忘却への扉

 日記? 気づいたこと 何気ないひとこま 明日への伝言 願い 子供たちに 孫たちに そしてあなたに・・ 

お元気ですかに

2008-03-31 | 共に
 友人から届くエッセー集を待つようになって数年が経つ。しばらく新たな小冊子を見ないでいると、もう終りなのかと寂しく心配になる。
 書くのを止めたのか、私のもとに届けられるのが終わったのか気になり郵便受けを覗いてみる。諦めかけた頃に入っていた。
 お元気ですかと添えられた手書きの文字に、身近な暖かさを感じる。「継続は力なり」でも堅すぎない実績が冊子との出会いで見える。
 生き方の違いがそこにある。違うからこそ湧く親しみがある。知らない暮らしがわかってくる。私と孫とにダブる部分がうれしくなる。
 お元気ですかと書いた彼自身が、元気じゃなかったのか。歳相応の体の衰えは別にしても、なにかとおこる。だがあまり気にしないのも彼らしい。
 一生をかける目指すものを持ち続けられるっていいなと思う。彼が少年時代を過ごした場所には、あの頃から育った大きな落葉樹が何本もある。
 今、黄緑色の葉が目立ってきた。また季節のいろいろな場面を見せてくれる。まるで彼のエッセーを読んでいるような気持。
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深い関与と

2008-03-30 | 平和を
 沖縄戦訴訟【集団自決「軍深く関与」】太平洋戦争末期の沖縄戦で日本軍が住民の集団自決を命じた。その史的事実が問題になるとは。
 当時の守備隊長らは岩波新書「沖縄ノート」などの記述で名誉を傷つけられたと、岩波書店と著者・大江健三郎さんを訴えた裁判で、大阪地裁は原告の請求を棄却した。
 「集団自決に日本軍が深く関与したのは認められる」元隊長らが命令を出したとは断定できなくても「真実と信じる相当の理由があった」と。
 日本史教科書での軍の「強制」の記述削除を求めた教科書検定意見の根拠の一つともこの訴訟がなっていた。私も敗戦時の戦争に関する証拠隠滅の徹底などの話はよく聞いた。証拠が無くて当然だろう。
 元来命を大切にする沖縄の住民が軍の命令もない自身の考えで、集団自決を選ぶはずはない。家族他の死の中で生き延びた体験を本でも読んだ。
 兵隊にとって大事な武器である手榴弾が、盗まれ住民自決に使用されたのでもあるまい。他の手段も含めあまりにも多くの住民の命が奪われた、悲しい現実を隠してはならない。
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菜の花色

2008-03-29 | 追憶
 菜の花をよく見る。遠くで近くで咲いている。何月から咲き初めたのか忘れるほどの期間、長く楽しめる花だ。
 港へと走る朝、小波の青い海。後方にヨットのような三角形の帆を立てた小さな漁船が何隻も浮かんでいる。ずっと向こうに霞んだ島影。道路横に続く緩い斜面の菜の花色と似合っている。
 昔よく利用した線路の両側にも咲いていた。汽車に乗れば、できるだけ海の見える窓側を選んだ。あの頃これほどの菜の花を見ることはなかった。
 種が蒔かれ小鳥が運び菜の花畑は広がった。人々が花見に訪れる場所もある。菜の花の色に安らぎを感じる。春色の花は、見えない土中に力強い根を張っている。
 途中で思いがけず懐かしくなる、穂の出た麦畑を見つけた。その畦道にも、ぽつんぽつんと菜の花を見る。年に何度か往復する道路だが、初めてのこと。
 あれほどあった私の村でも麦畑は限られた地域に極僅かとなり、その出会いも滅多にない。久しぶりの麦畑に、見なれた菜の花の数株が気持ちを和ませてくれる。
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ばれたかと

