白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

城山つつじ公園にプチ登山

2022年10月28日 20時03分24秒 | 日記
干し柿の皮むきに飽きて、一キロほど離れた城山にプチ登山。



もう少し標高が高いところは既に紅葉が進んでいるが、この辺りはこれからだ。

キノコは詳しくないので名前はわからない。
でも、食べられそうな気はする。

木漏れ日が柔らかく暖かい。秋だなあ。

僕らが子供だった頃、この村でも養蚕が盛んだった。
これは養蚕神社。

今年はドングリが豊作のようだ。
熊さんも今年はたらふく食べられる。

登山道には落ち葉もたくさん。

遊歩道は階段が整備されている。

山頂には展望台。

北アルプス、北信五岳の展望が素晴らしい。

ツタの紅葉。

飯縄山。
毎年元旦に登る。今度は四十三回目になる。

二人と出会う。
車のナンバーは成田だった。
山が好きなんだなあ。

距離1.05キロ。標高差108メートル。
平地のアスファルトを歩くよりはるかに楽だ。

11月13日、ハーフマラソンにエントリーしている。
腰痛と脚の痺れがあり、練習も思うようにできない。
この1~2年の間にずいぶん走力が落ちた。
Vo2Maxも46から37に落ちている。
制限時間3時間。
無理して完走しないよう自分に言い聞かせている。



三陸のサンマが届いた

2022年10月26日 21時04分37秒 | 日記
今は埼玉にいる古い山の友達から大船渡直送のサンマが送られてきた。
毎年のことだが、サンマ大好きの僕にはとてもうれしい。
さっそく友人たちにも、大根を付けておすそ分けした。
説明書きによると、近年の不良に加えて、今年のサンマは小ぶりだそうで、確かに例年の三割り方小さい。

それでも、新鮮なサンマを焼いて食べるとうまいことこの上なし。
大根おろしを添えて秋の味を堪能した。
さんま さんま さんま苦いかしょっぱいか・・・
今宵はガスで焼いたが、明るい時間帯に炭火で焼いて食べよう。
友よ、ありがとう。
ところで、大根だが、色々な人が今年は上手くできなかったという。
我が家は、大根は良好だが、白菜はハズレ。
種を播いた割に芽が出なかった。
気候がおかしくなっているのだろうか。


秋の味覚を味わうとともに、冬の味覚の準備も忙しい。
干し柿造りを始めた。これで六十くらいあるが、この十倍以上は作る。
皮は干してたくあん漬けに使う。
甘さが出る。


ハックルベリーもたくさん収穫した。
ジャムを作る。
これも結構手間がかかる。
北国の秋は冬支度で何かと忙しい。

マイナカードを申請するとかなりのポイントが付くと、村の情報無線で繰り返し放送している。
休日も申請でき、おまけに顔写真まで無料と、至れり尽くせり。
だが、そんな餌に釣られはしないさ。
おいらの意思は固い。









少しずつ 緩やかに 十月の蕎麦会

2022年10月23日 20時08分41秒 | 日記
月に一度の蕎麦会の日。
三年半くらい続いている。
何度も何度も同じ失敗を繰り返しながら、それでも、少しずつ緩やかに皆さん腕を上げてきました。




同じ量の水を加えるのですが、人によって蕎麦粉の状態が全く違うのにはびっくりです。
これまでは高山製粉の『八ヶ岳』という粉を使っていたのですが、今回は『縄文』という挽きぐるみの粉を使ってみました。
やや粗挽きの粉も交じって、田舎蕎麦風の蕎麦になります。
『次、どうやるんだっけ?』
相変わらず、そんな声も飛んでくるのですが、手延しで丸くならなかったり、角出しで四角にならなかったのが、丸に近くなったり、四角っぽくなってきました。本当にゆっくり、それでも少しずつ上達しているのです。
『なんでそんなことができないの!』と家では絶対言うとカミさんに言われながらゆる~く、ゆる~くと自分に言い聞かせているのです。趣味の世界で、交流の場ですから、厳しくしてはダメなのです。
どうしても自分は独学で蕎麦打ちを学んだので、技術の向上に重きを置きがちになってしまいます。それはダメなのです。
やっぱり蕎麦打ちの基本は水回しです。
このところ、何回も丁寧で速い水回しをテーマにしています。
加水量も、蕎麦粉の袋に記載されている数字を参考にしながら、自分の目と指先で適正な加水が出来るよう、参加者の皆さんに話しています。
みんなで一定水準の蕎麦が打てるようになれば、小規模な蕎麦祭りでもやろうかなと目論んでいるのです。
来月になれば、いよいよ信州産の新蕎麦の粉が出回ります。楽しみです。




