一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『花のあと』 …北川景子の所作と殺陣、藤村志保の語り、月山の美に酔う…

2010年04月01日 | 映画
私は藤沢周平の時代小説が好きで、これまでよく読んできた。
まだ読んでいない作品もあるが、これは、あえて読まないでいる。
老後の楽しみなのだ。
藤沢周平の小説には、書きとばしたものや手を抜いたものはひとつもない。
だから、再読、再々読にも耐える作品ばかりなので、すべての作品を読んでしまってもいいのだが、もったいなくて読めないでいる。
もし、寝たきり老人になったら、間違いなく、枕元に藤沢周平の全集、もしくは全作品の文庫本を並べ、読み耽るだろう。
では、藤沢周平の小説のどこがそんなに好いのか?
『玄鳥』(文春文庫)の解説で、中野孝次が次のように語っている。
(この文章の中に藤沢周平の魅力のすべてが語られていると思うので、少し長くなるが引用してみることにする)

●文章のよろしさ。
端正でいてメリハリのきいたその文章を読むのが、小説として当然のことながら彼の文学の与える第一の快感である。
●登場人物の人間性。
藤沢周平の小説の登場人物たちには、超人的な剣士もいず、英雄豪傑もいず、みなどちらかといえば無名の下級藩士たちばかりである。つまりふつうの人間ばかりということだ。だから彼らはわれわれと同じ等身大の人物で、さまざまな人間的弱点を持ち、運命に弄ばれ、剣が強くなるにしても努力によってしか強くなれない。そういうごくふつうの人間であることが藤沢周平の時代小説を共感しうる人間の小説にしている。
●剣の立合いの描写のみごとさ。
時代小説作家は大抵は超人的剣士を登場させ、従ってその剣の立合いも、白刃一閃、目にもとまらぬ早業で敵を倒すといった具合にしか書いていない。が、藤沢周平のは『隠し剣』シリーズに出てくる十七篇の小説ごとにその立合いの描写は具体的で、精妙かつ端正で、大人の読むに耐える叙述をなされている。
●友情。
『蝉しぐれ』の文四郎と逸平と平之助、『三屋清左衛門残日録』の清左衛門と佐伯熊太、『用心棒』シリーズの又八郎と細谷源太夫、これらの人物たちのあいだの友情のあつさを描くことにおいて、藤沢周平は天下一品である。現代小説はなかなかこういう友情の美しさ、たのしさを描くことは出来ないが、この作家は時代小説、すなわち昔の話という特権を利用して実にみごとに描いてみせ、それが小説の大きな魅力になっている。
●自然描写のよさ。
藤沢周平は現代のあらゆる小説家の中でおそらく最も自然描写に巧みな作家である。彼の描く自然――四季折々の山や川や町や野の美しさは、郷愁のようにわれわれに訴えかけてくる。
●食いものの描写のよさ。
しぐれるころのハタハタやくちぼそ、赤蕪の漬けもの、そういった北国の食べものを添景に出すのが藤沢周平はうまい。こちらの想像をそそるのみか、郷里の食いものへの憧れを通じて、たとえば又八郎と佐知との秘めた恋をみごとに伝える。
●人間のよろしさ。
そして何よりも藤沢周平の小説のよさは、あらゆるいい小説の例に洩れず、主人公たちの人物の魅力的なことである。苦しいシチュエーションに立たされ、それを切り抜けてゆくたとえば文四郎たちの懸命な生き方が、何よりもこちらの心をひきつけるのだ。
●女の姿と心のよさ。
また同じことだが藤沢周平の描く女たちの魅力もその小説の魅力の大きな要素の一つである。彼女たちはみな控え目で、自制心に富み、欲望や感情をむげに出すことをはしたないこととし、献身的で、躾というもののあった時代の日本の女はかくあったかと、われわれの心をゆさぶるのだ。(後略)

藤沢周平ファンは、ウンウンと頷かれていることと思う。
まだ藤沢周平作品を読んだことがないという人がもしいたとしたら、これほど羨ましいことはない。
だって、これから白紙の状態で全作品を読めるのだから……
手つかずの宝の山の前に立っているようなものなのだから……
私もできることなら、まだ一冊も読んでいない昔に還りたいくらいだ。

