《 連続評論 平和国家の行方 》 【 戦後初の戦死者 】 《 米軍圧力 遺族に口封じ 》 2014/6/27 地方紙記事より
[安倍晋三首相より1歳年下の私は、生れ故郷・横浜の町角で子どものころに見かけた傷痍(しょうい)軍人の姿を今でも思い出す。不自由になった体で、施しを求めて生きる姿は痛ましいものだった。
集団的自衛権の行使をめぐる政治の動きは、平和を旗印にした公明党が自民党にすり寄る形で、立憲国家の土台が根底から揺らいできた。
1950年6月25日の朝鮮戦争勃発から間もなく64年。平和憲法の施行下で北朝鮮沖へ機雷の除去作業に派遣され命を落とした海上保安庁職員がいたことはあまり知られていない。
米軍の密命を受けての掃海行為は、まさに朝鮮半島有事の際の集団的自衛権行使を先取りした形で、不戦を誓った時代に戦死者を出した意味について考えるべきだろう。
大阪市浪速区の中谷藤市さん(87)方を10年ぶりに訪れ、弟坂太郎さん=死亡時(21)=の遺影を拝ませてもらった。
米国とソ連の対立を背景に韓国と北朝鮮が半島のほぼ全域で3年間にわたり戦火を交わした朝鮮戦争。米主導の国連軍が計画した元山上陸は、北朝鮮軍の機雷に前進を阻まれていた。
このため、マッカーサー国連軍最高司令官から当時の大久保武雄・海上保安庁長官=故人=に極秘の出動命令が下され、「吉田茂首相も翌年の日米講和条約を有利に締結させるため許可した」(大久保著「海鳴りの日々」より)とされている。
そこで編成されたのが25隻からなる日本特別掃海隊で、下関を出港した坂太郎さんの掃海艇は同年10月17日、元山沖で機雷に触れて爆発し、同乗の23人中ただ1人帰らぬ人となった。
「弟の死から一週間後に米軍関係者が父親のところを訪れ、公になると国際問題になる。瀬戸内海で死んだことにしてほしいと口封じをされた」
その後、大久保氏の回顧録で、真相が明らかに。納得がいかない中谷さんは、弟は戦後の戦死者第1号として09年に靖国神社に合祀(ごうし)を求めたが、「範囲は大東亜戦争まで」を理由に認められなかった。
安倍首相は集団的自衛権が必要な理由について米艦での邦人保護などを挙げたが、忘れてほしくないのは今後も坂太郎さんのような戦死者を出し、町中に傷痍軍人があふれる時代が来ていいのか、という点だ。
中国大陸での従軍経験を持つ中谷さんは「尖閣諸島をめぐる動きを見れば、集団的自衛権は必要かもしれない。しかし、時の政権の意向だけで憲法解釈を変更するなら違憲行為のそしりは免れない」と話す。
安倍首相は昨年暮れに悲願の靖国参拝を果たしたが、中谷さんの合祀問題をどう考えるのか。
同世代の人間から見て、首相の思考と行動は深みに欠けるように思えてならない。名宰相として歴史に名を残したいのなら、戦中派の声にも謙虚に耳を傾ける必要があるだろう。] (共同通信編集委員 上野敏彦)
[安倍晋三首相より1歳年下の私は、生れ故郷・横浜の町角で子どものころに見かけた傷痍(しょうい)軍人の姿を今でも思い出す。不自由になった体で、施しを求めて生きる姿は痛ましいものだった。
集団的自衛権の行使をめぐる政治の動きは、平和を旗印にした公明党が自民党にすり寄る形で、立憲国家の土台が根底から揺らいできた。
1950年6月25日の朝鮮戦争勃発から間もなく64年。平和憲法の施行下で北朝鮮沖へ機雷の除去作業に派遣され命を落とした海上保安庁職員がいたことはあまり知られていない。
米軍の密命を受けての掃海行為は、まさに朝鮮半島有事の際の集団的自衛権行使を先取りした形で、不戦を誓った時代に戦死者を出した意味について考えるべきだろう。
大阪市浪速区の中谷藤市さん(87)方を10年ぶりに訪れ、弟坂太郎さん=死亡時(21)=の遺影を拝ませてもらった。
米国とソ連の対立を背景に韓国と北朝鮮が半島のほぼ全域で3年間にわたり戦火を交わした朝鮮戦争。米主導の国連軍が計画した元山上陸は、北朝鮮軍の機雷に前進を阻まれていた。
このため、マッカーサー国連軍最高司令官から当時の大久保武雄・海上保安庁長官=故人=に極秘の出動命令が下され、「吉田茂首相も翌年の日米講和条約を有利に締結させるため許可した」(大久保著「海鳴りの日々」より)とされている。
そこで編成されたのが25隻からなる日本特別掃海隊で、下関を出港した坂太郎さんの掃海艇は同年10月17日、元山沖で機雷に触れて爆発し、同乗の23人中ただ1人帰らぬ人となった。
「弟の死から一週間後に米軍関係者が父親のところを訪れ、公になると国際問題になる。瀬戸内海で死んだことにしてほしいと口封じをされた」
その後、大久保氏の回顧録で、真相が明らかに。納得がいかない中谷さんは、弟は戦後の戦死者第1号として09年に靖国神社に合祀(ごうし)を求めたが、「範囲は大東亜戦争まで」を理由に認められなかった。
安倍首相は集団的自衛権が必要な理由について米艦での邦人保護などを挙げたが、忘れてほしくないのは今後も坂太郎さんのような戦死者を出し、町中に傷痍軍人があふれる時代が来ていいのか、という点だ。
中国大陸での従軍経験を持つ中谷さんは「尖閣諸島をめぐる動きを見れば、集団的自衛権は必要かもしれない。しかし、時の政権の意向だけで憲法解釈を変更するなら違憲行為のそしりは免れない」と話す。
安倍首相は昨年暮れに悲願の靖国参拝を果たしたが、中谷さんの合祀問題をどう考えるのか。
同世代の人間から見て、首相の思考と行動は深みに欠けるように思えてならない。名宰相として歴史に名を残したいのなら、戦中派の声にも謙虚に耳を傾ける必要があるだろう。] (共同通信編集委員 上野敏彦)