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スピノサウルスの半水生適応(2)

スピノサウルスの半水生適応(2)

半水生生活に移行している陸生脊椎動物に共通してみられる骨格系の変化として、骨の量と密度の増加がある。スピノサウルスでは胴椎の神経棘は主に緻密骨からなり、中央に細い海綿骨の領域があるのみである。また四肢の長骨は中実で、中空の骨髄腔がみられない。他の獣脚類では、原始的なスピノサウルス類であるスコミムスでさえ、中空の骨髄腔がある。長骨の骨密度は、他の獣脚類に比べてスピノサウルスでは30-40%大きいという。つまりマナティーや水に潜るナマケモノなどのように骨を重くして浮力を調節しているということだろうが、それにしても驚きである。断面の写真を見るとスコミムスとの差が劇的である。

著者らは骨格モデルに肉付けをした上で、体の重心center of body massの位置を計算している。スピノサウルスでは重心が腰や膝よりもかなり前方にきた。つまり二足歩行は無理であり、陸上では必然的四足歩行だったろうといっている。獣脚類の前肢は歩くようにはできていないわけであるが、論文中では具体的にどうやって歩いたかまでは論じていない。カギ爪の大きさを考えるとナックル歩行とかアリクイのように内側に爪を曲げたのだろうか。地上性のオオナマケモノなども掌の側面をつけるような変な歩き方だったはずである。
 原始的なテタヌラ類のシュワンハノサウルスは、前肢が大きく頑丈なことから二足歩行ではないかといわれたが、後に否定されている。
 では他のスピノサウルス類はどうなのか、が気になるが、この論文ではあまりはっきりしたことは言っていない。バリオニクスは首の長さや上腕骨の頑丈さから、条件的四足歩行とも考えられているが、確証されてはいないという。スコミムスも後肢はやや短いが、スピノサウルスよりは陸生に適しているとある。著者らは、スピノサウルスはスピノサウルス科の中でも、とりわけ特殊化したものと考えているようである。

実は元々、シュトローマーの「スピノサウルスB」という部分骨格は、胴椎などが長いわりに後肢が小さいことが知られていた。今回のネオタイプはそのことを裏付けた形になっている。胴体と後肢については確からしいが、他の部分はかなり別の標本に依存しているともいえるのではないか。標本の由来ごとに色分けされた骨格図をみると、前肢はほとんど分離した骨や近縁種の骨からなっている。尾椎もかなり推定部分がある。成体と亜成体、エジプト産とモロッコ産で多少体形が異なることはあるだろう。コンカベナトールのように本当に1個体の全身が見つかっているものとは、少し意味合いが異なると見るべきだろうか。

参考文献
Nizar Ibrahim, Paul C. Sereno, Cristiano Dal Sasso, Simone Maganuco, Matteo Fabbri, David M. Martill, Samir Zouhri, Nathan Myhrvold, Dawid A. Iurino (2014). Semiaquatic adaptations in a giant predatory dinosaur.
Published 11 September 2014 on Science Express DOI: 10.1126/science.1258750
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スピノサウルスの半水生適応(1)

スピノサウルスの半水生適応(1)

これはスピノサウルス・ショックともいうべき大事件だろう。スピノサウルスが水中を泳いでいたと聞いても驚かないが、復元された体型の変化は劇的で、恐竜業界には多大な影響があるはずである。全身が見つかっていない種類の復元イメージが、いかに危ういものであるかが示された例となった。なまじジュラシックパーク3などで有名になっただけに、復元画、復元模型、CG映像など、おびただしい資料が改訂を余儀なくされる可能性がある。(逆にいうと需要があるということで、今後、新復元のフィギュアなどが続々と製作されるだろう。)スピノサウルスの模型を買ってもらったばかりの子供が、泣き出しても不思議はないくらいのできごとである。

新しい骨格復元図は、ワニというかファンタジー世界を飛行するドラゴンのようになっている。私の感想は、スピノサウルスは2つの点で獣脚類の基本から逸脱した、特殊な種類となったなあということである。1つは二足歩行できないこと、もう1つは四肢の長骨が中空でないことである。いずれも三畳紀以来の伝統、あるいはそれによる進化的制約を、軽々と突破している。