2008-03-28 | 平和を
 パソコンでこのブログを確認していた。急にドアを開け、かみさんが入ってきたのに驚くプライバシーを優先したい一時もある。
 いい加減にやめたらと言いたくなるので、部屋を移った長電話もやっと終わった。今度はその件をドアの外から話していた。返事が物足りないと入ってきたのだ。
 私も真面目な会話をしていたつもり。繰り返す話を聞くことになり、私の返事は幾つもないが無視はしない。
 最初話を聞きながらパソコン画面にびっくりする。その孫の顔を見られたかと、かみさんの反応を窺いばれなかったとほっとした。
 いまだこのブログを黙っている。内緒でなければならない理由は少ないが、重要ではある。それは検閲を受けたくない事と、禁止されたり削除命令を聞く不安からだ。
 ブログは自分にできるだけ正直で自由にいたい場所。身近のかみさんを主人公にもする。本人からモデルを拒否されプライバシー侵害を追及される可能性は高い。
 自由と平和を望むのに、もう何度も軽犯罪を犯している。逃げたり闘う勇気はないので、ばれるのを避けている。
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借声・・?

2008-03-27 | 共に
 庭園などで遠山や周囲の風景を取り込み利用することで、借景という言葉は聞いているが、借声(しゃくせい)はどうだろう。
 借景も地域開発などの名も借りて、文化を奪われて行く現代だ。それでも農村地帯で生活する私は、日々借景の中にいる。過疎化か少子化か借景を感じる範囲は増しつつある。
 この場所では借声も楽しめる。春の野山で鳴く、いろいろな鳥の声を聞きながら仕事ができ時には傍まで飛んで来る。
 鳥たちの声を借りて春を楽しむ。花が咲き新芽も出始めている。この地方では桜の花の満開も入学式・入園式の頃になりそう。
 春休みなのか園児たちのいつもの元気な声を聞けずにでいる。離れた場所の幼稚園だが、時には園児たちの声が聞こえるのだ。
 その声で私も元気と若さをもらっている気がする。わが家に暮らす園児や児童はいない。遠くにいる孫たちの代わりに、園児のにぎやかな歓声を借りる。早く声の聞ける日を待つ。
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代わりに話す

2008-03-26 | 共に
 山村のちょっと離れた一軒家の生活という環境でもあり、普段は犬と話すことが一番多くなりがちだ。ほとんど私がしゃべっている。
 犬からの返事は滅多に聞けないが、私の話を全て理解できるとの表情を見せる。適当に聞いているとは思えない。
 どちらも家族の一人と感じている。私の話はどれも短い。呼びかけやほめ言葉が多い。本当にわかっていれば、態度で答えてくれる。
 愚痴と怒りはぶつけずに、難しいことはお互いに口にしない。単純明快がいいと、のんびりした間のある会話?で心が休まる。
 犬との話が癖になってきた。それが変ともどうしてとも思わない。だが気づいたことがある。犬と話しているようで、犬だけと会話しているのではなかった。
 犬との話と体で触れ合う中に、気持ちには他の家族も加わっている。一緒に暮らす家族はもちろんだが、遠く離れている子供たちや孫たちもそこにいる。
 子供や孫と話て遊ぶ。のんびり気分で至福の一時を味わう。離れていてもいつも見ている感じている。ほんわかした暖かさをもらう。
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不便な洗濯

2008-03-25 | 日々
 新しい洗濯機を買って数ヵ月で脱水ができない。どうも洗濯物が詰まったようだ。底にある撹拌盤?を外せばよいのだろうがそれができない。
 何台が以前に購入した型など、取り外しの工具が付いていた。この程度のことで、家電店に電話し修理をお願いする。
 担当者が来て簡単に済むとほっとしたが、なぜか時間がかかった。まあ修理できればそれもよい。かみさん翌日も洗濯をする。
 音が少し高く振動もあるので、再度の修理を電話した。次の日製造メーカーの人が来る。なんとか無事修理完了。
 先日の修理からすると、洗濯機の頭脳に問題が発生したようだ。わが家の洗濯物に対しては、性格の不一致か頭が良すぎてこんなことになる。
 機能の有りすぎが便利とは限らない。いまさらだが、わが家には不釣り合いかと思ってしまう。保証期間で一回の出張料だけで済んだが、迷惑かけたの気持はある。
 木製の盥(たらい)や金盥に水を溜め、ギザギザの付いた洗濯板に布を擦って洗っていた頃が懐かしい。手で絞り叩いて干した。乾くのもお日様と自然の風に任せていた。今の洗濯機とどっちが便利かと考える。
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うれしい気持