物価高が凶暴に襲い掛かる

2022年10月22日 20時47分52秒 | 日記
西に傾いた太陽が弱弱しい斜光線を東の山々に届ける。
これは沈みゆく日本経済を象徴しているのか。
後立山連峰は右の白馬岳山頂付近だけが冠雪している。
空きがどんどん深まっていく。
庶民の生活はどんどん苦しくなって懐も冬に向かっている。
色々な考え方がある。
北や西の独裁国家と対抗するために大軍拡が必要だという。
さぞや軍需産業は大喜びするだろう。
泣くのはいつも庶民だ。
国を守るというのはここで暮らす人々の生活を守ることが第一義ではないのか。
この経済的な生活苦を何とかすることこそ今必要なのではないか。
消費税を無くすか、無理なら大幅に引き下げること。
世界でも特異な金利政策を考え直すこと。
そんなことを考える。

いつも取り寄せているコーヒーの生豆も輸入品だから、円安の影響を受けてずいぶん値上がりした。


その時の気分で取り寄せる豆は違う。
今回はガテマラナチュラル、 タンザニアナチュラル、コロムビアナリーニョ グランボリバールという3銘柄。
5キロずつの計15キロ。
1回250グラム焙煎して5日くらいで飲み切るから、計算してみると20日で1キロ。15キロあればおよそ10か月分ある。
3人で朝夕飲んで1ヶ月2,000円。
生活が楽ではないとはいえこれくらいの贅沢は許されよう。
ガテマラ、タンザニア、コロムビアは焙煎して飲んだことはあるが、それらの下にナンタラが付くのは初めて。
いったいどんなコーヒーになるのだろう。楽しみだ。


思えば遠くへ来たもんだ 甲州街道 高尾~府中

2022年10月18日 21時06分19秒 | 日記
多分、甲州街道を歩き始めたのは2,017年の年末か2018年の年始めの頃。
北国街道を手始めに、中山道、東海道を歩き終えた後だ。
信州の下諏訪から日本橋を目指して歩き続け、甲州の山梨、相模の神奈川、そして前回小仏峠を越えて高尾駅まで到達した。
今回は高尾駅から府中まで二十数キロ。日本橋までの五十キロの約半分。

下諏訪の駅前に車を停め、各駅停車6:21発高尾行に乗る。
歩き続けた街道筋を見ながら、あんなことがあったな、こんなこともあったなと、懐かしさがこみ上げる。
前回は6月、その前はもう3年半も前。水害や、コロナ騒ぎで思うように出かけられなかった。
高尾には9:23分の到着予定だったが、人身事故があったとかで、大月の辺りから停車する時間が長くなった。
到着は10時少し前。気持ちの整理と出発の心の準備のため、隣のカフェに入った。



江戸とはいえ、「本当の江戸は山手線の中でゲスよ」と春風亭柳喬が言うように高尾の辺りは都会の砂漠感はない。




マンホールのふたが、町ごとに違って興味深い。

途中、ファミレスに入ったが、昼時で順番待ちをしている人がいたのですぐに出た。
日野自動車やコニカミノルタの大きな工場がある通りで、多分他にも食事処はあるだろうと、歩き続けた。まだ、10キロも歩いていない。

