忘却への扉

 日記? 気づいたこと 何気ないひとこま 明日への伝言 願い 子供たちに 孫たちに そしてあなたに・・ 

油断できなくなって

2009-11-30 | 共に
 渡されていた鍵で私が玄関のドアを開け中に入る。「メル、メル、」猫の名を呼ぶと廊下の角までやって来てすり寄り、しばらくの間歓迎の態度を表してくれた。こちらこそ1泊2日をどうかよろしく。
 それにしてもあの元ペシャンコ激やせ捨て猫の体型が、ふんわりふっくら型になっていて、ここがわが家とくつろいでいるのがよくわかる。だが隙あらば外出をと油断できない。、
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逃げ道の必要

2009-11-29 | 共に
 洗面所のカガミに写った自分の顔を見て、やわらかい表情だと思う。これが遠い過去のふだんの顔だったはず。いつの頃から眼に鋭さを持つようになったのかは忘れてしまった。
 環境の変化の影響が原因ではあるだろう。鏡を見なければ真実を知らずに済むかも知らないが、自分の表情はのんびりしたやすらぎの部分を維持して行こうと心がけては来たつもり。
 今回孫が娘に叱られる横にいて、つい私も一言を出してしまった。『私が叱ってるんだから黙っていて!逃げ道の無い叱り方は駄目なの!』聞いて、叱る言葉ではなかったつもりだったので一瞬驚く。
 相手に対し逃げ道を残した叱り方ができるかどうかは、叱る側の人格を問われる課題なのか。そういえばその前に母親が子供を叱った時にはすぐ父親が間に入り止めてから、再び母親が抱きしめて子供の気持ちを聞き治めていた。
 耳を押さえられない怒りの大砲の近くで、長くその音を聞き続けて来た。周りには同じ立場の人々がいて、逃げ道や助け合う仲間が自然にできた。逃げ道の見つけだせない人には声かける人たちがいた。
 個人的には友がいて、趣味を持ち、家族はもちろん、宗教に頼る人まで。酒好きで体を壊し短命の人たちも、想い出には笑顔だけを見せる。互いの人格を認め合う人間味のある人々。
 逃げ道の体験が人を育てると孫たちに教わった。私もまだ献体に行くまでには、柔らかな顔が取り戻せるとの望みを捨てていない。
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どんどんむらに

2009-11-28 | 平和を
 【 どんどんむらの あき 】 作/つちだ よしはる 発行所/宝島社 [ どんどんむらに あきが やってきました。 ことしは おこめも リンゴも ブドウも すごい ほうさくで、 みんな おおよろこび  しています。 ところが……、どんどんむらに たいふうが やってくる ことが、わかりました! さあ たいへん、みんなで むらをまもらなくっちゃ!! ]
 どんどんむらの仲間は、いろいろな可愛い動物たち。のんびり絵本の読める家に来て、今回は動物出て来るのを何冊も読んだがこの本が特に好き。ブドウがつ稲穂にちと絵で描かれている。
 ウサギのジリジリさんの稲刈りには私も体験した人の手で、カマを使って刈り束ね集めてほすところまで丁寧な絵で説明されている。大人の楽しみや思い出まで見せる絵本。
 カバのベッカおばさんのリンゴ園では、4月から10月の取り入れの始まるまでの作業を紹介している。収穫の大切な時期のどんどんむらに、台風が来ると知った仲間たちの助け合いの姿が心強い。
 この日本の強い力を持つ人々に欠けている部分を、どんどんむらは自由で共にで守っている。孫たちが一緒に集まり、隣りの遊びの部屋でにぎやか騒いでいるのも読んでいる間は忘れていた。将来を安心できる日は、来るのだろうかとこの国の人間社会が気になる。
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離れて見れば

2009-11-27 | 日々
 朝霧に浮かぶ街並みを見下ろしながら、個性ある何本もの橋が島々をまたぐしまなみ海道の早朝を走る。大小の島々も霞んでいる。昔を知らないが元々山林のない島かと思うほど紅葉を多く見れる。
 山間部のわが家の地方も紅葉を眺めることはできるが、島々のように広くまとまってはいない。おまけに果樹園と山林が面積の大半をしめ、現在も採集の進んでいる。
 主な品種の違いで収穫時期は来年の春まで続く。落葉しない果樹は傾斜地の段畑に植えられていて、果実の実った山は濃いオレンジ色に染まり収穫の進み具合で緑に戻る。
 それでもあちこちで目立った紅葉を見れるのは、桜やハゼの木など赤が映えるから。島の色は落葉樹のオレンジ色の濃淡が主役で、桜などが赤を見せる。行く手に濃く明るい大きな太陽の上るのを初めて見れた。
 早朝から日の出と短い時間の経過でも、違った景色を感じて走る。離れているからこそきれいに見える色もある。自動車道脇の枯れ草の色と、折れて倒れた状態の場所が続けば現実に引き戻されもする。紅葉は好きだが、それはやがて芽を出し花咲く春が来るからのこと。
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かたづいたまま