2008-03-24 | 共に
 このブログにコメントが届くことは、相変わらず身内からのも滅多にない。意外に多いすぐに削除の迷惑者のは、数のうちにはない。
 貴重なコメントが入っていると、やっぱりうれしい。短い文章に出会いを感じる。立ち話とかお茶している気分になってくる。
 あれっ、俺って意外に寂しがりかも。自由な一人も好きで満足していたはずなのに。そうブログをするのも、一緒の仲間を感じたいから。
 私の所に来てもらっても、返事を送れるのはわずか。かといってこちらが訪問したブログにコメントなど残すことも皆無に近い。
 見せてもらって良かったと思うブログはいくらでもある。でも気持を表すコメントの数行が送れない。なぜか手紙を書けない私がでてくる。
 年齢差も考えの違いも性別も、気にせず好きな時に会いに行き仲間を感じている。コメントと同時にトラックバックをもらうと、お気に入りにも保存しておじゃまする。
 同じようで変化している内容に気づくこともある。後で行ったら消えてるのは寂しい。私も気になる出会いに気軽くコメントを残せればと思っている。
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あの頃が再びかと

2008-03-23 | 平和を
 朝の報道番組で司会者が、中国チベット自治区での暴動について話していた。中国当局の発表による犠牲者の数を「大本営発表」だと表現した。
 大日本帝国は現人神の天皇陛下が全権を握っていた頃の権威ある言葉だ。司会者はその意味で口にしたのではないだろう。
 太平洋戦争に敗れ、新しく国民のための憲法と共に生まれ変わった日本。まだ帝国の軍国主義時代を体験した国民が大半だった頃。
 私たちは「大本営発表」と言う言葉を、よく使っていた。大人を真似て子供も同じ意味で使った。お上の嘘、大げさなな嘘、自分たちを騙そうとすることが「大本営発表」。
 先日のテレビ番組【東京大空襲】でもあった。東京無差別爆撃に飛来した米軍B29戦闘爆撃機、数も被害も大本営はかなり少なく発表した。
 海外侵略の戦場でも勝ちは過大に負けは過少に発表した。全滅でも総員玉砕と勇ましい。戦時中に真実を知らせるのは、市民でも国家への重罪だった。
 偽りの自由社会で、再びあの「大本営発表」の機能が目覚めたように思えてならない。
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知らない名前の

2008-03-22 | 日々
 夕方と言っても陽の沈むのは遅くなり、まだ真昼の明るさと変わらない。かみさんの予定した温泉行きの時間に合わせ、歩いて下る。
 道路脇の切りすぎか切り時期のせいか、枯れた松の木の横で立ち止まる。わが家も見える景色を眺めるためだ。
 代わり映えはしないが、いい気分になれる。松の木に小鳥が飛んで来てとまる。白と黒のまだら模様に見える。
 初めて見る鳥のようでもあり、名前は知らない。なにこの鳥、私のすぐそばで逃げて行かない。私の顔の高さの松の枝で遊んでいる。
 人が平気なのか無関心なのか。ピョンピョン飛び跳ね、幹をクルリと回ったり、可愛いしぐさを見せてくれた。
 松の木を飛んでも道路を渡っただけ。今度はパイプや果樹園の木で遊ぶ。先客の何羽ものメジロの姿に驚いたのかいなくなった。
 メジロが代わりに鳴きながら、小刻みに飛び跳ねて見せる。春だなあと思う。家に帰ると、寝ころび日向ぼっこをしている犬のそばの梅の木でもメジロが数羽遊んでいた。
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