元に際して、頭骨全体にわたって丈の低い形に復元し、Charig and Milner (1997) によるバリオニクスの頭骨の復元に対しても、後頭部の丈が高すぎると批判していた。しかしイリタトルの頭骨では、吻部に比べて後頭部は実際に丈が高いことがわかった。

 大恐竜展で展示されているのは、なかなか美しい復元骨格であるが、胴体はすべてスコミムスあたりを参考にしているはずである。図録の解説はケルナーさんが執筆しているのでアンガトゥラマであるが、イリタトルのイの字も出てこないのはどうなの?イリタトルの方が1ヶ月早く記載されたので先取権がある。確かに同じ種類とわかれば、アンガトゥラマは消滅してイリタトルに統合される。

参考文献
Kellner, A. W. A. and D. de A. Campos. 1996. First Early Cretaceous theropod dinosaur from Brazil with comments on Spinosauridae. Neues Jahrbuch fuer Geologie und Palaeontologie, Abhandlungen 199:151-166.

Sues, H.-D., E. Frey, D. M. Martill, and D. M. Scott. 2002. Irritator challengeri, a spinosaurid (Dinosauria: Theropoda) from the Lower Cretaceous of Brazil. Journal of Vertebrate Paleontology 22: 535-547.

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