2009-11-26 | 日々
 かみさんにすると1階で唯一の堅苦しい来客を招くことのできる場所が、ふだん私の使っている部屋のようだ。何回目かの同じ人だが、また『かたづけといてよ』『そうじでけた』と聞かされていた。
 今回の例外的にほとんど整理整頓の不必要な状態を保ったのは簡単な理由で、ただその本の部屋の利用時間が少なめだったのと本屋に行かなかったから。それだけでと、いつもの乱雑さが嘘のよう。
 だが私はかたづいている部屋をどうも冷たく感じてしまう。本棚や机でふさいだ3カ所の窓とドアからも、自然の明かりが入って来ないせいなのだろうか。掃き出し部分は庭から自由に出入りをするのと外の景色を大きく見るためだったのに。
 ドアを閉じると地下室のようだ。お客さんの到着前に小型の温風ヒーターのボタンを押した。予定時間ちょうどに挨拶を交わし、どうぞと中に入ってもらう。座布団にも最初から足を楽にと声かける。
 数時間の正座はできる私を真似する必要などない。ほんとはソファーかテーブルと6~8脚の椅子が入る部屋だがもう無理だ。積み上げた本の凸凹に私なりの安心感を見つけ出した。
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1日遅れに

2009-11-25 | 日々
 最近はブログの作文を夜になって始めるのが多い。題名だけでも昼間にできていれば、後は頭の中に残っている考えをつなげて行けばなんとか文章になる。だがそれは題名がその日にできた時のこと。
 その日に思いつかなければ、文そのものも浮かんで来ない。この事を書きたいと以前メモした予備の題名なども、近頃は感覚の減退からか利用できなくなってきた。
 書きたいと新たに感じるかどうか、その日の体調か感情の微妙なところで行き詰まったりする。元々が文章を書いたりするのは苦手であり、筆無精でもある。なのにこのブログ『忘却への扉』だけが続いているは自分でも不思議に思う。
 夕食後早めに風呂に入るが、湯に浸かりながらケータイでブログを始めるのも気持ちいい。でも長湯になる前に早く出てとの注意警告をもらったりする。風呂から上がってすぐ布団の中に、湯冷めもせず今の季節は気持ちがよい。
 そこでブログの続きとなる。若い人に比べれば特急と鈍行の違いはあるが、しばらくは私なりの早さで進んで行く。やがて寝床本来の眠りが私を襲ってくる。文字が前進を止める。
 ブログはまだ残っているのだ目をさませ。進んで止まるを繰り返すのも限界となり記憶が途切れる時間に入る。睡眠剤を飲む前なので目はまたさめる。でもそれは23時30分を過ぎていることがよくある。
 あと少しなのに0時が来て今日ではなくなり翌日になる。ブログの文が1日欠けるのも気にすれば気になる。時間を過去に戻して前の日とする。
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無駄な音の通過

2009-11-24 | 平和を
 バダ!バダ!バダ!バダ!と小刻みに連続して響くうるさい音に上空を見る。雨を予感させる曇った空にはこちらに向かって飛んで来る3機のヘリコプターがいた。
 天候のためか機体はどれも薄黒く見づらい。晴れていれば搭乗者の人影もわかるのではと思うほど、なぜこんなに低空を飛ぶ必要があるのか。私は山の中腹にいたのだが、なだらかに山は次第に標高が高くなる。
 奥の方から姿を表したヘリは山より下を通過したようだ。自衛隊にしろ米軍にしろ軍用ヘリには間違いない。先頭に長いペラ2つの回転する大型ヘリ、その後尾に主力ペラ1つの2機が並び3角を維持しながら形作って飛んで行く。
 それは仮想敵に対する攻撃の矢にも見えた。この山里を軍用機が飛ぶ必要など、皆無と言ってよいはず。子供の頃は米軍機だけが進駐軍機の名で我が物顔に、色やマークのはっきりわかる低空飛行していたのを見ていた。
 そんな時の祖父母の不安げな表情を忘れない。山畑でのいつもの笑顔が消える戦争に関連する思い出。戦時中、朝鮮北部にいた父は一生無言だったが、母は私に戦争と庶民を話してくれた。
 自民公明政権が倒れ民主他の鳩山内閣。国費の無駄使いにメスを入れる削減の事業仕分けが現在行われている。防衛との名の偽善的嘘の切り崩しにも、憲法を守って本格的に取り組むのだろうか。
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文になる不思議

