冬の霧・二の②(食事処美代)
横浜の高層ホテルから遠く海岸線の夜景が眺められた。美代は窓辺に立ち行き交う船窓の明かりに見とれていた。大きなホテルからこんなに美しい夜景を観ることが仕合わせだった。時々は東京のホテルで会い。近くの温泉に旅行することもあったが、横浜の夜景は群を抜いていた。恋をして、愛することで美代は楽しい日々を送っていた。
川図穣二を知ってから三年経ち美代は妊娠していた。
「何時までも眺めていないでこっちにおいで」
「だって、とっても素敵。行き交う船の明かりがすぐ其処に見える。穣二と私だけの夜景」
「言うことを聞かないと・・・」
と、言いながら美代を抱いてベッドまで連れてきた。
「穣二、私のこと好き?」
美代は耳元で囁いた。
「好きだよ」
「本当!嬉しい」
「穣二は素敵なホテル知っているのね」
「以前お客さんを案内したことがある」
「そう言う仕事までするの?」
「外商業務は一から十まで何でもやらなくてはならない」
「ねえ穣二、お話があるの?」
「何かな」
「私ね、子供が出来たみたいなの」
「嘘だろ?」
穣二の顔が一瞬曇ったことに美代は気付かなかった。
「本当よ!嬉しいでしょ?」
「急に言われても困ってしまうな」
美代には分からなかった。早く結婚したいと言っていたのは穣二の方で、子供が出来れば直ぐにでも叶うことだった。穣二のマンションに引っ越して、子供と二人愛されて、幸せな家庭が作れると思っていた。
「嬉しくないの?」
「いや、そんなことはない」
「だって、嬉しくないようだもの」
「病院には行ったのか?」
「行っていない」
「其れでは確かな事ではないな?」
「でも、間違いないと思う」
「一応病院に行って確かめた方が良い。気を付けていたのだから出来る筈がないと思う」
「ええ、来週お休みを戴いて行って来ます」
「暫く会わない方が良いかも知れないな」
「何故?」
「周囲の目も五月蠅くなっているし、注意した方が良い」
「でも、友達も穣二のことを知っている」
「そうか」
「ねえ、結婚してくれるでしょ?」
「その事だけど来週中に電話を掛けるよ」
「ええ待っています。医者には火曜か、水曜に行って来ます」
「分かった」
何故もっとはっきりと嬉しい表情をしてくれないのか分からなかった。翌日美代は一人でアパートに帰った。それから二ヶ月過ぎたが川図が美代の前に現れることはなかった。会社で偶然出会うことがあっても川図は何も言わなかった。
それから一ヶ月が過ぎ美代は故郷の益子町に帰っていた。東京の生活にピリオドを打つ為であった。相談する相手も無く、何をして良いのか分からなかった。益子での一週間が過ぎた。それまで何も言わなかった母の比佐子が二人だけの昼食が済むと訊いてきた。
「美代、突然仕事を辞めて一体何があったのかい」
「何でもないわ、会社が嫌になったから辞めただけ」
「そうは言っても、急に辞める理由が分からない」
「お母さん、後少しだけ時間をくれない。そうすれば何もかも話します」
「でもね、美代、お父さんも光彦も心配している」
「話さなければいけないと思っても、未だどんな風に話して良いのか分からない」
「でも」
愛する意味も、愛される意味も分からないで身を任せ、充足した生活が、日常が、川図と過ごしていた日々が確かなものと考えていた。川図が何を考えていたのかさえ知らず、優柔不断のところも無く性格も真面目な人だと思っていた。しかし益子に行こうと誘ったとき断られた。何故あのとき気付かなかったのか、乾いていた訳では無かったが、自分の思いの中に、将来の夢を生活設計を単純に描いていたのに過ぎない。裏切られたことが自分の浅はかさであると気付いたとき美代は死んでしまいたいと思った。
伊豆の雲見崎で海を眺めていた。堕胎するなら一層死のうと思い此処まで来た。深い入江が切り込み崖下まで波を寄せ、海中に落ちてしまえば何もかも終わる。そう思った瞬間右手を掴まれた。
「離して下さい」
「離しません」
「お願いですから離して下さい」
「私が離しても良いと思えば離します。それまでは離しません」
「私、死のうと思って此処に居たのでは有りません」
「そう言うことにします」
「本当です」
「自分のことですから何時死んでも構わない。誰だって死にたいときが有るものです」
「いい加減なことを言わないで下さい。この手を離して、離してくれないと人を呼びます」
「好きなようにして下さい」
手を掴まれながら美代は海を眺めていた。大型貨物船が南に向かって曳航していた。時間が過ぎていった。夕陽に赤く染まった美代の両頬を幾筋もの涙が流れていた。
「綺麗ね」
「生きることも死ぬことも意味が見出せない。しかし、今生きているのなら生きた方が良い」
「私・・・」
「希望や、明日のことなどなかなか掴めない。取り敢えず生きているけれど、自分の思う通りに事は運んでいかないと思います」
「生きているって難しいことですか?」
「一日終われば其れで良いのかも知れない。でも、終わっただけで始まりはない」
「私には一日の始まりもない」
何時しか美代は心の内を話し始めていた。話し掛ける相手のことを知らなくても、これまで思い詰めていたことが、一つ一つ対象として捉えられるようだった。
