白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

隠れ家のドアを作り替えた

2020年12月30日 19時55分52秒 | 日記
知人からいらなくなったドアを譲ってもらった。


高さが2メートルもあって、どこに使うというあてもなくしまっておいた。
隠れ家のドアにしようと思い立ち、丈を10センチほど詰めた。
屋外用ではないので透明のガラスをはめ込むことにした。


ホームセンターでガラス切りを買ってきて、古いサッシから外したガラスを切ろうとした。だが、新品のガラス切りにもかかわらず全く切れない。傷すらつかない。以前もガラス切りを使ったことがあるから、使い方の問題ではない。絶対に不良品だ。(Tというメーカーのものだ)千数百円もしたが、クレームを言うのも面倒なので泣き寝入り。
そこで持ち出したのが、サンダーという電動器具。ダイヤモンドカッターをセットし、切ることにした。これで、ガラスを切るのはかなり難しい。ちょっと力を入れすぎると余分なところまで割れてしまう。かなり技術を要する。一定の速度で一直線に切る。ものすごい緊張感。真剣勝負。


溝切した枠に合わせる。


無事に嵌まる。


ガラスの下の部分に杉板をはめ込む。


ドアを入り口にあてがってみる。


化粧まわしを付ける。


隠れ家のドア完成。


ついでに花の置き棚も作る。

今は蕎麦打ち道具が散乱している内部だが、新しい年になったら、雪景色の中、ストーブに当たりながら不要なものを整理して、もっともっと居心地のいい空間を作ろう。

年末。あわただしく毎日が過ぎていく。
当ブログもほとんど放置状態だが、やるべきことはやっているのだ。
すなわち、1日1万歩以上のウォーキングと週3日のランニング。(もっとも、12月20日以降だが)
この春予定していたふるさとカチューシャマラソンでハーフの2時間切りを目標にしてそれなりに仕上げていた。それが中止になり、ついつい怠けるようになり、今のハーフマラソン予想タイムは2時間7分16秒とガーミンは出してきた。ランニングって継続していないとどんどんダメになっていくんだと改めて思い知った。もっとも俺より若い瀬古さんだって、この間は走っているのをテレビで見たら俺とそう変わらないじゃん。なんか安心した。
というわけで、心を入れかえて、無理はしないよう少しずつ走ったりしているのです。
皆様もどうか体を動かして、若々しく新しい年をお迎えかください。




蕎麦打ちの日々

2020年12月30日 18時02分31秒 | 日記
蕎麦教室の番外編、年越し蕎麦を打つ集いを29日に開いた。
5月から『年越し蕎麦を自分で打つ』を目標に月に一回蕎麦教室を開いてきた。
ここで各自自分で打てとおっ放しても心もとないので、集まって打つことにした。
自分も含めて3人。その他1人は連れ合いの手術のため、もう1人は終わるころに現れたため今回はパス。

今回からしっかり検温もして、コロナ対策にも万全を期す。全員36度前後で問題なし。
一応指南役なので、自分は打たないで見守る。前日に20人前、当日朝に10人前をすでに打ってある。
今回は地産地消の精神で、当地でできた蕎麦粉を使う。子で迄教材で使ってきたそば粉と違い、加水率の表示がない。蕎麦の加水率は非常にクリチカル。(あまり外来語は使いたくはない。が、この言葉に対応する日本語が見つからない。あえて訳せば、危機的なとか重大なとかの意味がある。言ってみれば、そこを誤れば致命的な事態を引き起こすというようなことだ。
一般的な蕎麦粉は二八蕎麦の場合44%~46%、粗挽きの場合は48%~52%なんてのもあるが、この粉は粗挽きではない。
「加水はどのくらい?」
「自分の目と、指先でそれを探り当てられれば、道の駅なんかで売っている蕎麦粉も打てるよ」
そうは言ってもまだそこまで求めても無理なので
「42%。試しに打ってみたけど41%でも大丈夫だった。」
水を加えて攪拌するが、なかなか纏まってこない。
「水が足りないんではないかな?」
2人ともそう言う。
確かにこの粉はこれまで使っていた粉とは違い、なかなか大きな塊になってこない。だが、粉には十分湿り気がある。



丸出し。


最初のころに比べれば、格段の進歩。


麵棒があまりにひどく反っていたので、ホームセンターで手すり棒を買ってきて磨いて自作することを勧めておいたところ、今回2本作ってきた。道具に愛着を持つことが職人の職人たるゆえん。道具の手入れなしではいい仕事はできない。


来年は振る舞い蕎麦をやると決意を語る。

蕎麦打ち教室はこれで終わる。
来年からは蕎麦の会として再スタート。
教える教わるという関係ではなく、みんなで蕎麦打ちを楽しむ。
蕎麦打ちを通じて人と人との交流を図る。
打つだけでなく、食べるだけの人もオッケー。
蕎麦談義を楽しむのもよし。
その中で自分も打ってみたいという風になっていく人が出ればなおよし。
会費なし。蕎麦打ちの材料代1回5人前1,000円。食べるだけの人は200円。当面このような方針でゆるーく運営していく。

参加者に話をして了解を得た。


午後は自分のそば打ちの時間。
年越し蕎麦を友人知人に配るのが恒例となっている。40~50人前を打つ。
自宅用にはお気に入りの粉で打つ。
粗挽きの『玄挽』という粉。この粉で打った蕎麦は弾力があってとてもうまい。


これで10人前。
普段は5人前しか打たないが、年末だけは10人前を一度に打つ。なんだか、本物の蕎麦打ち職人になったような気分になる。

蕎麦を打ち終わったころ、天気が急変して、予報通りに吹雪になった。
温泉に行きがてら年越し蕎麦を配って回った。今年一年お世話になったこと、来年もよろしくとご挨拶も兼ねて。年賀状は出さないがこういうところは律儀なのだ。