2009-11-23 | 日々
 病院の受付兼待合室に入る前に、マナーモードにしていてよかった。『痴呆症との関連を先生に聴いてみたらどうか』とケータイにメールが届く。順番待ちでいつ名前を呼ばれるかもわからない、ただでさえ緊張している時に返事を送る余裕もない。
 思ったとおり数分で移動する。まず診察室前の検査室とか手術室への通路の片方ある幾つかのソファーの1つに腰掛けて、看護師さんの指示に従う。毎度のことなのに、待合室とは違った緊張感がある。
 通院も長いので顔見知りの人ができてもいいのに、優しい顔を見れるのは専門医院の関係者だけ。通路での待ち時間の方が長い場合もあって、待ち人は多くて3~4人ほとんど無言で家族の付き人とか気づかう会話を聞く程度。
 私の番になり先生の斜め前の椅子に座る。机は1つパソコンの文字が読めるほどの、先生ともごく近い位置での安心できる会話になる。尋ねたくはないのだが、覚えているうちにと届いたメールの話しをした。
 関連性を聞くのを忘れていた私の問いも間違っていたが、丁寧に話してもらった。現在のところは痴呆症というほどの状態ではないとは理解できる。夏の検査からまだ数カ月、気になれば再検査するが急に変化はしていないはず・・・。
 あの時の1つがそうだったのかとやっとわかる。元々私自身は痴呆症など気にしていない。確かに物忘れや誤解に聞いたこと自体を覚えてなかったりするが、まだものによっては時間はかかるが思い出しもする。このブログを書けるだけでもリハビリだ。
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雨音の中を飛び

2009-11-22 | 日々
 昼前から雨が降り始めた。天気予報どおりに3時まで曇りであれば、一仕事片付いたのにと予定変わりが残念でもある。今日は場所の関係ともしかして降るかもと犬には留守番を頼んでおいた。
 わずか半日なのに私たちが帰宅した喜びを、犬は全身ではげしく表してくれる。濡れるのに外に出ずにはいられない気持ちにありがとう。午後からは母屋の玄関で昼寝をさせるか。
 今日ような小雨の昼間はたまに、ぐっすり1~2時間の昼寝ができればと私も思うが黙っていた。やはり昼食後に買い物に行って来てとの注文をもらう。倉庫の軒先で運転手を待っていると、近くの山でヒヨドリのかん高い鳴き声が聞こえる。
 木々に隠れて雨宿り、どの木で鳴いているのか上を見た。何羽かのヒヨドリが雨の中を飛んでいた。ニッキの木から枇杷の木に、次に柿の木へと飛び交っている。
 そこから見える柿の実は、ヒヨドリたちに食べられ1個も残らなかった。今年は特にヒヨドリの鳴き声を多く聞く気がする。軒先からすぐ前に繁っている木の葉を打つ雨音は優しいが、寒さを感じる雨の中をヒヨドリたちは騒ぎながら何を求めて行き交っているのだろうか。
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会話が止まる

2009-11-21 | 追憶
 閉じられた病室のドアの横、名札の下には面会謝絶と書かれた文字がドキッとさせる。そのような経験は何回もあった。知っていればもっと病状が落ち着いてからにしたのに、病院案内所の指示通りに来た。
 せっかくだから付き添いの人にでも挨拶できればとドアをノックした。病室前に置かれ医療器具を見ただけで、症状の深刻さがわかる。奥さんと話して失礼しようとすると『どうぞ中で会って話してやって下さい。待っていたんですよ。喜びますので』
 1人部屋の窓際に置かれたベットは透明のカーテンで囲われ、その中で彼は酸素マスク着けたまま本を読んでいた。『おう!!○ちゃん!』ふだんと変わらない声が聞けた。
 奥さんに言ってカーテンを開け酸素マスクは自分で外し、私の心配をよそに笑顔の彼との長い会話が続いた。その出会いが彼と私の別れになったことを、昨夜短めの時間で切らせてしまい、寝不足にさせた電話から思い出した。
 他の病院でも話し声を聞いて数日後の別れに何度も出会っている。身内の場合は会話の直後もある。手を伸ばせば話せるのに、話し合いたいけど黙っていなければならない淋しさ辛さ。
 日常の会話を大切にしたいが、自分に素直にはまだ無理があり自己批判。過去、過疎化の進む漁村の隙間から明かりのもれる1軒に声をかけ土間に入った。薄暗い間仕切りもない家での老婦人1人暮らし?私の呼びかけに笑顔をもらったが、話し足りなさを今も悔やむ。
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