恐竜に詳しい方は全員ご存知のように、スピノサウルスは長年「謎の恐竜」であり続けた。エジプト産のシュトローマーのホロタイプ標本は戦時中の空爆で完全に失われており、その後70年間にモロッコのケムケム層やアルジェリアの地層から、かなり多数の分離した骨の化石が発見されたが、いずれもこの恐竜の正確な大きさや体形を明らかにするには不十分なものであった。今回の研究でIbrahim et al. (2014) は、白亜紀後期セノマニアン(9700万年前)のケムケムから、スピノサウルスのネオタイプとなった亜成体の部分骨格の発見を報告している。これは、2008年にモロッコの化石コレクターにより発見され、2013年に米国やイタリアを含む国際チームによる発掘で、多くの追加標本が発見された。
 このネオタイプは、部分的な頭骨、脊椎、前肢、腰帯、後肢の骨からなる。頭骨は断片的で、部分的な鱗状骨、方形頬骨、方形骨などを含む。前肢も手の第2指の第1指骨(II-1)のみである(supplementary material 中ではなぜか「第2指の第2指骨(II-2)と第3指骨の基部」と書いてある)。しかし脊椎はいくつかの頸椎、胴椎、仙椎、尾椎があり、頸肋骨、肋骨、血道弓の一部もある。そして、腰帯と後肢はよく保存されていた(腸骨、恥骨、座骨、大腿骨、脛骨、腓骨、趾骨)。足根部はないが、ほとんど完全な足が保存されていたという。
 著者らはネオタイプの骨と、その他スピノサウルスと同定される分離した骨をすべてCTスキャンで取り込んだ。いくつかの骨はシュトローマーの標本と重複していたので、大きさを合わせて合成することができた。こうして今回のネオタイプ、シュトローマーの標本、分離した骨、他のスピノサウルス類(スコミムス、バリオニクス、イリタトル、イクチオヴェナトル)からの推定などを総動員して、コンピューター上に全身のデジタルモデルを作製した。その結果、成体の大きさに合わせたデジタルモデルの全長は15m以上に達したという。結局、同一個体で脊椎骨と共に保存の良い腰帯と後肢が見つかったこと、さらにシュトローマーの標本と重複する骨があったことがポイントなのだろう。

吻の先端部表面には多数の神経血管孔が集中しており、これらはワニにみられる、水流を感知する圧覚受容器を収納する孔に似ている。歯の形状と並び方も魚を捕らえるのに適している。また他の獣脚類と異なり、外鼻孔が後方に移動していることも、半水生生活に適していると考えられる。これらは今回のネオタイプではなく、分離した完全な吻部の標本からわかったことであるが、今回スピノサウルスの半水生に適応した形質をまとめて記述している。特に、ディプロドクスなどでは頭骨の外鼻孔が後方にあっても、生体の外鼻孔(肉質の)はもっと前方にあったという研究があるが、スピノサウルスの場合はnarial fossa(外鼻孔の周囲の凹み)の形状から、生体の外鼻孔もかなり後方にあったということを強調している。

大部分の頸椎と胴椎は、仙椎に比べて前後に長い。その結果、スピノサウルスでは相対的に首と胴が長かった。最も前方の胴椎は前後に短く横幅が広いが、これは首と頭を上下に動かすことに適している。
 後方2/3の尾椎では、椎体が比較的短く、関節突起が小さく、神経棘も前後に短い。これらの特徴は尾を左右に曲げて泳ぐのに適している。
 スピノサウルスでは、腰帯と後肢がかなり縮小している。腸骨の表面積は、他の多くの獣脚類に比べて1/2ほどである。後肢の長さ/体長(ここでは体長とは頭胴長)の比率は、スピノサウルス27%、スコミムス40%、アロサウルス62%、アクロカントサウルス48%、ティラノサウルス52%となっている。

他の大型獣脚類とは異なり、スピノサウルスの大腿骨は脛骨よりもかなり短い。一般に小型の二足歩行恐竜では、大腿骨が短く脛骨が長いことは速く走行することを示すが、スピノサウルスの場合は明らかに走れる体形ではないので、これはあてはまらない。スピノサウルスの大腿骨には、尾部大腿筋の付着部が非常によく発達しており、大腿骨幹の1/3近くにわたっている。このことから後肢を力強く後方に引くことができたと考えられる。一方、脚を垂直に支えるための膝関節の構造は発達がよくない。これらの特徴は、後肢で水をかいて推進する、原始的なクジラ類や現生の半水生の哺乳類と似ているという。アンブロケトゥスとかラッコとかであろう。
 スピノサウルスでは足の第1趾が非常に太く長い。スピノサウルスでは第1趾の第1趾骨が足の中で最も長い趾骨であり、地面に着いていたかもしれないという。足の末節骨は、大きく長く丈が低く、底面が平らである。これは他の大型獣脚類の丈が高く曲がった末節骨とは大きく異なる。スピノサウルスの末節骨は、水辺の鳥の平らな末節骨と似ている。水辺の鳥は足の指に肉ひだlobe や水かきwebbingを備えている。第1趾が長いことや末節骨が平らなことは、スピノサウルスが泥の上を渡ったり、後肢で水をかいて泳いだりするのに適していたことを示唆する。(補足資料のfig. S1には足の復元図がある。ここでデジタル画像は完全であるが、実物標本の写真では第1趾がないようにみえるのが疑問である。重要な特徴なら、実物の写真を示すのが普通ではないだろうか。第1趾の第1趾骨は保存が悪いのだろうか。)

つづく
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ワンケル




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福井でコンカベナトール:特別展「スペイン奇跡の恐竜たち」その2


