五
ミミは北に向かって歩いて行きました。ミミの決断は北に向かうことを決めたのです。途中海に流れ込む大きな川があり、深そうだったので渡れそうにありません。ミミは川を越えるために上流に向かって歩いて行きました。暫く行くと橋があって、橋の袂に公園がありました。ブランコが目に付き、乗りたくなって公園の中に入って行きました。
ミミはブランコに乗って風と遊んでいました。側で小さな囁くような声が聞こえました。ミミは、何かな?って思い、近くを見回しました。生け垣の下にビー玉がひとつ転がっていました。
「ミミ、こっちに来て!」
ミミはブランコから降り、生け垣の側に寄って行きました。
「何故、私の名前を知っていたの?」
「風さんと話していたのを聞いていたよ」
「なあんだ、そう言うことか」
「ミミ、何処に行くの?」
「分からないわ、あなたは何故そんなところに転がっているの?」
一瞬、ビー玉の顔は曇ってしまいました。
「私、訊いてはいけないことを訊いたのかしら?」
「ううん、捨てられたのさ」
「捨てられた?」
ビー玉は話そうか話すまいか迷っているようでした。これまで誰にも話したことのない話でした。
【・・・昔、昔のことです。太平洋を望む房総の海の近くに一軒の家がありました。お父さんは漁師で、お母さんは近くのスーパーに勤めていました。その家には、男の子が二人いました。お兄さんの名前は健太、弟は裕太と言いました。港町には、秋になると神社のお祭りがありました。健太と裕太はお祭りに行き、玩具屋さんの前で話をしていました。
『裕太は何を買う?』
『健太兄ちゃんは?』
二人はポケットに手を入れ、持っているお金を確かめました。玩具の他に綿菓子が欲しかったからです。綿菓子は食べてしまうと無くなりますが、それだと寂しくなることを知っていました。
『どれにしようか・・・』
『どれにしようか・・・』
二人とも同じように悩んでいました。悩んでいたけれど、欲しい物はどうしたって欲しくなってしまいます。
『豆自動車』
『ビー玉』
綿菓子は二人で半分ずつお金を出しあって買いました。そして急いで家に帰りました。
『良かったね』
『綿菓子、美味しいね』
と、二人は嬉しそうに言いました。健太と裕太は、豆自動車で遊びビー玉で遊びました。でも二、三日経つと他の遊びに夢中になってしまい、当然のことのように、豆自動車もビー玉のことも忘れてしまいました。たまたま兄の健太が、僕をポケットのなかに入れ遊びに出掛けた日がありました。公園でブランコに乗っているとき、僕はポケットの中からポロリと飛び出してしまいました。健太君はそんなことに気付くこともなく帰って行きました。それから一回も探しに来てくれませんでした・・・】
と、ピー玉はポツリポツリと語り終えました。
「そうだったんだね」
と、ミミは少し複雑な顔をして言いました。
「必要な時間子供たちは玩具で遊ぶ。でも、時間が経つに連れ忘れられていく。仕方のないことなんて無いと思っていたけれど・・・でも、ミミが拾ってくれた。ねえミミ、捨てないで!今度捨てられるようなことになれば、僕は何を信じて良いのか分からない」
「でも、別れは何時かやってくるのかも知れない」
「そうだね」
「そのときって、矢張り悲しいのかしら?」
「別れではなく、忘れられていくことが悲しいことだと思う。別れはまた会えること。でも、忘れられると二度と思い出されない」
「悲しいことね」
「僕たちみたいな玩具なんて、お金があれば何時でも手に入る。そして忘れられる」
「そうかしら?」
「ひとつのことを大切に出来る人は、他のことに対しても愛情が持てる。何時までも心の奥にしまっておくことが出来る」
「私もそんな風になりたい」
「ミミ、僕のこと忘れないで・・・」
ひとつのことや物を大切にするって、なかなか出来ないことです。でも、それは固執することではありません。子供の頃大切にしていたことも、大きくなるに連れ忘れられていきます。仕方のないことかも知れませんが、そんな風にはなりたくないと思います。
ミミは、そっとビー玉を拾ってポケットに入れました。そして、大切にしようと思いました。