「お名前、何て仰しゃるの?」
「石部孝之と言います」
「石部さん」
と、美代は落ち着いた声で言った。石部はいつの間にか掴んでいた手を離していた。
「ご免なさい」
「僕こそ悪かった。手首は痛くなかった?」
「ええ、大丈夫です」
生きようとする思いはなかった。しかし時は過ぎ、思い詰めた悲しみも辛さも少しだけ消えていた。
翌年の春になっていた。美代は東京の府中市で調理師学校に入学した。朝八時半から授業が始まり夕方五時近くまで続いた。そして夜は石部の紹介で、日本料理店で働いた。見習いをしながら学校に通い、真夜中狭いアパートに戻り眠るだけの生活だったが、毎日毎日働くことで苦しみを乗り越えようとしていた。それでも日曜日は料理店が休みだったので郷里の益子に帰った。響子に会えることで、生活を考えることで生きようとしていた。偶に帰ってくる母親に、始めは不安そうな眼差しを向けていたが笑みも見られるようになった。
美代は二十六歳になっていた。調理師としての勉強は新鮮で、板長の八田一郎は手厳しかったが、客に喜んで貰うもの、季節、季節に飽きの来ないもの、一度立ち寄った客を又通ってくるような、納得出来る料理を拵え覚えさせた。美代は新しい自分を見つけて行くことが出来た。卒業後はそのまま料理店で働き、材料の仕入れから、下準備、調理、頃合い、片付けまで一通り取り組んでいた。一つずつ確実に身に付けていくことで確かなものになりつつあった。
修行を積んで一年が過ぎた頃、伊豆の松崎町で居抜きの店を借りた。修繕や準備に一ヶ月を要したが、保健所への提出書類を書き終え美代はホッとした。後は今月末の検査が済みさえすれば営業出来る状態だった。地元新聞に折り込み広告を入れ、開店祝いも考えなければならなかった。町の食品衛生組合への加入や、商店街への挨拶廻りなど、一軒の店を開店させる為には忍耐と努力、経験したことのない準備が必要だった。カウンターが四脚、二人用テーブルが三脚、合わせて一〇人座れば一杯の小さな店だが、これから美代と響子の生活を支える広さだった。
一年後、美代は中禅寺湖湖畔のホテルに来ていた。響子を実家に預け石部との再会を待っていた。ロビーから庭園を眺めていると、石部との出会いから今日までのことが幾つかの情景と共に思い出された。夕方にはこのホテルに屹度来るのだろう。石部が居たことで此処まで来ることが出来た。あの時、石部に助けられなければ死んでいた。石部に出会ったことで生きようと思った。しかし、女としての思いを託したのではなかった。
石部隆之は陶工士としては未だ駆け出しだった。雑器とは言え自分で納得できる物はなかなか出来なかった。釜に置く位置、釉薬、季節、仕上がり状態まで考え轆轤の前に座っても、座ったまま一時間、二時間と過ぎて行くこともあった。益子に来てから既に五年が経ち、窯元に弟子入りした翌年窯業学校で陶芸の基礎から学んだ。数をこなすことで、身体で覚え、火入れをすることで感覚を磨いてきた。しかし自分でも気付かない何かが違っていた。形、色、使い勝って、必要性など考えても、数を幾ら造っても違っていた。陶器は使うものであり、使い込んで行く内に必要性が生まれ、生きた価値を持ってくる。それ自身で価値を持つようになる作品が必要なのか、使って価値が生まれてくることが必要なのか、売れる雑器は造ることが出来ても納得出来る作品は作れなかった。
「石部さん、お久しぶりです」
石部は直ぐに電話口に出た。
「美代さん」
「石部さん、お仕事は順調ですの?」
「否、なかなか思うようにいかない」
「そう、でも」
「今日も轆轤の前で手が止まったままで、造る度に何をして良いのか分からない」
「石部さんでも悩むことがあるの?」
「何時も悩んでいる。このままで良いのか、何故この仕事を選んだのか、俺に作品が出来るのかって」
電話を掛けて良いのか、声が聞きたいのか、石部の思いを知りたいのか、美代は生きようとする思いと、生きることの虚しさをどんな風に処理して良いのか分からなかった。石部の中に男としての力強さを感じ、石部に愛して欲しい思いと、響子のことを考え、女の思いを捨て去ることを考えていた。
「お会いしたくて」
「え?」
「一度だけでも、お会いしたくて」
「分かりました」
「お待ちしています」
美代が西伊豆に店を持ちたいと思ったのは、修学旅行の思い出の場所であり、雲見の海岸で生を閉じようとした場所からだった。岸壁に佇んでいた日から六年が過ぎ、自分の生きる所は松崎町しか残っていないと思った。海岸線から見た夕陽が忘れられなかったのか、響子と二人、誰も知らないところで生きたかったのか、故郷を遠く離れ海と山の町で暮らすことに、不安や、響子と一緒に耐えられるのか自信がなかった。しかし自分で決めたことだった。
美代は三十歳の手前になっていた。歳月が人を変え、人は過ぎて来た歳月に彩りを添える。光り輝くのか、くすんでしまうのか、その人の生き方によって様々である。しかし日々は過ぎ、一日一日の生き方、来し方が決めて行く。石部を待ちながら、美代は営業許可証の書類が届いた日のことを思い出していた。その日、カウンターに立つと何時までも涙が流れていた。
了