藤沢周平ファンが増えてきているためか、この10年ほどの間に、藤沢周平の時代小説が続々と映画化されている。
『たそがれ清兵衛』(2002年 監督:山田洋次 主演:真田広之、宮沢りえ)
『隠し剣 鬼の爪』(2004年 監督:山田洋次 主演:永瀬正敏、松たか子)
『蝉しぐれ』(2005年 監督:黒土三男 主演:市川染五郎、木村佳乃)
『武士の一分』(2006年 監督:山田洋次 主演:木村拓哉、檀れい)
『山桜』(2008年 監督:篠原哲雄 主演:田中麗奈、東山紀之)
今年になってからも、現在上映中の
『花のあと』(2010年 監督:中西健二 主演:北川景子)
と、今年7月10日公開予定の
『必死剣鳥刺し』(2010年 監督:平山秀幸 主演:豊川悦司)
と続く。
私自身も、これまで映画化された『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』『蝉しぐれ』『武士の一分』『山桜』はいずれも映画館で見てきた。
どれもが水準以上の出来になっているのは、やはり素晴らしい原作に拠るところが大きいのかもしれない。

ということで、現在上映中の『花のあと』も見に行ってきた。

東北にある海坂藩。
女でありながら男顔負けの剣術の腕を持つ以登は、
一度だけ竹刀を交えた藩随一の剣士・江口孫四郎に、一瞬にして熱い恋心を抱く。
しかしそれは、決して叶うことのない恋だった。
なぜなら、以登にも孫四郎にも、ともに家の定めた許婚がいたからだ。


以登はひそかな思いを断ち切って、江戸に留学中の許婚の帰りを待ち続ける。
だが、数か月後、以登のもとに、突然の報が舞い込む。
藩の重鎮であるひとりの男から謀られた孫四郎が窮地に陥った末、ひたむきさゆえに自ら命を絶った、と。
あまりに卑劣な行為に、以登は剣を手にしていた。
孫四郎との思い出のため、人として守るべき「義」を貫くために……

主演、北川景子。
今年2月発表の『oricon style』の
「憧れのドラマヒロイン」、
「見惚れてしまう女性有名人」で、
それぞれのランキングで1位を獲得した、今最も輝いている若手女優(23歳)。
私の娘たちも絶賛するほどの可愛さ。
〈こんなキャピキャピ女優が主演で大丈夫なのか?〉
と思いつつ見ていたのだが、これがなかなか好いのだ。
所作も殺陣も見事なもので、かなり努力したものと思われる。
小説では、以登は、醜女ではないもののそれほど美人には描かれておらず、映画ならではのキャスト。
北川景子の美剣士ぶりは必見。


以登が恋心を抱く相手・江口孫四郎に、宮尾俊太郎。
熊川哲也K-BALLET COMPANYに所属するイケメン・バレーダンサー。
映画初出演ながら、身のこなしは、さすが。


以登の許婚・片桐才助に、甲本雅裕。
存在感があり、とてもイイ演技をしていた。
ある意味、イケメン・宮尾俊太郎を喰っている。
陰の主役といえるだろう。


孫四郎を罠に掛ける藤井勘解由に、市川亀治郎。
表情を変えずに悪役を演じており、それ故に、時折見せる口の歪みなどが、より一層不気味さを感じさせた。
この他、柄本明や國村隼も作品を引き締める味のある演技をしていた。

特筆すべきは【語り】だ。
藤村志保が務めていて、小説と同じく映画でも、年老いた以登が孫に聞かせる昔語りの回想という形式をとっている。
これがすこぶるイイ。
名女優・藤村志保の声と語りが素晴らしい。
この【語り】を採用したことで、そして藤村志保に語らせたことで、この映画は水準以上の作品になったと言えるだろう。

それから、シーンの切り替え時に、春夏秋冬の「月山」が使われていた。
これが、とにかく美しい。
山好きには嬉しい演出。
小説と同じく自然描写が優れており、際立っていた。

心配した一青窈のエンディングの曲も『山桜』ほどには気にならず、ホッ。
余韻も楽しめ、至福の時を過ごさせて頂いた。

最後にもう一度……
北川景子、良かったです。
ただのモデル出身と思っていたら、
明治大学卒で、留学経験もあり、英語も堪能だとか。
彼女のブログを見てみたら、文章もしっかりしており、ビックリ。
女優を見かけだけで判断してはいけません。
勉強になりました。
今年6月には、『瞬 またたき』(監督:磯村一路)、
今秋には、『死刑台のエレベーター』(監督:緒方明)
の公開が控えている。
特に、『死刑台のエレベーター』は、
佐賀県出身で、『独立少年合唱団』『いつか読書する日』『のんちゃんのり弁』の緒方明監督なので楽しみ。
また今年4月期のフジ系の月9『月の恋人〜Moon Lovers〜』にも出演予定。
〈う~ん、もう北川景子から目が離せない!〉
てか。

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