小さな蕎麦屋(うどんもある)があったので迷わず入る。
ワシらにはファミレスより蕎麦屋が似合う。

さすがにこの辺りには旧甲州街道の面影のようなものは少ない。
それに、当方の興味も遺跡にはさほどない。
このようなものも稀にある。

川には潤いがある。



この多摩川を渡れば立川市。
モノレールが走って行った。


川の浅瀬で鳥たちが会議をしていた。

この街道筋は自転車に乗った人が多い。
特に子供を屋根付きの椅子に乗せたママたちが何人もさっそうと走っていた。保育園や幼稚園への送り迎えなのだろう。
「この町では、車に轢かれるよりも自転車に轢かれそう」
カミさんが言った。

夕暮れがせまり、車にライトが付いた。

府中が終わり、調布市の看板が出てきた。
左折する。旧甲州街道から20号線の通りに出る。

今夜の宿、武蔵野の森。


狭いが、和室だ。
最上階の10階に2部屋だけある。
ワシら老人には、畳にふとんが良い。
ベッドでは寛げない。
トイレと浴室が一緒なんて信じられない。
今回は別々だ。
10回からの夜景は湿った空気の中で心に染みた。

夕食は四川料理店のマーボー豆腐。
美味しかったが、疲れすぎたカミさんは食べられなかった。


翌朝、6時出発。
西武線の白糸台からJRの武蔵境駅に。
ここでやらかした。
JR線乗り換えという自動改札があったので、切符を入れるとストップバーが飛び出して行く手を遮られてしまった。
「???」
訳が分からず右往左往していると、通りかかった人が「JRじゃない切符を入れたのでは?」と教えてくれた。親切に感謝。ほとんどの人が定期やSuicaで通っていく。
この時間帯、通勤や通学の人で、戦場のような有様。
「どうしたらいいんだ?」途方に暮れた。その時、偶然運転手らしき人が通りかかったので、事情を話す。
西武線の窓口に連れて行き、係員に説明してくれた。
「いったん外に出て、JRの切符を買い別のの改札から入ってください」とのこと。
自分が田舎者だと、思い知らされたのだった。
その後も、悪戦苦闘は続くのだった。

みどりの窓口で、特急あずさの切符と乗車券を買おうとしたら、券売機で買ってくださいと、けんもほろろ。
この券売機もさっぱりわからない上に、後ろに人が並ぶ。
「わからないのでお先にどうぞ」を二回繰り返す。
「うちではパソコンを使いこなしているのに、どうしてここではだめなの!」
カミさんの声が飛ぶ。

何とか切符を買った。
あずさに乗るのは立川駅から。そこまでは各駅停車で行くのだが、通勤通学ラッシュがすごい。
立川駅に着いたが、トイレや改札がどこにあるのかも、全くわからない。人の激流の中で立ち止まっていることもできない。
JRの看板は、『駅のことを全く知らない人が、自分が困らないように設置する』を基本にするべきだ。

昨年、「あずさは今後すべての車両が座席指定になります」というポスターを見た。
『座席指定という事は、乗る電車も座席も決まっているのだな」と思った。
だが、券売機で買った切符にはどのあずさに乗るかも座席番号も見つからない。
「いったいどうなっているのだ?」
券売機での買い方が悪かったのだろうか。いまだによくわからない。
駅員に聞くと、何時発でもよいので赤いランプの付いた席に座ってくださいとのこと。
赤いランプは一つの車両に三つくらいしかなかった。

帰りの車両も人身事故とかで、少し遅れた。
都会では日常茶飯事なのだな。

甲州街道の旅で、時々憧れの目で見ていたあずさにとうとう乗ることができた。あのあずさ5号だ。
乗っていると、風景がほとんど見えないまま車窓を流れていく。
どうやら、俺は特急向きにできていない。
「特急とか、新幹線はあこがれながら外から眺めるものだ」
そのことに気が付いてしまった。
18切符で旅をしていた時貧乏旅行だと思っていたが、それは最高の贅沢だったんだ。

旅の最終章は断固各駅停車旅だ。
固く心に誓った。

10月12日 高尾駅~ホテル府中の森 27.16km 7:08:13