(つづき)
以前紹介した「法務局前」の時刻表に掲載されていた「3-2番 天神、都市高速、室見団地経由博多駅行き」だが、この間確認したら、「都市高速」「室見団地」の文字は修正テープで消され、夢の路線(?)はいつの間にか消えていた。
そういえば、今から20年以上前になるだろうか、早良区の田隈小学校前のバス停の時刻表に「善院 千本杉 博多駅」と書いてあってぶっ飛んだことがあったな…。
(つづく)
以前紹介した「法務局前」の時刻表に掲載されていた「3-2番 天神、都市高速、室見団地経由博多駅行き」だが、この間確認したら、「都市高速」「室見団地」の文字は修正テープで消され、夢の路線(?)はいつの間にか消えていた。
そういえば、今から20年以上前になるだろうか、早良区の田隈小学校前のバス停の時刻表に「善院 千本杉 博多駅」と書いてあってぶっ飛んだことがあったな…。
(つづく)
私も西新パレス前のバス停で「(3)善院・千本杉 陽光台」という表示を見たことがあります!!そんな未知のバス停があるんだなーと感心していましたが、実は全然違うんですね。
久留米の25番の車窓の風景は風情があって良いですよね!
この路線に乗ったことは一度しかないのですが、車で田主丸方面に行ったときは国道210号ではなく、この25番のルート(県道151号)を使ったりしています。
Sawara-Catさん、こんにちは。
私以外にも目撃者が居てくれて頼もしいです(笑)。
「善院」「千本杉」ともに、神秘的というかどこか郷愁を誘う名称であることも、ずっと記憶に残った要因かもしれません。
しかし、どのようなプロセスを経てこのような間違いに至ったのかが気になりますよね…。
確か、内野方面の路線でした。
「3」の「九大前」、「56」の「板付団地」も今は昔ですね・・・。
「97」もできた当初は「藤崎~姪浜~下山門~拾六町団地口~野方、藤ヶ丘団地~羽根戸~四箇田団地口~西山」でしたね。
そこから拾六町団地行きができたり、団地行が無くなって団地の中に入る事になるなど、色々かわりました。
「3番」の九大前行きや「56番」の板付団地行き、懐かしいです。
「97番」は、旧西区が3つに分割される際に、金武、羽根戸、下山門地区から姪浜(新西区役所)に行くために開設された路線でしたね。
考えてみれば「97番」ができるまでは、西鉄バスの下山門から内浜までの間はバスが走っていなくて、下山門からは「204番」で南にしか出られなかった訳ですが、今では考えられないですね。
その頃はそれだけ昭和バスの存在感も大きかったということでしょうか…。