年末から年始にかけて大雪の予報が出ている。
元旦に飯綱山(1,917メートル)に登るのは今度で42年目になる。雪の状況はとても気になるが、まあなるようになるさと割と平然としている。


ゴローの登山靴もほぼ同じ年月を刻んできた。
靴クリームを塗りこんで手入れをしていると、この靴とともに歩んできた数々の山のことなど思い出す。幸せな、とても幸せな時間。





少しずつ少しずつよろめきながら それでも前へ  第七回そば教室

2020年12月13日 16時24分28秒 | 日記

五月から月一回開催してきたそば教室は、義兄の不幸があり、今日に延期になった。
最初から参加されているO氏、数回参加されているN氏、二回目の参加のR子さん、それに一応講師の私。
数日前、この村でもとうとうコロナの感染者が出て、翌日二人目の感染者が出た。誰かという詮索もしたくないので、ひたすら注意するしかない。
狭い台所が会場なので、換気扇を回し、窓を少し開け、互いの距離を取り、
マスクをして、手洗いをして、これ以上ないくらいの対策をしてのそば教室。
万全を期して、打ったそばの試食会は中止。

そば粉とつなぎ粉、水の計量をして打ち始める。
二八そばで加水率は四十四%。見ていると最初の加水は八分くらいのところをどうしても遠慮して少な目になり勝ちなので、もっと大胆に加水するよう進言。
攪拌は以前に比べればかなりスムーズになった。
信州産の新そばなので、豊かなそばの香りが立ち上る。
新そばは十一月から二月頃までが旬。
各自のそば粉の具合を見ていると、はっきり違いが判る。同じ水を加えてかき混ぜているのに、どうしてこんな違いが出るのだろう。均等に水を吸ってしっとりしているもの、いつまでも粉がばらばらで乾いた感じのもの、大きな粒と小さな粒が混じっているもの、三者三様だ。
多分、ここで時間をかけ過ぎているなと思うが、いたずらに焦らせてもいけないので、個別に注意しながら菊練りから鏡餅状にまでまとめる。
手延しから、麺棒を使った丸延しと進む。
丸くなることより同じ厚さになることが優先と伝える。丸くするのは場数を踏んで練習するしかない。
さて、ここからが問題なのだが、丸い麺帯を四角にする角出しという作業が手順も含めてうまく理解されていないようなのだ。
過去に何度もやっているのに、さてこれからどうするんだっけという状態になる。教え方が悪いのだろうか。丸い麺帯を麺棒に巻いて転がすと、中心部に一番圧がかかり、薄く引き伸ばされる。前後逆にして転がすと伸ばしたときには木の葉状になる。縦横四回転がせば四角になる。中心部は対角に薄く引き伸ばされたので、残った辺の部分は厚みが残っている。
実演も交え、肉分けの作業。
猫手といって、指を丸めて掌に吸い付くような感覚で麺棒を操る。麺棒が自在に動く感覚は陶酔すら覚える。麺棒外のままに動いて麺帯を伸ばしていく。掌で麺帯をなぞって厚いところと薄いところを探り麺棒を操る。人間の指の感覚は驚くほど敏感だ。他人が打っているそばをついつい自分で打ち進めてしまう。これでは練習にならない。
この辺りの一連の作業は難しいのだろうか?自分にはわからない。自分ではいつもイメージトレーニングで加水の攪拌から菊練り、丸出し、角出し、肉分け、仕上げ延し、そして畳みまで、一連の作業としてやっていた。次どうするんだっけ、はなかった。
自分で道具を用意した参加者もいる。教えるときに麺棒を使ったのだが、転がしてみると完全な丸が出ていない。さらに柱に当ててみると中央の節のところから大きく曲がっている。これではうまく伸せない。中古で安く仕入れたというが、使えない。ホームセンターで手すりの棒を買ってきて自作することを進める。道具は武士にとっての刀と同じ。手入れを欠かさず、磨き、魂を込めなければならない。
畳み方も、どうやるんだったっけ。
月に一度程度では無理もないのかな。
趣味でやることなので、楽しさが一番大事だ。丁寧に畳み方を伝える。
それでも、包丁さばきは見違えるほどうまくなっている。切り幅が太いなりに揃っている。それぞれに進歩がある。

五月のコロナ騒ぎの中、呼びかけに応えてそば打ちを始めてくれた人たちに感謝しかない。良く続いたものだ。
『年越しそばを自分で』を掲げてここまで来た。
そばを打ち終わった後、感想を書いてもらった。
何もかも忘れて集中できる。
楽しみが増えた。
打つ上がった時嬉しくなる。コロナが収まり、もっと多くの人が参加できたらいい。
そばの香りと優雅な時間を楽しみ心が豊かになる。
等々。
地域の一番大事な役割は、コミニュティの場になることだ。その一環としてのそば打ちは十分区から補助金をもらうに値する。区の規約に、同好会には年二万円の補助金を出すとなっている。来年度は同好会にして補助金をもらい、そば打ち道具セットを揃えよう。最初はそばを食べに来て打ったそばについて批評をしてくれるだけでもいい。そのうちに自分も打ってみたくなったら始めればいい。ゆるーいものにして十人くらい確保しよう。
そんな話をした。
年越しそばを自分で打つために、二十九日に集まってみんなで打つことに決まった。
自分では数十人分を打つので、三十日に個人で打つことにしよう。
コロナ禍の中で船出した我々は、よろよろしながらも前へと進んでいるようだ。