コンカヴェナトルの実物化石のエリアは照明が暗めだったが、これはスペイン側の指示で照明も抑え、温度、湿度とも低めに保っているということである。セキュリティ面も含め厳密な管理ができる国として信頼してもらっているわけなので、致し方ない。尺骨の羽軸こぶのような微妙な構造は、適切な方向からの照明で初めて見えるようなものなので、撮影は難しい。撮影の角度を工夫して一応撮れたが、論文や図録の写真の方が明確である。頭骨も真上から見ることはできないので、鼻骨の4個の孔などは図録の写真の方がはっきりわかる。



ところで、特徴の一つである後眼窩骨の大きな突起は、ホロタイプでは眼窩の上部を一部覆うように垂れ下がっている。復元キャストでもその通りに作ってあるが、これは圧力による変形で、元々はもっと側方に向かって張り出していたということはないだろうか。他のカルカロドントサウルス類にみられる「ひさし状」のsupraorbital shelfはそうなっている。マプサウルスでは眼瞼骨palpebralが水平よりも少し下がった「ひさし状」になっている(ギガノトサウルスの記事に書いてある)。それならば眼に入る直射光の眩しさを防ぐためと理解できるのではないか。と思っていたら荒木さんの公式フィギュアでは、ややそれに近い感じに作られているようにも見える。同じようなことを考慮されたのかもしれない。



奇跡の恐竜たる所以の一つが、皮膚などの軟組織の痕跡である。後肢の指には爪と肉球(肉趾)の跡がはっきりと観察できる。第5中足骨の脇には大きめのウロコの痕跡が残っていて、誰の目にも明らかなほどである。



また尾椎の先端部分は、体の他の部分とは上下が逆になっているが、これは最初の頃に反対側からクリーニングしたためであるという。その先端部分の腹側には、大きなウロコの跡がはっきりと保存されている。しっぽが羽毛でふさふさではなくて、本当によかった。



現在研究中で、今回の図録にも載っていない最新情報として、この肋骨の内側の腹腔内に何らかの動物の尾椎がある、という。その種類や消化された跡があるかどうかなどを含めて研究しているとのことであった。
 下顎は失われたわけではなく、まだ母岩に埋まっている状態ということである。なぜクリーニングされていないのかよくわからないが、技術的あるいは時間的な問題だろうか。スペインではフル記載を目指して今まさに研究中で、数年以内にはモノグラフが出版されるだろうということである。
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福井でコンカベナトール:特別展「スペイン奇跡の恐竜たち」その1


コンカベナトール、コンカヴェナトール、コンカヴェナトル

このサイトでこれまで「ヴェナトル」を使っているのは、最初にアフロヴェナトルとしたので統一するためで、大した意味はない。その時の理由の一つは、「ベ」よりも「ヴェ」の方が響きも良いし、原語の綴りに忠実ということである。もう一つは、raptor は「ラプトル」で「ラプトール」とは呼ばないのに、venatorは「ベナトール」と伸ばすのはこれいかに、ということである。おそらく最初は「アフロベナトール」が日本に紹介され、その後シノベナトール、ネオベナトールなどと踏襲されたのだろう。アルバートサウルスが未だにアルベルトにはならないように、最初に紹介された時の印象はそれほど強力ということだろう。まあ図鑑などあらゆる媒体でベナトールが定着しているのであれば(多分そうだろう)、ベナトールにするかな。(たまたまスペイン語ではvは「ベ」なのでスペインではベナトールかもしれない。)

コンカヴェナトルについては2010年に記事を書いていて、早く見たいと思っていたが、意外と早く会えたというのが今回の感想である。これも日本/スペイン交流400周年のおかげということで、大変ありがたい。こんなとてつもなく貴重な標本を、門外不出のホロタイプを日本で見られるとは。肉食恐竜好きの人は是が非でも福井に足を運んで、実物を見ておかないと一生後悔するであろう。もちろんコンカヴェナトル以外にも、スペインでも公開されていない化石が一堂に介しているということで、必見である。
 今回は展示解説ツアーにも参加させていただいた。樹脂で固めて石灰岩を酸で溶かすというクリーニング手法のため、ペレカニミムスのとさかやのど袋の痕跡は失われたという話はショックだった。それ、将来的には解析可能なタンパク成分とかがあったのでは‥‥。アメンボのようなナナフシとか、保存の良いトカゲ、乱流を抑える小翼羽、など自分だけでは見逃しそうなポイントが学べて有意義だった。





全身復元骨格は、今回の企画で福井県立が製作したということで、これ1体しか存在しないそうである。恐竜議連にはたらきかけて、外務省の予算でもう1体作り、スペイン側に寄贈するのが日本/スペイン友好のためになるような気がしますね。





分かりやすすぎるくらい、しっかり特徴が反映されている。左右の尺骨とも、かすかな羽軸こぶが作られている。そのへんは抜かりありませんね。

歯は少し長めに作られている気もする(とくに下顎)。しかしまあ、よくできている。
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